2010年03月10日
うまくなるのは選手、うまくするのは監督
川の流れは永遠だ。 選手がうまくなれば、チームは強くなる。トラップミスが10回中、5回あった選手が、3回になった。ということは、2回味方につなげるわけで、攻めの回数が増えてくる。その2回中、1回はゴールにつながるかもしれない。 いずれにしてもマイボールになるわけであるから、有利になることは間違いない。うまくなるという一つの意味でもある。 サッカーはゴールを奪うスポーツである。優勢勝ちなどはない。シュート数20本対1本でも、相手が20本失敗して、味方が1本決めれば勝ちである。勝負の極めがそこにある。 シュートまでいくのがうまく、いつもシュートを打つが、ゴールを決めるのが下手な選手がいる。一方でシュートまでなかなかいけないが、行ったら落ち着いて決める選手が入る。ゴールを決めるのがうまい選手である。こういう選手もうまいというひとつの意味でもある。 うまくなるのは選手である、トレーニングの意味を考えて、英知を結集して脳を動かしている選手は、間違いなくうまくなる。うまくならない選手は脳を働かせていない選手である。一生懸命無心に練習する選手にそういう傾向が強い。大事なことは脳を働かせることである。 うまくなるにはどうすればよいのか?いつも考えている選手はうまくなる。良い監督とは、そういう思想を植え付けれる人である。 それはどの世界にでも共通である。岡田監督とサッカーして彼らは楽しんでサッカーがプレイできて、そしてサッカーがうまくなっているのであろうか?監督の仕事はサッカーをうまくさせることにある。 うまくなる選手は、黙ってみているだけでうまくなる。うまくならない選手はいくら言ってもうまくならない・・・これも真実である。 監督で大事なことは思想である。そしてその思想を選手の心に響かせる和音である。この和音を持っていない監督が意外と多い。 理論は素晴らしいが、選手に伝えきれないのである。 欧州の一流と言われる監督は、理論ではなくて、選手の心に魂を入れるのは上手い人が多い。 そう、選手の心に火をつけてしまう・・・これこそ一流である。
posted by kabosu |20:37 |
大分トリニータ |
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