2009年12月31日

大分サポータとの忘年会

今年、最後の某サポータの方々との忘年会に参加した。

皆さん、大分トリニータを愛する気持ちはとても強く、JFL時代から応援している方々もおられる。

今年はどうして、こうなったのか?これからどういう方向へ進めばよいのか?色々な方々とお話して、とても有意義で楽しい忘年会だった。

今年の大分の事を話せば、本当に長くなる。でも自分自身が知っている範囲で感じたことを話したつもりである

2008年~2009年シーズンは大分トリニータにとって、百年の歴史の中でも記憶に残るシーズンになるであろう。それほど、多くのことが凝縮されたシーズンだったように思う。

その中でフットコムの話が出てきた。是非やりたいね・・・と皆さん方も乗り気だった。フットコムは毎回ゲストを呼んで色々な話を聞く会合であり、だれでも自由に参加できる。football communicationである。
10年前やっていた頃は、韓国サッカー、サッカー協会とは、芝生管理について、監督業について、等など多彩なゲストから話が聞けてとても理解が深まっていったように思う。

今は聞いた内容をそのままネットで配信もできる。

今日から高校選手権が始まった。私たちの頃は、神戸の阪急ブレーブスの西宮球場の横にある、スタンドもないグランドだった。優勝は藤枝東高校と秋田商業の2校優勝だった。相当、昔の話である(笑)。

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2009年12月29日

サッカーが上手になる選手

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毎日のようにグランドに出てサッカー指導するということは、どういうことなのか?春夏秋冬・・・指導する立場で数十年間の間、サッカーというスポーツとお付き合いしていると、さまざまなサプライズに出会う。そして、そのたびにサッカーという競技へ引き込まれていく。 それは、たまにJリーグの試合を見たり、日本代表の試合を見ただけでは発見できないものであろう。 サッカー脳を作った子が早く伸びる、遅れてサッカー脳ができあがる子は大器晩成型だ。本能で遊び、本能で上手になっていく子・・・グランドでは多くの選手に出会い、多くのプレイに出会う。それはある意味、毎日が新鮮な驚きでもある。 サッカーが上手になるような環境、指導者はそれを「言葉」で作ることがメインになる。従って、指導者は勉強しなければならない。学ぶ意欲をなくしたら指導放棄である。 ピッチで何を考えて、何を語りかけていくのか、奥は深い。 今日から練習が休みになった。年賀状がまだ残っている。明日は大掃除・・・色々と忙しい。 元旦決勝は、名古屋対G大阪になった。仙台も粘ったが・・・よくやった。手倉森監督もすばらしいチームを作った。選手がアグレッシブに戦っている印象だ。 ところで大分、これからの営業力が気になる。年チケがまだ700~800・・・昨年の今頃は4000を超えていたそうだ。袖やパンツのユニフォームスポンサーもまだ決まっていない・・・というか、活動していないのでは?スポンサー周りも年明けからであろうが、今回の件で700社のスポンサーがどう対応するか?とても不安である。 営業力の強化が当面の大きな課題であろう。


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2009年12月28日

アクセス50万超え、新社長決まった大分トリニータ

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アクセスが50万を超えた。確か今年の1月、お正月明けに立ち上げてから丁度1年、1日平均にすると1370/dayになる。 それにも増して驚くのは、大分トリニータの今年1年の劇的な変化である。ブログを始めた時、年末の今の状況は誰一人として想像だにしなかったはずである。 14連敗、主力選手負傷、芝生悪化、監督交代、J2降格、新監督10戦無敗、スタジアムでの弾幕事件、社長交代、経営難、選手流出多数、さらに監督交代・・・よくこれだけ起きるな・・・というぐらいに色々あった1年間だったように思います。 その大分トリニータの新社長が決まった。現在、代行を続けている青野氏である。青野氏は、今年9月から大分県から出向して、経営企画を担当された方である。そして、ここ数年、ずっと大分トリニータに県職員として関与されてきた方でもあるので、チーム事情や経営事情は、ず~っと見続けてきた方でもある。 後は、どういう方向に、何をかてに、どこまで進んでいくのか。しっかりとコミュニケーションを選手たちと話し合って、一体感を作ってほしいと思います。 もうひとつ気になるのは強化部長、是非残って新チームを支えて欲しいと思っています。社長も去り、強化部長も去ったら、積み上げてきた様々な人的なネットワークやノウハウがすべて崩れてしまう。 これは積み上げるのに5年以上はかかる。そして積み上げることは並大抵ではない。この辺は、一般企業と大きく異なる面でもある。 明日は天皇杯準決勝、仙台がどこまでやれるか?興味深々である。 誠さんのチームを見てみたい。今年、宮崎で会って以来である。


