2010年03月15日

FC岐阜のJ1狙い

kabosu-147519.jpg
昨日に続き、再び岐阜の話題を!。FC岐阜がJ1を狙っている。それも、ここ数年以内にである。 このクラブと他J2クラブとを比較して、1番のストロングポイントは今西社長のずば抜けたサッカー力の強さであろう。 69歳、元日本代表、日本リーグ時代は東洋工業で監督業。オランダからオフトを招聘して、広島の礎を築く。1993年J開幕時はサンフレッチェ広島の主軸として参加、GM・強化部長として手腕を振るう。 高木、森安、風間・・・多くの選手を育成する一方で、広島の下部組織の形を作る。現在のユース以下の充実は、彼の存在なしには語れない。 さらに指導者の充実を図り、積極的にライセンス取得させて勉強させた。Jリーグには広島出身の指導者が数多くいる。山形の小林監督、前柏の高橋監督、前神戸の松田監督・・・それ以外にもコーチングスタッフの数をあげればきりがない。 さらに多くの監督を選び、バクスター、ヤンセン、トムソン等などの監督、そして選手選びに海外にも足を運び、80カ国程度渡り歩いており、知人も多い。 広島のGM時代は、日本サッカー協会の強化委員会副委員長として、加藤現京都監督らとトレセン制度の充実を行うと同時に、日本代表の強化スタッフとして日本代表を初めてフランスW杯に出場させた。 日本サッカー史上、初めてのW杯出場のジョホールバルでは、協会役員、報道陣・・・多くの方々が涙に咽んだ話を聞いた。 それ以外にも、大分トリニータの創設、愛媛FC、岐阜の設立にも援助している。 サッカーでこれだけのキャリアを持つ社長は、そうそういるものではない。地域リーグからJFLへの昇格、JFL→J2への昇格、J2→J1への昇格、J1での上位進出・・何が必要で、どこをどうすればよいかなどを知り尽くしている人である。 昨日の岐阜のチームを見て、なるほどと思った。少ない資金力でまじでJ1昇格を狙っている。派手さはないが、そんなものは必要ない。むしろ精神を堕落させる。地道に無名な選手達を必死で頑張らせている。社長の色が色濃く出るのは、やはりコーチングスタッフの人選であろう。 今シーズンの岐阜は注目して見てみたい。


posted by kabosu |22:38 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月14日

大分トリニータ 対 FC岐阜 評

kabosu-147192.jpg
試合の始まる前に、岐阜の社長さんである今西氏と久しぶりのご対面でしばし談笑した。 大分銀行ドームに来るのは久しぶりで2002年以来かもと言っておられた。スタジアムを見上げて、立派なスタジアムじゃな~・・・あの時だからできたけれども、今からでは無理だろう。大分はいいものを持っているな・・・と羨ましげに話していました。 当時の平松知事の英断と溝畑前社長の尽力があったから・・・と答えていましたが。 FC岐阜も、J1昇格する前に、いずれ2万人程度のサッカー専用スタジアムを作りたいとも話していました。 さて試合内容。岐阜のチームらしい、チームさに驚きました。 一言・・チームになっている。ハードワークできる良いチームである。新監督になって短い時間の中で、ここまでまとめた倉田監督の監督力に敬意を表したい。 試合内容は明らかに岐阜ペースの試合だった。大分は中盤のプレスがかからず、岐阜MFに前を向かれて、自由にパスを出されていた。 たまたまキムの持ち込んだボールでPKを得て、前半は、1:0で終了。後半も開始20秒で岐阜DFのクリヤーボールが自殺点となって2:0だったが、内容では負けていた。 大分は小手川などサイドにボールが出ても、味方がボールに寄り過ぎて、相手DFの思うようにプレスを受けていたし、攻めに関しては手数が多すぎた。 J1であれば、確実に3点はやられていたであろう。菊地や下川で何とか踏ん張ったというのが実情であろう。 大分のサッカースタイルが見えない。どんなサッカーを目指しているのであろうか?自分たちの長所を活かしたスタイルを確立していかないといけない。 J2の試合を8年ぶりに見た。やられたと思ったら、相手がシュートを決めてくれない(笑)・・・。何でもないパスミス・・・。やはり技術的なレベルが少し落ちている。 岐阜は無名な選手が多い。しかし、昨年1年間に出たイベント回数は180回、選手はほぼ、2日に1日、イベントに参加している勘定になる。地域密着するために、懸命に努力している。 その無名な選手たちが、昨年後半戦は懸命に走りまくった。経営難で選手が15人入れ替わったが、選手が懸命に頑張る姿を見て、前半戦3千人だったお客さんが、後半戦には5千人に伸びてきたそうである。 やはり原点はピッチにある。選手のひた向きな姿が人を感動させる。そういう試合を、プレイを見せて欲しい。 大分は走れていないし、全体的に緩い感じがする。やはり、糸は張らなければいけない。


