2006年03月15日

[渡邉一久]求めるのは"ビッグマッチ"

渡邉一久の試合には毎回大勢の応援団が駆け付ける。強さだけでなく客を沸かせてなんぼ、そんなボクシングが信条の渡邊ならではの光景。登りつめた1月21日の日本フェザー級タイトルマッチは1RKO勝利という速攻決着、ついにパフォーマンスだけでなく王者の肩書きも手中に収めた。「鳥肌が立つようなビッグマッチがしたい」、そう語る渡邉が次に目指すのは…。

「チャンピオンになってこういうこと言ったら変に思われちゃうかもしれないけど、俺はベルトよりもビッグマッチがしたいんですよ。たくさんの人たちが注目してくれる大舞台で一流の相手と勝負する。負けたら後がないっていう極限の緊張感とスリルを味わいながらボクシングがしたい。それだけなんですよね」

渡邉一久
金髪から坊主頭に変わったが、やんちゃ風なルックスはそのまま。デビューから3年と2カ月、22歳という若さで日本フェザー級王者の座まで登りつめた渡邉一久は、「己が戦う理由」をこう話してくれた。1月21日、同門の先輩・榎洋之が返上した同級王座のタイトルをベテランファイターの阿部元一(ヨネクラ)と争い、1RKO勝利という速攻劇で新王者になったばかり。しかし、渡邉にとってベルトはあくまでビッグマッチの末のご褒美に過ぎない、と言う。 「ジムの先輩の榎さんが巻いてたベルトだったし、他の人には絶対渡したくなかったから正直勝った瞬間はめちゃくちゃ嬉しかったですよ。でもそれ以上に自分の中であのタイトルマッチが今までで一番のビッグマッチだったんですよね」 タイトルマッチが決定したのは昨年末。それから約2カ月にわたり渡邉の師でもある田中栄民トレーナーと、同じくタイトルマッチを控えた小堀佑介とともに3人で集中的なトレーニングを行った。そして試合1週間前のある日の深夜、渡邉はひとり風呂に浸かって考えたという。 「俺、ギャンブルが好きなんですよ。勝つか負けるかの一か八かの勝負が。で、風呂に入ってそんなことを考えてたんですよね。そうしたらこのタイトルマッチは勝てばチャンピオン、負けたらチャンスはもう当分巡ってこない。しかも対戦相手の阿部さんは階級1位の超ベテランで3度目のタイトル挑戦。これで勝てば誰も文句は言わない相手じゃないですか。じゃあこれがギャンブルだとしたら自分は何を賭けるのか。もう自分のボクサー生命しかないなって。正直それまではタイトルにさほど執着があったわけでもなかったんですよね。でも負けたら引退するって決めて、初めて『うわ、これってすげえ勝負じゃん』って思えたんですよ」 渡邉は翌日にその決意を自らのブログで発表。勝てばすべてを得るが、負けたら何も残らないという極限の状況を作り出すことで、このタイトルマッチは渡邉にとって文字通り最高のビッグマッチの舞台となったわけである。一世一代の晴れ舞台となるか、引退を決める最後の花道となるか、この一戦を見届けるために会場の後楽園ホールには渡邉の応援団約400人が観戦に訪れた。そしてその結果は見事としか言いようがない右のアッパーで1R早々にダウンを奪い、そのまま2度のダウンを追加してあっという間の劇的なKO勝利で大勢の観客を魅了した。
渡邉一久
渡邉が試合を振り返る 「あれは完全に田中先生のおかげ。阿部選手はガードが高いからきっと打たれ弱いはずっていう仮説を立ててアッパーの練習はずっとやってきたんです。ところが試合当日、突然田中先生が『今日夢で見たから』みたいな感じで、今までやったことのないコンビネーションをやらせるんですよ。え?って思ったけど、その前の週のタイトルマッチで小堀さんが勝った時も田中先生のアドバイスがあったって聞いてたから、これはもう勝ち馬に乗るしかないなと。勝ってる人の流れに乗るのはギャンブルの鉄則ですから(笑)」 もはやシナリオは完全に渡邉のために用意されていたように思えてしまう。チャンピオンになった今、渡邉は自分の中で次はどんなシナリオを描いているのだろうか。 「帝拳ジムの粟生隆寛君と防衛戦をやりたい。粟生君は史上初の高校6冠の超エリートボクサー、年も1つ下で近いし、自分の階級にそんなボクサーがいるのが俺にとっては奇跡みたいなこと。