2009年09月30日
よくサッカーは上手になるまで時間がかかる・・・と言われる。毎日、毎日練習して、ボールにたくさん触って、少しずつ少しづつ上手になっていく。少年もそうですよね・・・少し、また少しと上手になる。
でも一気に上手になる時があります。それは本人自身が自信を持った時などに、急激に変化する時があります。
昔、私のチームメイトが急にうまくなりました。高校の全国大会に出場して2得点したのです。それからえらく自信を持って、周りを見る余裕ができて、相手の体重移動などにも気を配れる余裕ができてきました。するとミスがなくなり、落ち着いたプレーでシュートシーンが多くなりました。たった3ヶ月の間でしたが、それはそれは驚きでした。
今まではDFが詰めていけば、追い込まれてよくミスをしてボールが取れていたのに、DFの動きをしっかりと見て、逆に抜けていく動きができるようになりました。顔付まで自信に満ちた顔に変わり、話し方まで変わっていきました。
彼は日本ユース代表(今のU-18日本代表)になり、マレーシアに行ってアジアの強豪と戦いました。当時アジアでは強かったビルマ(今のミャンマー)、イスラエル(そういえばシュピーゲルというフランスのプロで活躍した選手もいたな・・・)と戦い、益々自信がついて、帰国してからの大学1年生から、すでにエース格に抜擢されました。
彼はこう言いました。今まで5m周辺しか見れなかったが、アジアユースから関東大学リーグでプレイすると10~15m周辺まで見えるようになったと言っていました。こういう例は数多くあると思います。
自信が付くってどういうことなのでしょうか?
ボールを簡単に失わない気持ちというのでしょうか、すると落ち着いて周りが見えて、パスもしっかりとできるようになるというのでしょうか・・。
もちろん、それまでに数多くボールを触って、練習してきて培ったものが基本になっていて、その上に精神がドッカリと載った状態というのでしょうか・・・強いチームから弱いチームに入って、自身が軸になった状態というのでしょうか・・・・スポーツ心理学の先生がおられたら専門的に分析できるのでしょうが・・・・。
「自信を持て・・・」と言っても自信は持てるものではありません。すばらしい資質を持っていながら精神的にムラがあって、落ち着いてプレーできない選手を見た時など・・「惜しいな・・」という気持ち。彼はどうすれば自信がもてるのだろうか?と考えてしまいます。
逆の例もあります。サッカーの技術レベルは低いが精神的に強い選手です。こういった例は選手自身の人間的成長と太くからんでいるようです。
「技千進」
技を(わざ)を磨くことによって、心も前へ進む・・・精進しなさい、という意味だそうです。その昔、戦前の日本サッカーを支えた竹腰重丸氏(大分県臼杵市生まれ)が語っていた言葉です。彼は試合が近づくと、母のかたみである短刀を抜いて刃を見ていたそうです・・・気持ちが落ち着いたのでしょうね。
posted by kabosu |20:55 |
大分トリニータ |
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2009年09月28日
練習試合を見学した。
サッカーとはつくづく失敗の多いスポーツであると思う。ここであるDFがフリーでボールを保持したとしよう。
・DFラインからボランチMFへボールをつなぐか?
・走り出したFWにロングボールを蹴るか?
・サイドにボールを出すか?
・自分でドリブルして前のスペースへ駆け上がるか?
などなど、様々な判断が求められる。選手はここでひとつの判断をして、1プレイを選択する。試合の流れからここは絶対にボールを失ってはいけないから、より安全なパス選択を選ぶか?ここは練習試合、最近ロングパスに自信があるから試してみる。いやいや、ここは練習試合とはいえ、自分の力を見せたい・・・と積極的にドリブルで駆け上がる・・・・例えば走り始めたFWにボールを出したとしよう。しかし、自身のパス精度が甘く、相手ボールになる。これは失敗である。
この失敗が直接的に失点に結びつく時もあれば、失点にまったく影響しない時もある。むしろ失点しない時の方が多い。この時、この失敗が次のプレイの選択肢にどう影響してくるのであろうか?