posted by kabosu |20:22 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月14日

国体早生まれ選考会

kabosu-147072.jpg
勤務先から見える200mの煙突。 国体早生まれの選考会に本校選手を参加させた。この聞きなれない言葉・・・。 数年前から国体での少年の部は高校生から、U-17に変更になった。現時点でいえば、中学2年生、中学3年生、高校1年生の早生まれが対象になる。 なぜ高校2・3年生は対象にならないのか? 一言で言えば、この年代の優秀選手が忙し過ぎるからである。この年代の日本代表選手は、U-17日本代表合宿、海外の大会参加、海外遠征、トレセン合宿・遠征、自チームでの大会・遠征・・・これに国体合同練習・遠征・本大会と加われば、休みがほとんどなく、厳しい環境を強いられる。 高校野球球児とは違う環境がそこにある。 現在の国体本大会の少年は、中3・高1・高2早生まれが参加している。この年代の強化、いや、本来ならばU-13あたりからの戦術強化は日本サッカーのテーマでもある。そういう面では、この年代から全国大会で競うことは、大いに刺激的で賛成である。 この年代はまだまだ幼い年代ではあるが、自我が芽生えてくる年代でもあり、精神的なケアも重要である。 サッカーを楽しくできる、友達と楽しくできる、そういう環境を作りながら、より高いレベルを目指して、強い闘争心を養っていく。 初めて本校の生徒を参加させたが、見学するとトレーニングの内容が勉強になる。そして指導者の方とお話しすると、それがまた勉強になる。指導者の方には大分トリニティ時代に主将を務めた向先生もおられました。 今年の国体は千葉県開催だとか・・是非、頑張って欲しいと思います。


posted by kabosu |05:50 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月13日

大分と岐阜との関係

kabosu-146938.jpg
大分の練習場から見る由布山、鶴見山。 明日、大分は岐阜と対戦する。初めての対戦である。 大分と岐阜との人脈を探ってみたい。 岐阜の浮気コーチが2002年、大分がJ1昇格した時の大分の主将だった。 大分の梅田選手は岐阜工業出身、JFL西濃運輸でプレーしていたが1999年、大分に来た。そして1昨年、再び岐阜へ、そして今年またまた大分でプレー。 岐阜がJFLに昇格したのは、大分で開催された地域リーグ決勝大会である。森山選手も元気で出場していた。 この大会は悲喜こもごもで、試合後の負けた選手の姿は辛かった。 そして岐阜の社長の今西和男氏。この方は東京教育大学~東洋工業~サンフレッチェ広島と渡り歩いた日本サッカーの生字引でもある。 1994年に大分を作る時は、1993年から自腹で何度、何度も大分に来てくれて、初代文監督、選手選考、選手派遣、クラブの運営などなど、多くの面で大分トリニティ設立に尽力してくれた。 さらにできたばかりの県リーグ参加の大分トリニティに胸を貸してくれたのが、当時Jリーグで優勝した広島だった。別府キャンプ中、風間や高木などベストメンバーで試合をしてくれた。 さらに大分での2002年W杯招致についても、海外人脈などをつかって手助けしてくれた。あのオフトも大分の招致アドバイザーだった。 広島ではGM、でも広島がJリーグに参画するウンヌンで、この方の力は大きかった。いなければ、広島のJリーグ参加はまちがいなくなかった。 日本サッカー協会では強化委員会副委員長として、日本代表の遠征や試合はすべて帯同した。 その方が、岐阜の社長で大分と対戦する。1993年、あの当時、こういうことが起きようとは・・・・人生、縁は奇なものである。 大分を作る時には、多くの方々が、実にたくさんの方々が協力・尽力してくれたのである。大分県サッカー協会もそうである。多くの方々がボランティアで支えて、それは今も続いている。 その土台があって、今の大分があるのである。 今西社長も、大分との対戦は特別な思いがあるはずである。


posted by kabosu |06:20 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月12日

