2012年02月08日

代表に必要なメンタルトレーナー

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U-17、U-20、U-23、代表にメンタルトレーナは必要か? この議論は、Jリーグができた20年前から時々話題にはなっていた。 「それは監督の仕事だろう」「監督権限で監督がやるべきである」 「監督との棲み分けが難しい」 こういう意見が多く、消されてきた。 フィジカルトレーナ、GKコーチが入るのが、当たり前になってきた各代表チーム。でも、メンタルトレーナはいない。 今回のオリンピック代表チームを見て、試合前の選手のコメント、試合直前の選手の顔の表情から見て撮れたのは、過緊張の表情であった。 要するに、日常的な試合前の顔の表情ではなかった。 余裕のない、一杯・一杯の顔の表情、そして動作が多かったように見えたテレビ画面だった。 ドイツ女子W杯でみせた「なでしこ」の試合前の表情とはあきらかに異なっていた。 こういったメンタル的なコンディション作りは現在は、監督の仕事になっている。 監督の話し、練習中での声かけ、動作、表情・・・・選手は、無意識に見つめている。 そして、代表チームには必ず「団長」と称されるサッカーの見識者たる役員が帯同している。 もしチームの雰囲気に何か異常を感じれば、アドバイスなどを施すことも可能である。 しかし、今回のオリンピック代表チームは固かった。 余裕のある表情が見えなかった。笑顔がなかった。 「サッカーを楽しむ感覚が失せていた」ように見えた。 こういうチームには、メンタルトレーナの必要性を感じた。


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2012年02月05日

ロンドンオリンピック予選 日本対シりア

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「天王山、天王山・・・・・天王山・・」 試合前から、監督からこの言葉を何度も聞いて、少し不安を覚えていた。 大一番、天王山であることには、間違いはないが、それを言葉に出して言うと、選手は益々緊張するものである。 そういうことは、言わなくてもわかっている。 それより、「普段通り自分たちのサッカーを踏襲したい」こういうコメントの方が落ち着く。 試合は立ち上がりから、自分たちのペースを作りきらなかった。 DFラインから、1トップの永井の横、裏を、目指してドンドンボールを蹴り込んでいった。どこかでボールを落ち着かせて、中盤を支配するかなとおもったが、最後まで蹴り込んでいった。 これをやると疲れるし、相手がボールを支配するし辛いゲームになる。 一体、ゲームプランはどう考えていたのであろうか? 中盤2枚の山口、山村は同じタイプでボールのはたき屋のイメージがある。やはりボールを溜めれる選手が1枚欲しい。 その溜める選手がいないために、ボールを前に、前に急ぎ過ぎて、自ら試合のリズムを崩していったように見えた。 日本人の良さは何なのか? 自分たちのサッカーの特徴は何なのか? ドンドンボールを蹴り込んで、よそ行きのサッカーをして、自滅したイメージの方が強い。 もちろんシリアの個は強かったが、そこを組織で守る、組織で攻めるのが日本サッカーではなかったのか? シリアは強かったが、日本は自分たちのサッカーを見失って、パフォーマンスできなかった。とても残念である。 中盤で1枚、もっとボールを持てる選手が欲しい。溜めを作れる選手が欲しい・・・東は中盤の中で使った方がよいのではないかな・・・・。 残り2試合、得点を重ねて、得失点差を狙うしかない。


