2008年08月27日

『トレーナー』村木田一歩

『トレーナー』村木田一歩
ごくごく稀には、どんなトレーナーが付こうと関係なく、あれよあれよ言う間に、 世界チャンピオンにまで上り詰めてしまうような天才型のボクサーもいるようだ。 彼はもともとボクシングに向いた筋肉や動体視力、反射神経など抜群の身体能力を持っていて、 メンタル面の自己管理力も備わっているし、、走り込みを含めた日々の地味な練習も、 天候に関係なく黙々と自発的にこなすような、 そんな全く手のかからないボクサーだ。 で、それならトレーナーは全く要らないのかというと、やっぱり必要なのだ。 なぜなら、特定のボクサーを継続的に見ていると、本人が自覚できていないような変化、 それはいい方向の変化の場合もあれば、悪くなっている場合もあるけど、 とにかくその微妙な変化をトレーナーが察知することによって、そのボクサーに的確なアドバイスを送ることができるからだ。 実際の試合において殆どのボクサーは、練習でやってきたこと以上のパフォーマンスはまずできないと言っていい。 ラウンドが進むにつれて、思うように戦えていないような場合、 彼の中には不安が充満しフラストレーションが溜まり、パニック状態に陥りがちだが、 そんな時こそ、トレーナーのアドバイスが必要になる。 何を練習してきたかを思い出させ、そのボクサーが理解できる種類と、量の言葉を彼の耳に吹き込んでやるのだ。 だから、試合中間断なく単にズーッと怒鳴りまくるっていうやり方は、 思いのほか効果が上がらないのではないかと思っているし、 そもそもそういうのはルール違反でもある。 つまり、単純にボクサーを褒め上げたり、気持ちの持ち方についてアドバイスするならともかく、 あの場で戦術や技術面をまくし立てても、当のボクサーにそれほどの吸収力は期待できないと思うわけ。 自分としては、ラウンド間のインターバルの際に、1つか2つにポイントを絞ってアドバイスして、 後は静かに見守っているようなトレーナーがいいな。 面白いのは、トレーナーの経歴の違いが教え方の違いになって現れること。 そのトレーナーの個性つまり、彼の独特の手癖、足癖が育てられたボクサーに受け継がれていくのを見るのがとても、とても面白い。 それはまず、スタンスとか構え方に如実に出てくる。 つまり、ボクサー各自の個性の中に、徐々にトレーナーの色が混じっていくということ。 それからトレーナーは、自らがやってきたということと、他人を教えるということには大いに違いがあるというのを、 押さえておくべきではないかとも思っている。 これは他のスポーツ分野でも言えることであって、名選手必ずしも名コーチにあらずということ。 ボクシングで言えば、元チャンピオン、元ランカーだけが、教え上手というわけではないということは幾つもの実例が示している。 そのずっと手前の実績しか持っていない名トレーナーの例も多いのだ。 ボクサーとトレーナーとの関係は、文字通り裸の付き合いになるので、お互いの肌合いというものがとても大切になる。 どうにも相性の良くない者同士の組み合わせは、だから悲劇にさえなる。 この辺りがなかなか難しいところで、そのボクサーの人生が係っているいるとさえ言える。 どうぞ、たくさんのいい出会いがありますように……。 最後になるけど、ボクサーはトレーナーによって育てられるというのは当然だけど、 トレーナーの方もボクサーによって成長するっていうのも本当らしいよ。


posted by 村木田一歩 |13:39 | コラム-リングサイド | トラックバック(0)
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