北九州と八幡製鉄

kabosu-146768.jpg
大分川自転車専用道・・時々通勤利用。 今はない北九州市にあった旧八幡製鉄サッカー部の歴史は深い。1964年の東京オリンピック出場、1968年メキシコオリンピック出場した数々の選手達。日本代表として戦ったW杯予選、ムルデカ大会、アジアカップ、欧州遠征・・・昭和20年代後半から昭和40年代にかけて、このチームから数々の名選手を生みだしていった。 故寺西監督、故宮本輝紀選手、故渡辺正選手、上選手、富沢選手、浜崎選手、崎谷選手、横山選手、佐伯選手、神田選手、大石選手、上田選手・・・・多くの日本代表選手や名選手を生みだしたこのチームが消滅してから久しい。 昭和40年から始まった日本リーグではいつも上位に顔を出し、4連覇した東洋工業(現在のサンフレッチェ広島の前身)とはいつも優勝争いをしていた。 あの頃の選手は、今70歳前後であるが、元気にしているだろうか? 東洋工業はJリーグに参画した。そして、今に続いている。八幡製鉄は新日本製鉄と名前を変えてはいたが、八幡製鉄所サッカー部は会社の方針で衰退の一途をたどっていた。 日本リーグ1部から2部へ降格、さらに九州リーグへ降格。この当時サッカーに打ち込んでいたこのチームの選手達の気持を考えると・・・忍びないものがある。 新日鉄は今でもJリーグとの関係は浅い。各地域の製鉄所にあるサッカー部がその地域で活躍して、アマチアスポーツとして地域貢献しているからである。 しかしながら、あれだけの会社。その地域にあるJリーグに少しでも援助すれば、そこの社員の皆さん方にとっても、それは胸はずむほど嬉しいはずである。 今年、北九州から初めてJリーグに参画した。百万都市、北九州・・・Jリーガも多い。特にジュニアの育成にはすばらしいスポーツ少年団も多い。基礎部分の厚いこの地域が盛り上がれば、いずれ鹿島に対抗するクラブになるかもしれない潜在能力を秘めている地域である。


posted by kabosu |05:20 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月10日

うまくなるのは選手、うまくするのは監督

kabosu-146543.jpg
川の流れは永遠だ。 選手がうまくなれば、チームは強くなる。トラップミスが10回中、5回あった選手が、3回になった。ということは、2回味方につなげるわけで、攻めの回数が増えてくる。その2回中、1回はゴールにつながるかもしれない。 いずれにしてもマイボールになるわけであるから、有利になることは間違いない。うまくなるという一つの意味でもある。 サッカーはゴールを奪うスポーツである。優勢勝ちなどはない。シュート数20本対1本でも、相手が20本失敗して、味方が1本決めれば勝ちである。勝負の極めがそこにある。 シュートまでいくのがうまく、いつもシュートを打つが、ゴールを決めるのが下手な選手がいる。一方でシュートまでなかなかいけないが、行ったら落ち着いて決める選手が入る。ゴールを決めるのがうまい選手である。こういう選手もうまいというひとつの意味でもある。 うまくなるのは選手である、トレーニングの意味を考えて、英知を結集して脳を動かしている選手は、間違いなくうまくなる。うまくならない選手は脳を働かせていない選手である。一生懸命無心に練習する選手にそういう傾向が強い。大事なことは脳を働かせることである。 うまくなるにはどうすればよいのか?いつも考えている選手はうまくなる。良い監督とは、そういう思想を植え付けれる人である。 それはどの世界にでも共通である。岡田監督とサッカーして彼らは楽しんでサッカーがプレイできて、そしてサッカーがうまくなっているのであろうか?監督の仕事はサッカーをうまくさせることにある。 うまくなる選手は、黙ってみているだけでうまくなる。うまくならない選手はいくら言ってもうまくならない・・・これも真実である。 監督で大事なことは思想である。そしてその思想を選手の心に響かせる和音である。この和音を持っていない監督が意外と多い。 理論は素晴らしいが、選手に伝えきれないのである。 欧州の一流と言われる監督は、理論ではなくて、選手の心に魂を入れるのは上手い人が多い。 そう、選手の心に火をつけてしまう・・・これこそ一流である。


posted by kabosu |20:37 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月07日

