2008年02月19日
オーストラリアの西側に位置する都市、パース。その町で夏の終わりの一大イベントとして盛大に行われるのが「Rottnest Channel Swim」というオープンウォータースイミングレースだ。スポーツ大国で知られるオーストラリアの中でもパースは、海や川・湖を泳ぐオープンウォータースイミングの盛んな都市である。この「Rottnest Channel Swim」は、パース市内でも多くの海水浴客が訪れるコテスロービーチ(Cotteslo)から、20km先に位置するロットネスト島(Rottnest Island)まで海峡を横断するレース。世界各国から参加者が集まり2000人を越えるほど人気の大会である。このレースに、今年はソロ2名、デュオ1組、4人リレーチーム2組が日本人として参加した。
そもそも、このレースに日本人が出場し始めたのは今から10年前。本大会の日本事務局を請け負っている海人くらぶ代表の大貫映子さん(JWS正会員)が、パースに留学していた頃にリレーとデュオで参加。「このレースの楽しさを日本のオープンウォータースイマーにも伝えたい。」と帰国後によびかけ、練習会を重ね、このレースはもちろん、国内外の海を泳ぐ楽しみを分かち合う仲間が増えていった。あれから10年。この節目の年に「海人くらぶのコーチ陣で楽しくRottnest Channel を泳ごう!」ということになり、今回、私もありがたく泳ぐチャンスを与えてもらった。
我々は4人リレーで参加。メンバーは、ドーバー海峡日本人初横断の記録をもつ、元祖チャンネルスイマー、海人くらぶ代表の大貫映子さん、Rottnest Channel Swim ソロ5回横断成功の記録を持つ白須朝美さん、元1500m日本記録保持者で現日本水泳連盟オープンウォータースイミング委員の私の親友、木原珠子さん(JWS正会員)、そして私。一緒に泳ぎつなぐことを想像しただけでワクワクする夢のメンバーである。
レース当日。朝、5:40分に第2・3・4泳者はバスに乗り込み、今回のレースコースをナビゲートしてくれるスキッパー待つ港へと移動。そこで伴走船に乗り込み、スタート地点へ移動する。スタート地点沖にはすでに100隻ほどの船が、スイマーたちと合流するのを待っている。
第1泳者は、スタートの合図とともに海へと泳ぎだす。500m付近で伴走してくれるパドラーの乗ったシーカヤックと合流し、併走して泳ぐ。そのうちに、メンバーの乗った伴走船と合流し、最初のチェンジとなる。
今回私たちのチームの第1泳者はキャンプテンの大貫さん。大貫さんは本レース3回目ということもあり、スタートも落ち着いた様子。彼女は交代の後、「泳ぎ始めて顔を上げてみると、ホントにたくさんのシーカヤックと船が見えて、スケールの大きさに感動!」と満面の笑みで話してくれた。第2泳者はたまちゃんこと木原珠子さん。彼女の泳ぎはダイナミックで力強く、頼もしい。いつ見ても見とれてしまう。
この私がこのメンバーの中で唯一、本レース初出場。オープンウォータースイミングのレースの経験も他の3人に比べたらまだまだ少ない。未知の世界へのチャレンジによぎる不安と楽しみが入り混じった気持ちで初めてのチェンジ。思い切って海へと飛び込む。「あゆみちゃんがんばって!」親友のたまちゃんから、声をかけてもらってハイタッチ。「うん!行ってきます!」無我夢中で泳ぎ始めた。
水は透き通って海底が見える。太陽の光が差し込んできてキラキラしている。どこまでも私が好きなエメラルドグリーン色に包まれて泳ぐ。息をするため顔を上げるたびに見える広く青い空。ため息が出るほどきれいな空間だった。心から気持ちいいと思える瞬間。こんな感覚を体験できるなんでどれだけ私は幸せなのだろうと、このチャンスに感動しながら泳いだ。
「おつかれ!」と目の前に第4泳者の白須さん。あっという間にチェンジの時間になったようだ。「よろしくお願いします!」とハイタッチで交代。彼女も海を楽しむようにRottnest島へ向けて泳ぎ始めた。ボートに乗って伴走船に戻ると大貫さんとたまちゃんが「おつかれ~!どうだった!?」と笑顔で迎えてくれた。「ホントに楽しかった!泳ぐことができてとってもうれしい!」素直にそう思えた。