サッカーの試合は失敗の連続である。むしろ、失敗しない方が少ない。ただ、上手な選手は、失敗が少ない。それは自分自身のプレイで、パスを選択するにしろドリブル選択にしろ、容易に相手チームにボールを渡さないからである。やはり、上手な選手は試合の流れを読み、自身の置かれている状況を把握して、プレイ選択の決断に誤りが少ない。そして、選択したプレイを実現する技量とメンタリティを持っている。
上手な選手はサッカーをシンプルに表現する。難しいシチエーションがあってもシンプルなプレイを選択して、いとも簡単にやってのける。
難しい浮き球が来て、二人のDFに囲まれても、胸や頭や軽妙な足トラップで相手の鉾先をかわして見方にボールをつないでいく。
それは試合を見ていれば容易に理解できる。そして試合に出場する可能性の高い選手は、やはりそういう強いメンタリティを持って練習で自分自身のプレイを見せている選手を使うのが、監督の判断である。
選手は練習で様々な「顔」を見せる。良いプレイ、悪いプレイ、心の奥底・・・多くのものをピッチ上で表現する。それを見て、監督は試合のメンバーを判断する。試合しか見れない観客は、やはり監督の判断を尊重する。選手に関する1番多くの情報量を持っているのは監督であるし、監督の決断は尊重して試合に臨まなければならないと思う。
日本にプロサッカー選手が誕生して17年目を向かえている。やはり数少ない特殊な職業である。プロのメンタリティとは何か?選手はいつも自問自答しながら、日頃の練習に励んでもらいたいと思う。そして向上心を持って・・・これこそがプロ選手のキーである。
大分は難しい局面を迎えている。降格の危機、来シーズンに向けての不安感、天皇杯へのモチベーション・・・・。
どんなことがあるにせよ、ピッチの芝生とボールとゴールのある場所がプロサッカー選手の仕事場であることには変わりはない。そこで全力を出し切り、自己表現して欲しいし、そこに集中して欲しい。
posted by kabosu |04:24 |
大分トリニータ |
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2009年09月27日
両チームにとって残留を争う大事な試合であった。結果は0対0の引き分け・・・この結果は両チームにとってもやるせない結果となった。
柏はマンツーマンDFでしっかりとマークしていた。大分はいつものように中盤でボールが回らない。もっと、もっとシンプルにボールを回すべきところでパスミスが多く、自分達のリズムが作れない。
一方の柏もしっかりと守り、カウンターで大分ゴールを襲うが、シュートミスや西川の好セーブに阻まれて得点できない。
前半の大分のシュートは1本、それも遠目から打ったゴールの香りのしない1本のみであった。大分はシュートの形がなかなかできない。相手ゴール前に行っても、手数をかけ過ぎて柏DFに思うように守られていた。
もっと3人目の動きや、ダイレクトパスなどを使ってパスのリズムをつくるべきだが、そのリズムがなかなか作れない状況であった。それは後半になっても変わらなかった。フェルナンジーニョが入ってから、攻めに多少の変化が見られたが、試合全体ととしては硬い動きになってしまった。
ここのところ高松1トップのフォーメイションが多い。その高松がサイドへ流れると、真ん中で受け手がいなくなり、相手DFと向き合うシーンが多くなり、楔がなくなり、崩しが甘くなっているように思える。2トップも試してみては・・・・と思う。
初めて経験する降格へのプレッシャーが選手の内面を押しているのか?その辺は定かではないが、選手が苦しんでいるのは事実である。14連敗後に浦和、名古屋、磐田に勝利したが、降格圏内チームとの差を詰めきらないでいる今の状況が、選手へのプレッシャーになっているのかもしれない・・・・・。
本日19:00からの試合で山形が勝利した。これで来週の山形戦が内容次第で降格への鬼門となる。
2002年、J2で優勝。2003年から2009年まで7年間J1で戦ってきた大分はいよいよがけっぷちに追い込まれた。クラブ創設から16年目に初めて味あう厳しい現実に直面している。
昨年4位で、ナビスコ優勝、昨年のこの時期には一時的であれ首位に躍り出たチームがまさかの状態に陥っている。
サッカーとは恐ろしいものだ。1年でこうまで変わってくる。しかし、こういう現実が起きるということは、原因があるから起きるのである。選手は目の前の現実と必死に向き合って戦っている。
山形の監督は小林監督。2002年、大分をJ2で優勝させて、J1昇格を決めた監督と戦うとは皮肉なものだ。
サッカーの神様は今年の「大分」をとことん叩いている。多数の怪我人、芝生の問題・・・・まるで「降格して修行して出直して来い」と言われているようだ。
苦渋が続く大分である!
