2007年08月28日
角海老宝石ジムにはプロを目指す多くの練習生がいるが、中でもトレーナーやジムスタッフの注目を集め、将来を有望視されている弱冠16歳の少年がいる。現在都内の高校に通う小内義人君は約1年半前にジムに入門、以来放課後はボクシング漬けの毎日を送り、今ではチャンピオンクラスとスパーリングするほどまで力を付けている。「来年17歳になったらすぐにでもプロテストを受けたい」と力強く語るデビュー前のヤングライオンをここで一足先に紹介しておこう。
--今日はよろしくお願いします。早速ですがボクシングを始めたきっかけを教えてもらえますか?
「はい。自分は出身が浅草なんですけど育ったのは今住んでる東京の立川っていうところで、土地柄なのか結構ヤンチャ坊主が多くて、僕も中学に入ってその道に進んでしまって。しょっちゅう喧嘩もしてて、中2ぐらいから格闘技を見始めたんですが、やっぱり普通はPRIDEとかK-1じゃないですか。でも僕はボクシングに一番魅力を感じたんですよ」
--それはまたどうして?
「色んな立ち技とか関節技があるけど、僕は2本の拳だけで戦う方がシンプルで潔いって思えたのがひとつ。それと絞めて終わったり、ローキックで倒れたりするのもなにか迫力に欠ける気がして。その点、ボクシングは倒し方も倒され方も綺麗っていうか。あとはやっぱりボクシングの世界チャンピオンの方が説得力がありますよね。PRIDEとかK-1だと世界チャンピオンを決めるのにたった1回のトーナメントだけだったりして、色んな意味で格闘技をやるなら絶対ボクシングだなって思えたんです」
--なるほど。それで実際にボクシングをやってみようとなったわけですね? ほかになにかスポーツはやってたんですか?
「はい。それまでは野球をずっとやっててピッチャーだったんですけど、試合で負けても投げ勝ってる時とかあって、そうするとチームの仲間に怒ったりしちゃって。たぶん元々性格的にチーム競技が向いてなかったんだと思います。ボクシングは個人競技だし、腕っ節にも自信があったんで、もうやるしかないって思い始めて母親に相談したんですけど、『高校に入ってからにしてくれ』って言われちゃって。それでも、いてもたっていられずに中学3年の頃から野球部の練習も勝手に走り込み中心に変えて、放課後は自分でウェイトをやったり、とりあえず体ぐらいは鍛えておこうと思って準備してました」
--数あるボクシングジムの中からどうして角海老宝石ジムに?
「義父がよく家でボクシングを見ながら角海老の名前を言ってたのを覚えてて。ほかにも家から近いジムはあったんですけど、なぜだかやるなら角海老しかないって思うようになってたんです。自分でも不思議なんですけど。それでパソコンで調べたりして一度体験入門して、その時に出会ったのが田中先生(田中栄民チーフトレーナー)でした。すごい緊張したんですけどミット持ってくれたり色々教えてくれて、その日はもう夢中で練習しました。気づいたら4時間ぐらい経ってて、田中先生も『まだいたのか?』みたいな感じで」
--確かに体験入門でそこまで練習する人もなかなかいないですよ(笑)
「そうだったみたいです。でもとにかく田中先生の印象が強くて、この人の下でボクシングをやりたいって思ったのと、ジムの雰囲気も実際に見てもう絶対ここしかないって確信しました。だから学校も家とジムの中間にしようと思って杉並の高校を受験してなんとか合格できたんで、晴れて入門したんです」
--入門後は毎日ジムで練習してるらしいですね
「はい。月から土曜まで学校が終わったらジムに行って夜まで練習して、もう毎日その繰り返しです(笑)。とにかくボクシングが楽しくて楽しくて。それとやっぱり田中先生ですね。自分はずっと母子家庭で育ったんで、なんか本当の親父みたいに面倒看てくれて。あんまり頼ってばっかりでもいけないと思うんですけど。でもホントにボクシングの存在が自分の中ですごく大きくて、毎日充実してます」
--かなりスパーリングもやっていると聞いています
「そうですね、とにかくうちのジムはスパーをガンガンやらせてくれるんで。月から土曜までスパーリングって時もあります。最近はだいぶ自信も付いてきたんですけど、やっぱりチャンピオンクラスの人たちはレベルが違いますね、まあ当たり前なんですけど。初めて(渡邉)一久くんとやった時はもう何もできなかったし・・・・。小堀さんは向き合った時の存在感から違うし、イーグルは階級が下なのにボコボコにされて、初めてダウンも経験しました。でもそんな凄い人たちとスパーもさせてもらえて、ホントに環境は最高です」
--話を聞いてると本当にボクシング漬けの毎日ですね
「はい。特にいまは夏休みだし、24時間ボクシングのことを考えてます。朝は田中先生のところに行って走って、夕方から夜までジムで練習して、帰りの電車の中で教わったことを復習したりイメージトレーニングをして。もう帰ったら寝るだけです(笑)」
--誰か目標とするボクサーとかはいますか?
