2009年11月29日

第33節 千葉 対 大分

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バラの花や、きれいやろう・・あの色・・・見惚れるな~・・・! 実力が拮抗したチームの対戦、そして両監督ともオシム氏の教え子や。でも結果に差が出た。 試合の入りは、大分が自信満々で入ってきた。ここ8試合で4勝4分の負けなし。しかも内容に自信を持っているから、選手のプレイが落ち着いている。 横パスから楔のボールが入るや、SWがオンになり、サポートする選手、サイドへ抜ける選手、スペースへ入る選手・・・様々な動きが有機的に結びついて千葉DFを翻弄する。 そういった中での先取点。ファウルからの攻守の切り替えの速さから金崎へ、ドリブルでPエリアへ侵入、緩急変化で抜いたところで勝負ありや・・・清武が押し込んだ。 千葉も素早い展開から何度か大分ゴール前へボールを運ぶが、決定力がない。決めきる大分と、決めきれない千葉の差だったように思える。その差はトレーニング力から来るものなのか? 練習で決めるべきシュートを決めきらなければ、プレイを止めて怒るポポビッチ監督。勝負の極みの大事さを脳に刻み込むポポビッチ監督のトレーニングは見ていて参考になる。 レギュラー?その時、調子のよい選手がレギュラーだと選手を叱咤する。中盤の前から、前からいく厳しいDF力は走れなければできない守りである。ここにきてチームの一体感を感じる大分である。 しかし、昨日の鹿島対G大阪との試合と比較すると、どこか物足りない。それは「迫力」である。上位のチームには迫力がある。 次週、いよいよ、最終節を迎えることになる。選手はもっともっとこのチームでサッカーをやりたいと思うだろう。それは監督もスタッフも同じだと思う。ここにきてすごくまとまって、チームらしくなってきている。 でもクラブの動きがとても流動的だ・・・どうなるか、どう流れていくのか?誰にも見えないし、読めない・・・今は、最終節の大宮戦に集中することだと思う。その後のことはその後で考えよう。 それにしても大分、ポポビッチ監督が就任して4ヶ月で、やっと望んだサッカーができるようになってきたように思える。短い期間のなかで、フィジカルから戦術浸透などを含めて結果を出してきた。そして「カタチ」が見えてきた。このまま是非、来期もこのサッカーを続けて欲しいと・・・節に願うのみである。 大分は18位から17位へ浮上、4月以来7ヶ月ぶりに最下位を脱出した。やっとチームの灯りが見えてきた。


