2006年12月22日
[対談]坂本博之***内館牧子(脚本家)
来年1月に現役最後の試合を控える坂本博之が、ボクシング通で知られ、長年の坂本ファンを自認する脚本家の内舘牧子氏と対談しました。引退のいきさつ、ボクシングのこと、過去の名勝負、子供を取り巻く最近の社会問題まで、予定を大幅に超える約2時間にわたり語り尽くしてくれました。 =自信を持って戦えるのはあと1戦だけ= 内館 「ボクシングワールド(旧ワールドボクシング)の記事を読んで、初めて坂本君が引退することを知ってもうびっくりして、ジムに電話したら本当だって言うから」 坂本 「はい……。そうですね、腰の手術をしてから何年か経ってみて、自分が見せるべきパフォーマンスに限界を感じ始めたというのが正直なところです。打たれても打たれても前に出て、相手の懐に入って強いパンチを打つというのがやはり坂本博之のボクシングであって、それをすることがもうできないとはっきり確信したならばもうグローブを置くしかない。それで11月に入ってから(現役引退を)ジムの会長に伝えました」内館 「私たちファンからしてみると、坂本博之はいつまでもずっと現役をやっているような錯覚に陥ってしまっている所があるのよね。坂本君が言うようにどんなに打たれても前に進み続ける姿をいつまでも見せてくれるような気がして。だから引退の知らせを聞いた時は正直ショックだった。何をやるのにも潮時があるのはもちろん分かってるんだけど、後ろ髪を引かれる思いはない?」 坂本 「人それぞれ考え方はあると思うんですけど、僕の場合ボクシングは試合以前にトレーニングが大事だと思っていて、何試合もやるのと同じくらいトレーニングをしないと試合はできないし、試合はどれだけ練習してきたかという成果の表れでもあるんです。だからもう十分なトレーニングができないことを体感してしまった以上、自分としてはそこをごまかしてできないというか」 内館 「こういう機会だからもう少し聞きたいんでけど、具体的に『あ、もうダメだな』と思った瞬間があったの?」 坂本 「ロードワークとか基礎トレーニングは問題ないんですが、やっぱり実戦練習ですね。別にダウンをしたりするわけじゃないんですけど、例えばパンチをもらって昔だったら前に行けたところを後ずさりしてしまったり、相手のパンチに合わせる動作が遅かったり。他人から見たら些細なことかもしれないけれど、そこは自分でしか分からない部分だと思います」 内館 「それは気持ちでカバーできるレベルじゃないのね?」 坂本 「はい、気持ちの問題というよりはやはり身体能力の問題なので」 内館 「他人から見たら何でもないような些細なことだけど、自分としては気づきたくない部分なわけじゃない。そこに気づいてしまった時はどう思った?」 坂本 「やっぱり寂しかったですね。でもこれは前から気づいていたことで、それから色々なトレーニングを取り入れてなんとか身体面を強化しようと試みたんですが、あれもやってこれもやってそれでもダメな場合はと考えた時、もう『死』しかない。パンチを貰って倒れるだけしかない」 内館 「でもきっとそれはファンは見たくないわよね」 坂本 「そう、ファンはいつまでも頑丈で強いパンチを打ち込む坂本博之が見たいと思うんです。死なないにしろ、じゃあ僕が足を使ってアウトボクシングするのを見たいかというときっとそうではない。それは騙しながらやってることですから。なにより自分の自信が薄らいでいくのが分かるし、自分をぎりぎりまで追い込んでトレーニングをして、自信を持って戦えるのは本当にあと1戦だけだと思います」 内館 「そこが坂本博之のプライドなんだと思う。坂本君の戦績を見てもよく分かるけど1戦1戦燃え尽きるまで戦ってきたっていう感じだもの」 坂本 「はい。どんな相手だろうと強い気持ちを持って絶対に叩きのめす、そういう思いでこれまで戦ってきた自負はあります。だから過去と同じように今は現役最後の試合に向けてベストを尽くすだけですね。1月6日はもう関係なく大振りでバンバン行きます。最後は自分のスタイルで締めくくりたいと思うんで」 =ボクシングに必要なのは「我慢力」= 内館 「坂本君にとってのボクシングっていうのは『仕事』なわけでしょ。