「小堀(佑介)さんです。スピードもパンチもあって、ああいうスタイルのボクサーになれたら良いなって思います」
--それではプロのリングで小内君の姿が見られることを期待しています
「ありがとうございます。自分もプロのリングに上がるのが本当に楽しみです。誕生日が2月なんでもうちょっと早く生まれてば今年プロテストが受けられたんですけど(笑)。でも時間があることも悪いことじゃないし、来年のプロテストまでしっかり練習します。チャンピオンになるのは当たり前だと思うし、これから自分がどこまで行けるのか本気で試してみたいです」
posted by 角海老広報室 |13:46 |
対談・インタヴュー |
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2007年08月26日
☆7/25 東京・後楽園ホール「第34回チャレンジバトル」
ウェルター級4R
●高山 樹延(角海老宝石) [判定4R 3-0] 伊藤 修平(ドリーム)×
試合前の控え室では緊張で表情が硬かった初陣の高山は、ブロックを固めて被弾を防ごうとする伊藤に対し、スイング気味の左右フックを上下に放つ先手の攻撃で圧力を掛けて行く。2Rも前進しながらフックを振り回す高山は、右の相打ちで伊藤を弾き飛ばし、前半戦を優勢に進めた。
伊藤は3Rから反攻を開始。スタートから積極的に打って出ると、高山もそれに応戦するが、ジャブ、右ストレートを的確性と、顔面の急所を覆い隠すブロッキングで有効打を阻んだ伊藤が、このラウンドは支配し、最終4Rを迎える。高山は脚を使う伊藤を追い掛けていったが、クリーンヒットは生まれず、結局決定打を打ち込むことはできなかった。
読み上げられた採点は39-38が二者、残る一人が38-38の2-0で高山の勝利。パワーを活かして前に出ていた分、相手の出方を見ながら攻撃することができ、攻防分離の傾向が散見された伊藤の隙を突いていけたのが勝因に挙げられるだろう。次の試合は11月1日、大泉雄司(新田)を相手に行なう予定だ。
☆8/1 東京・後楽園ホール
東日本新人王準々決勝バンタム級4R
●田中 稔大(角海老宝石) [判定4R 3-0] 若生 燃太(輪島スポーツ)×
前戦と同じく青コーナーに陣取った田中は初回、右ストレートをボディに伸ばし、一拍の間を置いてから今度は右ストレートを顔面に叩き込んで、若生をふらつかせる。その後も左ジャブを挟みながら、パンチを上下に打ち分けて若生を下がらせ、主導権を確保した。2Rも田中のボディ攻撃は実に効果的。ボディアッパーから切り返した左フックで若生を後ずさりさせ、終了間際には左フックのカウンターも奪い、豊富なアマチュア経験に裏打ちされたパンチを当てる巧さが際立つ。3Rもボディ攻撃で小刻みにヒットを積み重ね、4Rも常に先手先手でボディを攻め続け、若生の心を折りにかかった。だが若生も引き下がらず、しぶとく反撃する中、終幕のゴングが打ち鳴らされた。
判定は39-37が二者に40-37のユナニマスデシジョンで田中の快勝。決して派手なボクシングスタイルではないものの、堅実なボクシングの組み立てが光った田中の次戦は9月28日。2勝(2KO)1敗1分の太田裕二(ヨネクラ)とファイナリストの椅子をかけ、雌雄を決する。
☆8/7 東京・後楽園ホール
B級トーナメント準決勝
×半田 志門(角海老宝石) [KO1R1:55] 今泉 陽介(沼田)●
「SHIMON」とロゴの入った黒いTシャツを羽織って入場したサウスポーの半田は、常にスリリングな試合を提供してくれるソリッドパンチャー。強さと脆さが隣り合わせで同居するタイプと言えるが、この日はその特性が裏目に出てしまった。