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2009年12月27日

サッカーはサッカーを見続けることで文化が形成される

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大分トリニータができる前の大分はどうであったか? それは、大分のみならず、日本の地方都市は同じスポーツ環境だったように思います。 私たちが目にするスポーツで何が1番多かったか? まずはプロ野球、TV中継で巨人戦に見入る。そして巨人ファンが増えてくる。読売、日テレグループの戦略であることに、まったく疑問すら抱かなかった。巨人ファンが増えれば、次に反巨人ファンが増える。巨人対阪神戦の中継日は残業もそこそこに早く帰宅したものだ。 そして阪神を応援する会を作る。優勝すれば、この大分の地でも祝勝会を開く。甲子園に一度も行かずに、時々のTVを見てのみで阪神ファンになる。なぜ、このようなことが起きるのか?阪神のどこに魅入られるのか? それは毎日、プロ野球の試合が行われて、全国にTV中継されて、それを見る視聴者がいるから成しえたことなのである。 野球は戦後、なにもない時代に時流に乗って、ファンを増やしてきた。時の読売の正力松太郎さんの夢と戦略が当たったのである。そして、そのことは、野球が日本人に合った競技で成長してきたことではなかったはずである。 かようにして極東の国、日本には野球というスポーツの文化が成長して、他の世界国家とはスポーツでは異なる1面を見せていたのである。 野球はなぜ、遅くなってオリンピックに組み込まれて、そしてオリンピックから外されたのか?こういった事実は意外と知られていないように思います。 野球の競技人口はどの程度か?クリケットと同じレベルの競技人口という話を聞いたことがあります。我々日本人はクリケットという競技をほとんど目にしたしたことがありません。 15年前に大分トリニティだった頃、FIFAライセンスを持ったフランス人が留学で大分に来て、少し指導していた時期がありました。その時、グランドの端で行っている野球を見て、「あれは何というスポーツだ?」と聞かれたことがありました。一瞬、何を言っているのか、理解できませんでした。「ベースボールだ」と言うと、クリケットに似ていると聞いていたが、見るのは初めてだと語っていました。 大分トリニータができて、2週間に1度、ホームで必ずサッカーの試合が行われています。負けても、勝っても、昇格しても、降格しても、試合があり続けることが、とても大事であると思います。そのことがスポーツのサッカーの文化を膨らませていくのではないでしょうか。 TVで見なくても、生で観戦できる環境は、失った時にその存在の大きさに初めて気がつくものなのかもしれません。 大分がJFLだった頃、福島FCがありました。福島国体の時に強化してできたチームでしたが・・・資金不足で存続できなくなり、解散しました。そして今、Jリーグを目指すチームが福島県郡山にできています。あの時、福島FCをなぜ死守できなかったのでしょうね? 大分もあの時期、朝日ソーラの社会的問題が起こり、資金不足で解散の危機にありました。でも大分は溝畑宏という男が「死守」しました。彼が知事に「もうお金ないので、止めます」と言えば、すぐに終わったことでしょう。そうすれば、ナビスコ優勝もなかったし、4位もなかった。そして、昇格も降格もなかった。何も無くなってしまったことでしょう。 「続ける」ということはとても大事なキーワードだと思います。