普通の人は長い間それだけの情熱を注げる仕事に出会えないと思うのよ。自分のやりたいと思った仕事に就くことがまず難しいし、しかもその世界で一流になりさらにその後も当時の熱い思いを持ったままやっていくのは簡単じゃないもの。坂本君はそういう仕事に出会えたってすごいことだと思わない?」 坂本 「そうですね。小学校3年生の時に養護施設のテレビで観たボクシングの世界は衝撃的でした。スポットライトを浴びてすごく華やかで。即座に自分もその扉を開けたい、そう思いました。今もその当時の思いのままボクシングをやれているということは僕自身にとって誇りになってます」 内館 「しかもその世界で一流になる素質まで与えられてたわけだから」 坂本 「この頑丈な体がなければ僕のひたすら前に出るボクシングというのは出来なかったわけですから。本当に親に感謝してます」 内館 「私は世の中で一番大変な職業はプロボクサーだと思ってるのよ。もし私に息子がいてボクシングをやりたいって言われたらすごく悩むと思うのよ。私はセレモニーで一度リングに上げてもらったことがあって意外と狭いのに驚いた。しかもリングだけが明るくて、客席は真っ暗で、異様な雰囲気。ここで拳だけで戦うことを想像したら恐ろしくなった。坂本君は恐いと思ったことってない?」 坂本 「それはないですね。恐いと思ったらリングに上がれませんから。もちろんただの殴り合いじゃなくルールや技術がある中でやってるんで。僕はボクシングが他の格闘技に比べてより求められる部分は何かと聞かれたら忍耐力だと答えます。もっと分かりやすく言うと我慢力ですね」 内館 「それはどういう意味?」 坂本 「プライドやK-1というのは一撃で終わることが多いんです。ただボクシングの場合は拳という限定された武器で戦うからほんの数センチでも芯を外すと効かないんです。だからなかなか倒れない。10ラウンドを超える試合も多いし、本当に我慢比べなんですよ」 内館 「この間のクレイジー・キム選手のタイトルマッチも最後の1秒でキム選手が倒されて。あと1秒で勝ってたのに」 坂本 「限界の限界まできてたんでしょうね。本当だったら10ラウンド終わって立てないような状態だったと思いますよ。練習だったらもう即ストップだろうけどやっぱり試合だから。僕の畑山戦もそうだったけど最後は本能の勝負になってくる」内館 「なんだかまさに人生よね。諦めちゃいけない、捨てちゃいけないのよね。それってボクシングに関係なく坂本君の生き方そのものじゃない?」 坂本 「はい、やっぱり諦めたら終わりなんで。僕は物事を『たられば』を考えることが好きじゃなくて、その時その時にどれだけ頑張れるかっていうのをリングの上で表現してきたつもりなんで。ジムのホームページの応援メッセージを見るとそれは伝わったのかなと思います。今をそれをモチベーションにして最後まで頑張ろうという気持ちです」 =敗北を受け入れられなかった畑山戦= 内館 「今日の対談の前に私が初めて坂本君の試合を見たのはいつかしらと思って調べてみたら、93年12月のリック吉村との日本タイトルマッチだったのよ。今からもう13年前になるのかしら」 坂本 「そんなに前から試合を観て頂いていたのは知らなくて、本当に有り難うございます。リックとはその後ボクサーを超えた大親友になりました。彼はその後にまた僕とやりたいっていうモチベーションで日本タイトルを22回も防衛した凄い男で、人間的にも素晴らしい人です」 内館 「そうよねえ。リックの凄さはもう佇まいに表れてるから。それにしてもライバルとも親友になれるところが坂本君の魅力のひとつだと思う。あの試合当時はまだ坂本君も若くてね、色白の男の子っていう印象。でもファイトスタイルは今と変わらない恐いもの知らずのボクシングで、初めからすごく好きになっちゃって。それからは試合はよく観させてもらっていて、99年以降の試合は全部観てるわね」 坂本 「有り難うございます」 内館 「でも私にとってはなんと言っても2000年の畑山戦。