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2012年01月25日

Jクラブの地域選手「発掘力」

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桜が恋しい・・・。 地域トレセンも群・市、そして県トレセン・・・以前と比較すると、大きく普及してきている。 でも10年前、20年前に比べて、 才能ある選手を見つけやすくなってきているのか? 才能ある選手を発掘しやすい環境は出てきているのか? 才能ある選手を、さらに伸ばせる環境は実現しているのであろうか? 才能ある幼い選手を、サッカー競技に向けさせる環境はあるのであろうか? 地方の郡市では、まだまだ環境が十分整備されているとは言い難い。 特に少年指導者、U-15の指導者の面では、まだまだやることは一杯あるようだ。 特に中学校のサッカー部では、サッカー指導者の先生が転勤でいなくなると、極端に環境が悪化している。部活動を辞めたり、指導者がいる他競技に転部する子供も多い。 クラブ化が進み以前よりはよくなったが、中学校での部活動で救えていない選手は、まだまだ多い。 U-12に問われるのはサッカーの質の追求、そして勝利だと思う。 この両立を目指せなければいけないのに、勝利のみを追求するスポーツ少年団指導者もいるのも現実である。 ある地域では、サッカー指導者が少なく、子供達が他競技に流れている。 日本代表選手が出れば、皆が大騒ぎする。 以前と比較すれば、クラブから日ノ丸選手を出したい・・・と思う指導者は格段に多くはなったが、まだまだ日の丸脳の血管は日本全国指導者を隅々まで網羅はしていない。 なでしこや、W杯で、頂上は華やかになってはいるが、裾野はやることは山ほどあるのが、日本サッカーの現状であろう。 大事なことは、そのことに気づいて、早め早めに手を打つことでもある。 清武や長友らを生み出してきた土壌は、まだまだ改良の余地が多い。 地方の隅々には、まだまだ宝が埋もれているように見える。
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春よ来い、早~やく来い♪ 4月から大分のサッカーの歴史を編さんすることになった。 サッカー協会の発足である戦後からがメインとはなるが、面白いのはそれ以前である明治・大正・戦前の昭和でもある。 日本サッカー協会のミュージアムのリファレンスルームと話し合いを行いながら、2年がかりで進めていきたいと思う。 基軸は地域の人、そして、その方々とのコミュニケーションで歴史は浮き上がってくる。特に70歳以上の方々を見つけて探したい。骨の折れる作業でもある。 そんなことがあったのか!、そんな人がいたのか! そんなドラマがこの地域であったのか! 私たちには後世に伝えていく義務が・・・あるよな。年齢を重ねると、そう思うようになってきた。 私達は、歴史を知らなければ、本当のサッカーを知ったことにはならないと思っている。 歴史を語れない者に、未来は語れない。 賢者は歴史に学び、愚か者は経験に学ぶ。 肝に銘じて、歴史探索の旅に出たい。


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2011年11月16日

日本 対 北朝鮮

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ボールの配給のまずさが目についた日本代表だった。 あのようにフィジカルコンタクトを前面に出してくるチームには、もっと横パスを多くして、幅のスペースを使って、餌を流しながら、噛みついてきたところを縦に入れていけばよいと思うのであるが・・・。 サイドの狭いスペースを縦に、縦にいけば、相手の思う壺で、縦に来れば、縦にはね返すのは容易である。駒野のサイドから、内田や岡崎の前のスペースまで、もっともっと幅を使って攻めるべきであったろう。 北朝鮮が、縦にほおりこんできたので、それに挑発された格好にになってしまった。あの大観衆、あの雰囲気で「勝ってやろう」と思い過ぎると、縦に縦にいってしまうものである。 その昔、日露戦争の頃、ある砦を占拠しようと包囲作戦にでたが、後で振り返れば、包囲とは程遠く、かなり直線的に攻めていたことがわかった。 人間とは攻める時には、目標にまっすぐ向かう心理があるようである。 1敗はしたが、勝負の世界、負けることも必要である。勝ち続けるのはよくないと思う。 それにしても国歌斉唱時のあのブーイング・・・・、日本サポに声を出せないあの警備・・・行かれた方にはストレスであったであろう。 サッカーボールは世界中を駆け巡っている。208の国と地域が戦うサッカーという世界。様々な国家があり、それは人間の持っている様々な脳が作ってきたものである。世界は広い・・・・。 ふと見れば、日本人同士の戦う野球の日本シリーズに目がいく。何と平和な世界か・・・。フト、そう思ってしまう。 北朝鮮を非難することは簡単だが・・・同じ人間が作ってきた国家、そしてそのサッカーの内容は、国家の脳を反映しているのだろう。
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サッカーの奥義は深いと思う。