20分交代のチェンジを4回ほど繰り返す。海はそのつど、色やリズムを変え、泳ぐ私たちを楽しませてくれる。ゴールまであと5kmほどの地点で少し風向きが変わる。流れも少しきつくなってきた。がんばってもがいてもなかなか進まないこともある。「アウトリガーカヌーを漕いでいるときもこういうときがあるなぁ」と思いながら泳ぎ、はっと思った。『あっそうか!大切なのは海のリズムにどれだけリンクできるかなんだぁ』。うねりや波に逆らわず、目的地を見失わず、ただひとかきひとかきを一生懸命、気持ちを海の鼓動、地球の呼吸のリズムに合わせていく。そうしているうちにカラダが地球にとけていくような感覚を感じた。「私も自然の一部。地球の一部なんだなぁ」と思いながら泳ぐ。アウトリガーカヌーでも体感する感覚と同じ不思議な感覚だった。
ゴールまであと、400m最後はメンバー全員でゴールしたいと4人とも海へ。「よーし最後まで楽しもう!」と4人並んで泳ぐ。今回、泳ぐ機会に恵まれたことに感謝。一緒に泳いでくれたメンバーに感謝。泳ぐことを応援してくれた仲間に感謝。健康な体に感謝。今、ここに生きていることを体いっぱいに感じながらゴールした。最高の気分だった。
『オープンウォータースイミングは、ダイナミックに地球を遊ぶスポーツである。』そのことを感じることができたことをとても幸せに思う。
日本に帰ってきて、日差しが少し明るくなっていることに気づいた。
春ももうすぐかぁ。今年はたくさんの海で泳ぎたいなぁと心から思う。みなさんもこの夏、一緒に海で泳ぎませんか?
posted by あゆゆ |16:45 |
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2007年11月05日
11月3-4日、茅ヶ崎T-BERにて「Outrigger Canoe Club Championships in JAPAN」が開催されました。
この大会は「日本一のアウトリガーカヌークラブを決定する」もの。
1年で一番、気合が入る大会です。
レースは
OC1(一人乗り)を女性1名男性4名でリレーしていく「OC1 Relay」
女性2名男性4名の6名のミックスチームで構成される「COED」
男性6名で構成される「KANE OPEN」
女性6名で構成される「WAHINE」
そしてクラブの最強チームで構成される「KANE ELITE」
(ハワイ語でKANEは男性、WAHINEは女性、COEDはMIXの意味なんです)の5つのカテゴリーに分けられ、それぞれのレースで上位のチームに得点がつき、その総合点数でクラブ日本一が決まります。
私は「WAHINE」クラスにエントリー。
WAHINEクラスは5チームがエントリー。
去年が3チームのエントリーだったので、少しずつではありますが
Women's Paddlerも増えてきているようでうれしい気持ちでスタートラインにつきました。
レースは前半から飛び出したSOCC(Shonan Outrigger Canoe Club)と
私が所属するCOCC(Chigasaki Outorigger Canoe Club)の
駆け引きのレース展開。
アウトから攻めてくるSOCCに対してインサイドからせめたCOCC。
折り返しのブイでは、大きな差もなく後半戦へ。
後半戦もお互い駆け引きに出るコースどり。
最後のエボシ岩をまわってからCOCCが追い上げるも今一歩及ばず。。。
1位はSOCC
2位にCOCC
3位にはライフセービングのトップ選手をそろえて参戦したZacostes
4位は逗子にあるクラブで構成された逗子連合チーム
5位は愛知にあるセントラルサーフクラブとCOCCの混成チーム
レースが終わったあとのWAHINEたちの笑顔。最高に美しかったんです。
このレースにチャレンジした全てのPaddlerが海・空・太陽に見守られ
全てを出し切ったからなのだと思いました。
アウトリガーカヌーは6人乗りなので、レースとなると6人が
代表としてカヌーに乗るんです。
みんなそのカヌーの乗りたくて、シートを取りたくて練習して・・・
だからカヌーの乗るのは決して自分たちだけではなく、
同じ気持ちで海を愛し、漕ぐことの喜びを分かち合った仲間の
気持ちも乗せて走ります。
その6人のクルーの気持ちが合った時、パドルのリズムがあい、呼吸が合い、波や風や仲間の想いが後押ししてくれて、カヌーが走りだす。。。
アウトリガーカヌーが「Ultimate Team Sports」といわれているのは
こういった意味があるのでしょう。
レース後、「お疲れ様です!」と笑顔で迎えてくれた
海をカヌーを愛する仲間たち
ホントにありがとう!
