2005年12月21日

[榎洋之]俺には勇気をくれる人たちがいるから

フェザー級の日本タイトルを返上、1月21日には東洋太平洋タイトルに挑戦することが決定した榎洋之。だが、いまだ無敗ロードを歩む榎が目指すのは、あくまでその先にある世界---。


「東洋は獲って当たり前。世界に向けたアピールという位置づけでしかないです。無茶はしないけど倒しにいく。自分に課せられているのは、お客さんが文句なく『こいつなら世界に行ける』と思わせる内容で勝つこと。そうしないと絶対に世界は見えてこないから」

榎洋之
東洋太平洋フェザー級7位、タイ国のデンクタシン・ソーンキラノイナイ選手との東洋タイトル戦に向けて意気込みを語る榎。「倒しにいく」ことにこだわる背景には、いずれも判定勝利に終わった今年4、9月に行われた2度の防衛戦がある。ハードパンチで知られる榎のKO率は実に7割。この2試合は、世界を見据える榎にとっては内容に関して若干不満が残ったようだ。 「勝ったから満足はしてますよ。タイトル戦は勝つことがまず大切ですから。ただ内容に関してはあれが俺の力じゃない。世界をやるならあれじゃダメ、お客さんは喜ばないし、ブッキングだってしてくれない。そういう意味では勝てばいいやっていう甘えが出ちゃったのかもしれない」 だからこそ日本タイトルを返上し、心機一転、気持ちを切り替えた。守る立場から追う立場へと変わることで、榎の持ち味でもあるアグレッシブなファイトスタイルを取り戻す。現在26歳。ボクサーとしては経験も伴って脂が乗り切った時期。榎にしてみても世界の頂点を目指すのは今しかない。 「きっとタイソンだってボクシングを始めた頃は世界チャンプになれるとは思ってなかったはずですよ。俺もここまで来られるとは思ってもなかったし、みんな一歩一歩やってきた結果なんですよ。アメリカ人だろうが、南米人だろうが、アジア人だろうが、みんな同じ人間じゃないですか。頑張れば絶対いける。別にモンスター相手に戦うわけじゃないんだから」
榎洋之
偶然にも、この榎の言葉と同様の発言をしたスポーツ選手がいる。女子プロゴルファーの宮里藍選手である。来季から米女子プロツアーに参戦する宮里選手は「みんな同じ人間だからそんなに大差はないはず。強い気持ちを持って挑戦したい」と意気込みを話している。大きな舞台でも臆することなく自分に自信を持って挑むことが、世界を目指すアスリートにとって共通の心構えと言えるのかもしれない。 一方、榎を語る上で必ず用いられるのがデビュー以来無敗であるということ。戦績は24戦23勝17KO1分け。榎自身はこの「無敗」をどのように捉えているのだろうか。 「昔は『無敗』を意識して守りのボクシングをしたり惑わされたことは確かにありましたけど、今は目指すものがあるからあまり意識しないようにしてる。誰かが言ってたけど無敗は無敵じゃないんですよ。逆に負けたことがない弱さってのがあると思う」 負けたことがない弱さ。それは無敗から来る慢心だ、と榎は言う。 「負けてないから俺って強いんだ、って思い込んで潰れてった奴をいっぱい見てきてるんですよ。ボクシングは半年やらなかったらただの人、絶対天狗になって練習をさぼったりしちゃいけない。でも負けるのはほんとは恐いんですけどね。毎試合恐いですよ。どういうことかまだ分からないっていうのもあるし。ただそういう風に考えてないとダメだと思うんですよ。そうやって自分を追い込んで、練習の中で負けそうな要因を一つひとつ潰していくことが大切なんで」 より練習に集中する環境を求め、榎は半年前にアルバイトをやめてボクシング一本の生活に絞った。きっかけは今年7月、スパーリング中に左足首付近を骨折したことだった。1カ月後に控えた地元秋田での防衛戦は9月に延期となり、その間休養を余儀なくされた。 「怪我は色んな意味で大きかった。秋田の前だったからショックはショックだったけど、リハビリ中に色々考えたんですよ。それで仕事を辞めようって。やっぱり仕事してると疲れるから、前々から仕事に傾けてるエネルギーをボクシングに費やしたいって思ってたんで」 榎は世界に向けてメンタル、体調、練習のすべてが良い方向に進んでいると話す。そして、世界への気持ちを高めるために、秋田への凱旋はどうしてもやっておきたかったという。その理由を榎はこう語る。 「あの凱旋をやってお客さんがすっげえ応援してくれたんですよ。もう有り難くて有り難くて、勇気を貰ったっていうか。それまでは世界チャンピオンになりたいと思ってたけど、ほんとに世界チャンピオンになるって決めたのは秋田をやってからです。どうしてかって言うと、自分しょうもない理由で秋田を飛び出しちゃったから…」 秋田県出身の榎は、ボクシングをやっていた兄の影響で14歳の頃から地元のジムに通い出した。初めは遊び程度だったが、次第に本腰を入れるようになり、ボクシング部が伝統の秋田県立金足農業高校に進学。東北大会では3度優勝するなど、地元ではかなり知られたボクサーだったという。 ところが高校3年で出場した大阪国体。準決勝で判定負けを喫し、納得のいかなかった榎はコーナーポストをグローブで殴りつけてしまう。しかも、たまたま皇族関係者が観戦されていたことから問題となって、既に決まっていた自衛隊体育学校への推薦入学が取り消された。 「元々プロになるつもりはなかったんで入学取り消されて最悪でした。秋田帰っても誰も相手にしてくれなくて。それで『もうプロでやるしかない』って逃げるように東京出てきたんです。余談ですけど、ジムを色々回って角海老に決めたのは、糸川さん(ジムマネージャー)にアマチュアの戦績見せたらびっくりしたみたいで、お駄賃3万円くれたんですよ。旨いもんでも食えって。それで即決でした(笑)」
榎洋之
「フェザーは難しいなんて言われるけど、俺はそんなことないと思ってる。だって昔から日本はボクシング大国ですよ。戦後の復興だって火事場のクソ力じゃないけど、日本人は土壇場に強いんですよ。それに俺にはずっと支え続けてくれる人たちがたくさんいるから。秋田の人たちもそうだし、東京にも俺みたいなどこの馬の骨か分からない奴を受け入れてくれて、ずっと応援してくれてる人たちがいる。みんなが俺に勇気をくれるんですよ。世界頑張れって。そういう人たちを絶対裏切っちゃいけないんです。だから頑張れるし、それが俺が今ボクシングをやる源だと思ってるんで」 こんな話を聞いてしまうと、榎という男を応援したくなる理由がよく分かる。世界という舞台で榎の勇気を、そして世界のベルトを腰に巻いた榎の姿をどうしても見たくなる。


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posted by 角海老広報室 |20:47 | コラム-KNUCKLE IS THE SOUL | トラックバック(0)
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