柏 対 大分 評

kabosu-145916.jpg
優勝候補NO1の柏対、チャレンジャー新生大分の戦いだった。 2対1で柏の勝利! 1昨年、ナビスコ準決勝でウエズレイの虎の子1点で辛勝した時、ピクシーは、敗因は?と聞かれて、「名古屋にはウエズレイがいなかったということだ」と語ったことを思い出した。 柏のフランサ2点にやられた。ボールを持っていない時のフランサは要注意である。フリーランニングでDF・MFの空いているスペースをDF陣の視野から隠れたり、見えたりしながら、最後はゴール前の1番危険な地域に顔を出してくる。 立ち上がりは危険回避と相手ラインを下げるために、お互いに蹴りあった。しかし、ボールが落ち着き始めて、大分が主導権を握った。 大分の出来は悪くはなかった。中盤から東がサイドを抉り、チェが相手GKと何度か1対1を作りながら、決め切れない・・・・試合はこの差だった。 前半30分、フランサから右サイドへ流れたボールが、再びゴール前のフランサへ、小手川も必死で付いたが・・・付ききれなかった。 後半もミスは色々とあったが大分の出来は悪くはなかった。でも決め切らない。柏DF陣も最後のボール際が強く、裏へ抜けきれない。 そうこうしている内に、またフランサだった。後半17分、右サイドからゴール左へ流れたボールを一人かわして、ゴール右上へ、下川もこのプレイの早さを見送るしかなかった。これで2対0・・・ウ~ン、フランサめ~・・・・・! そして後半の24分、大分の韓国代表キム・ボギョンが圧巻のゴールを見せた。ハーフラインのセンターサークル手前でボールを受けて、高速で中央突破。Pエリア手前5~6mからシュート。ボールは芝を這ってゴール左隅へ。これで2対1!、よし、もう1点だ。 しかし、柏DFも懸命に粘って・・・終了。 大分はゴールを決め切れなかったFWチェの正直なプレイが目についた。速さもあり、DF陣の裏へタイミングよく抜けようとはしているが、プレイは正直過ぎて、すべて相手に読まれてしまっている。フランサのOFF THE BALLの動きのビデオを見て、イメージをもっともっと高くして欲しい。張り切り過ぎて、一人でサッカーをしていた時間帯があった。もっと周りが使えたら・・・。 右サイドは小手川か?刀根か?ウ~ム、悩むところだ。 最後のパワープレイで柴小屋がFWに入ったが、ヘディングですべて負けていた・・・オイオイ・・頼むよ、もっと練習しよう。 森島、パスミスも多く、ゴール前で良いスペースに顔を出しきれない・・、もっともっと、相手DFに嫌がられる存在になって欲しい。 フランサの良さは判断の的確さだろう。局面、局面の判断に誤りがない。パスをダイレクトで出す局面、ボールを持ちドリブルで相手DFを引きつける局面、そういった判断が的確なのである。 総じて、柏はフランサはいなければ、攻撃の怖さは半減する。後はしっかりとどれだけ守れるかだ。 一方の新生大分は優勝候補に、あそこまでやれた喜びがある。自信を持ってトレーニングに励み、次の試合に立ち向かって欲しい。 次は14日(日)ホーム大分銀行ドームのFC岐阜戦で、小生はNHK大分TVで解説予定である。でも、岐阜がよくわからん・・・どんなチームなんや?社長の今西さんに聞くしかないか!


posted by kabosu |17:46 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月07日

