2008年12月27日
先日、ドリームツリーの出前授業という企画で日野市の小学校に行ってきました。
真剣なまなざしで話を聞いてくれた子供たち。
ありがとう。
逆にまた、子供たちから純粋なパワーもらいました!
子供たちの心に残る授業になってくれてたらいいな~。
ドリツリの矢野さん、アルファビートの佐藤さん、学研の太田さん、貴重な機会をありがとうございました。
ドリームツリーとは、体験したこと(過去)、すきなもの・こと(現在)、得意なことや長所(現在)、なりたいもの(夢、仕事)、夢や仕事が周りに与える影響などを書き出すことで、ココロをカタチにし夢をハッケンする共育ツールで、ワークブックも発売されています。
http://www.dreamtree.jp/pub/book/book.html
posted by k_kikawada2001 |11:44 |
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2008年12月22日
昨日はクラブワールドカップ決勝を観に横浜へ行きました。
あのプレーは規格外。
質とか精度?勿論高いけど、完全にそういう次元じゃ無いような…。
ルーニー凄すぎました。
子供たちに参考にしてって言っても参考にならないようなホント規格外のプレーの連続。
そんな中にも参考にしていかなくてはと思う場面も多々あって、生で観れたのは良かったです。
勉強になりました!
ボールを持てば巧いのは当たり前なんだけど…それ以上に、
一つ一つのプレーの勝負どころの見極めはすごい。
あれも確かな技術と経験の違いなのかな~。
posted by k_kikawada2001 |12:38 |
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2008年12月17日
CWCで来日の南米王者リガ・デ・キトのレセプションパーティーに行ってきました。
エクアドル料理、美味しかったです!
試合に期待!
GK ホセ・セバージョス
リベルタドーレス決勝ではPK戦の末、ホセ・セバージョスが3本も止めてフルミネンセを振り切ってリガ・デ・キトをCWCに導いた。
posted by k_kikawada2001 |20:35 |
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2008年12月14日
今日は大雨の中、高校の練習。
ただ指導していても寒いので2時間半ほど一緒にサッカーしました。
クタクタです…。
帰りに電車の中刷りみて思い出したので宣伝です。
舞台「風が強く吹いている」に弟が出演します。
直木賞に輝いた三浦しをんの受賞後第一作として大ヒットした小説『風が強く吹いている』を、鈴木哲也による脚本と、鈴木裕美の演出によって舞台化。「駅伝」という競技を通じて駅伝当日までの約九ヶ月間に渡る日々、そして箱根を駆け抜ける選手それぞれの脳裏に去来する思いを、臨場感あふれる「人間ドラマ」として描き出す。
posted by k_kikawada2001 |19:00 |
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2008年12月13日
写真家、赤木氏からのメールです。
いつも貴重な情報と写真、ありがとうございます!
2008年最後のメールとなりました。今回は「ローマ短信」と名打ってイタリアはローマからです。
Jリーグ最終節の6日。劇的なJEF千葉の残留決定試合を撮影し16年間オフィシャルカメラマンとしてチームと苦楽を共にしてきたI氏の嬉し涙にもらい泣きをしたのもつかの間、翌日の午前便で一気にローマに入りました。
今回の目的はUefaチャンピオンズ・リーグの1次リーグ最終戦となるASローマ対ボルド-。
なぜ今この試合なのか?それは来年5月のチャンピオンズ・リーグ決勝の舞台と関係があります。Uefaチャンピオンズ・リーグの決勝は欧州で選りすぐりの競技場で行われることが決まっています。ホテルと同じ5つ星ランクのスタジアムでの開催を義務ずけています。
これはUefaが細かく定めた規定に基ずいて格付けされているもので、その5つ星に輝いたスタジアムが歴代の決勝の舞台となって来ました。今年の5月はモスクワのオリンピック競技場。その前年がアテネのオリンピック競技場。その前はパリのサンドニ・スタッドドフランス。更にその前年はトルコのオリンピック競技場と言う具合で。5年前がドイツ・ゲルゼンキルヘンのアルフ・シャルケでありました。
そして来年、2009年5月の決勝がローマ・オンピコという訳なのであります。
