2007年01月13日
「殿堂(Hall of Fame)」は「歴史の浅いアメリカならでは」の文化なのか?
(2000年9月、フェンウェイパークでのカル・リプケンJr.=Photo:Ryo Ueda) 今週、日米ともに今年の野球殿堂入り表彰者(米は記者投票による競技者表彰者のみ。特別表彰は後日発表)が発表され、アメリカは2632試合連続出場の「鉄人」カル・リプケンJr.(オリオールズ)と90年代を代表する安打製造機だったトニー・グウィン(パドレス)の両氏が、また日本では阪急ブレーブスで本格派左腕投手として活躍し監督も務めた故・梶本隆夫氏と、アマ球界発展に功績のあった松永怜一氏(元法政大監督)がそれぞれ選出されました。 このうちプロ野球界から選ばれた3氏は、いずれも現役時代、1チームで選手生活を全うした人たちで、日米ともFA制度が導入され、スター選手のユニフォームが変わるのも珍しくなくなった今日では、貴重な事例になったといえるでしょう。ただ、梶本氏は現役引退の時点で、金田正一投手(元国鉄、読売)の400勝に次いで、左腕投手としては歴代2位の勝利数をマークし、9連続奪三振の日本記録を持ち、阪急のリーグ初優勝にも貢献していただけに、もっと早く選ばれてしかるべき人で、昨年などは(実名を挙げるのは差し控えますが)現役時代あるいは指導者としても到底殿堂入りに値するとは思えない人たちに票が投じられ、分散した結果、僅差で殿堂入りを逃し、結局梶本さんはその吉報を聞くことなく、昨年9月になくなられています。近年は闘病生活を送られていましたが、それでも自身の殿堂入りレリーフを見ることができれば、せめてもの手向けにはなったのではないでしょうか。この点は(毎年のことであり、嘆かわしいことなのですが)投票資格を持つ新聞記者やテレビ関係者の見識が大いに問われます。 アメリカ生まれのスポーツ文化「殿堂」 さて、アメリカ、カナダを含む北米地域には、ベースボールのほか、バスケットボール、アメリカンフットボール、アイスホッケーなど多くのスポーツ関連の殿堂(及び博物館)があり、「ロックンロール」発祥の地と呼ばれるオハイオ州クリーブランドには「ロックの殿堂」も存在します。 アメリカの野球殿堂博物館は、1939年、米NY州クーパーズタウンに開設され(殿堂入り野球人の選出は1936年から)、日本の殿堂である「野球体育博物館」はこれにならって1959年に開場しました(そういえば、本年度殿堂入り発表の日となった1月12日は、競技者表彰選出第1号であるヴィクトル・スタルヒン投手の命日でもありました)。 実はスポーツ競技の発展に貢献した人たちを表彰・顕彰する「殿堂」は、ヨーロッパのメジャースポーツにはありません(クラブのトロフィーや名選手の記念品を展示するコーナーが設けられている場所などはあるようですが、アメリカのような大掛かりな殿堂博物館は見当たりません)。日本では日本サッカー協会(JFA)が東京・本郷に本部ビルを開設したとき、館内にミュージアムを設けるとともに、「殿堂入り」の制度をスタートさせました。このとき最初の殿堂入り表彰者となったデットマール・クラマー氏は、1960年代に特別コーチに招かれ、現在のJリーグの前身である日本サッカーリーグの創立や、メキシコ五輪での銅メダル獲得など、日本サッカーの発展に多大な貢献をした恩人として知られていますが、名門バイエルン・ミュンヘンの監督としても欧州王者に輝いた経験を持つこの名伯楽は、表彰者を代表してのスピーチで、「こんな素晴らしいミュージアムや殿堂は(自分の母国である)ドイツにもない」とこの制度を絶賛していました。 よく、サッカーやラグビーなどヨーロッパ発祥のスポーツに詳しかったり、思い入れが強かったりするスポーツフリークなど(もちろん、それ以外のスポーツフリークにも見受けられるのですが)には、ベースボールやバスケットボールなどアメリカ生まれのスポーツにおいて、記録が細かく数値化されることや、こうした殿堂のような制度を設けていることを指し、「歴史の浅いアメリカならではの発想」と揶揄するような傾向がときおり見受けられます。確かに1776年に独立宣言が発せられたアメリカ合衆国と、紀元前からの文明を誇る欧州諸国とでは、その歴史の長さは比較のしようがありません。 しかし、スポーツを巡る環境や歴史、風土といった背景の違いは、別に優劣を論じるような性格のものではありません。