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2011年10月12日

日本代表対タジキスタン 大勝しても学ぶ姿勢

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大分川の自転車専用道路。 どんな試合でも、反省事項があり、学ぶべき姿勢を崩してはいけない。 8対0、近年にない大勝である。 勝利であるから、気分はいい。 でも、失敗したことや、やろうとしてできないことも多々あったはずである。 冷静に試合を振り返り、分析して、毎日のトレーニングにアクションを起こして欲しいと思う。 それにしてもタジキスタン、一生懸命にやっているようには見えたが、ホームでの刺々しさが消えていた。自国民の前での試合と、他国民の前での試合が、こうも違ってくるのか・・・・ワールドカップ予選の興味深いところでもある。人間は、とっても環境に左右される、精神的な動物でもある。 作戦的に、遠藤と長谷部をあれだけ放し飼いにしたら勝ち目はない。 あの二人に、厳しくプレッシャーをかければ、4~5点は減っていただろう。 日本の起点はわかるはずである。なぜ、それをしなかったのであろうか? むしろ、そちらの方が興味深い。 それと日本はもっともっとミドルレンジからのシュートを打ってよい。少なすぎる。 次はアウェイ北朝鮮。何がおきるかわからない、どんな試合であれ、周到な準備は必要である。 _____________________________ 大分では今週末から、全国高校サッカー選手権の大分県予選が始まる。 3年生にとっては、最後の大会である。高専のチームがこの試合に出場できるようになったのは、15年前からである。高体連や日本サッカー協会との話し合いで参加が認められるようになったと聞いている。 真剣勝負で得るものは大きい。 足りないものを多く発掘して、毎日の練習で活かして欲しいと思う。 そう言えば、今から45年前の高校選手権は、推薦出場&予選を組み合わせての出場であった。場所は関西、阪急ブレーブスの野球場横のグランドだった。優勝は秋田商業と藤枝東の両校優勝だった。 そういえば、その年の10月に大分で国体があり、決勝は藤枝東と浦和市立だった。 あの頃の選手達、皆何をしているのであろうか・・・。


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2011年09月23日

清武、清武、清武・・・・・・

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20年以上前、当時の日本代表監督オフトに頂いたサイン。 この日、大分駅に一人で迎えに行って、二人きりでタクシーに載って、ホテルまで連れていったな・・・何て、話したか記憶にない(笑)。 大分は清武の話題で持ちきりである。 それはそうだ、あれだけスポーツ新聞やメディアへの露出が多くなると、知らない人は「えっ、大分市出身なの!」と驚く。 そうそう、明治北SSC少年団、カテオラU-15、大分トリニータU-15、大分トリニータUー18→大分トリニータ→C大阪・・・。 大分のサッカー兄弟では、永井3兄弟と清武3兄弟は有名である。 清武は長男は九州リーグの新日鐵大分で、3男は福岡大学サッカー分・・・と皆、上手・・・・DNAなんだろうな。 U-15やU-17でも時々代表には、呼ばれてはいたが、定着するまでにはいかなかった。 プロとして、本当に力をつけてきたのは、ポポビッチ監督になってからの6ヶ月間だった。ここでの、ハードな練習が、一気に彼をJ選手として逞しさを増したように思う。 J1での最後の10試合、大分は無敗で駆け抜けた。 その時、右翼を担っていたのが清武である。 特に残り4~5試合での、1位川崎対18位大分の対決は、1:0大分勝利であったが、内容は大分が圧倒的だった。この夜、ポポビッチ監督と食事をした。プラン通りの試合だったようだ。 この時、金崎、東、清武、家長、西川・・・そうそうたる面々がいた大分であったが・・・・給料が払えなくなってしまった。 地方クラブ・・・親会社がいない地方のクラブの悲哀であった。 さらに、移籍金の撤廃も追い打ちをかけた。 そして今、懸命に借金を払いながらの、厳しい経営を続けているのが実体である。 あの時、大分は少し背伸びをし過ぎてしまった・・・しかし、背伸びをしたからこそ、ナビスコ杯を獲得した。 その辺は、様々な意見が錯綜するところであろう。 さて清武、少年サッカーの頃からダイレクトのヒールパスや、空中でのダイレクトパスが得意だった。これから、どう伸ばしていくべきであるか?あるいは、どういうプレーヤとして完成度が高まっていくのか? メッシのように、世界の・・・・飛躍し過ぎかな・・・。 1昨年まで、うちのグランドの横を、練習場へ行くのに、よく走っていた。トリニータの寮が、側にあるもので・・・ペコリと頭を下げて挨拶していたな~・・・。