posted by kabosu |01:15 |
大分トリニータ |
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2009年09月26日
熱戦の続く九州石油ドーム。
人は忘れられないシーンを持っている。私もサッカーに関わって永くなるが、その中の1シーン。
昭和40年3月、場所は別府商業高校グランド。春休みで東京教育大学サッカー部(現:筑波大学)が合宿に来ていた。部員が約40人、毎日別府の旅館をランニングで出発、午前、午後に厳しいハードトレーニングを行っていた。OBも何人か参加しており、現岐阜の社長も東洋工業の日本代表バリバリで参加していた。
当時高校生の私は、監督が東京教育大学の出身ということで、チーム全員で練習見学、そして練習の1番最後に1本胸を借りた。
朝から弁当を持って別大国道のチンチン電車で北浜まで、そこからバスに乗って別府商業高校のグランドまで通った。
田舎の高校生の私達にとって関東学生リーグで活躍される選手は眩しくて大人の世界を垣間見ているようだった。その中で事件が発生!
練習でグランド往復全力疾走をやっていた時だった。終わりの笛がなっても、一心不乱に駆け抜ける選手が数人いた。何度笛を吹いても止めない選手の側に駆け寄って足をかけて倒してやめさせた監督さんがいた。筑波大監督を永く努められた松本先生(現平成国際大学)だった。選手は監督に殴りかかっていった「俺達が懸命に練習しているにになぜ止めるのか・・」と大声で・・・そこで松本先生の平手が飛ぶ。そして間に入ってきた先輩(後に横浜国大の先生)の平手が飛ぶ・・・・泣き崩れる数人の選手達。
1年生ながらリーグ戦に出場した宇野(後の東海大学監督)やGKで絞られていた萩原(後の筑波大監督、現水戸ホーリーホック役員)らの選手達がいた。
田舎の高校生にとっては、大人の大学生がワンワンと泣き崩れるシーンはとっても刺激的なシーンだった。過ぎ去れば、青春のひとコマになるのだろう。
合宿最終日、少雨のグランドで最後の試合をやっていただいた。何と我々が勝ってしまった記憶がある。東京教育大は合宿最終日で疲れ果てていた。そして、その時活躍した我がチームの主将にオファーがかかった・・・本人は家庭の事情もあり、その後断ったと聞いた。そしてその主将も1昨年ガンであの世へ旅立った。
雨降りのグランドで円陣を組み高らかに校歌を歌う、最後のシーンを見て「大学生っていいな・・・」と思った記憶がある。
その松本先生と今年の1月東京でお会いした。別府合宿は覚えていたようで「あの時は、旅館を出発した朝と帰ってきた夕方では旅館周辺が夜の街になっていたので困った(笑)」と話しておられた(笑)。
もう40年以上も前の話である・・・・。
posted by kabosu |05:32 |
大分トリニータ |
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2009年09月24日
このお花は、7月から咲き続けて・・・長持ちや~・・・。
サッカーの基本技術、これなくしてサッカーはありえない。カウンターサッカーもポゼッションサッカーも、どんな型のサッカーであれ、この基本ができていなければ、サッカーはおもしろくない。
だが幼稚園生が無邪気にボールを蹴って、追いかける。技術はないが、それもサッカーだ。そこには内面がかなり出る。この年代でもボールを持った時に「様」になっている子供がいる。そういう子供は・・・将来うまくなる。そしてボールを追いかける先頭グループに入っている子も将来、上手になる可能性は高い。
1、周囲を見る。
見方の位置、敵の位置、そして空き地を確認しておく。
2、見方がボールを持った・・・ボールを受けれる空き地へ素早く移動し て、ボール保持者の視野の中に入る。
3、パスがきた・・・しかし敵がすぐに寄ってきている。敵の逆の位置側 のトラップした瞬間に回りを見ると、裏に走っている味方がいる。躊 躇なく見方選手の走っている6m前へ速いパスを出す・・・。
