2005年09月20日
[イーグル京和]"最強神話"に向かって
「微笑みの国」タイからやってきた青年は、言葉や文化、生活習慣もまるで違う妻の祖国であるここ日本で自らのボクシングキャリアを開花させた。WBC世界ミニマム級王者として、心・技・体が揃ったより完成度の高いコンプリートファイターへ。少年のようなあどけなさが残る笑顔を浮かべながら、イーグルはさらなる高みに向かって羽ばたこうとしている。 WBA世界ジュニアバンタム級世界王者として前人未踏の19度の防衛に成功したタイの英雄、カオサイ・ギャラクシーに憧れて16歳からボクシングを始めた。プロデビューを経て、バンコクにあるチタラダジムで練習中にキックボクサーとして修行中だった貴子さんと出会い、結婚して来日したのは22歳の時。職業ボクサーとして日本に来たわけではない。だからまずは働き口を探した。しかし、言葉も分からないタイ人の青年には日本での就職は難しく、ならば自分にできることはボクシングしかないと、知人の紹介で角海老宝石ボクシングジムの門を叩いた。身体能力とボクシングセンスには非凡なものがあった。タイでのプロ戦績は5戦5勝2KO。日本デビュー後も負けなしの連勝街道を歩み、2004年1月、12戦目で当時の世界王者ホセ・アントニオ・アギーレ(メキシコ)の8度目の防衛戦の相手に選ばれた。千載一遇のチャンス。試合前から強打を得意とする王者アギーレの圧倒的な有利が伝えられていたが、12回のラウンドが終わり顔を腫らしたアギーレとは対照的にイーグルの顔は綺麗なままだった。判定3-0の勝利、25歳、世界頂点の座に登りつめた瞬間だった。 ところが歓喜もつかの間、悲劇は突然やってくる。その年の12月、イサック・ブストス(メキシコ)との2度目の防衛戦に挑んだイーグルは3回、相手の頭部がぶつかり右肩を骨折して試合を棄権、プロ初黒星を喫し、わずか1年足らずで世界王座の座を明け渡してしまう。骨折するまではイーグルのペースだったことが悔しさの度合いをより大きなものにした。 歓喜から絶望。まるでジェットコースターのようなアップアンドダウンだが、波はもう一度イーグルの元に来る。それから8カ月後の今年8月6日、ブストスを破って世界王者の座についていた高山勝成(グリーンツダ)とのタイトル戦に挑戦する機会を得て、12回のフルラウンドを戦い判定勝利、タイトル再奪取に見事成功した。 JR大塚駅のすぐそばにある角海老宝石ボクシングジムに、イーグルは妻の貴子さん、2歳の長男・琉輝ルンアルンくんと10カ月になる次男・琉斗ルアンリットくんの2人の息子を連れだって取材に現れた。日本語がまだあまり得意ではないイーグルのために、貴子さんに通訳をお願いしたのだが、やはり育ち盛りの子どもを放っておくわけにはいかないようで、「とんでもない暴れん坊」という琉輝くんはジムの広報室で預かってもらうことにした。それにしても、キャッキャッと笑いながら息子2人を両腕に抱きかかえてあやすイーグルの姿を見ていると、彼が世界でたった1人のチャンピオンという肩書きの持ち主であることをついつい忘れてしまう。だが、そんな子煩悩なイーグルが、「絶対王者」の呼び声も高い現WBC世界ミニマム級チャンピオンであることは紛れもない事実だ。取材場所となった喫茶店に入ると、「ゴメンナサイ。コドモ、ウルサイネ」と同席した次男の琉斗くんにケーキを食べさせながら片言の日本語で謝るパパ・イーグル。貴子さんがいるためいつもと違い母国語のタイ語で話せるということで、普段より饒舌にその心の内を話してくれた。 =負けたら国へ帰る= -王者に返り咲いた今の心境は 「まずは僕を拾い、今までサポートしてくれた鈴木会長ほかジムの皆さんに心から感謝したい。本当に嬉しい、ブストス戦での『忘れ物』を取り戻した心境です。それでもいつまでも喜びに浸っているわけにもいかないので、挨拶回りなどを終え、通常通りの生活に戻ってトレーニングを始めています。2度とこのベルトは手放したくないですから」(今年8月王座奪還成功の瞬間) -ブストス戦での負傷、それから高山戦に向けてどう気持ちを整理したのか 「これから、という時だったので怪我をした時は『どうして』と自分の運のなさを呪いました。試合後はボクシングをやめようとも思った。怪我をしてから3カ月間は全く動けず、レントゲンを見たら見事に折れていたので本当に骨がくっつくのかどうかも不安でした。それでも徐々に練習もできるようになり、ジムが高山選手とのタイトル戦をブッキングしてくれたので、最後のチャンスだと思って気持ちを高めていきました。実際、世界チャンピオンだったからスポンサーがついて生活が保障されるけど、僕のような外国人ボクサーは、チャンピオンでなければ何の価値もない。だから高山さんとのタイトル戦で負けたら家族と一緒に国へ帰るつもりでいたし、自分を追い込んでトレーニングをしてきました」 -高山戦に向けて何を重点的にトレーニングしてきたのか 「まずは怪我を治すことに集中しました。しょうがないことでしたが、右が思い切り振れないというのは練習をしていてももどかしく、ストレスにもなりました。高山選手のビデオは一度だけ見ました。