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2011年09月22日

オリンピック予選 日本対マレーシア

清武や東が、クローズアップされると、違和感がある。

代表というより「大分」を感じてしまうからである。
二人とも、大分U-18育ち。

特に清武は小学生の頃から、時々試合を見てきた。
日本中の注目を浴びると・・・「ああ~あの子が・・」と見てしまう。

小学校の時に、今のプレイスタイルが出来上がったいったように見える。U-12の時に、サッカーがある程度、出来上がっtのではないだろうか。

U-18でトップチームに入った春のキャンプで、骨折してほぼ1年間を棒に振った。U-15の時にはオズグッドで苦しんだ。

今が、1番良い時なのか?それともこれから海外へ飛躍するのか?

伸び伸びとサッカーを楽しんでいる姿を見て、とても嬉しかった。

posted by kabosu |06:24 | 日本代表 | コメント(1) | トラックバック(0)
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2011年09月03日

W杯アジア3次予選 日本対北朝鮮

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立ち上がり、横パスが多くて、縦パスが入ってこない。 たまに縦に入っても、ボールがブレて精度が悪い。 ボールは失わないが、なかなか前に攻め込めない。 北朝鮮DFも日本の動きをしっかりと、研究してきており、なかなかフリーな状態にさせない。しっかりと付いている。 前半、20分過ぎまでそういう状態が続いている。 前半30分頃、攻め込むが日本の選手同士の距離感が近くて、相手DFの射程距離にいる・・・。 柏木が、少しボールに寄り過ぎているのか・・・。攻撃の中心で機能していないように見える。もう少し、ポジションでバランス良く攻めたいし、少し持ち過ぎているようにも見える。 ボールの展開をもっと早くしたい・・・・前半終了。0対0。 北朝鮮もよくやっている。なかなか、強い。さすが南アW杯出場国だが・・・・戦略が、すこし乏しい。 後半15分、柏木→清武が入り、香川が真ん中に入ると、一気にボールの流れが変わってくる。 しかし、前線での強引さが見えない。李も見えなくなるとハーフナーに交代。前線にボールをフィードすることにより、再び流れが変わってくる。 最後のロスタイムで1点をもぎ取った。初戦は、固くなるし、失点したくないし、こんな試合が多くなる。 勝負のかかった試合では、流れるようなきれいな試合は少ない。 ギスギスしたりする試合内容になっていく。そういった中で問われるのは勝負強さである。 いつも前向きに、したたかに挑んで欲しい。 それにしても長谷部と遠藤の存在感は際だっている。 次はタジキスタン、ポジションのバランス感覚を修正して欲しいのと、強引な勝負も欲しい。
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ホームタウンサミットの事務局会議があった。 もっと内容を詰めていかないといけない。 9月18日に行われるホームタウンサミットin大分で発表する資料作りを準備中。今日も図書館で調べる予定。 テーマは「大分県のサッカーの歴史と文化」。 後藤建生さんや、牛木さんの書籍や資料が役に立つ。 それにしても、明治・大正の時代は引き込まれる・・・日本代表のAマッチ1試合目の極東大会の映像はないのであろうか?


