かぼすシュートの蹴球アラカルト

大分トリニティ伝道師へのご冥福

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地元大分で、知らない方はおられない元OBS大分放送の中野公児アナウンサーが亡くなられた。まだ66歳の若さだった。
大分トリニティができたのが1994年、その年は大分県社会人リーグ1部優勝、1995年は九州リーグ優勝、そして1996年の1月末~2月上旬にかけてJFL昇格をかけて争う地域リーグの予選リーグを勝ち抜き、地域リーグ決勝リーグへ勝ち進んだ。
予選リーグは岡山の美作で、そして決勝リーグは4チーム総当たり3試合のリーグ戦で大分市営陸上競技場で行われた。地元OBSラジオはサッカーの試合では初めての実況放送、それも3日間生放送で初日は工藤アナ、二日目は松井アナ、そしてJFL昇格決定の試合を中野公児アナウンサーが担当した。解説は3日間とも私が担当したが初めての解説であった。
上位2チームが昇格、大分は初戦でつまづき、二日目勝利、三日目は命運をかけての戦いであった。この地域リーグの為に韓国代表の皇甫官、1986年メキシコW杯韓国代表の主将のイ・ヨンジンを補強していた。この三日間を通じてOBSラジオは凄く地域を盛り上げていただいた。おかげで地元の試合ではサッカーの歴史上、初めての7千人を超える人達が市陸に押し寄せた。
最終戦、試合が終わり歓喜に咽ぶ放送席、ふと中野アナウンサーの横顔を見ると眼が真っ赤であった。その年から朝日ソーラさんがスポンサーになって、大分トリニティのJFLのホーム試合をOBSラジオで生放送して、中野アナウンサーが実況を担当した。
できて3年目の大分トリニティ、毎試合中野アナウンサーの「大分トリニティ」という声が、大分県内に響き渡った。そういう面では中野アナは大分トリニティ(大分トリニータ)の伝道師と言える。ホームのみならず、アウェイや遠征先の韓国へも行って取材&放送した。
またトリニティのボランティアの納会にも出席して、軽妙な語りでボランティアの方々を喜ばせた。実況は大分市営陸上競技場、佐伯市営陸上競技場、別府野口原競技場からもラジオで生放送、時々TVでもJFLの試合を放送した。
大分トリニータが初めてJ1へ昇格した2002年11月の大宮戦、アウェイ大宮サッカー場で一人中野さんは大分トリニータのJ1昇格を見届けていた。帰りに羽田空港ロビーでバッタリお会いして、懐かしかったJFLでのラジオ中継時代の思い出を語り合った記憶が、つい昨日のように思える。
今年クラブができて24年目、紆余曲折はあったが来年は25年目、4分の半世紀を迎える大分トリニータである。25年間、本当に多くの方々に支えられたきたクラブなのである。恩返しを考える時期でもある。来年1月、湘南は湘南・平塚OBに声かけしてレジェンドマッチを計画している。大分も是非、多くのOB選手や支えてきた方々が笑顔で喜ぶ、企画を考えたらどうだろうか?
前回は10周年の時にOBを呼んだ・・・・是非、一考して欲しいと思う。それが、何十年も支えてきた方々への礼儀でもある。

イングランドのプレミアリーグや欧州リーグでは、このような訃報に接した時には、スタジアムのビジョンに写真を写して彼が残した功績を語り、黙とうを捧げるのが常識になっている。それで、観客はそのクラブの歴史を知りクラブに対する愛着を深めるのである。

今日の山形戦は1対1の引き分け・・・中野公児アナは、天国から暖かく見守っていたと思います。

謹んでご冥福をお祈りいたします。



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大分トリニティ伝道師へのご冥福

ありがとうございます。

大分トリニティ伝道師へのご冥福

漢字が間違っています。
×中野好児
○中野公児

故人の方なので訂正されたほうがよろしいかと。

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「水と緑と青い空」、大分の自然を愛し、大分トリニータを愛し、サッカーを愛してやまない「お爺さん」です。

一方ではサッカーの歴史にも興味を示し、スポーツ社会学やスポーツ産業学にも好奇心旺盛な一面があり、地方をスポーツで笑顔にしたいと思っております。スポーツ社会学研究会(サロン2002)の会員でもあります。

2014年3月末で定年退職、30数年間勤務した民間企業・17年間勤務した教職、合計47年間の仕事生活に別れを告げました。

今は毎日自由な空間に浸り、何とも言えない空気の匂いを嗅ぎ、土いじりをしたり、快速自転車に乗って近隣の街を訪れています。

でも、サッカーとは離れられずに,大分トリニータボランティアと高専サッカー部の指導(外部コーチ)は継続しています。

時折、地方でサッカーTV・ラジオ解説、そしてFMラジオに出てfootballを語っています。

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