たとえば世界初の本格的近代成文憲法である合衆国憲法のもと、建国初期から国王や皇帝などの君主をいただかない共和国として、国家元首である大統領をはじめ、知事・市長、議員らを市民の投票で選んできたアメリカと、イギリス、フランスなど強大な王国、あるいは絶対君主が長く君臨し、身分制度が存在し(現在もなお大なり小なりその影響を残し)、現在もオランダ、スペインなど多くの王国が存在し、またイギリスのように成文憲法を持たない国家もなお存在するヨーロッパとの歴史的環境・背景の違いが、スポーツにも反映している。つまり、社会・国家体制でもスポーツを含めた文化においても、アイデンティティーを「形」にして証明するやり方が建国以来アメリカにはあった……かいつまんで解説すれば、そんなことになります。 あるいは、前述したクラマー氏のスピーチなどを考えれば、欧州のスポーツ関係者やファンが、アメリカ独特の「殿堂」というシステムについて、一概に否定的だったり、冷めた目で見ていたりというわけではなさそうです。むしろ、もともと自分たちのスポーツ文化にないものを不思議な思いで見ている、そしてその真の設立や存在意義を知ったクラマー氏などは、逆にうらやましく思ったのでしょう。 「表彰・顕彰」以上に大きな殿堂・博物館の役割とは? いずれにしても、そうした欧州と北米のスポーツ文化の相違点は、それぞれに好き嫌いはあっても、決して優劣を論じるような性格のものではありません。 ただ、殿堂(とそれに付属する博物館)は功労者の表彰・顕彰を行なうと同時に、その競技や文化の発展に寄与しながら、その功績が歴史に埋もれてきた、あるいは意図的に黙殺されてきた人たちに光を当て、再評価するという役割も持っている、というよりも現在ではむしろこちらの役割のほうが大きい部分があります。そのもっとも大きな功績が、ジャッキー・ロビンソンがドジャースに入団するまでメジャーリーグから締め出されていた黒人選手たちがプレーしていたニグロリーグの歴史でしょう。そうしたことを考えれば、「殿堂」というシステムについて、「誰が偉大な人物だったかを決定する機関」であるとか、「いかにも歴史の浅い米国ならではの文化」と決めつけるのは、いささか浅薄で皮相的な考え方ではないでしょうか。 また私が思うに、殿堂入り表彰というのは、ベースボールという競技を通じて、ファンにかけがえのない楽しみや喜び、感動、そして思い出を残してくれた名プレーヤーたちに対する、メディアやファンからのプレゼントであり、感謝の気持ちであるとも考えています。 野球人に対する評価は「後世の判断を仰ぐべき」だとして、殿堂の制度に疑問を抱く考え方もあるようですが、逆に同時代の人間が、同時代の人間だからこそ下さなければならない評価や判断も当然あり、それが後世の歴史的評価なるものよりもウエイトが軽くなるということはありません。事実、アメリカ野球殿堂の競技者投票では、リプケン、グウィン両氏が記録的な得票で資格1年目の殿堂入りを果たす一方で、現役時代のステロイド使用が疑われているマーク・マグワイア氏(元カージナルス)は有効得票率75%に遠く及ばない25%以下の票数しか集めることができませんでした。もちろん、将来疑惑が晴れて、あるいは不正よりも功績のほうがはるかに大きいと認められてマグワイア氏が殿堂入りを果たす可能性もありますが、少なくとも2007年1月9日の時点において、「同時代人」を代表した投票者たちは、マグワイアがクーパーズタウンの切符を手にすることに「No」という歴史的判断を下したわけです。 また、時の流れは当然、「記憶の風化」ももたらします。残念ながら日本の野球文化土壌においては、野球関係者はいうに及ばず、メディア、さらにはファンの間でもこうした「風化」の現象が著しく、それが今年の梶本氏や一昨年の秋山登氏(元大洋ホエールズ)のように殿堂入りがその没後になる、あるいは未だその功績が報いられない青田昇氏(元読売ジャイアンツ)をはじめとする大功労者たちも少なくないという憂うべき現状になっているわけです。そういう意味では、むしろ「後世の評価」というのは、同時代人が果たすべき責任や使命を忌避するための「逃げ口上」なのではないでしょうか。 もちろん、「殿堂」というシステムについて、いろいろな考え方や見方があってしかるべきですし、そのなかにネガティヴな意見があってもかまわないと思います。ただ、それはあくまでも深い洞察や分析のもとに行なわれるべき批判や批評であるべきで、少なくともその場の気分、思いつきで、「誰が偉大な人物だったかを決定する機関」とか「歴史の浅い国ならではの文化」と決めつけ、それを不特定多数の人を相手に公にするのは、いささか軽率であり軽薄であるとのそしりを免れない、と私は思うのです。 