サッカーでは①視野の確保、②ボールを止める技術と③蹴る技術、そして④運ぶ技術が主として基本技術の主と言われている。しかし、ここの技術のレベル差が大きい。高校選手権に出場するレベルと高校選手権の準決勝に進出したチームのレベル差は大きい。それは、J2とJ1でも大きな差があるのお同じである。さらに言えば、日本代表とブラジルでもかなりの差が見える。
野球は少年野球も、プロ野球も、すべて同じ動作をしている。投げる、打つ、ゴロを捕球する、フライを捕球する・・・・。そしてプレイが1プレイの度に切れるので間が発生する。だから少年~プロ野球選手まで1試合中、レベル差が見えにくく、同じ動作が行われている。レベル差は、打つ、捕球、捕るなどに現れる。
サッカーは連続動作のスポーツである。この基本技術ができていない幼年期は試合中にダンゴ状態、あるいはピンポンサッカーになり、そこにチームとしての意図が見えにくく、プレイの面白さが伝わらない。
サッカーはある一定の技術以上にならないと、見ていておもしろくない。昔の日本リーグの下位チームの試合は得点が入るのは偶然の確率が高かった。蹴った場所に、たまたまFWがいたとか・・・・。すなわちサッカーという競技の1番の面白さである「連続性」や「スペクタル」な部分が見えづらかったし、プレイに「意図」が見えづらかったのである。
そしてそれに刺激を与えたのはジーコだった。彼が日本リーグの2部である住友金属で見せたプレイは、お客さんから「オ~」・・・と歓声が上がりだしたのである。予測以外の選手へパスが出る、相手に囲まれてボールを取られるだろうと思っていたら、抜いて抜け出してくる・・・「オ~凄い・・・」である。
今のJリーグでカカのプレイを見ている状態かもしれない。
あれから見れば、日本のサッカーもかなり成長している。しかし、上に行けば行くほど、さらに世界のレベルの高さが見えてくるようになった。そしてそこには、世界の一級品の基本技術が存在するのであろう。
厳しい状況での30センチのトラップミス、20cmずれるパスでは世界に通用しない。基本技術の向上は毎日練習する意識の高揚差が大きなウエイトを占めているように思える。欧州に日本国があれば、その差を埋めるのは容易かもしれないが・・・・。
パソコンが不安定だ・・・・・修理に出すか!
posted by kabosu |04:18 |
大分トリニータ |
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2009年09月23日
毎日サッカーの練習を見ていると、その選手の過去を考えてみたりする。あきらかに指導者からしっかりと指導を受けている技術を持っている選手、自分がサッカーが大好きで毎日の公園で技術を身につけた選手、指導者がいないサッカー部だが好きでサッカーを続けた選手、15歳以降のサッカー選手を見ると様々な過去が見えてくる。それはJリーグの選手も同じである。
彼岸花、大分川の土手の上から自転車で走りながら携帯でパチリ!
練習で起きてていることは試合でも起きている。練習で100%出せない選手は試合でも100%出せない。練習でプレイがバラツク選手は試合でもバラツク。練習でシュートを決めきらない選手は試合でも決めきらない。逆に、練習で走れないチームは試合でも走れない。全ての原点は毎日の練習にあると思う。
プレミアでもセリアAでもスペインでも、怒る監督は怒って練習で選手を叱り付ける。そこは監督も様々である。
毎日の練習メニューにも指導者が熟慮して、考えて抜いてきた経緯や歴史があるものだ。あの強かった時の国見高校や市船、あの強かった時の市原(現千葉)、いつも強い鹿島、その時代の強者の練習内容は指導者の注目を浴びるものだ。
ではその真似をすれば、同じように強くなるかと言えばNOだ。練習はその時のチーム、環境、歴史、選手の特性、監督のサッカー感などで決まるからだ。