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2009年11月20日

大分トリニータ 社長「宏」君 退任へ

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大分トリニータの社長である溝畑宏に初めて会ったのは1992年の慰労会だった。今から17年前である。 Jリーグができる1年前、日本ロードマップの大会が各地で開催されて、大分でも東京V対名古屋グランパスの試合が開催された。東京Vはペペ監督、加藤久、都並・・・名古屋は平木監督、小倉、中西、飯島・・・大分市営陸上競技場が超満員になった。その中で平松知事が満面の笑顔で挨拶した。 その大会が無事に終わり、サッカー協会が慰労会を行った席に彼がきていた。協会内部でも型破りな性格で話題を呼んでいた。 そして1993年、大分トリニティ設立準備会ができて、それ以来「宏君」と毎週夜、顔を会わせることになった。彼の人となりについては、長い付き合いの中で飽きるほど観てきた。 2002年W杯を招致して、九石ドームを含むスポーツ公園を作り、そして大分トリニータを作った。彼がいなければできなかったことである! 機関車になり、車輪をしっかり回してきたのは彼が軸だった。彼がいなければ、どれもできなかったことである。 今は亡き溝畑宏のお母さんが言った「宏の良かったことは、大分の人たちに喜ばれる大分トリニティを作ったこと・・・」と言っていたのは、忘れられない。 あれは1993年の最初のセレクションだった。400人が応募に来て、セレクション後、彼は最終面接を行い、初の顔合わせに集まるのが遅くなった。メンバーは当時広島の今西氏、スポンサー社長、初代文監督ら数人だった。遅れた彼にスポンサー社長は不機嫌で途中退席した。彼はその夜、スポンサー社長宅を訪れて、玄関土間で土下座して詫びた。 初代メンバーは仕事をしながら夕方から練習した。仕事が辛く辞めたいと言ってきた選手。溝畑は県庁の仕事が終った夜10時に宅を訪れて、夢を語り説得して、朝まで飲んで、その足で出勤していた。 彼の逸話は多い。それは喜ぶこともあれば悲しいこともある。その宏君が大分トリニータを退任することが決まった。大分トリニータに全力でぶつかり、命を捧げてきたと言っても過言ではないほどの道だったと思う。 同じ人間であるならば、長所があり短所もある。あげつらうのもよかろう。しかし同じ人間ならば、彼に「感謝の念」を持つのも、人間として自然なことである。それは彼がいなければ、大分トリニータは間違いなく存在しなかったのであるから。 あの青空の国立で輝いた大分トリニータを見て涙した多くの大分の人達は、大分トリニータが好きで、好きでたまらない人たちだったと思う。そしてそれを支えてきた柱は溝畑宏だった。 個人の私腹を肥やすことなく、親戚縁者に借金して、私財を1億近く投げ打って、大分トリニータに注いだ情熱は、2009年もろくも崩れ去ってしまった。彼にしてみれば激動の15年8ヶ月だった。 練習グランドで選手に挨拶した時に、涙腺が崩壊して泣き崩れる溝畑宏をポポビッチ監督はやさしく肩を抱いて感謝の念を送っていた。 「監督、大分を支えて欲しい」と語った私も言葉に詰まり・・涙腺が緩んでしまった。 今は亡き溝畑宏の父も母も、きっとやさしく見守っているだろう・・・。大分から星がひとつ消えた・・・。


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2009年11月19日

これからの大分トリニータ

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稲刈りも終わり、これから冬を迎える熊本県阿蘇。大分トリニータも今、まさに冬に突入している。 選手やフロント、スタッフ、職員の方々が心配でならない。今、不安な気持ちでいっぱいであると思います。 心配して全国の友人から電話やメールをいただく・・・が、電話して励ますことしかできないもどかしさ。 Jリーグに基金を借りると言うことはどういうことなのか、この意味をしっかりと理解していないといけない。私も選手強化費などの大枠を決められてその枠内でやりなさい・・・と思っていたが、どうも違うようだ。 選手と直接交渉を行っているようだ。従って選手のプレイ、選手の思い、チームの流れ、コンビネーション、チーム作りの様々な要素、過去の経緯などが無視されて選手交渉が行われて・・・・どうなるのだろうか? まさにチームが解体されているのが現実のようだ。Jリーグから基金を借りる意味の深さを、本当の意味で理解されていない大分である。 だからこそ、地元の大分銀行や大分県でもっと早く手をつけれなかったのだろうか。経営陣を刷新すれば・・・支援するという条件は、経営陣のみではなく、チームも解体しなければいけないのである。 やはりチームがクラブが解体されるのが、応援してきたものにとって、とっても辛い。 でも見守るしか、できない・・・・。


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2009年11月18日

「混迷」大分トリニータ

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「落ち葉」熊本阿蘇にて・・・ 「サッカーはスポーツである」 Jリーグからの積立基金最大で6億円の準備が決まった。この基金は各クラブが積み立てた基金である。当然、返済しなければならない。 クラブ運営を方向転換していかねばならないが、こういった非常事態を進めるのには「見識者」が欲しい。長い眼で見て、短期に着手して方向の筋を間違えない、経営もサッカーも秀でている見識者が欲しい。 厳しいコストで戦力をどう立て直すのか。ただせっかく根付いてきたポポビッチ監督は是非とも継続して欲しいと思う。あのサッカーは崩れないし、ぶれない。 大分トリニータを応援してきた方々はこの事態に、驚きと、不安感と、様々な思いが重なって鉛が心に乗った状態になっている。 クラブとしては、コストを極限まで切り詰めていくであろうが、何よりも選手達、フロント、スタッフの方々が心労で心配である。 今朝の大分合同新聞は1面、スポーツ面ともトップ記事である。何としてでもこのクラブを存続、そして立て直して欲しいと思う。 それにしても大分県サッカー協会はどう思っているのであろうか?会長談話、専務理事のコメントぐらいあってしかるべきであると思うがが・・・。 大きく揺れ動く中で、雑多な文で申し訳ない。 いずれ自分なりに観てきたこと、聞いてきたことを総括して書きたいと思う。