サウスポーということで対策も考えるには考えたけど、相手のことを意識しすぎてもしょうがない。それよりいつも通り自分のボクシングを磨くことに集中しました」 -怪我の状態も含め、どのようなコンディションで試合に臨んだのか 「怪我も完治して万全の状態でした。ただ8カ月のブランクもあったし、また怪我をするのも恐かったので試合は8割くらいの力でセーブしてやりました。高山選手は手数も多いので、とにかく常に動いてパンチを貰わないように心がけ、しっかり自分のボクシングができるように意識しました」 -自分の理想のボクシングとは 「打ち合うよりは貰わない、そしてスピード、パンチの強弱があるテクニカルで美しいボクシング。ボクシングはただの殴り合いとは違う、芸術性のあるスポーツだと思ってます。そのためには研究を怠らない。自分のスパーのビデオは家でよくチェックしますし、後はリカルド・ロペスやシュガーレイ・レナードなど素晴らしいボクサーのビデオを見て体の使い方、ゲームプランなどを参考にしたり。特に体の使い方は重要で、結局筋力があってもそれをどう効率よく使えるか、ということを考えないと意味がないので。だから体任せというよりは試合中でも結構頭を使って戦略を考えていますね」 妻と幼い2人の息子を抱える身ではまさに「背水の陣」で挑んだ高山戦だったが、貴子さんは「負けた時の話もしました。タイに帰ったらどうしようか、なんて割と楽観的でしたね。タイには『マイペンライ』という言葉があって日本語にすると『どうにかなるさ』っていう意味なんですね。タイの人は良くも悪くもあまり先の事を考えません。裏を返せば逆境に強いとも言えますけど」と笑う。 タイ北部ピチット県で9人兄弟姉妹の8番目として生まれ、幼い頃には食べる物にも困り、バス代が払えずに通学路にある100メートル近い幅の川を毎日泳いで渡っていたというイーグル。「負けたら国へ帰る」というのも、そんな貧しさを経験しているからこその、絶対に負けられないという決意の表れだったのだろう。インタビューを続けよう。 =母に世界王者になった姿を見せたかった= -敬虔な仏教徒だと聞いているが 「父は今も僧侶ですし、子どもの頃からお寺で食べ物を頂いたりしていました。そういう環境で育ったので、信仰は自分には欠かせないもの。日本に来てからも休日はお寺巡りをしています。中でも板橋区赤塚にある東京大仏は一番のお気に入りですね。お寺の静かな空気の中にいると気持ちが落ち着くんです。一呼吸すれば平常心でいられる精神状態など、ボクサーとしても大変役に立っていますし、やはり今があるのは神様のおかげだと思います。そういえば妻との初デートもバンコクのお寺巡りでした(笑)」 -ホームシックになったりは 「来日直後は正直帰りたくなりました。日本で暮らすことになるとは思ってなかったし、寒いし、日本食が口に合わないしで。大塚の隣の池袋にはいくつかタイ料理店があるんですが、いつもお店の前で妻と食べたいけどお金がないね、って。でも今は生活にも慣れて何でも食べられるようになったし、最近はタイのコメディーをビデオで借りて観たりしてますよ」 -タイと日本という2つの国について 「両方とも特別な国です。タイは貧富の差が激しく、貧しいと見下されたりしますが、日本はそういう事もない。それとやはり僕はこの2つの国に家族がいるので、タイも日本も自分の祖国だと思ってます」-家族について 「2人の息子のためにも頑張らなくちゃ、と思います。また家族がいるということが大きなモチベーションにもなってます。間違ったことはできませんから。父にはタイトル戦の後に電話で話して、チャンピオンになったことを大変喜んでくれました。母は僕が20歳の時に病気で亡くなってしまいました。お金がなくて治療を受けることができなくて……。兄弟はみんなそれぞれの道を歩んでいて、僕がボクシングを始めた時に母は猛反対したんです。そんな危ない事はやめなさい、って。心優しい人でした。お金がなくて大切な母親を失ってしまい、今だったらなんとか出来たのにと思うと後悔しきれません。そして世界王者になった僕の姿を見せたかったですね。今でも財布には母の写真を常に入れて毎日祈りを捧げています」 イーグルはそう言って、少し涙ぐみながら母・ペーンさんの写真を財布から取り出して見せてくれた。イーグルの事を「生真面目で純粋で優しい人」と表す貴子さんは、きっとそんな母の血を継いだのだろう、と言う。取材後ジムに戻ると、父の姿を見つけ飛びついてきた長男・琉輝くんを抱きかかえると、思わずイーグルの頬が緩んだ。 信仰心が厚く、子煩悩で家族を大切にし、笑顔が似合う心優しいチャンピオン。「僕はもっともっと強くなれる自信があります。僕が憧れるカオサイ・ギャラクシーほどのボクサーにはなれていないし、まだまだ未完成です。だからこれからもトレーニングに励んで自分を磨き、どんどん防衛していきたい」とこれからの目標を語るイーグル。「最強神話」に向けていよいよその大きな両翼を広げ始めた。
posted by 角海老広報室 |04:35 |
コラム-KNUCKLE IS THE SOUL |
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