あの試合は私の中でボクシングのベストバウトと言えるほどの名勝負だったと思う」 坂本 「試合が終わってから内館先生から直筆の手紙を頂いて熱い思いがすごく伝わってきました」 内館 「あら覚えていてくれて嬉しいわ。私は坂本君の最後のダウンシーンが忘れられないの。きっと倒れたくないっていうファイターの本能からだと思うんだけど、ゆっくりとまるでスローモーションのように倒れていったのよね。今思い出しても鳥肌が立つくらい。あの試合を見てボクシングの素晴らしさと坂本博之の凄さが分かったし、人生でこういう試合を観させてもらってすごく幸せだなって思ったの。坂本君はあの時のこと覚えてる?」 坂本 「いや正直よく覚えていなくて、倒れたことすら分からなかった。記憶はないんですけど、僕は無意識で立ち上がろうとしたらしくて、そこでタオルが投げられてレフリーストップになるんですが、どうしても納得できなかった。それで家に帰ってビデオを見たら僕が倒れてるじゃないですか。僕はそれでも納得できなくて、次の日の朝から走りました」 内館 「えー、あの試合の翌日に!?」 坂本 「はい。実はあの敗戦を受け入れることができなくて、その翌日から毎日横浜アリーナに行こうとする自分がいるんですよ。『あ、今日試合だぞ』ってトランクスとシューズを用意する。するとトランクスに血が付いていて試合が終わったことに気づかされるんです。それを何日か繰り返しました」内館 「(ため息まじりに)へえー、それはまた凄い話よね」 坂本 「あの試合から解放されたきっかけというのが、辰っちゃん(辰吉丈一郎選手)の大阪の家に遊びに行った時なんですよ。試合が終わって『遊びに来いよ』って誘われて、メシをご馳走になったら急に力が抜けて。それから辰っちゃんの家で3日3晩寝続けました(笑)」 内館 「そんなことがあったの。つくづく驚かされるわね。あの試合に関して言えば、畑山選手が引退する時に『あの試合でモチベーションが尽きた』って話したこともよく覚えてるわ。畑山選手があの試合で燃え尽きたのもすごくよく理解できる話だと思った」 坂本 「畑山もそういう思いで戦ってたと思います」 =記憶に残るボクサーとして= 内館 「相撲でも野球でもそうだけど、おじいちゃんたちが往年のスターについて語り合うじゃない。でも名前が挙がる力士や選手というのは必ずしも記録を残したからとは限らないでしょ。いくら現役時代に輝いていても後年になって忘れられる力士や選手もいるわけだから。でも坂本君は30年、40年経った後でもボクシング好きのおじいちゃんたちが『坂本ってすごかったよなあ』ってきっと語ると思う。坂本君にしても畑山選手にしても本当に記憶に残るボクサーだもの。記録を残すこともすごいことなんだけど、やっぱり人々の記憶に残ってこそその世界の一流、成功者だと思うのよね」 坂本 「そうやって思って頂ける人がいるというのは有り難いことです」 内館 「でもどう? 今までずっとボクシングをやってきた中でつくづくボクシングをやって良かったなって思うことってあった?」 坂本 「うーん、今はまだ現役なのでそこの部分はまだ考えたことがないんですけど。でも今でも一つ言えることはボクシングを通してたくさんの人から愛をもらったということですね。それはボクシングをやっていなかったら感じられなかったことかもしれない」 内館 「でも坂本君ってある時期からすごく明るい顔つきになった感じがするんだけど、それってどうしてだろ?」 坂本 「それは僕のトレーナーをやってくれているフセイン・シャーとの出会いが大きいのかもしれません。ソウルオリンピックの銅メダリストでパキスタン人なんですけど、とにかく陽気な奴で。シャーがいつも僕に言うのは『サカモト、もっとスマイル、スマイル。ボクシングはもっとエンジョイだよ、苦しい顔してやっちゃダメ』って」 内館 「シャーね。あの人ってもう日本にずっといるのに全然日本語がうまくならないのよね(笑)。それがまたかわいいんだけど」 坂本 「でもああ見えてパキスタンではずっと路上生活をしていて、雨宿りができるからってボクシングジムに入門したそうで。その話を聞いた時に『お前もそういう暮らししてたんだ』って驚いたんですよ」 内館 「そうなの。そういうことを感じさせないくらいすごく明るい人だものね。