さて、このエントリー冒頭に添付した写真は、私が2000年9月、練習終了後、カル・リプケンがファンの応じている姿を写したものです。彼はこのとき、実に30分以上もサインペンを走らせていたのですが、場所は地元のボルティモアではなく、敵地のボストンはフェンウェイパーク! こうした光景はもちろんこの日だけのものではなく、それこそ偉大な連続出場の間、ホームでもアウェイでも続けられていました。この姿、この事実を知ってもなお、リプケンへの評価は「後世の歴史的判断に委ねられるべき」だと思いますか? たとえば両親や奥さん、恩人などへの感謝の言葉やプレゼントなどは、やはりその人が元気なうちに贈って、その喜ぶ顔が見たいと思うのが、私は普通だと思うのですが。 今週、あるBlogのエントリーを目にして、最初はめでたい殿堂入りの祝賀気分に水を指されたような気分でしたが、むしろ殿堂入りという制度の背景について、改めて思いを馳せ、こうして広く知ってもらう機会を作ってもらい、今はその方にかえって感謝しています。でもこの方にお願いしたいのは、一度はクーパーズタウン、あるいは東京ドームにある野球体育博物館にぜひ足を運んでほしいということです。きっと、野球が「過去」「現在」「未来」が連綿と連なり、時空を超えた人たちが思いを共有できるスポーツ文化であることを、そして「殿堂博物館」がそうした場を野球ファンに提供してくれる素晴らしい場所であることを、改めて認識してもらえると思います。
posted by Ryo Ueda |00:33 |
Baseball/MLB |
この記事に対するコメント一覧
Re:「殿堂(Hall of Fame)」は「歴史の浅いアメリカならでは」の文化なのか?
今年も現に僅差で選に漏れた方がいるわけで、見識を問う、と切り捨てるのは簡単ですが、見識が通らないと歯がみする人間も多数いることは覚えていて欲しいと思います。一私見です。
posted by 無名子 | 2007-01-15 22:20
Re:「殿堂(Hall of Fame)」は「歴史の浅いアメリカならでは」の文化なのか?
>見識が通らないと歯がみする人間も多数いる
まったくおっしゃるとおりです。競技者投票委員を務める記者の中には、スカパー!MLBライブで私の大先輩コメンテーターでもある報知新聞の蛭間記者や、「まゆげのノーさん」こと日刊スポーツの野崎さんなど、私と同じような指摘をされている方も少なくありません。
最善の策ではないのですが、私はアメリカの殿堂入り投票で採用されている「5%ルール」すなわち、得票数が5%に満たない候補者は、競技者投票の有資格期間である15年以内であっても、自動的に候補者リストから除外するシステムを採るべきだと思っています。
この際、言わせてもらいますが、たとえばイチローに打撃フォーム改造を命じて拒否されたためにファームで飼い殺しにしていた元監督などに票が投じられたため、梶本さんが生前の殿堂入りを果たせなかったことに、私は我慢がならないわけです。野球殿堂や博物館のあり方(「野球“体育”博物館」という名称も含めて)とともに、今後はさらにいろいろと提言をしていきたいと考えています。
posted by Ryo Ueda | 2007-01-16 00:58
Re:「殿堂(Hall of Fame)」は「歴史の浅いアメリカならでは」の文化なのか?
どういう風に思っておられるかは別にして、野球殿堂の記者投票は10人連記です。
つまり10人も連記できるわけで、その辺りが単記であるMVPやベストナイン、新人王の投票とは違う訳です。本当に長年、取材をしてきて、この人は殿堂入りにふさわしいと思える人を選ぶ余地は、他の記者投票とは異なって、選考に際しての余裕があるはずです。
そこが上田さんの指摘はちょっと違うと思うのです。
それともう一つ。選手は記者投票で選ぶことができます。でも野球に携わっている人間は選手や監督だけではありません。この部分は特別選考で選ばれる訳ですけど、その部分も本来は記者投票に掛けてもらってもいいのではないか、と思っています。ドームを建てただけの人物が選ばれるくらいなら、もっと有為な仕事をしてきた人々はたくさんいるのですから。
記者投票と特別表彰。この区分けにある矛盾をどうにかできないものか、と個人的には思っています。
posted by 無名子 | 2007-01-17 23:26
Re:「殿堂(Hall of Fame)」は「歴史の浅いアメリカならでは」の文化なのか?
