2012年01月03日

常識を覆した21秒の涙

敗軍の将、駒澤大学大八木監督は開口一番こう言った。 

「完敗です。ウチは10,000Mの記録はいい選手が多い。 
でもロードの戦い方を知らない。 
来年は10時間55分を目標にしないと勝てない。 
練習方法も変えていきます。」 

総合タイム10時間51分36秒。 
誰がこのような記録を想像したであろうか。 

2位駒澤大学に9分以上の差を付けての圧勝だった。 

昨年早稲田が叩き出した総合タイム新記録が10時間59分51秒。 
史上初の11時間を切るタイムで箱根の高速化が叫ばれ 
わずか21秒差で敗れた東洋は史上最強敗者と呼ばれた。 

しかし、そのような称号は選手にとって有難くはない。 

わずか21秒の差。 
選手たちは自らもっと走れなかったのかと涙し 
自問自答の日々が続くことになる。 

「10区間でひとり2秒縮めれば勝てた。」 

昨年、大手町で涙する選手たちに酒井監督は 
容赦なく厳しい言葉を浴びせた。 

その悔しさが、箱根駅伝の常識を覆す走りの源となっていった。 



2011年1月3日 
歓喜の声を上げる早稲田の横で 
うなだれる東洋の選手たちがいた。 

たった21秒というわずかの差が 
勝者と敗者の明暗を非情なまでにくっきりと分けていた。 

本調子ではなく、区間賞は死守したものの 
スランプに悩んだ山の神柏原は 
自分が区間新記録をとっていれば21秒差などひっくり返せたと 
自責の念に駆られていた。 

また、他の選手も柏原頼みのチーム状況を恥じた。 
酒井監督も個人でレベルアップしなければ勝てないと痛感していた。 

「箱根の借りは箱根で返す。」 
「1秒を削り出せ。」 


これが東洋大学の合言葉となった。 

練習は激しさを増した。 

エースでありキャプテンの柏原が自らの走りで部員を引っ張っていく。 
同級生は柏原に負けないように 
下級生は柏原に追いつくように 
過酷さを極めたと言われる夏合宿を終えると 
酒井監督も手応えを感じてきたという。 


駅伝シーズンが始まると、東洋はその力を見せつけ始める。 
大学3大駅伝では、出雲駅伝で優勝、 
この時は1区の柏原が6位と出遅れたが 
設楽悠太、田中、市川が区間賞を取り優勝。 

今年の東洋は各選手が力を付けた。 
誰の目にもそれは明らかだった。 

しかし、次の全日本大学駅伝ではライバル駒澤に 
わずか33秒差で敗れる。 

わずか33秒差。 
前回の箱根の砂を噛む思いを選手は思い出していた。 
箱根で同じ思いはしたくない。 

「箱根の借りは箱根で返す。」 
「1秒を削り出せ。」 

彼らの心にあの日の悔しさが蘇った。 


そして迎えた箱根駅伝。 

東洋の強さは際立っていた。 
往路では2位に5分以上の差を付けての優勝。 
この段階で余程の事がない限り 
東洋の総合優勝は間違いの無い事だった。 
しかし、酒井監督は選手にさらなる課題を与えた。 

「復路優勝を取り、完全優勝を目指せ。」 

それはすなわち、総合記録更新を目指し 
ライバルたちに見せつける走りを課したのだ。 

その難しい課題に選手は果敢な走りで応えた。 

アンカーの斎藤が大手町に姿を現したとき 
後続のランナーははるか3キロ先にいた。 

昨年悔し涙を流した大手町のゴール地点。 
選手、監督は大騒ぎをすることもなく 
昨年の悔しさから解放されたように 
喜びを噛み締めていた。 


終わってみれば10区間でなんと6人の選手が区間賞を取り、 
3強と呼ばれた駒澤、早稲田も認めざるを得ないほどの完勝だった。 

わずか21秒に泣いた東洋のランナーたちは 
その21秒を埋めるための努力で 
結果的に前人未到の記録を打ち立てたのだ。 

常識を覆した21秒の涙は、今歓喜の涙となった。 

しかし、歴史は繰り返す。 
その横で悔し涙を流す者たちがいる。 
昨年の東洋のように。 

その涙がまた来年新たな名勝負を生むことになるだろう。 

来年への戦いはゴールテープを切った瞬間から始まっている。 

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