でも共通しているものがある。それは練習がとても厳しいことだ。練習での走る量、プレイでのプレッシャー、選手にかかる負荷が高いことは、「強いチーム」の共通事項である。やはり厳しい練習は「勝利へ近づく何か」を生んでいるような気がする。
昔、講演で聞いたことがある。少年達を育てる練習試合は「1/3は強者に負ける試合、1/3は力が拮抗した引き分ける試合、1/3は勝つ試合」。そういう面で大分は地理的環境的には厳しい。
パソコンの調子がおかしい。何度か書いたがカーソルが飛んだり、いきなりエンターしたりして・・・パサリと消える・・・オオ~恐ろしい。
上の写真はゴールである。PKを入れさせないように大きなコーンが4個、ゴールのスペースには妨害の板がたくさん。おもしろPK選手権にコメンテータとして出場した。参加者は何と500人、サッカー経験者が有利かといえば必ずしもそうではない。少年(ゲーム)、女子(5万)、大人(10万)・・・商品や賞金が高いのも魅力である。
優勝者のインタビューを聞くと、冷静で欲がなく楽しんで参加している方が優勝している。そうか・・・totoもそういう感性が大事なんだ・・・と改めて思うが・・・欲がでる(笑)。
シルバーウイークは忙しい。高校選手権へ向けての毎日の練習に、庭の掃除に、家の夏物から冬物への衣替え、実家への寄り道、イベントのお手伝い、トリニーの練習見学もできていない。柏戦は解説なので話を聞いておきたいが・・・・。
posted by kabosu |05:55 |
大分トリニータ |
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2009年09月19日
大分トリニータの開門前、一輪差しのお花を準備するボランティアの方々。
九石ドームに試合を行かれた方なら、トイレに行けば「おや~・・」と気がつくはずである。スタジアム内の全てのトイレ、プレスの控え室など、関係者の出入りする場所には、全てこのお花が飾られている。
このお花はクラブが買ったものでもない。ボランティアの方々が自発的に自宅の庭、あるいはご近所のお庭からいただく・・・そうして集めたお花である。もう始めて5~6年になる。
大分のこの話を聞いて、仙台スタジアムでも実施しているという話を聞いている。当初、花瓶を準備すると、これは投げられたりすると危険なのでというクラブ側の指導があり、ならば・・・とペットボトルを、自分達で上手に切り、それにクラブのロゴを張って完成・・・!
世界中に数多くあるサッカーのスタジアムで、トイレにお花を飾っているスタジアムなんて・・・聞いたことがない。
日本人ならでは・・・いやいや・・・「水と緑と青い空の大分」ならではの「おもてなし」なのである。
どうもスタジアムが殺伐としている・・・これを言い始めた方はそう感じたのかもしれない。ボランティアの会議の席上で「お花を飾ってはどうでしょうか?」と発言されたのがきっかけである。
以前、敬愛するスポーツライター大住良之さんの本を呼んでいた時に「良いスタジアムとは・・・」という文章に出会ったことがある。
歴史のある欧州では戦争の中で、ある時は集会の場であったり、あるいは銃撃戦の場になったり、そして遺体置き場になったりと、永い歴史のなかで政治的に、庶民的に、多くの場に使用されてきた。
そして彼は「大きな軒下」という言葉で表現していたように思います。
軒下とは、夏の夕立・・・そして雨宿りする時に見知らぬ方と屋根の下で同じ空間を共有する。「・・・・いやいや、よく降りますね・・」と声をかけると「まったくです」・・・と笑顔で心が通い合う。そういう文章だったと思います。
そういう歴史的な重さをを感じながら、スタジアムという大きな空間は永い年月を見てきているのである。
「あなたの行動が社会を作る、あなたの言葉が社会をつくる」とS級ライセンスを取得されている方に聞いたことがあります。ならばこの一輪差しのお花へのボランティアの方々の行動、そして思いは、スタジアムの快適空間を願っています!