でも坂本君の試合に行くとファンクラブの方たちだと思うけど、みんなでお揃いのTシャツを着て一生懸命応援してくれてるでしょ。本当に愛されてるんだなあって」 坂本 「ボクシングを始めて実際に社会に出てみてシャーはもちろん色んな人たちとの出会いだったり、周りがすごく愛情を持って接してくれるんで、それまで大人たちや社会に抱いていた不信感も『あ、本当は違うんだ』って思えました。それからは苦手だった人との交流も楽しくなって、やっぱり人間は愛情が必要なんですよね」 =愛情の大切さを子供たちに伝えていきたい= 内館 「そういう意味では今世の中ではいじめを苦に自殺する子供が増えて大変な社会問題になっているけど、坂本君はそういう状況をどう思う?」 坂本 「非常に残念な問題だと思います。最近取材を受けるとボクシングの話だけじゃなくて、今の子供たちを取り巻く問題について見解を求められることが多いんですね。この間も僕なりに話したんですけど、本来は子供たちっていうのは周りの大人たちが正しいことや間違ったことを教えていかなきゃいけないと思うんです。でもその大人たちが今それを拒否してるんじゃないかなって。色々しがらみがあって大人たちにも余裕がないじゃないですか」 内館 「その通りよね。坂本君は元々子供たちの支援活動をプライベートでやっているけど、それはこれからも続けていくつもり?」 坂本 「もちろんです。養護関係の人たちとの付き合いもあるし、まずは僕が積極的に彼らの元へ足を運んで寂しい子供たち、気持ちがハングリーな子供たちの声を聞いてあげたい。大人たちが与えるべき愛情を少しでもいいから彼らに与えてあげたいんです。先生や親たちができない部分を僕がお手伝いできたら良いと思います」内館 「引退後の人生を考える時、そうした活動が坂本君にとっても大切になるわね」 坂本 「そうですね。今やっている『心の青空基金』はもっと大きくしていきたいですね。そして愛情の大切さだったり、諦めないことだったり、僕が自分の人生そしてボクシングから学んだことを子供たちに伝えていけたら良いなって思いますね」 内館 「素晴らしいことだと思うわ。私も微力ながら是非協力させて下さい。とにかくまずは1月の試合まで全力で走るだけね。堂々とした最後を飾って下さいね。私も絶対に観に行くわ」 坂本 「今日はお忙しい中、貴重なお時間を有り難うございました。とても楽しかったです。試合が終わったら是非お食事にでも行きましょう」 内館 「嬉しいわ。楽しみにしてます」
■プロフィール 内館牧子::脚本家 1948年9月10日生まれ、秋田市出身。武蔵野美術大学卒業後、三菱重工に入社。 13年間のOL生活を経て脚本家に。代表作には『都合のいい女』(フジテレビ)、『週末婚』(TBS)、『汚れた舌』(TBS)、『ひらり』(NHK朝の連続テレビ小説)、『私の青空』(NHK朝の連続テレビ小説)、『毛利元就』(NHK大河ドラマ)など。 93年には『ひらり』で第1回橋田寿賀子賞受賞。現在東北大学大学院文学研究科に在籍し、相撲をテーマに宗教学を専攻。また女性初となる日本相撲協会の横綱審議委員を務め、東北大学相撲部監督でもある。 ■坂本博之プロフィール http://www.kadoebi.com/boxing/players/index.cgi?n=339
posted by 角海老広報室 |23:30 |
対談・インタヴュー |
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Re:[対談]坂本博之***内館牧子(脚本家)
畑山戦の後親友の辰吉丈一郎の家で三日三晩寝続けたというのがとてもすごいと思いました。ところで、=敗北を受け入れられなかった畑山戦=のところで内館さんが「でも私にとってはなんと言っても95年の畑山戦。あの試合は私の中でボクシングのベストバウトと言えるほどの名勝負だったと思う」
とおっしゃっていますが、この試合が行われたのは95年じゃなくて2000年じゃないですか?
posted by 坂本博之ファン | 2007-03-08 16:50