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2009年12月27日

サポータの力

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1993年、Jリーグが発足するまで存在がなかったサポータという言葉。 Jリーグ発足以前はさみしいものだった。ある思い出がある。1975年、里帰りのついでに国立に天皇杯準決勝をバックスタンドで見学に行った。 ヤンマー対?だった。釜本がエースで絶対だったヤンマー、鬼武監督だったかな?。枯れた国立の芝生、バックスタンドには2~3百人しかいなかった。そこに現れたお爺さん、太鼓と鐘を叩いて周りの方々を懸命に拍手に誘っていた。「あの人たちは誰?」と一緒に行った友人に聞いたら、「嘱託の方でこういう活動を仕事にしてやっているんだよ」と教えてくれて驚いた。 ヤンマーの応援団席にいた方々にワッペンを配ったり、1試合中に太鼓と鐘で拍子をとって懸命に応援していた姿が印象に残っています。ヤンマーは今のC大阪の前身です。 それから、約20年後の1993年、「ファン」ではなく「サポータ」という新鮮な言葉が世を魅了しました。同じ、マフラ-を巻き、同じレプユニを着て、チアホーンを鳴らす。 そして1994年、大分トリニティ発足。ここで初めて太鼓をリズムカルに叩いて、拍手を誘う本当の意味での応援するサポータという方々が大分にも現れました。1996年1月のJFL決勝リーグの昇格戦には、大分市営陸上競技場に史上初めて7千人以上の観客を集めて、それなりの応援ができて、昇格に涙した方々をたくさん見てきました。 そして九州石油ドームができてから応援が一変していきます。多くの応援弾幕、一体感のある声量、力強い応援に変化していきました。 でも見えないところではいろいろあったようです。応援は不特定多数の方々が自由に行えます。そういう中で信条、手法などが異なってくると正解がありえない世界ですので軋轢がおこります。これはどのクラブのサポータでも起こっていることです。 そういった中で毎試合、話し合っている大分のゴール裏の皆さん方は、一体感を演出して、ほんとうによくやっていると思っています。 社会的にも認知?されているサポータ。やれることは大きく二つあるように思います。 一つはメッセージの発信。今、私たちはこう思っている。今、私たちはこう考えている。そういった思いを、弾幕、あるいはマスコミを利用して世間に発信していく力。メッセージの発信力があると思います。 もう一点は行動力。応援の行動以外に、今回動いた募金活動などもその行動力の一例であろうと思います。 さらにもう一点追加するならば、社会を動かす力だと思います。これはある大学のスポーツ社会学の先生に言われたのですが、これだけ大きな力になったことは、社会に対して、もっともっと発信、行動していくべきである・・・と言われたことがあります。 今は亡きゴール裏のリーダ加藤雅也とよく飲んだ時に、「お前、市議か県議に立候補しろよ」とけしかけたことが何度もあります。これだけ大きくなったグループから議員が出ても、何ら不思議ではない。鹿島、浦和、なども当然ながら当選して活動している。 仲間が出るということは、それだけ社会に向けて発信力も強くなるし、そのことは当然、責任を重くなるわけです。 でも雅也は、太鼓が叩けないと言って断っていましたが・・・(笑)。 ピッチでの選手の応援が1番のメインであるのでしょうが、そういった面でもこれからのサポータは考えていくべきであると思います。


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2009年12月26日

大分前社長、国土交通省観光庁長官へ

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近くの林神社、毎年初詣に行っている。 樹齢8百年の杉の木、神社仏閣は日本史の宝庫だ。 溝畑宏、前大分FC社長が国土交通省 観光庁長官へ年明けそうそう正式就任する。昨年10月に庁に格上げされた主要ポストである。 国として多くの外国人観光客の受け入れは重要な課題でもある。そしてそれは誰にでも容易にできる任務ではない。それなりの器量と才覚、実行力が要求されるポジションではある。 彼は大分にはいない人材である。大きなことを企画して、成しえていく人間は、それなりの夢と希望を持って進んでいる。大分県外に出すことは人材流失でもあり、とても残念である。 これから国の要人として、他国の多くの要人と会うことも多くなるだろう。多くの人との出会いは、自身の成長を大きく拡大させる。そういった中で、もっともっと大きく飛躍して欲しいと願っている。 本人も妻は大分トリニータ・・・みたいな、ある意味、がむしゃらな生活を送ってきたので、自分自身を振り返ったり、余裕がない生活を続けてきた。 これから音楽を聴いたり、絵画を観賞したり、そういったことにも頭の中は寄っていくのかな・・と思っていたら・・・国家の長官に・・・さらに忙しい生活になるのかな~?健康が心配だ。 しかし、日本サッカー協会にしても、Jリーグにしても、身内から国家のポストに付く人材が生まれることは、喜ばしいことである。 また忙しい生活になるのかもしれないが、海外に行っても大分の試合は、きっと携帯でチェックしていると思うし、東京での試合ならば、こっそりと顔を出すかもしれない(笑)。 いずれにしても健闘を祈る。