ローマでの開催は1996年以来13年ぶり。それ以降の決勝の舞台を思いだすと、ミュンヘン・オリンピック、アムステルダム・アレーナ、バルセロナ・ノウカンプ、パリ・サンドニ、ミラノ・ジュゼッぺメアッツァ、グラスゴ-・ハンプデンパ-ク、マンチェスター・オールドトラフォード、といった蒼々たる競技場の名前が並んでいます。
ここ15年間でこの名誉ある決勝の舞台を2度経験したのはパリのスタッドドフランスのみ。来年ローマでの開催はそういった意味で「スタジアムの評価が高い」ということになりますが、ローマはこれが2回目ではないのです。
「すべての道はローマに通ず」とはローマ帝国時代の言葉でありす。
今年のチャンピオンズ・リーグに限って言えば1次リーグに参加した32チームの目的地は間違いなく来年5月のローマでありました。それが秋の1次リーグ6試合を終えて16チームにまで絞りこまれようとしいる所であります。その16チームに地元ASローマが入れるかどうか?それを見届けるが今回の目的と言うことです。
9日。火曜日の夜、ローマはボルドーを2-0で一蹴し、堂々グループ1位でベスト16入りを果たしました。昨年の準優勝チームであるチェルシーを抑えての1位通過はスタジアム同様に評価されていい結果です。これから先のトーナメントで少しでもいいシードを得るためにの絶対条件、つまり1次リーグの1位のチームはトーナメントの一回戦(1/16)で対戦しない、というルールがあるからです。ちなみに1次リーグの1位チームは、バレセロナ、ユベントス、Man・U、リバプール、ポルト、バイエルン・ミュンヘン、パナシナイコスと言った強豪ばかり。決勝進出がいかに至難の業か?ということは、このチーム名を見ただけでもお分かりいただけると思います。誤算と言えば、アーセナルとレアル・マドリッドの2位通貨でしょうか?同じく2位にはインテル、チェルシ-がいますが、1次リーグで対戦したチェルシ-とは対戦無し、イタリア同士も対戦無しのはずですからアーセナルとR・マドリッドと対戦する確率はそれぞれ1/6という事になります。
しかしなぜ私がわざわざそこに行くのか?という疑問をお持ちになると思います。実はそこには長いお話があるんです。
私がカメラマンになったのは1982年。その年のスペインワールドカップで大活躍をした選手が大挙してイタリアのチームに移籍しました。ジーコしかり、プラテイ二しかり、そしてイタリア・セリエAの外国人選手の中にファルカンという名前も入っていました。そのファルカン、そうです1995年に日本代表監督をしていたあの人です。ファルカン自身はスペインワールドアップ前からローマに在籍していましたが世界の注目を集めたのはスペインワールドカップ以降でした。そして83年にASローマをイタリア優勝に導き、翌年、当時のチャンピオンズ・カップを勝ち進んでたどり着いた決勝が「ローマ・オリンピコ」だったのです。
時は1984年5月。決勝の相手は勝負に徹するイングランドの強豪リバプール。ローマっ子は地元での優勝を夢見ていましたが、リバプ-ルはそんなローマの千載一隅のチャンスをものの見事に打ち破り、PK戦の末にカップをイングランドに持ち帰ってしまったのです。当時、駆け出しカメラマンだった私は仲間と写真事務所を共同で借りていました。その代表カメラマンは年間10か月以上欧州で生活して殆んど毎週サッカー場に撮影に出かけ、フイルムを送って来ていました。それらのフイルムを現像に出し、整理するのも下っ端の仕事でしたから、否が応でも欧州サッカーシーンの最前線を見ることになりました。そのワンシーンが「ローマ地元で敗れる」というものだったのです。
人の印象とは面白いもので、そういう形でインプットされた記憶は根強く残るものです。ですから25年ぶりで決勝を迎えることになったローマで25年前のリベンジが行われるのかどうか「今度は自分の目で見てみたい」と思ってしまった訳なのです。
Uefaチャンピオンズ・リーグの決勝トーナメントの抽選は12月19日。
ここからASローマの決勝への挑戦が再スタートすることになります。
1984年当時ファルカンとともにローマっ子の絶大なる人気を集めていたブルーノ・コンテイ同様、その存在が「王子」と称される現主将・フランチェスコ・トッテイの一世一代の大舞台は2009年5月27日、水曜日にローマで実現するのか?今回ローマを訪れた理由、おわかり頂けたでしょうか?その日のためにたった今、宿を予約してきた所なのです。
それではみなさん、来週はマンチェスターユナイテッドをお楽しみ頂き、その後の天皇杯の準決勝をお楽しみいただき、さらに良い年末をお過ごし下さい。
12月12日ローマより、赤木真二
posted by k_kikawada2001 |09:54 |
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