序盤、右を軽く突き出してリズムを測り、脚を使って今泉の前進をいなそうとしていたが、パンチを振り出す際にディフェンスが疎かになってしまうきらいのある半田は、右フックを強振すると、ガードが下がった隙を突いて今泉の右が浅くヒット。これでタイミングをアジャストした今泉は、半田が左を空振った後の返しの右に、右フックを合わせる。今泉の思い切りの良さに半田は反応し切れず、顔面にジャストミート。半田はスローモーションのようにゆっくりとキャンバスに腰を落とす。甚大なダメージを被り、手負いの状態に陥りながらもボクサーの本能で戦闘再開に応じた半田だが、すかさず右ストレート、左フックを浴び、連打をまとめられ、ロープ際で右フックから左フックをフォローされると、微かに繋ぎ止めていた意識は刈り取られてしまった。
posted by kadoebi1 |16:59 |
試合レポート |
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2007年08月21日
長年ボクシングを見続け、自他共に認める大のボクシングファン、村木田一歩氏の独善コラム!
日本人の世界タイトル防衛回数の記録は、以前書いたように『具志堅用高さん』の13回だが、日本タイトルの防衛記録は、22回で『リック・吉村さん』。10回以上は全部で15人いるが、20回以上はあと『上山仁さん』のちょうど20回だけ。
プロボクサーのライセンスは、17歳から36歳までで、初エントリーのリミットは30歳。ただし、現役のチャンピオンはこの限りには無い。しかし、『西澤ヨシノリさん』のケースは、全くの特例。
視力は0,3以上なければならず、初エントリーの場合には0,5以上必要。
チャンピオンはタイトル獲得後6ヶ月以内にランク10位以上のボクサーと防衛戦を行わなければならない。ただし、ランク1位以上のボクサーが、チャンピオンになった場合には、120日以内にランク1位のボクサーとタイトル戦をやらなければならない。
そして、チャンピオンが初防衛した後は9ヶ月ごとにランク1位とタイトル戦を行わなければならない。
KOまたはTKOされて負けると、90日間次の試合には出れない。また、連続4回負け、または連続3回KO、TKO負けすると120日間次の試合には出れない。これに該当しなければ、最短で2週間後に次の試合に出場できる。
ボクシングの興行は、1日の総ラウンドは基本的には32~50ラウンドとなっている。しかし、新人王戦などの他にも60ラウンド近い場合もあるようだ。
リング上は、合計4kW以上の電球で照らさなければならない。
リングのサイズは、18~24フィートである。(5.47~7.31mだけど幅があるね)
バンデージは、2インチ幅(約5cm)で10ヤード(9.14m以内)以内。
グローブの重さは、スーパーライト級まで8オンス(227g)、ウェルター級以上は10オンス(284g)。(スーパーフライまでは6オンスでいいのではないかな)
ボクサーのトランクスは、股下15cm以上なければならない。
ボクサーがダウンしたら、すぐに立ち上がっても必ず"8"までカウントしなければならない。
ボクサーが相手の攻撃により、リングアウトしてしまった場合、20秒以内にリングに上がって来なければKO負けとなる。(プロレスかあ)
posted by 村木田一歩 |15:15 |
コラム-リングサイド |
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2007年08月20日