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2011年08月10日

日本 対 韓国

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大きな差を感じた日韓戦だった。 日本の緻密なサッカーに対して、韓国は速さ、高さ、クロスで勝負する大味なサッカーに終始した。 無理なロングシュート、なかなか自分達の思うようにできない韓国。 特に本田~香川のホットラインに対して、韓国DFは無策だった。 取れそうで取れない、2人・3人で行けばマークの外れた日本選手へパスが出る。 特にパスのタイミングを微妙に外すのが巧みで、韓国選手は騙されていた。 前大分の清武がデビュ-した。臆することなく2アシスト・・・立派なもんだ。大分U-18の選手にとっては刺激的だったであろう。 明治北少年団、カテオーラからトリニータU-15→U-18へ・・・。 韓国は、マンUの彼が抜けて、軸が消えてしまった。 昨年の南アフリカから1年でチームがひっくり返したように、変ってしまった。 ザッケローニ監督は岡田監督になかった、何かを掴んでいるように見える。これからのさらなる飛躍に期待したい。


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2011年06月19日

サッカー批評に載った「GK村岡博人」

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百合が満開になっている。豪雨が続いているので車庫の下に置いている。きれいに咲いているが、何か物悲しい・・・・。 今季のサッカー批評に、村岡博人氏さんのことを木村元彦さんが書いた記事が載っている。 村岡博人??? 圧倒的に知らない人が99.9%かもしれない。 1954年(昭和29年)、スイスW杯予選の、初めての韓国戦での日本代表GKである。 1931年東京生まれ、東京教育大府中、東京教育大付高、東京教育大学、共同通信社、まだまだご健在の方である。 スイスW杯予選の、前年の1953年(昭和28年)、ドイツのドルトムントで開催された国際学生スポーツ週間(現ユニバーシアードの前身)にも、長沼健、岡野俊一郎、平木隆三などと参加している。そして団長が、竹腰重丸氏(大分県臼杵市生まれ)である。 昭和28年、まだまだ戦後の真っ最中である中、よくぞ海外遠征、それもドイツまで行ったものだと・・・感心する。 言いだしっぺは竹腰重丸氏。実はこのドイツ遠征の話は、4~5年前に大阪で開催されたサロン2002大阪の「竹腰重丸を語る会」で、演者の賀川浩さん、浅見俊雄さんから、かなり細部に渡って聞いた記憶がある。 団長の竹腰氏はこの時、東大の庶務課長。事前視察でドイツに行ったそうで年次有給休暇を使い果たしたそうだ。従って「君は本大会には行けない」と上司から釘を刺された。 しかし、それごときで引いてしまう竹腰ではない。竹腰は東大職員を辞することになるが、彼は庶務課長。ちゃっかりと教養学部の講師枠を作っており、ドイツ遠征後は東京大学教養学部の講師に変身する。 仕事は東京大学サッカー部の指導と体育の授業。ゼミは主に海外から取り寄せたサッカーの洋書の翻訳ばかりやらせていたそうだ(笑)。 もうひとつは、戦後まもない頃の欧州遠征。この遠征の経費をどうやって集めるか?だった。 竹腰は庶務課長の職責を活かして、欧州に行くので様々な研究ができるという名目で、「・・・研究」「・・・研究」例えば「欧州の人口調査研究」などと、銘打って多額の研究費用とスポンサーを見つけてきて、遠征費用に企てたそうである・・・最後はパリで1週間のバカンス???ウ~ム、凄い。今だったら、事件で新聞に載る・・・。 でも、この遠征でもたらした効用は、日本サッカーへの未来につながる遠征でもあった。20代そこそこの若者であった長沼、岡野は、海外の文化や若者達と触れ合い、とてつもない刺激を受ける。 のちに日本代表の指導者となった二人は、昭和30年代半ばから、毎年40日間の欧州遠征を企てる。これが、メキシコ五輪での銅メダルにつながっていくのである・・・そして2002年W杯招致へ・・・。 有給休暇を使い果たし、職を辞してまで欧州遠征を企てた竹腰重丸の功績は、のちに、とてつもなく大きいものになっていくのである。 GK村岡博人氏、1954年のスイスW杯予選を戦った男は、48年後に日本・韓国で開催された2002年W杯をどう過ごしたのであろうか・・・。 まだまだ、ご健在なので多くの歴史を語って欲しいと思う。 次号が楽しみである。


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