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2009年11月17日

大分資金不足7~8億円

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熊本の阿蘇で・・・民家に咲く椿。 大分トリニータの資金不足がのっぴきならぬ状態に陥ってきている。来期分の予算に組み込むべき4億円を、今季に組み込んでいるために、計7~8億円の不足が生じていると昨日、広瀬知事が記者会見で語っている。 今日、Jリーグで理事会があり、融資が決定されるが、その後、記者会見でしっかりと説明して欲しいと思う。 マルハンの撤退、不景気によるその他スポンサー収入の減少、入場料収入の減少・・・思った以上に厳しい状況だったのであろう。 クラブはこれから管財人的立場の方が運営していくと思われるが、超縮小規模の予算で運営されていくことになるのか? 今季、岐阜がやったように平均350万規模の選手費用だったように、あの程度の厳しさがないと、経営の立ち直りは容易ではない。 選手は総入れ替えのような状況になったのが、今年の岐阜だ。岐阜も経営が厳しく、Jリーグから5千万円の借り入れをしている。スポンサー収入が少なくて、苦慮している段階である。その岐阜の社長の今西氏は大分と強いつながりがある。 親会社がいない大分で、J1規模の20億を維持することは、無理であるということだ。懸命に背伸びをして、この大分で、ここまで7年間も身を削ってきた現社長の功績は・・大きい。最後は万事尽きたということなのか。 これからどうなるのか?


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2009年11月16日

九州U-19の大会に参加

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熊本県阿蘇市で開催された第16回九州高専U-19サッカー大会(九州サッカー協会主催)に参加した。ここでも新型インフルエンザは猛威を奮っており、2チームが欠。そして大会期間中に3名の発熱者が出て、1チームが途中で棄権した。 阿蘇の外輪山を見渡す農村公園アピカグランドは3面の芝生があり、さらにホテル所有の人工芝グランドが1面と環境的には申し分がない。 予選リーグ初戦で16回大会中、15回優勝している鹿児島と対戦。0対0で引き分けた。ここでエネルギーを使い果たして、2試合目に有明に1対2で負けた。そして二日目からは順位決定リーグへ回った。1日2試合はしんどいが、出来たこと、出来なかったことを反省、実力がなかったということで謙虚に受け止めて、また練習に励みたい。
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この大会期間中にも大分トリニータの状況がとても気になった。関係者から電話があったりして、置かれている状況がとても厳しい状況にあることを認識している。 そこでわかったことは、現在、Jリーグに融資を依頼しているわけであるが、それがどういうことなのか、意味が伝わっていないことである。経営状況を監査して、仕切り直しである。JAL日本航空が経営再建に取り組んでいることと、同じ状況にあるのである。 予算の削減、経営の合理化、再建策の立案・・・・。それはクラブのスリム化、縮小を余儀なくされてくる。「1年でJ1復帰」の呼び声が可能な戦力が維持できるのか?とても気になるところである。 責任問題も当然起きる。もし社長の退任がおこれば、今まで獲得してきたスポンサーの数億円がなくなる可能性も高くなる。それがどの程度の規模なのか?いずれにしても戦力に大きく影響してくることは間違いない。 そして、1番気になるのは将来への見通しである。仮に今日までクラブ創設やW杯招致に尽力してきた社長が辞任したとしても、その後どうなるのか?その先がまったく見えないのである。 主体はJリーグではない。主体は地元大分県である。その大分県はどういう舵取りをしようとしているのか?要するに大分県知事や大分の経済界はどう思っているのか?そこの声がまったく聞こえてこない。 Jリーグに申請した時の知事のコメントは新聞に「止むをえない。三位一体となって・・・・」と。止むをえないとはどういうことなのだろうか?このコメントは傍観者的に聞こえてくる・・・とあるサポータの方から意見があった。 このクラブは、見通しが見えていない極めて厳しい状況に置かれていると言える。 いずれにしても残り3試合のJ1リーグ戦、そして18日(火曜日)のJリーグ理事会でどういう結論が出てくるか、そして社長の動きは?今後の地元の対応は?未来に向けての対応は? 予断を許さない、とっても不安な状況にある。