まず、記者投票を行なう「記者」についてですが、アメリカ野球殿堂の投票を行なう記者は全員が全米野球記者協会(BBAWA)に所属する「野球記者」なのに対し、日本の競技者投票委員のリストを見ますと、確かに各社の運動部に所属し、運動記者クラブのメンバーではあるものの、以前は野球を担当していた時期があっても、現在は他の競技を署名入りで担当している方のお名前も時折見受けられます。実際、アメリカの野球記者は文字通り「野球記者」であるのに対し、日本の場合は担当する球団どころか、スポーツ紙の場合でも、野球からサッカー、相撲、格闘技など他のスポーツに担当が替わることは珍しくありません。実際、私と面識のある競技者投票委員のなかには、「どうしてこの人のキャリアで『野球記者』と言えるのだろう」と首を傾げたくなるような方もいます。
途中から競技者投票委員に加えられたテレビ局関係者にいたっては、さらに「野球担当」を貫いている方が少なくなります。まあこれは新聞社やテレビ局の人事システムが変わらない限り、どうにもならないのでしょうが。
いずれにしても「本当に長年、(野球を)取材」しているの割合はBBAWAに比べれば明らかに少なく、当然、キャリアが野球記者とは言えない人たちにとっては、「この人は殿堂入りにふさわしいと思える人を選ぶ余地」もヘッタクレもないわけです。
十名連記の件に関して言えば、きちんと全員が全員、10名書いてくれればいいのですが、どうもそうではないようです。しかも、数人しか書かない上に、それがいわゆる「コネ票」として、イチローの才能を見抜けなかった人などに投じられて、その結果、梶本さんや秋山さんのような悲劇を招く原因にもなっているわけです。
特別表彰は、こうした競技者投票の不備を補う役割もあるはずですし(千葉茂さんや豊田泰光さんは、まさにそれによって選ばれたわけです)、数年前に期間限定で設けられた「21世紀枠」のように、レフティー・オドゥール氏や、正岡子規など、野球史がこれまで見過ごしてきた功労者たちの偉業に光を当てたこともありますが、ご指摘の通り、こちらもまだまだ克服すべき課題は山積しています。
私自身が「5%システム」とともに、すぐにでも導入すべきだと思っているのは、野球体育博物館と日本野球機構(NPB)が、殿堂入り投票・選考が始まる前に、当該年の候補者リストをウエブサイト上で公開することです。これはメジャーリーグとアメリカ野球殿堂はすでに行なっています。やはり誰がリストに載っているかは、投票前に明らかにされるべきですし、たとえば予想投票でも行なって、ファンの意思を投票資格者に伝えることもやるべきだと思います。
いずれにしても、殿堂入り投票に限らず、日本の野球担当記者という人たちの、多いとは言えないでしょうが、しかしながら少ないとも言い切れないパーセンテージに関しては、私はどうしてもその野球に対する見識に疑念を抱かざるを得ません。ここ数日のことで言えば、デレク・ジーターがカンザスシティーの「ニグロリーグ博物館」を訪問したことを伝えるニュースの書き方などにもそれはあらわれています。
アメリカの野球殿堂にも、もちろん欠点や問題はあります。ただし、日本と違うのは(これは野球界全体にいえることですが)、問題が明らかになったり、正しい指摘や批判が行なわれた場合は、それを修正する努力が必ずなされているということです。私の頭にはそのことがあるからこそ、日本の殿堂入り投票にはいつも苛立ちを覚えずにはいられないのです。
たびたびのご寄稿、感謝しております。
posted by Ryo Ueda | 2007-01-18 01:31
Re:「殿堂(Hall of Fame)」は「歴史の浅いアメリカならでは」の文化なのか?
きょう、野球体育博物館のニュースレターが届きました。
2ページ目が梶本さんの特集になっていました。
金田が寄せた言葉「せめて命あるうちに選ばれたらよかったのに」という一句が心に響きます。
一連の上田さんとのこの対論の中で、野球殿堂の競技者表彰委員会の構成の話も出てきました。
話を今の時点のこの委員会に絞れば、得票に関しては「東高西低」です。かつて。阿波野と西崎の新人王争いの時にもあった話ですが、西の委員の絶対数が少ないのです。もちろん、東の記者も西の取材経験がないとはいいません。でも、在阪4球団だった時代から比べれば、大阪のスポーツ取材現場に於いて、野球殿堂の投票資格を得るまでには長い道のりであると思います。まして、名古屋や広島でこれだけの年数を重ねるのは地元紙以外には不可能でしょう。というわけで、この数字の東西の差はある程度影響せざるを得ない部分なような気がします。
今年で言えば、委員総数が313人。有効投票数が305人。3分の2以上の有効投票があれば、殿堂入りすることができました。
今年も少なくとも幹事会からのリストアップは35人。梶本氏一人だけだったというのは意外な感が委員の一人としてしています。
上田さんの提唱する5%除外もいいかもしれません。でも、それ以上に長く野球を愛してきた記者の良心を小生は信じたいと思っています。そのために自分の1票がどういう扱いになろうが、殿堂の名にふさわしい方を連記し続けています。クーパースタウンのあの神韻とした殿堂の雰囲気を味わった者として。そのリスペクトがなくなれば、野球という文化の一角は崩れると思っています。
ともあれ。度々のご返答、ありがとうございます。
posted by 無名子 | 2007-01-27 21:58