そして偉大なる自然に感謝。
海に出て、風を感じ、太陽を感じ、波を感じることで、
生きている喜びを感じました。
またパドルを通して地球とコネクトしている感覚を感じ、
エネルギーをもらいました。
日本の女性パドラーは世界に比べてまだまだ少ないのが現状。
まだまだアウトリガーカヌーが日本に入ってきて歴史が浅いことも
ありますが、とっても魅力的なスポーツでもありますし、
ハワイなどでは60代の現役女性パドラーもいるほど!
今回レースで出会った女性パドラーと「もっと盛り上げたいし、楽しいから、日本全国の女子パドラーを集めて合宿したりしたいね!」と話していました。
Life Time Sportsとして楽しむ女性が(男性ももちろん!)
増えていったらいいなと思っています%color(violet){。}
posted by あゆゆ |12:11 |
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2007年10月11日
%color(darkgreen){去る10月6~8日の3連休、NPO法人ジュース(JWS)主催の「Women's Camp」を清里にて開催しました。
今回のテーマは「Awareness Your Power~女性たちがイキイキと輝き人生を健康に生きるために、大自然の中でココロもカラダも開放し、ゆったり自分の内側の声・秘めているチカラに気づく~」ことを目的とし、今年3月から準備してきました。
3連休の初日。秋晴れの新宿駅に、参加者16名とスタッフ5名が顔を揃え、いざ清里へ。
到着後、さっそくひとつめのプログラム
「Nature Feel Yoga」
白樺林の中、ゆったりとしたリズムでポーズをとりながら、ココロもカラダも解きほぐされていくよう感覚。ちょっときついポーズもありましたが、終わったあとはとっても気分すっきり。森のリズムにカラダがチューニングされていくのを感じました。
今回は特別に毎朝、早朝YOGAプログラムも開催。
朝からじっくり自分の体を目覚ましていく気持ちよさ。
カラダが喜んでいたのがわかる気がしました。
2日目も晴れ。
午前中は、森の中の自然に目を向け、遊びを通して、自身の五感を生かし自分の感覚を表現していく「Nature Feel Activity」を体験。このプログラムでは自分の五感で感じることの楽しさをたっぷりと体験。活動は違うのにYOGAの世界と通じるところもあり・・・カラダを動かし、五感を使い、ココロが気持ちいいと感じている。。。
そんな自分の内側の声に気がつくことができた時間でした。
また午後には、マイナスイオンたっぷりと思われる渓谷をのーんびり歩く「Relax Trekking」
木漏れ日の奥に見える青い空、さらさら流れる水の心地よい音、ダイナミックに存在する大きな岩とそれについている神秘的なコケ。。。
アップダウンの多いコースだったので、ちょっときつかったところもありましたが、そこに生きている自然と向き合いながら、歩く歩く歩く。その最中も、とにかくみんなの笑いがたえない!「笑う」ということは本当に幸せで、健康の証だなぁとしみじみ感じました。
その他にももりだくさんのプログラムを楽しみ、あっという間の3日間。
ゆるやかに流れる森の中で思い切りカラダを動かし、それにあわせて
ココロも動き、いろんなことを感じながら、笑顔で満たされた3日間。
とっても有意義で、あらためて「健康に生きている」ということをいっぱいに感じられる時間だったように思います。
今回、参加してくれた皆様。本当にありがとうございました。
またお力を貸していただいた皆様、アドバイスいただいた皆様
本当にありがとうございました。
今後もさらにカラダを動かし、ココロもリフレッシュできる企画を
続けていきたいと思っていますので、ご期待ください!
