2010年03月07日

柏 対 大分 評

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優勝候補NO1の柏対、チャレンジャー新生大分の戦いだった。 2対1で柏の勝利! 1昨年、ナビスコ準決勝でウエズレイの虎の子1点で辛勝した時、ピクシーは、敗因は?と聞かれて、「名古屋にはウエズレイがいなかったということだ」と語ったことを思い出した。 柏のフランサ2点にやられた。ボールを持っていない時のフランサは要注意である。フリーランニングでDF・MFの空いているスペースをDF陣の視野から隠れたり、見えたりしながら、最後はゴール前の1番危険な地域に顔を出してくる。 立ち上がりは危険回避と相手ラインを下げるために、お互いに蹴りあった。しかし、ボールが落ち着き始めて、大分が主導権を握った。 大分の出来は悪くはなかった。中盤から東がサイドを抉り、チェが相手GKと何度か1対1を作りながら、決め切れない・・・・試合はこの差だった。 前半30分、フランサから右サイドへ流れたボールが、再びゴール前のフランサへ、小手川も必死で付いたが・・・付ききれなかった。 後半もミスは色々とあったが大分の出来は悪くはなかった。でも決め切らない。柏DF陣も最後のボール際が強く、裏へ抜けきれない。 そうこうしている内に、またフランサだった。後半17分、右サイドからゴール左へ流れたボールを一人かわして、ゴール右上へ、下川もこのプレイの早さを見送るしかなかった。これで2対0・・・ウ~ン、フランサめ~・・・・・! そして後半の24分、大分の韓国代表キム・ボギョンが圧巻のゴールを見せた。ハーフラインのセンターサークル手前でボールを受けて、高速で中央突破。Pエリア手前5~6mからシュート。ボールは芝を這ってゴール左隅へ。これで2対1!、よし、もう1点だ。 しかし、柏DFも懸命に粘って・・・終了。 大分はゴールを決め切れなかったFWチェの正直なプレイが目についた。速さもあり、DF陣の裏へタイミングよく抜けようとはしているが、プレイは正直過ぎて、すべて相手に読まれてしまっている。フランサのOFF THE BALLの動きのビデオを見て、イメージをもっともっと高くして欲しい。張り切り過ぎて、一人でサッカーをしていた時間帯があった。もっと周りが使えたら・・・。 右サイドは小手川か?刀根か?ウ~ム、悩むところだ。 最後のパワープレイで柴小屋がFWに入ったが、ヘディングですべて負けていた・・・オイオイ・・頼むよ、もっと練習しよう。 森島、パスミスも多く、ゴール前で良いスペースに顔を出しきれない・・、もっともっと、相手DFに嫌がられる存在になって欲しい。 フランサの良さは判断の的確さだろう。局面、局面の判断に誤りがない。パスをダイレクトで出す局面、ボールを持ちドリブルで相手DFを引きつける局面、そういった判断が的確なのである。 総じて、柏はフランサはいなければ、攻撃の怖さは半減する。後はしっかりとどれだけ守れるかだ。 一方の新生大分は優勝候補に、あそこまでやれた喜びがある。自信を持ってトレーニングに励み、次の試合に立ち向かって欲しい。 次は14日(日)ホーム大分銀行ドームのFC岐阜戦で、小生はNHK大分TVで解説予定である。でも、岐阜がよくわからん・・・どんなチームなんや?社長の今西さんに聞くしかないか!


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posted by kabosu |17:46 | 大分トリニータ | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年03月07日

サッカーとお金の今昔

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堰って、大水や台風のあの豪流でも壊れない。どういう構造になっているのだろうか? 今から50年前、昭和30年代にサッカーを始めたおじさん方は、当時サッカーするのにどれだけお金が必要だったのだろうか? 高校時代には部費はなかった。ボールは学校からの支給だった。部員20人位に、支給されたボールが3個~4個あった。 シャツは下着のお古だった。パンツは白の綿で、すぐに破れた。パンツの下にはいつも海パンを履いていた。ストッキングが先輩からのお下がりを履いていた。 スパイクは1000円程度、でも練習では、もったいないから履かない。スパイクは1年間に一足のペースだった。練習はいつもズックだった。確か280円位だったと思う。 試合用のユニフォームは?これも学校からの支給品だった。正副なんてなく、先生の自宅に行って、奥さんから染め方を教えてもらって、釜戸で、釜の中にユニフォームを入れて色を付けた記憶がある。 サッカー協会登録費なんてなかった。地方に協会そのものが存在しない県もあった。だから日本サッカー協会なんて、もちろんお金はない。全て、体育協会や文部省からの資金でまかなっていたのだろうと思う。 審判はどうしていたのだろうか?どんな公式試合も全てボランティアだった。先生方で連絡を取りながら、運営していたのであろう。車のない時代に、先生方は私費で列車やバスを乗り継いでグランドまでやってきて笛を吹いていた。 合宿は学校で宿泊、昔の寮をつかったりして、20人の大部屋で寝泊まりしていた。場所のない生徒は?先生の家の居間に雑魚寝していた記憶がある。 食事は?先生の奥さんや、知り合いの奥さん方と、1年生が担当していた。奥さん方はすべてボランティア。材料は?米は一人何合と言われていたので合宿前に出した記憶がある。その他の材料費用は?何百円か出したのであろうが・・・・記憶がない。 昔の先生方は、自宅を合宿に開放したり、食事提供したり、給料は安いのに奥さん方も大変であったと・・・・今になって思う。 でも先生方は、そういうことを当たり前にやっていた。島原商の小峯先生は倉や田畑を売ってマイクロバスを私費で購入した。小峯先生の恩師である大阪商大の上田先生もそういうことを、平気でする方々だった。日本全国津々浦々、そういうことを行う先生方はたくさんいた。 今の山形の小林監督は、そういう先生方に教わってきて、育ってきた。 昨日、高体連のサッカー専門委員会の総会があった。数十万、数百万、合わせると数千万のお金が動いていく。体育連盟、高体連、日本サッカー協会、県サッカー協会、地元Jクラブ・・・多くの関係と、多額の予算が動く。 そして、最後に出てくる言葉は・・・・「予算がない」。 トレセン、国体、各種県大会、グランド使用料、強化費、補助費・・・びっくりするぐらいの予算である。 昔と比較して、得られたものも大きいが、失われたものあるはずである。それは、何なのであろうか? お金がいくらあっても欲しがる。その欲求には際限がない! 1番大切なものは何なのであろうか? 時にはそういうことを考えるのも・・・悪くはない。そして、今の若者に、そういうことを、話してあげることも大切なことである。 今日、大分はJ2の開幕、第1節・・プロが大分にあるんだよ????(笑)。


posted by kabosu |06:21 | サッカー | コメント(0) | トラックバック(0)
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