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2009年12月25日

サッカー競技の面白さ

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風が吹けば桶屋がもうかるといった・・・論法。 日露戦争の日本海海戦での三段論法。 一発勝負で玉砕するのではなく、これがダメならばこれ、これもダメならばこれ、それがダメならば・・・・ ・・というように、多くの引き出しを脳の中に持っていることが、選手にとっても、指導者にとっても、それはもっとも大事なことなのである。 昔、何の本だったか覚えていないが、脳裏に焼き付いている文がある。ドイツに渡った日本の強いスポーツクラブの少年チームがドイツと合同合宿を行った。 1対1、おっ、日本人の方がテクニックがあって上手じゃないか。 2対2、互角で張り合えているな~。 3対3、ドイツ少し優勢。 4対4、ドイツ優勢。 5対5、ドイツ優勢。 6対6、7対7、8対8・・・・ドイツは優勢だった。 1対1では優勢な日本人だが、複数になるとなぜ劣勢になるのか? その時のドイツの少年にあって、日本の少年になかったこと。 ・複数の味方選手に、パスの要求。逆にポジションの要求を、ドンドン行って、とにかく飛び交うコミュニケーションの多さだった。 ・もう一つは試合の流れを感じきる感覚を持っていたこと。劣勢時、攻勢時と、いろいろな局面の流れを、しっかり感じ、何をしなければいけないのかを感じてプレーをしていた。 という文を読んだことがある。 日本人の昔からある競技、柔道、剣道、相撲は1対1です。野球も投手と打者の1対1が主です。 複数の人間で一つのボールを動かしながらやるスポーツは、サッカー、ラグビー、ハンドボール、バスケットボール、アメフト・・・。 これらのスポーツは世界の強豪と真剣勝負して劣勢な競技ばかりです。日本人はこれらのスポーツの本質を、まだまだ理解していないんじゃないだろうか・・・と、フト思うことがあります。向いているとか、適合していないというのではなくて、どう考えてよいのかわからなくて、迷っているのではないでしょうか。 マスコミの報道を見ても、すごいシュートシーン1本を放映する。世界の素晴らしいゴールシーンを連続でオンエアする。実は指導者にとって、これほどつまらないシーンはないんです。 時々、プロ野球と同じ感覚でシーンを再現したりするのは、明らかに間違っているし、競技の本質を理解していないように思います。 攻守の切り替えはどこから始まったのか、その時の判断力は、姿勢は、距離感は、角度は、視野は・・・・なかなか、ここは放送しない。2本前、3本前、4本前のパスから考えきれば、よりサッカーはおもしろくなる。 昨日、前社長から電話ありました。今日、就職先が発表されるそうです。「発表される・・・?」・・・。そうです、発表されるんです。それしか言えません(笑)。あっと驚く××五郎・・・・・か!


posted by kabosu |05:02 | 大分トリニータ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年12月24日

大分トリニータをキーにスポーツを語る

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夏、トマトが実っていた時期が懐かしい・・・。 昨日、福岡から来たサロン2002の仲間と食事した。 今度、大分でサロン2002を開催したいと企画中である。 サロン2002はサッカーをキーにスポーツの社会学的な意味や、経済的な意味、心理学的な意味、歴史などを掘り下げて語る会でもある。 「大分トリニータはあなたにとって何なのですか?」 昨年から今年にかけて、大分トリニータに起こっていることを、東京から見ている人の眼に、どう映っているのでしょうね。 逆に、大分に住んでいる私たちは、今、大分トリニータに起こっていることを、どう考えて、どう咀嚼して、どう考えてよいのか?わからないのではないでしょうか。 今から50年後、大分トリニータが存在するならば、その頃、2008~2009年をどう振り返るのでしょうか? 今、起きていることは、1冊の書籍にもなりゆる、とても大事なものが、たくさん詰まっている歳月のような気がするのです。 「スポーツとは」 「地方とJクラブ」 「Jクラブがある街のライフ」 「スタジアムと観戦文化」 「ホームタウンって、何ですか?」 「応援文化って何ですか」 「スポーツ文化って・・・」 「サポータって何ですか・・・」 「クラブ経営の視点から・・・」 その道の大学の先生なども呼んで、多彩なゲストでシンポジューム形式でやりたいなと、思っております。まだ、企画段階です。 昨日からサポータを含めて、人の多い市内11か所でトリニータ支援の募金活動が始まった。お疲れ様です。家内も買い物に行っていて、募金してきたと言っていた。 私は高校サッカーリーグの試合と、審判で身動きがとれず・・・。審判をすると強いチームであれ、弱いチームであれ学ぶことは多々ある。それは強いチームより、弱いチームの方が多いような気がする。 あきらかにミスの数は多い。その一つ一つのミスの要因を主審をしながら考える。なぜ、そちらに動くのか?その体の向きでボールが受けれるのかい?さまざまな思いが頭の中で廻りながら笛を吹く。 そして、どういうトレーニングが良いのか考える・・・。 体調はきつい。抗生物質を飲んでいる。 今日は、普通授業で明日から冬休みだ。寮も今夜から閉鎖である。 28日まで通学生で練習は続ける。1月16日から高校サッカー新人戦が始まる。 5年生は卒業研究の追い込み時期で、夜遅くまで電気がついているようである。あっという間の1月、そして2月の学年末試験、3月の春休み、卒業式、春合宿、入学式とやってくる・・・。