話題性も注目度もタイトルマッチ以上だし、まさに俺が求めてるビッグマッチなんですよ」 「西の亀田、東の粟生」と例えられるほどの粟生選手は現在、デビュー以来無敗のまま10連勝中。粟生選手にとっても同じ階級で日本タイトルの座を持つ渡邊は、いずれは戦わなくてはいけない相手。亀田3兄弟のブームに沸く日本のボクシング界にとっても、注目の若手同士のタイトルマッチは大きな話題にもなるはずで、渡邊が理想とするビッグマッチの舞台となることは必至だ。渡邉は粟生選手の印象をこう語る。 「ものすごい才能と技術の持ち主。今は向こうの方が強いと思ってますよ。だから俺も必死で練習してそれまでにさらに強くなる。ボクシングは心技体、それに運だってある。勝つチャンスも当然あるし、その反面負けるかもしれない。でも俺はそのスリルを味わいたいから。簡単に勝てる相手とやってもしょうがないんで」 派手な風貌や言動、相手を挑発するようなパフォーマンスなど、若いこともあって一見不真面目そうなイメージを持たれることの多い渡邉だが、19歳でデビュー後、短期間でここまで来られたのは決して偶然ではなく、こうした流れまでも引き寄せるだけの地道な努力をしっかりと積み上げてきたのである。 「確かにチャラチャラしてるように見られるんですけど、ロードもジムワークもやることは人一倍しっかりやってますよ。ただ練習や努力の部分はあまり人に見せるもんじゃないから、表面的には調子に乗ってる感じでいいんですよ。それが俺のキャラクターだと思うんで」
渡邉一久
山梨県南都留郡で生まれ育った渡邉は幼い頃からスポーツ少年だった。小学校に入って水泳、柔道を始めた後、親の勧めもあって野球に没頭。中学を卒業する時、甲子園に出場経験もある地元の名門校・吉田高校を受験するが、定員オーバーのため近くにあった別の高校に振り分けられてしまい、そこで一気に野球への熱を失う。野球以外の何かを探し始めた渡邉は、昔から腕っぷしと体の強さには自信があり、「まだ中学生のやんちゃ坊主が野球以外に何をやるか考えたらボクシングしか思いつかなかった」と振り返る。 入学後、学校に頼み込んでボクシング部を創設してもらい、高校時代にはアマチュアで経験を積んだ。卒業前にはすでにプロ入りの意志を固め、都内のさまざまなジムを見学した結果、角海老宝石ジムに入門した。渡邉はその理由をこう語る。 「田中(栄民)トレーナーがいたことが大きかったですね。エディ・タウンゼント賞を獲ってるから名前は前から知ってたんですよ。そうしたら偶然、角海老に本人がいて、しかも話を聞いたら同じ山梨出身の同郷人じゃないですか。もう運命を感じて卒業と同時にすぐ入門しました」 デビュー後は、2005年4月に当時日本ランク2位でハードパンチャーの竜宮城選手(沖縄WR)と対戦、渡邉自身「もう2度とやりたくない相手だった」と言うほどの激しい試合に判定勝利して一気にランク入りした。4回戦時代に2敗しただけで、現在まで9連勝中の渡邉にはビッグマッチ以外にもう一つ夢がある。 「要するに有名になりたいんです。元々目立ちたがり屋だってこともあるんですけど、ボクシングを通して自分を表現しながら、スポットライトを浴びたい。だから俺はパフォーマンスや演出の部分をすごく意識してるんですよ。そういう意味ではヨネクラのクレイジーキムさんや協栄の亀田兄弟はすごいと思いますよ。ボクサーがもっともっと自分をプロモートしていけば、ボクシング自体も盛り上がるだろうし、ボクサーになりたい若い子も増えると思うし」 ボクシングの世界では何より勝負論が先に来る。ボクサーはその果てにあるベルトを目指して厳しい練習や減量に耐え、身を削る。しかし渡邉にとってボクシングは、長い人生という道に少しばかりの刺激とスリルを与えてくれるギャンブルに似た楽しみなのかもしれない。「記録に残るボクサーよりも記憶に残るボクサーでいたい」と言う渡邉の夢への挑戦はまだ始まったばかりだ。


■渡邉一久プロフィール
http://www.kadoebi.com/boxing/players/index.cgi?n=337

posted by 角海老広報室 |21:08 | コラム-KNUCKLE IS THE SOUL | コメント(0) | トラックバック(0)
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