2010年03月04日
岡田監督のサッカー感
堰がある。理由がある。水路があり、稲があり、田畑がある。 九州の片田舎から岡田監督を見てきた個人的な印象で、他愛はありません。おいさんの戯言だと思ってくださいな。 岡田監督が初めて監督したのが、フランスW杯予選の日本代表、それも流れの中で偶然に回ってきた晴天の霹靂だった。 そしてフランスW杯へ出場。事件があった、カズと北沢をフランスから途中で返したあの事件である。補欠を+2名連れていった。途中から帰国させることになると、選手に傷がつくからと…周囲は止めたが、本人は言い張って実行した。結果はしこりが残った。 さすがに今回はそういうことは言わない。フランスで失敗したからだ。 フランスから帰国して、札幌で初めての監督業・・・初試合はJ2開幕試合の大分市営陸上競技場だった。石崎監督との対決、大分が勝った。 難しい顔をしてベンチから声を出すあの雰囲気は今も変わらない。この年、札幌は振るわなかった・・・結果を残せなかった。 個人的な印象としては、選手の頭の上を岡田監督の言葉が飛びまわっていた。監督業ではあったが、監督をしていなかった。 2年目はさすがに反省した。選手としっかりとコミュニケーションをとってから、サッカーを楽しむようになった。優勝して昇格した。初めて、監督の仕事ができた手ごたえをつかんでいるように見えた。 サッカーを理詰めで考えているように見えた。札幌での監督生活が終わり、札幌を離れて自由空間に身を置いた。 数年たってから、横浜Fマリノスからのオファを受けた。選手を奮い立たせて、奮闘して何度か優勝をした。しかし、ある年チームが勝てなくなった。機能しなくなった。あの手、この手で四苦八苦したが、行き詰った・・・監督業から身を引いた。 岡田監督のやってきたサッカー・・・彼のサッカー感たるや何なのであろうかと考える。彼のサッカーの型は何なのであろうか? 相撲であれば、右上手を持てば負けない・・・、それぞれが得意な型を持っている。朝青竜にしても自分の相撲の得意とする型を持っていた。 オシム監督のサッカーもトレーニングから、選手を奮い立たせ、彼の人生から育まれてきた言葉や、サッカーの中にその型を見出すことができる。当時の千葉は、明らかに他と違うサッカーをしていた。その違いを作ってきたのが監督のオシムそのものだった。 岡田監督はこの2年間、何を積み上げてきたのだろうか?オシムとの違いは何なのであろうか?海外組を呼んで、何度も戦っているバーレーンに勝ってホットしている日本代表をこのW杯イヤーに見たくはない。 東洋、仏教、理論、信念・・・岡田監督はサッカーを難しく考えすぎているように思えてならない。 サッカーはサッカー以外ではなく、サッカーそのものなのである。もっともっと楽しむ心を持って良いのではないか。あの笑顔のない顔はサッカーとは縁遠い顔に見えてしょうがない。 マスコミの厳しい質問を、ジョークひとつの笑いで返せる器量が欲しい。
- 共通ジャンル:
- サッカー日本代表
posted by kabosu |19:43 |
大分トリニータ |
コメント(0) |
トラックバック(0)