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2009年11月12日

大分トリニータ Jリーグへ融資申請へ

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昨日、大分トリニータがJリーグへ融資の申請を行う記者会見を行った。 融資申請金額はまだ未定であるが、J1のチームとしては初めてである。過去、J2では草津、水戸、岐阜などがある。 借金をせずに身の丈経営とよく言われるが、それを忠実に行えば、大分は7年間もJ1で頑張れなかったであろう。そこが議論の分かれるところでもある。 よく言われるのが人口120万人の大分県で、J1リーグで戦っていくためのベーシックな資金15億~20億で運営するのは、並大抵のことではない。その中でスポンサー収入が8億から9億と比重が大きいのも大分の特徴である。だから景気に左右されて、いつも運営資金を回すのに苦しんでいた。慢性病みたいなものである。 しかし、ここまで7年間もJ1で頑張って運営できてきたのも、溝畑社長の幅広い人脈で、日本全国走り回った営業活動があったことは、誰もが認めるところだ。 「そんな借金するなら・・・」という声も多い。しかし、社長の上昇志向の信念はそれでは収まらない。J2で長く細く続けて足元を固めてからという堅実な経営は、チームも堅実チームとなって、いつJ1へ向かうのか定まらなくなるのでは・・・・という声もある。 運営資金が総額で10億程度でJ1に定住できればと思うが、2~3年頑張れても、最後は力尽きるのが現状だ。 J1で7年間頑張れたこと、昨年のナビスコ優勝、Jリーグ4位という県民を沸かした現象は、上昇志向なくてありえなかったというのも事実であろう。 Jクラブの収入は毎年、3月頃の最初と2月頃の最後に多く、この10月~1月頃は、毎年資金運用にどのクラブも苦慮するらしい。今回、大分がショートしたのは、マルハンの撤退や、不景気によるスポンサー収入の悪化、入場者の減少、9/13の横断幕で今だ未定の新規スポンサーの影響などがあるらしい。 いずれにしても、Jクラブの理事会が17日に行われるので、その結果を見てみないと何とも言えない状況である。 クラブが潰れるというようなことはないであろうが、縮小傾向になるのは間違いないであろう。 J1仕様からJ2仕様へ意識を転換しなければならない。運営費、強化費・・・・様々な費用が縮小されていく。九石ドームでなく市陸になる可能性もないとは言えない。 そうなれば1年でJ1復帰ができるのか?強化費はどうなるのか心配でもある。上へ向かうエネルギー、リスクを背負わないと前へ進めないのも事実であるが、こういう状況になりうるのは大分の宿命的なものも感じてしまう。 これからJ1が18、J2が22クラブで運営されて、また大分のようなチームが出ないとは限らない。それはプレミアやセリアでも毎年起こっていることでもある。 何とか希望の星が見える方向へ流れて欲しいと説に思うのみである。 朝日新聞の明朝の原稿を仕上げた。記事内容は今回の件である。 明日から熊本阿蘇で開催される九州サッカー協会主催の九州高専(U-19)大会に参加する。しかし、インフルエンザの影響で2校が不参加になるかもしれないそうだ。本校も主力がインフルエンザで頭が痛い。全員で全力を尽くすのみだ。