MAHALO ALOHA
posted by あゆゆ |15:46 |
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2006年12月08日
今回のアジア大会はOCA(アジアオリンピック評議会)の女性スポーツ委員会のメンバーにお会いしたことに加え、アジア女性スポーツワーキンググループ(AWG)のメンバーにも再会することができた。
AWGは2001年に大阪で開催した第1回アジア女性スポーツ会議(http://www.jws.or.jp/aj/index.html)の成果として結成した、アジアにおける女性とスポーツのネットワーク構築のためのグループである。現在は3期目のメンバーが活躍している。
AWGのメンバーの集まりは、カタール女性スポーツ委員会の建物で行い、独特のアラビアンコーヒー(結構、好きです!)、アラブのお菓子、そして様々なフルーツジュースが振舞われた(写真)。<もちろん、話し合いもしましたよ!>
ホスト国カタールのDr. Aneesa(カタールオリンピック委員会理事、カタール女性スポーツ委員会会長、カタール教育省の女子体育局長、FIFA女性委員会員など等)は最も忙しく動き回っている中で時間を取ってくれた。日本のメディアも相当彼女のインタビューを取り上げてくれたと思う。本当に、彼女と彼女の仲間たちのこれまでの努力はすごかったと思う。
彼女が「柔道に出場した女子選手の試合を応援に行ったんだけど、中国の選手と組んだ瞬間に負けちゃったんだよ(確かに後から調べたら15秒で一本負けだった)」と笑っていっていた。でも、その笑いは充実感に満ちた笑いだった。
2002年初めてドーハで彼女に会ったときのときのことを思い出す。
すごく彼女は緊張していた。怖いくらい。笑わなかったと思う。
「カタールの女性がスポーツ大会に出場できるわけがないだろう!」という噂話を聞きながら、「我々は決して簡単だとは思ってはいない。でも、(伝統という)扉を1つずつ開けていけば、必ず2006年までに間に合うと信じている」と力強く語っていた。私たちも信じていた。そして、本当に、今回、彼女たちはやり遂げていた。
他のAWGのメンバーは、イエメンのMs. Naseemはイエメンオリンピック委員会の副会長に選挙され、イエメン初の女性代表として参加している。シリアのMs. Nourはシリアオリンピック委員会専務理事であるが、今回は選手団長として参加している。タイのDr. Supitrも選手団副団長だ。
OCA女性スポーツ委員会のメンバーもシンガポールのMs, Annabel、香港のMs. Vivien、韓国のMs.Chungがそれぞれその国のアジア大会としては初めての女性の選手団長としてドーハに入っている。
2001年にスタートしたアジアにおける女性スポーツのネットワークメンバーは明らかに前進をし、そして確実のその地位を向上している。
私はこれらの仲間たちを本当に誇らしく思っている。益々、自分にできることをやり続けていこうと新たな決意をした。
posted by Etsuko |11:51 |
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2006年12月07日
アジア大会の開催中に選手村の見学ツアーがセッティングされていました。
1日前に予約をしろというので、申請書を提出。トランスポーテーション(移動の車)の予約もその時間までに到着するように予約しました。
そして、当日、予約の車でホテルから選手村に向かいましたが、運転手さんも初めてらしくどこで私を降ろしたらいいのかもわからず、適当なところで降ろされましたが、無事に選手村のメインゲートを通過。
しかし、そこからが難しかったですね。誰に聞いてもそのツアーの集合場所のプロトコル・インフォメーションという場所を知らない。たらい回しにされること15分。見切りをつけて、歩き出しました。結局、ラッキーなことに選手村の新聞を発行しているというイギリス人のボランティアの女性に遭遇。彼女にその場所まで案内してもらいました。