サッカーとお金の今昔

kabosu-145820.jpg
堰って、大水や台風のあの豪流でも壊れない。どういう構造になっているのだろうか? 今から50年前、昭和30年代にサッカーを始めたおじさん方は、当時サッカーするのにどれだけお金が必要だったのだろうか? 高校時代には部費はなかった。ボールは学校からの支給だった。部員20人位に、支給されたボールが3個~4個あった。 シャツは下着のお古だった。パンツは白の綿で、すぐに破れた。パンツの下にはいつも海パンを履いていた。ストッキングが先輩からのお下がりを履いていた。 スパイクは1000円程度、でも練習では、もったいないから履かない。スパイクは1年間に一足のペースだった。練習はいつもズックだった。確か280円位だったと思う。 試合用のユニフォームは?これも学校からの支給品だった。正副なんてなく、先生の自宅に行って、奥さんから染め方を教えてもらって、釜戸で、釜の中にユニフォームを入れて色を付けた記憶がある。 サッカー協会登録費なんてなかった。地方に協会そのものが存在しない県もあった。だから日本サッカー協会なんて、もちろんお金はない。全て、体育協会や文部省からの資金でまかなっていたのだろうと思う。 審判はどうしていたのだろうか?どんな公式試合も全てボランティアだった。先生方で連絡を取りながら、運営していたのであろう。車のない時代に、先生方は私費で列車やバスを乗り継いでグランドまでやってきて笛を吹いていた。 合宿は学校で宿泊、昔の寮をつかったりして、20人の大部屋で寝泊まりしていた。場所のない生徒は?先生の家の居間に雑魚寝していた記憶がある。 食事は?先生の奥さんや、知り合いの奥さん方と、1年生が担当していた。奥さん方はすべてボランティア。材料は?米は一人何合と言われていたので合宿前に出した記憶がある。その他の材料費用は?何百円か出したのであろうが・・・・記憶がない。 昔の先生方は、自宅を合宿に開放したり、食事提供したり、給料は安いのに奥さん方も大変であったと・・・・今になって思う。 でも先生方は、そういうことを当たり前にやっていた。島原商の小峯先生は倉や田畑を売ってマイクロバスを私費で購入した。小峯先生の恩師である大阪商大の上田先生もそういうことを、平気でする方々だった。日本全国津々浦々、そういうことを行う先生方はたくさんいた。 今の山形の小林監督は、そういう先生方に教わってきて、育ってきた。 昨日、高体連のサッカー専門委員会の総会があった。数十万、数百万、合わせると数千万のお金が動いていく。体育連盟、高体連、日本サッカー協会、県サッカー協会、地元Jクラブ・・・多くの関係と、多額の予算が動く。 そして、最後に出てくる言葉は・・・・「予算がない」。 トレセン、国体、各種県大会、グランド使用料、強化費、補助費・・・びっくりするぐらいの予算である。 昔と比較して、得られたものも大きいが、失われたものあるはずである。それは、何なのであろうか? お金がいくらあっても欲しがる。その欲求には際限がない! 1番大切なものは何なのであろうか? 時にはそういうことを考えるのも・・・悪くはない。そして、今の若者に、そういうことを、話してあげることも大切なことである。 今日、大分はJ2の開幕、第1節・・プロが大分にあるんだよ????(笑)。


posted by kabosu |06:21 | サッカー | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月05日

Jリーグ 開幕前夜 強豪柏に挑む

kabosu-145591.jpg
川の流れを1時間見つめる授業。黙して、語らず、見つめ続ける・・・。 昨年から戦力が落ちていない柏。GK菅野、古賀を中心とした守りは堅い。フランサを軸に攻めの巧妙さもある。J1昇格候補NO1のチームである。 一方の大分、経営難から主力選手が大部分入れ替わった。今シーズン、キーになる選手は菊地、キム・ボギョン、宮沢、FWチェ、DFチャンと韓国パワーが強い。 特にキム・ボギョン選手は、韓国代表で先日の日韓戦でも出場した選手。 スピードもあり、ゴールへの意欲が強く、大分の核となる可能性が高い。柏はキム選手のことが掴めていないのでは。先日の札幌とのプレシーズンマッチにはイギリスであった、韓国代表対コートジボアール戦に参戦しており、見れていない。 彼の得点へのからみがポイントになる。イギリスではマンチェスターユナイテッドのパク・チソンらと一緒に練習して、話して、ずいぶん刺激を受けたようだ。柏DFを切り裂いて欲しい。 もう一人のDFチャン選手、Kリーグの選手で身体的にがっちりしている。ヘディングも強く、守りの軸になる。 初戦で柏のような強いチームと対戦するのは随分刺激的であり、燃える。大分としては自分たちの力がどこまで通用するのか?試金石である。好試合を期待する。 ところで日本放送ラジオで、Jリーグ開幕前夜祭スペシャルを聞いている。あの鬼武チェアマンが生出演している。大分にいてTVやラジオで一度も見たことが、聞いたことがなかったあの人が・・・ラジオに出ていた?一体どういう心境の変化であろうか?遅きに失した感はあるが、もっともっと、Jリーグの広報活動をして欲しいね。 Jリーグはラジオをもっともっと活用して欲しい。FM、AM、短波放送などを使って、PRして欲しいですね。今日、小生もOBS大分放送でラジオ出演してきた。開幕を前に・・・大分を語ってきた。 J1昇格の3クラブはやはり揉めるだろうな・・・最後は勝ち点1~3の差にになるのではないだろうか。 Jリーグ全選手の健闘に期待したい!


