2007年04月29日
自然の猛威の中でのGROWTH
4月28日、東京の西が丘サッカー場で、関東大学サッカー1部リーグ第6節、本学蹴球部対駒澤大学の試合が行なわれ、0対0という結果を残した。試合当日の大荒れ模様の影響で2度試合を中断する珍事があったからか、格上の駒澤にゲームの流れを奪われることなく試合が終わった。だが、主力の村上佑介(スポ4)が脳震盪を起こし途中退場をしたというアクシデントもあり、次節に不安要素を残した。次節は5月3日、フクダ電子アリーナで今期1部に昇格した東海大学と対戦する。 ピカピカ。ゴロゴロ。ビュービュー。ザーザー。 午後2時。試合開始10分前を長針と短針が示したとき、その周囲には少なくとも穏やかな光景が広がっていた。心地よい風、日差し、隣接されたテニスコートで汗を流す初老の夫婦。どれをとっても、初夏を思わせるのんびりとした雰囲気がそこにはあった。 試合開始のホイッスル。頭上には気味の悪い雲が流れてくる。その刹那、「ピカッ!ゴロゴロ…」と、雷光と雷鳴が一瞬時を共有した。主審が両手を大きく広げながら険しい表情で笛を吹いた。開始3分で試合中断だ。会場はどよめき、不安の嵐がピッチを席巻した。 落雷による影響が大きいのはゴルフだと言われている。しかし、サッカーも過去に10件以上も死亡、または負傷をした事故が起こっている。なかでも大惨事となったのが1998年10月27日にアフリカ大陸中央部に位置するコンゴ共和国で行なわれたサッカーの試合中に落雷が起こり、ホームチームの出場選手11名全員死亡、30人以上が負傷したという事故があった。 中断後も自然は我々に猛威を振るう。雨の匂いを漂わせ、バケツをひっくり返したような激しい雨が降り出した。試合は14時30分に試合は再開することとなる。17分の中断があろうとも、22人の選手たちはボールを追い続ける。そのストイックな選手たちに神が味方したのか。日差しが出てきて雨脚も弱まった。観客たちも落ち着きを取り戻し、会場がサッカーに集中し始めた。 序盤、両チームともプレーに集中力を欠き、散漫なプレーが目立った。特に今年巻祐樹、原一樹の抜けた駒澤は、前線に長身の高崎寛之がロングボールに対しポストプレーを再三敢行するも、それを拾える選手がいなく本学選手に奪われる場面が目立った。また、チャンスが生まれても一つ一つが単調で、チャンスを活かしきれない。対する本学は相変わらず両サイドの上下運動が少なく、奪ってから早く攻めるために両サイドをワイドに使った攻撃が出来ない。そのため、傍から見たら蹴りあいのゲームになってしまった。 そのとき、冷たい風がスタジアムを駆け抜けた。次の瞬間、大粒の雨が再び降り出した。さっきよりも激しく見えたのは強風のせいかもしれない。そして雷鳴までも鳴り出し二度目の試合中断。そのあまりの強さにほぼ全員の頭の中に「中止」の二文字がよぎったに違いない。だが、運営側としては延期はなるべく避けたかった。様々な思いが交錯するなか、天は何を思ったか、天候が良くなり15時25分再び試合は動き出した。 ここで本学にとってまたしても不運が起こる。本学DFの要でもある村上佑介(スポ4)が相手選手と接触。脳震盪を起こし負傷退場をせざるを得なかった。そして、長い長い前半終了の笛が鳴った。 後半、天候が安定したため、徐々に両チームの選手たちの動きが活発になる。しかしなかなか決定的なチャンスは演出しきれなかった。本学のビックチャンスは後半35分、GK松本拓也(スポ1)の大きなパントキックがDFの裏に飛び出した伊藤大介の元に行き、そのボールを伊藤はダイレクトで合わせるも、枠を外れたというものだった。そのチャンスを本学が逃してから、駒澤は一気に畳み掛けた。雨風を耐え忍んだ観客の口々は歓声とため息、激励、叱咤の声が溢れ出す。しかし本学もGK松本、DFを中心にしたディフェンスで耐え忍ぶ。そして0対0で迎えたロスタイム、自陣で奪ったボールを本学の森英次郎(スポ3)がドリブルで突破し、ピッチ中央右サイドから得意のクロスで飛び込んだゴール前にいたFW岡本達也(スポ1)の頭に合わせたが、あと少しのところで合わせきれず、ゴールラインを割ってしまった。そして、長かったゲームの終止符を打つ笛が鳴り響いた。 試合後、吉村監督は「(ボールの)引き出し方がへた。もう一枚の動きがほしい。両サイドが運動量ない以上、クロスでは勝負できない。中で勝負しないと。だからもう一人の動きが必要。でも前回から見れば少しはマシ。今はすねてる週間です。すねて変わってくれなかったら困る。こっからどう変わっていくかです」と吉村節を繰り出しながらも足早に会場を後にした。変わるきっかけは掴めた。あとは変わるだけだ。