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2009年11月10日

サッカーの感動シーン

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冬芝に切り替わった大分トリニータの練習場。 50年近くサッカーに関わっていると、多くの感動シーンに出会った。ある時はたまたま出会いのシーンだったり、ある時は自分自身だったりと様々だ。その中の1シーンを紹介しよう。 大分には新日鐵大分という九州リーグ(地域リーグ)に長く参加しているチームがある。Jリーグでのプレイは無理だが、関東や関西の大学で鳴らしたサッカー選手が地元に帰ってサッカーする時の受け皿になっている。とても地域に貢献しているチームである。 全員、新日鐵の社員ばかりで構成されているチームではなくて、職業もマチマチであり、自分達でチームの会費を納めている。リーグ参加費や遠征費などは会社が協力してくれている。 練習は仕事が終った夜7:00頃から9:00頃まで新日鐵グランドで練習する。残業などもあり、10人に満たない練習人数の時も多い。本当にサッカーが好きでプレイすることが好きな選手の集まりである。 それでも過去に何度かの九州リーグ優勝、全国社会人サッカー選手権大会優勝、地域リーグ出場など幾度かの栄冠に輝いている。 今から数十年前のある年、九州リーグで優勝した。しかし翌年、優勝した喜びの甘さからか、県リーグに降格してしまった。その時の選手はとても責任を感じて必死で練習した。それこそ、残業を断って、職場でどう評価されようが・・・と、必死で練習して県リーグで優勝して、再び九州リーグに戻ってきた。そして翌年の九州リーグで優勝という離れ業をやってしまったのである。 その再び九州リーグでやれるという昇格決定試合の後半、残り10分頃からある選手の眼に涙が溜まり始め、それが他選手へ移り、タイムアップのホイッスルの時には感動の大泣きで試合が終了したのである。見学にきていた方々も、もらい泣きしていた。 自分達で降格させたチームに、自分達で責任を感じて、自分達で再び昇格させた。「俺は高校サッカー時代以上の練習量を自分で課して、この試合に賭けてきた」・・・と、泣ける言葉を吐いていた。 九州リーグに大分トリニータ(大分トリニティ)もいた、熊本も、北九州も、長崎もいた・・・もう結成から40年を越えているこのリーグでプレーした選手は述べどれくらいの数になるのだろうか?このリーグの存在価値は日本のサッカーにとって大きな支えである。


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2009年11月09日

ついに千葉が降格

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川崎対千葉は3対2で川崎が勝ち、千葉の初のJ2降格が決定した。 1965年(昭和40年)、東京オリンピックの翌年から開催された日本リーグ時代から数えて44年目にして、初めて下部リーグへ降格した。 クラマーさんの提言で始った国内初めての日本リーグ。第1回の参加チームは、南から八幡製鐵、東洋工業(広島)、ヤンマーディーゼル(C大阪)、豊田織機、名古屋相互銀行、三菱重工(浦和)、古河電工(千葉)、日立製作所(柏)の8チームだった。 千葉の前身は古河電工である。古河電工は戦後、サッカーに力を入れて、天皇杯や全日本実業団選手権などでも優勝を勝ち取るようになっていた。 長沼、内野、八重樫、保坂、宮本、川淵、木村、奥寺、岡田・・等など、多くの日本代表選手、あるいは日本のサッカーを牽引してきた名門のクラブである。 第1回日本リーグが始った年のオープニング試合が東京駒沢競技場からNHKTVで放映された。優勝候補の古河電工対三菱重工だった。アナウンサーは鈴木文弥さん、解説は岡野俊一郎さんで私はこのテレビを見た記憶がある。確かアシストが八重樫、三菱重工のGKが横山だった。 日本リーグは2部もあり、1部下位チームは日本リーグ2部の上位チームとシーズン終了後に、入れ替え戦をしなければ、ならなかった。古河電工はこの日本リーグでも2部に落ちたことがなく、Jリーグが始ってからも、J2に降格していない唯一のクラブだった。 その千葉が44年目にして、初めて降格した。しかも数年前にはオシム監督に率いられてナビスコで優勝して、リーグ戦でも優勝戦線に食い込んでいたクラブがである・・・・。 サッカーはまさに「生き物」である。選手が入れ替われば当然チームは変わってくる。監督、社長、強化部、GMが変わればチームも変わってくる。どこを、どう変化させれば、何がどうかわってくるのか?・・・その見通しが難しいのが、チーム作りである。 そこに1番の決め手は何かというと、経験が大きな比重を占めている。サッカー監督を見る眼、選手を見る眼、サッカークラブの経営を観る眼、サッカーチームを観る眼、そういった見識者が必要なのも事実であろう。 大分は昨日横浜Mに2対1で勝利して、ここ7試合1度も負けていない。力が付いてきている証でもあるが、来年は千葉と同じJ2で戦う。 どういう選手構成でどう戦って、どうJ1への道を切り開いていくのか。ここは懸命に熟慮していく段階でもある。すでに水面下ではJ1、J2各クラブとも大きな動きが起きているようだ。