集合場所に約束の10分前に到着しましたが、ツアリストらしき人は誰も居ず、白いカタールの民族衣装を着た紳士の皆さんがVIPの応接室のようなところで何人か居ました(写真参照)。
結局、第1回目の選手村ツアー(12月2日10:00から)は私一人らしく、係の2名の紳士に連れられて豪華な大型バスに乗せられて3人で選手村を一周しました。
選手村は何でもそろっていました。レストランはアラビア風のレストランとそれ以外の全ての料理をそろえた2箇所を用意したと言っていました。確かに、宗教上、いつも食べ物は難しいので、アラビックを用意したのは良いアイディアだと思いました。
管理棟だけを直接見せてくれましたが、スーパー、郵便局、銀行、カフェ、クリーニング屋、土産物屋、写真屋、何でも揃ってました。インターネットも誰でもアクセスできる広いスペースが用意されていました(写真参照)。
正直、バスに乗せられて選手村の周りを1周しただけだったので、選手村の生活はバスの窓越しから想像するだけでした。でも、1回目の見学ツアーだったので、ボランティアの彼らもとても張り切って案内してくれたことは確かです。
ボランティアの男女比を調べていませんが、組織委員会が目標にしていた女性の比率である40%にほぼ達しているのではないかという印象でした。ただ、男女に限らずボランティアの国籍は、ほとんどの仕事を英語で行うことから、アラビア語を話す地元のカタール人というよりもカタールに移民した外国人がほとんどだったのではないかと思いました。
posted by Etsuko |17:58 |
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2006年12月06日
去る12月3日、茅ヶ崎にてアウトリガーカヌークラブ対抗戦が行われた。この大会は6人乗りのアウトリガーカヌーで、茅ヶ崎エボシ岩の正面にある堤防、通称T-Barからスタートし、江ノ島沖のブイを回ってゴールするという約12Kmのレース。それを男性4名女性2名の男女混合で結成される「Coed」クラス、女性のみで構成される「Wahine」クラス、比較的、パドルを握って間もないメンバーで構成された「Novice」クラス、そしてクラブの最高メンバーで結成される「OPEN」クラスにカテゴリー分けされ、それぞれ順位ごとにポイントをつけ、4カテゴリーの総合得点で競う。いわば「アウトリガーカヌ-クラブ日本一決定戦」だ。その記念すべき第1回大会に、各地から計22チーム、延べ132名のクルーが参加した。
レースをするなら白熱したバトルをその場で見たいもの。でもT-Barから江ノ島までは距離がある。ましてや海の上でのレース。そこで今回は、スタート・ゴール地点と折り返し地点にカメラを設置し、本部前には移動式の大画面が準備された。参加チームの仲間たちの協力で中継地点で実況も可能、途中の6kmほど離れた折り返し付近のデットヒートの様子も、ゴール間近の白熱したラストスパートも、会場が一体となって楽しむことができた。この画期的な取り組みにより、メディアを活かしたアウトリガーカヌーのレース観戦の楽しみ方、を示すことができたといえよう。
私は「Wahine」クラスに茅ヶ崎アウトリガーカヌークラブとして参加した。参加チームは計3チーム。女性のみで6人乗りのレースに参加できるチームはまだ3チームほどしかないということだ。男性に比べて女性のパドラー割合はまだまだ少ない。それでも女性チームのレベルは高く、1位のチームのタイムは、男性も交えたCoedクラスのタイムを上回るものであった。
アウトリガーカヌーはパドルするパワーが必要はもちろんなのだが、ステア(最後尾で舵とりをする役割の人)の風・波をよむ感性や、状況に応じたコースのとりかたもレースを大きく左右する。また一番大切になってくるのは、クルー全員の気持ちが集中しひとつになること。気持ちを合わせ、パドルが合い始めるとカヌーが水面をすべりはじめスピードにも乗ってくる。これはパワーではなくスキルの問題だ。そう考えると、女性でも十分に楽しめるスポーツといえよう。