そして「プレイヤーズ・ファースト」まず選手のことを考える。演劇でいうならば、スタジアムの空間は選手の神聖な舞台である。
さらに警備の方々、運営されている方々、サポータの方々・・・・多くの方々の様々な思いを乗せて「スタジアムの空間」ができているのである。
それだけに、あの磐田戦の弾幕はとても残念でした。永い歴史の中で汚点として人々の脳裏に刻まれていきます。1日も早く、皆さん方が楽しく観戦・応援できる、大分ならではの空間を作り上げていきたいですね。
posted by kabosu |05:09 |
大分トリニータ |
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2009年09月18日
地下から湧き出る豊かな水である。
今朝の大分合同新聞によると、大分の新しい胸スポンサーになった(株)フォーリーフとの契約が暗礁に・・・となっている。
大分の一部サポータがスポンサーを中傷する言葉を弾幕に書いたのが原因だと書いている。
初めて胸にスポンサー名がついた磐田戦、関係者も千人以上応援に来ていたと聞いている。
これで契約が破棄になれば、事は重大である。「すみません」では済まされなくなってくる。極端な話し、横断幕を出したサポータに対して損害賠償だってできる。
磐田戦で多くの観客に不快感を匂わせたあの弾幕、本人達の謝罪が聞きたい。もし、契約が破棄になればクラブの経営に大きな負担がのしかかってくる。クラブ職員の生活圏を脅かす権利は彼らにはないはずである。
彼らが思っている想像以上のことが起きていることに気がついて欲しい。クラブに不満があるなら、もっと人が見て納得する弾幕を考えて出して欲しかった。
明日は新潟戦、選手はJ1残留に向けて懸命に戦っている。足を引っ張っているのは、他でもないサポータ-だ。
心ひとつになってまとまって欲しい。
posted by kabosu |20:34 |
大分トリニータ |
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2009年09月18日
「クラブを支える人達」→今から8年前、J2時代の大分市営陸上競技場。開門3時間前に集まって設営するボランティアの方々。ラインを引いて、テントを張って・・色々と準備して・・やっと開門。
名門、東京Vはどうなるのか?日本テレビが手放し、OBが何とか支えようと立ち上がってはいるが・・・。
かっては読売新聞などが主体で、日本で最初のクラブを作った名門である。今、歴史をまとめているらしいが・・・・。
その東京V、地域との接点は薄いようだ。某代理人さんと話した折、大分の練習見学に来る人数を見て、東京Vと比較して驚いていました。おそらく地域との接点はほろんどないのであろう。
読売新聞、日本TVと言えばプロ野球「巨人」。TVで巨人情報をこれでもか・・・と放映し続ける。読売新聞の入社面接で背番号と選手名を聞かれたという話も聞いたことがある。
その巨人、一体年間予算いくらで運営されているのであろうか?でもそれは内部、それも中心的な方しかわからないような仕組みになっているらしい。読売ランド、東京ドームなどのグループと一緒に決算しているので不明らしい。
元々、プロ野球には各球団が連盟に報告する義務がない。だからわからないのだ。各球団のグッズの売り上げ、入場料収入、スポンサー収入、マイナス分の親会社からの補てん額などは公開していない。
そうは言いながら、日本では正岡子規の明治から広がった野球は国内NO1のスポーツである。米国が真剣に教えた、そして近代日本国家で旧制高校へ広がっていったのが、普及の1番の要因だと言う。
私は団塊の世代であるが小学校入学時にサッカー競技を知らなかった。でもその時、稲尾、中西、豊田の西鉄ライオンズ、そして水原監督率いる巨人は知っていた。ラジオにかじりついて日本シリーズを聞いたものである。
スポーツをやる、見る、聞くは主として野球と相撲しかなかったのである。その読売がサッカーをやりだした。世界で1番盛んなスポーツはサッカーらしい、これはいずれプロができたら巨人のようになるかもしれない。ラモスなどブラジルから選手を連れてきて強化を図っていった。そして1993年、Jリーグ発足の時流に載った。
でもここで巨人とJリーグとの摩擦。辺恒さんは「巨人」のようにしたかった・・・でもサッカーは世界スポーツ・・・ここでギャップが生まれた。チーム名に企業名は入れれない。地域名しか入れれない・・・これで怒った巨人・・・川淵チェアマンをこき下ろしたが・・・・無理。
FIFAの配下に208カ国が組織化されているこのfootballの世界に巨人の論理は通用しない。相手が巨大すぎる・・・。世界には様々な文化がある。日本の常識は・・・非常識になることだってある。
ワールドカップを見ればこの1競技の巨大さがわかるはずである。野球とサッカーの違いを明確にTVなどで言う番組は少ない。
アジア、アフリカや中東や欧州を旅して松井や原などは誰も知らない。でも中田は知っている。IOCで東京オリンピック招致に中田をなぜ使わないのかな?それとも本人が断っているのかな?