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2009年11月08日

サッカー選手の育成土壌を作る

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大分トリニータの練習場から由布山、鶴見山を眺望する。 Jリーグはどこのクラブも下部組織を持っている。これは義務付けられたものだ。チャイルド~U-12~U-15~U-18までの組織の中で、トップチームで活躍する選手を育成していく、その目的が大きな主眼でもある。 プロ野球にはそういう下部組織はない。必要ないからだ。少年野球~高校野球~大学野球~社会人野球までの組織からドラフトの網にかかる選手を生み出してくれる。 でもサッカーだって野球の組織に匹敵する学校の部活動や社会人サッカー連盟などがある。でもそこだけで足りうるのか? 1番の大きな違いは、各年代で世界と真剣勝負するスポーツと、そうでないスポーツとの違いになるのではないだろうか。 FIFA加盟が208カ国、U-17、U-20、U-23などの世界大会、そしてワールドカップ、さらに各種大陸別での国際大会など、国際試合の多さは野球の比ではない。2009年度だけでも、国内でどれだけ多くの国際大会が行われたか、あるいはどれだけ多くのチームが海外に出て行ったか・・・。 そういった中で世界と戦うには何が必要か?それは一貫した指導体制と優秀な指導者育成システムの構築なのだろう。指導者はライセンス制度の充実から始まり、かれこれ20年になる。時間が経ち歴史も深まり、さらに海外との交流も比較にならないほど繁茂に行われるようになって、日本の多くの指導者の意識が変わってきた。 少年サッカーの監督は「うちのクラブから日の丸選手を出したい」「海外で活躍するような選手を輩出したい」「サッカーの質を高めたい」と思いだしている。この感覚は「甲子園で優勝したい」「六大学で優勝したい」と思う心とまた異なった感覚でもある。 選手はどのように育ってくるのか?高校生年代だけでは育たない、中学生年代だけも育たない、その競技を始めて~プロになるまでの全年代の中で、育まれ、伸びてくるものだろう。 地方のJクラブは、ここにかなりのパワー&投資を行うべきである。そして理想ならば毎年U-18から4名~5名の昇格選手を輩出させて、補強費用などを使わないようにしたものである。 広島はこういったシステムを構築して、多くの指導者と多くの選手を輩出してきている。今年の高校選手権日本一の広島皆実高校、サンフレッチェ広島ユースのレベルの高さはその象徴でもある。 また静岡県清水もその土壌がある象徴的な街である。人口24万人の街からどれだけ多くの日本代表選手が出てきているか。数え切れないほどの選手を出してきている。清水の街より多いサッカー人口を抱えている街は国内には多数ある。でもなぜ清水だけから? 時間をかけて土壌を育むことが大事なのであろう。そして、そこには「サッカーの見識者」が必要だ。


posted by kabosu |05:21 | 大分トリニータ | コメント(5) | トラックバック(0)
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