2010年03月12日
北九州と八幡製鉄
大分川自転車専用道・・時々通勤利用。 今はない北九州市にあった旧八幡製鉄サッカー部の歴史は深い。1964年の東京オリンピック出場、1968年メキシコオリンピック出場した数々の選手達。日本代表として戦ったW杯予選、ムルデカ大会、アジアカップ、欧州遠征・・・昭和20年代後半から昭和40年代にかけて、このチームから数々の名選手を生みだしていった。 故寺西監督、故宮本輝紀選手、故渡辺正選手、上選手、富沢選手、浜崎選手、崎谷選手、横山選手、佐伯選手、神田選手、大石選手、上田選手・・・・多くの日本代表選手や名選手を生みだしたこのチームが消滅してから久しい。 昭和40年から始まった日本リーグではいつも上位に顔を出し、4連覇した東洋工業(現在のサンフレッチェ広島の前身)とはいつも優勝争いをしていた。 あの頃の選手は、今70歳前後であるが、元気にしているだろうか? 東洋工業はJリーグに参画した。そして、今に続いている。八幡製鉄は新日本製鉄と名前を変えてはいたが、八幡製鉄所サッカー部は会社の方針で衰退の一途をたどっていた。 日本リーグ1部から2部へ降格、さらに九州リーグへ降格。この当時サッカーに打ち込んでいたこのチームの選手達の気持を考えると・・・忍びないものがある。 新日鉄は今でもJリーグとの関係は浅い。各地域の製鉄所にあるサッカー部がその地域で活躍して、アマチアスポーツとして地域貢献しているからである。 しかしながら、あれだけの会社。その地域にあるJリーグに少しでも援助すれば、そこの社員の皆さん方にとっても、それは胸はずむほど嬉しいはずである。 今年、北九州から初めてJリーグに参画した。百万都市、北九州・・・Jリーガも多い。特にジュニアの育成にはすばらしいスポーツ少年団も多い。基礎部分の厚いこの地域が盛り上がれば、いずれ鹿島に対抗するクラブになるかもしれない潜在能力を秘めている地域である。
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posted by kabosu |05:20 |
大分トリニータ |
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