有明コロシアムで行なわれた「亀田の夏祭り」の真裏で開催された第1回ルーキーズマッチ準決勝。会場となった歌舞伎町の新宿FACEは5月末のトーナメント1回戦に引き続いて大盛況を呈した。
☆第1試合 S・バンタム級4R(オープン戦)
×森 康二(角海老宝石) [判定4R3-0] 北島 透(石神井)●
スタートはジャブ、ストレートを基本線に、時折フック・アッパーを交え、より積極的に攻めた森のペースで進んでいた。ところがラウンド終盤、北島のワンツーで森は腰からストンと崩れ落ちるダウンを喫し、この一打で形勢は決定付いてしまった。流れを掴んだ北島を前に防戦へと回った森は、幾度なく右ストレートを痛打。3Rに入ると、疲労の色が濃くなった両者の手数とスピードには陰りが目立ち始めたが、ロープ際でまたしても右を貰ってしまった森は、手数・有効打ともに北島の後塵を拝してしまう。最終4R、懸命な反撃を試みた森に余力は残っておらず、クリーンヒットを奪うまでには至らなかった。
試合全般を通じ、散発的に右ストレートを当て続けた北島の勝利は揺るぎなく、採点は38-37、40-36、40-36の3-0。森の初勝利は次戦に持ち越しとなった。
☆第5試合 L・フライ級4R
●塩澤 直紀(角海老宝石) [TKO3R] 玉川 太一(横須賀)×
左フックでカウンターを奪い、早速玉川をグラつかせた塩澤は、少し間を置いてワンツー、続け様に右オーバーハンドで踏鞴を踏ませ、その後も右クロス、右フックを自在に当てて行った。ラウンド後半にはロープに押し込まれる場面もあったものの、クリーンヒットを許さず、明確にポイントを掴み取った。2R序盤も的確に上下へと打ち分けていた塩澤だったが、次第にロープを背負う時間が長くなり、左のショートフックと右ストレートを浴びてよろめいてしまった。玉川の仕掛ける乱戦に巻き込まれ、自分のスタイルを見失ってしまった塩澤は3R、左のロングフックを命中させてペースを取り戻し、その後も左フックを立て続けにヒット。ロープ際で再び左フックを決めたところでレフェリーは試合終了を宣した。
勝利を手にしながら、嬉しそうな表情どころか、トップロープを叩いて悔しさを露わにした塩澤は9月16日に高橋大輝(横浜光)戦を予定していたが、試合はキャンセル。栄えある初代ルーキーズマッチチャンピオンの名誉が転がり込んだ。
☆第7試合 フェザー級4R
●ディエゴ瀬良垣(角海老宝石) [KO2R1:55] 望月 明秀(ナカハマ)×
夏の到来を印象付けるかのように麦わら帽子を被って入場したこの日のディエゴは左ジャブが冴え渡り、伸びる左を顔面に突き刺して、ねちっこく距離を詰めようとする望月を突き放す。体力で上回る望月は接近して、身体で押していこうとするが、手数自体は少なく、出すパンチの多くはディエゴのガードに阻まれた。2Rは身体を密着し合うシーンが増えたが、ディエゴはフック・アッパーで着実にヒットを積み重ね、望月の手が出なくなったところに左フックをヒット。腰砕けとになった望月は、ロープに助けられなかったらキャンバスに倒れ込んでいたと見なされ、スタンディングカウントが数え上げられ、ダメージを察知したレフェリーはそのままカウントアウトした。
試合終了後におどける仕草を見せ、佐藤直樹トレーナーにコツンと頭を小突かれたディエゴは「(相手の選手は)身体がデカくて、最初からガンガン来たんで、やりにくかったです。もっと綺麗な形でKOがしたかったです」とコメント。次戦は9月16日、サウスポーの本間勇樹(つるおか藤)と初代ルーキーズマッチ覇者の座を競う。
posted by kadoebi1 |16:57 |
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