posted by kabosu |22:20 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年03月04日

岡田監督のサッカー感

kabosu-145373.jpg
堰がある。理由がある。水路があり、稲があり、田畑がある。 九州の片田舎から岡田監督を見てきた個人的な印象で、他愛はありません。おいさんの戯言だと思ってくださいな。 岡田監督が初めて監督したのが、フランスW杯予選の日本代表、それも流れの中で偶然に回ってきた晴天の霹靂だった。 そしてフランスW杯へ出場。事件があった、カズと北沢をフランスから途中で返したあの事件である。補欠を+2名連れていった。途中から帰国させることになると、選手に傷がつくからと…周囲は止めたが、本人は言い張って実行した。結果はしこりが残った。 さすがに今回はそういうことは言わない。フランスで失敗したからだ。 フランスから帰国して、札幌で初めての監督業・・・初試合はJ2開幕試合の大分市営陸上競技場だった。石崎監督との対決、大分が勝った。 難しい顔をしてベンチから声を出すあの雰囲気は今も変わらない。この年、札幌は振るわなかった・・・結果を残せなかった。 個人的な印象としては、選手の頭の上を岡田監督の言葉が飛びまわっていた。監督業ではあったが、監督をしていなかった。 2年目はさすがに反省した。選手としっかりとコミュニケーションをとってから、サッカーを楽しむようになった。優勝して昇格した。初めて、監督の仕事ができた手ごたえをつかんでいるように見えた。 サッカーを理詰めで考えているように見えた。札幌での監督生活が終わり、札幌を離れて自由空間に身を置いた。 数年たってから、横浜Fマリノスからのオファを受けた。選手を奮い立たせて、奮闘して何度か優勝をした。しかし、ある年チームが勝てなくなった。機能しなくなった。あの手、この手で四苦八苦したが、行き詰った・・・監督業から身を引いた。 岡田監督のやってきたサッカー・・・彼のサッカー感たるや何なのであろうかと考える。彼のサッカーの型は何なのであろうか? 相撲であれば、右上手を持てば負けない・・・、それぞれが得意な型を持っている。朝青竜にしても自分の相撲の得意とする型を持っていた。 オシム監督のサッカーもトレーニングから、選手を奮い立たせ、彼の人生から育まれてきた言葉や、サッカーの中にその型を見出すことができる。当時の千葉は、明らかに他と違うサッカーをしていた。その違いを作ってきたのが監督のオシムそのものだった。 岡田監督はこの2年間、何を積み上げてきたのだろうか?オシムとの違いは何なのであろうか?海外組を呼んで、何度も戦っているバーレーンに勝ってホットしている日本代表をこのW杯イヤーに見たくはない。 東洋、仏教、理論、信念・・・岡田監督はサッカーを難しく考えすぎているように思えてならない。 サッカーはサッカー以外ではなく、サッカーそのものなのである。もっともっと楽しむ心を持って良いのではないか。あの笑顔のない顔はサッカーとは縁遠い顔に見えてしょうがない。 マスコミの厳しい質問を、ジョークひとつの笑いで返せる器量が欲しい。


posted by kabosu |19:43 | 大分トリニータ | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加