アウトリガーカヌーの日本での歴史はまだまだ始まったばかり。女性が大海原を遊ぶ手段として今後、注目してもらいたいところである。
posted by あゆゆ |17:50 |
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2006年10月23日
10月14・15日の2日間、国立台湾師範大学で「2006女性と少女のための身体活動および体力推進戦略会議」が開催されました。アメリカ、シンガポール、フィリピン、エジプトの基調講演者たちとともに話をして来ました。
国際会議だから、台湾語の通訳が入るものだと思っていたので、基調講演時間はおそらく半分(英語から台湾語の逐次通訳の時間を考えて)と思いきや、英語のみとのこと。70分間英語でしゃべらナイトという状況でした。
日本のこの手の会議や学会では必ず日本語を入れなければまずは開催が不可能なのですが、驚くことに、ボランティアの大学生をはじめとして参加者が皆英語でのコミュニケーションに全く抵抗を持っていなかったのです。すごい教育レベルだ!と感心しました。
確かに、会場の近くにも子供を対象にした英語の教室がいくつもあり目を引きました。さらに、参加者の大学の先生たちはアメリカなどで博士号取得した人たちがほとんどだったからだと思いますが、本当に通訳の要らないスポーツ・体育の先生の集まりなど想像もしていませんでしたので大変驚きました。
おかげで、こちらも70分間ずっと英語でしゃべらナイト状態になっしまい、身振り手振りの大熱演での講義となりました。また、その後の全体会でのディスカッションも基調講演者は皆の熱心な質問に答えることとなり、休憩する暇もあまりないほどの盛り上がりでした。本当に、台湾の人は教育熱心なのです!
posted by 小笠原悦子 |15:12 |
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2006年10月20日
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みなさん「アウトリガーカヌー」をご存知ですか?
「アウトリガーカヌー」とは南太平洋などで用いられているカヌーで
長さ12m・重さ200kgほどの本体に自転車の補助輪の様な役割をする「アマ」と呼ばれる浮具がついたカヌーのことです。
このカヌーを6人のクルーがシングルパドルでタイミングを合わせ漕いでいくスポーツで、ハワイやタヒチをはじめ、太平洋沿岸諸国ではかなり盛んに行われています。
日本では7~8年ほど前から徐々に広まり、近年では湘南エリアを中心に、多くの大会も開催されています。
世界規模で見てみるとハワイで行われている「モロカイ・ホエ」「コナレース」、オーストラリアの「ハミルトンカップ」、そしてアメリカ・ロサンゼルスで行われている「カタリナクロッシング」が世界中からパドラーが集まる大会とされています。
その中の、「カタリナクロッシング」に私が所属する「茅ヶ崎アウトリガーカヌークラブ」が出場しました!!!
現在、日本全国に約20ほどのクラブがあるという話ですが、実際レースに使われる「6men(シックスマン)」と呼ばれるカヌーはまだ5~6艇しかないのが現状。しかし、カタリナクロッシングの会場には80~90チームが参加しており、あまりの数のアウトリガーカヌーに鳥肌が立ちました。
レースの様子は。。。ぜひこちらのサイトをご覧ください!
www.jws.orjp
アウトリガーカヌーの歴史は8000年以上も前からといわれています。
日本ではまだまだ始まったばかり。。。
これからの発展にぜひとも注目していただきたいと思います。
posted by 池畑亜由美 |12:19 |
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