今日は、とりとめのない話になってしまった(苦笑)。さあ、自転車で行くぞ~!
posted by kabosu |05:36 |
大分トリニータ |
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2009年09月17日
この写真は5~6年前、川崎であった「全国ホームタウンサミット」に参加した一コマです。これは最後のシンポジュームだったと思います。出席者は前浦和レッズの社長さん、著名なスポーツライターさん、初代サッカー批評編集長さん、司会のフジTVのアナウンサー・・・だったかな。
「全国ホームタウンサミット」、大分ではまだ聞きなれないこの名前。毎年、Jリーグのある街を持ち回りで開催されていて、昨年は山形、今年は新潟で開催されます。もう10回目ぐらいだったかな?
参加者はクラブ、サポータ、ボランティア、警備の方などクラブに関与する多くの方が参加します。この川崎の時には都心でもあり、250名ぐらい参加していましたし、当時の鈴木チェアマンも懇親会に来ておりました。
「ホームタウンとは」「地域とクラブとの距離」「ボランティアとクラブの良い関係」「クラブとは・・・」と多くのテーマを事前に通知して、自由にテーマ会場に参加して発言できます。延べ二日間に渡って、分科会、シンポジュームやチェアマンの講演会もありました。九州ではまだ開催されておりません。今度、是非「大分」で開催したいなと思っております。
川崎の時に印象に残っている言葉は、
・アナウンサーの方が「球団」という言葉を使ったのですね。すると浦和の前社長さんが「クラブ」ですと即訂正させました。国内でも球団という言葉が随分使用されますが、「クラブ」という言葉が日本ではまだまだ定着されていないようです。
・Jリーグはなぜ10年も継続できたのか?やはり当初の理念がしっかりしていたからだ。理念がしっかりしていれば、クラブは継続する。
・アルゼンチンのあるクラブに行くと、喫茶店に70年前、80年前のそのクラブの選手の写真を貼っている。スタンドに変わった帽子をかぶっているお客さんがいる・・・「これはね、50年前のこのクラブの帽子なんだ」という初老の男性がスタンドで応援している。
・浦和を作る時に行政に行くと「頑張ってください」と・・・違う、一緒に作るんですよ・・これを理解させるのに時間がかかった。浦和になぜあれだけの観客が集まるのか・・・話の中でその一端を垣間見た気がしました。
・クラブの歴史は、そのクラブのあるホームタウンに住んでいる皆さん方一人ひとりの人生物語そのものでもある。
私はボランティア部会に参加しました。全国津々浦々の方々と知り合えてとても楽しかった、そして有意義だった印象があります。
人と人がズレて行く時は1番に「コミュニケーションが不足する」・・・と前広島のGMが語っておりました。Jの監督、コーチ、多くの選手を育成されてきた方だけに含蓄が深い。
今回の大分でのスタンドで起こったこと、それは悲しいことでした。昨日処分が出ておりましたが、クラブ始まって以来の歴史的事件だと認識しております。
私から言わせていただければ、スタジアムはサポータだけが占有する空間ではありません。警備の方々、ボランティアの方々、芝生の管理者、アルバイトの方々、そして両チームのスタッフ、選手、審判、そしてスポンサーの方々・・・1試合運営するのに多くの方々が関わっています。そういう方々に尊敬の念はあったのか?そういう方々があの横断幕を1試合中、見続けることによって何を思うのか、そういう配慮は頭の中少しでもあったのか?
残念ながら「NO」と言わざるをえません。自分達の思いのみで、そのまま書きなぐっているとしか思えないのです。もう少し「良識」が欲しかったというのが私の感想です。スタジアムにとても違和感を感じてしまいました。
スポンサーに関していえば、人それぞれ多くの意見があろうかと思います。許せないならばスタジアムに行かない、それは立派な選択肢のひとつであろうと思います。
ただ今回の件でクラブはスポンサーを含めて営業などが大変やりづらくなると思います。ああいう横断幕を出されるサポータがいる・・・・。一歩引いていくと思います。最前線で働く営業の方々が1番辛い思いをするのではないでしょうか。
「J2でも俺達はよい」というのであれば、それは株主や経営者が決定することです。決してサポータのみで決定することではありません。
スタジアムは関係する多くの皆さんの共有の空間です。決してゴール裏のみの空間ではありません。スタジアムに関与されている多くの方々に、もっと尊敬の念「リスペクト」を持っていただきたい。
posted by kabosu |04:48 |
大分トリニータ |
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