posted by kabosu |05:07 | 大分トリニータ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年12月22日

M1チャンピオンはサッカー少年


先日、行われたM1グランプリ。優勝したのは・・・何と・・・「哲チャン・・」じゃないか!

パンク・ブーブーの二人のうち、背の高い子は大分市内の同じ団地に住んでおり、わが次男坊とは仲が良く、家にもよく遊びに来ていた。

地元の横瀬サッカースポーツ少年団で哲チャンは、センターバック。次男坊はCFだった。身長もあり、ヘディングも強く、なかなか抜かれない1対1に強いDFだった。時折、機を見てはセンターバックからオーバーラップして最前線へ顔を出していた。

その時のスポーツ少年団の監督は、今年、大分の国体少年の部の監督をしていましたS先生です。大分のトレセンの責任者です。

とてもお茶目な子で、我が家へ来て犬の蚤を見つけて潰しては「ああ~快感!」と叫んでいた小学生時代を思い出してしまった。

中学校ではサッカー部の指導者がいなくて、身長を利してバスケット部へ入部していた。何はともあれ、M1優勝おめでとう。哲チャンはお笑いの道へ、我が次男坊はダンスの道へ・・・お互いに方向は違ったが、いずれ紅白歌合戦で、同級生対面と行きますか!。

これからも益々のご活躍を祈ります。

お~とっと、大分トリニータの話題。
今日、大分県知事がJリーグへ陳情に上京した。Jからの融資は2条件が満たしていないが、地元金融界からつなぎ融資が受けれる目処がついたらしい。

今日は夜、サポータの会議もあっているらしい。どちらにしても、良い流れになって欲しいと思う。

明日は今年最後の高校リーグ戦、しっかりとした、伸び伸びしたサッカーをやらせたい。

篠原温泉↓ 最高!

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posted by kabosu |21:23 | 大分トリニータ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年12月21日

大分トリニータ再建案の再提出

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本日、再建案をJリーグへ再提出した。後は、今週のJリーグ臨時理事会で精査していただく。 不測の事態も考慮して地元からの融資も検討しているようだ。 内容は基本的には変更はない。より細かく記載しているとニュースで報道していた。さてどうなるか? 平行して行われている社長人事、これは知事に預けたかっこうだ。ただ、知事も年内には決まらないとニュースで言っていた。どういう人物が引き受けてくれるか?社長を早く決めないと物事が進んでいかないだろうに・・・。 さらに、来年度のチーム作りも未定のままだ。誰が残り、だれが出ていくのか?そして新規にどの選手が入るのか、コーチングスタッフや強化部の体制も未定のままだ。 一刻も早く前へ進めるように願うのみである。 日曜日から体調を崩してしまった。発熱・・・寝込んでしまった。久しぶりに病院で診察を受けた。そうなると、健康ほど良いものはないと思う。 明日は新聞の原稿締め切り。今年のトリニータを振り返って、ラジオの取材もある。 23日は今年最後の高校リーグがある。良いサッカーをして、連勝で終わらせたい! そうそう、ポポビッチ氏から間接的に連絡があった。無事にセルビアに着いたらしい。「大分の皆さんによろしく」とメッセージがあった。 いつか機会があれば、彼の指導をまた日本で見てみたい。私が大分トリニータを見続けてきて、首位ランクの監督あった。あの優秀な監督をたった5ヶ月間で終わらせたのは、いまだもって残念である。


posted by kabosu |22:30 | 大分トリニータ | コメント(0) | トラックバック(0)
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