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2007年04月25日
自信と勇気
自信とは自分を信じること。 でもそれは、ときとして慢心になる。 だから、僕は時々自分を戒める。 「自信を持ってはいけない」 よく異性に自分の想いを伝えるとき、自分に自信を持って自分の気持ちを伝えろ、というのを言われたことがあった。 習字を習っていたことをふと思い出す。まっすぐな線を描くとき、人は自信を持って描く。 と、思っていた。 今はそう思えないのだ。 世界で一番好きな人に想いを伝える。ゼロかヒャクの大博打だ(と思っている) 墨で線を描くときも、貧乏性が災いして、ここでミスをしたら無駄になると自分にプレッシャーをかけていた。 だから、結果に関係なく思いは通じ、芸術は誕生する。 それでも、人は失敗に嘆き、憂い、失望する。だから、人に恐れは生まれる。 人は、そのとき自信にすがる。 と思っていた。 でも違う。 勇気にすがるのだ。 勇気。自信と似ているが、明確に違う。自信は失っても困らないが、勇気は失ってならない。 勇気があれば、失敗しても立ち直れる。勇気があれば、成功を呼び込める。ゆうきがあれば…言う気があれば、きっと何かが生まれる。 そう、僕は信じる。
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2007年04月22日
手痛い敗戦
4月21日、本学蹴球部は市原臨海競技場で早稲田大学と対戦し、0対2で敗れた。序盤は均衡していたものの、前半36分に早稲田大学の兵藤慎剛、同44分に首藤豪と立て続けに得点を許し、そのまま試合終了。次節は大学サッカーの聖地、西が丘サッカー場で今期1部に昇格した青山学院大学と対戦する。
上空を雲が通り過ぎていく。その大きな白い塊が強風に吹かれ流れていくたびに、ピッチの緑に見事な濃淡をつけ、より深みのある色をだす。前節は大雨。今節は強風。運が悪いと言えば言い訳になる。これがサッカーだ。
試合開始の笛がなった。早稲田の応援が風に乗り、場内に響き渡った。前半、本学は向かい風の状況でのプレイを強いられた。そのためか、ゴールキック、ロングフィード、クリアが思うようにできず、幾度となくタッチラインを割りマイボールにできず。中盤でのパス回しを敢行するも、そちらはそちらで相手の早いチェックやプレッシャーに焦りが出てパスミスを繰り返す。だが、それを奪った早稲田の選手たちも肝心のところで精度を欠き、ボールを失う。そのような中盤での攻防が序盤は多かった。
しかし、徐々に早稲田の選手たちはリズムを掴み出す。早稲田の兵藤慎剛、渡邉千真、山本脩斗などの迫力とスピードを兼ね備えたディフェンスで焦ってしまい、ボランチの鈴木修人の精度が高いキックで本学の選手たちは翻弄される。それでも島嵜佑(スポ4)や村上佑介(スポ4)を中心に、体を張ったディフェンスをし、何とか失点は免れていた。
そして迎えた前半36分。ピッチ中央左サイドを早稲田の山本に突破されクロスを許し、中央にいた兵藤がディフェンスを背負いながらも冷静に流し込み先制。均衡がついに破れた。勢いに乗った早稲田は44分、鈴木のCKを金守貴紀が合わせたところ、ゴール前が混戦状態に。ボールが運悪く早稲田の首藤豪の前にこぼれ追加点を許した。
風上にエンドが変わり立て直しを図りたいところだったが、本学はまったくと言っていいほどいいところなく終わってしまった。様々な理由はあるだろうが、
1声をかけあい、連動してボールを奪うことが出来ない
2せっかくの風上もロングフィードの精度が低く、ボールがつながらない
3ながったとしても、その選手に対するフォローが遅く孤立
という、今の本学蹴球部が抱える問題点、課題点が露呈してしまったのだ。試合中、ベンチから大きな声で叫んでいた吉村監督も、この状況に白旗をあげ黙ってしまった。
試合後、吉村監督は「最悪。思考ゼロ。やる気ゼロ。プレーヤーとしてゼロ。失点はどうでもいい。チームのコンセプトをこなすことより、それをやろうとする姿勢が大事。それなのに…。だから(指示を出すのを)やめた。分からないなら、できないなら聞けよ!」と怒り、苦しみ、寂しさなどが入り混じった口ぶり。監督はため息をつきながら「岡本達也(スポ1)、上村亮(スポ1)、福士徳文(スポ3)にボールをぶつけようとしていた。でも、そこのパスが通らない。(地力の差で)守備重視になってしまうのはしょうがない。ただ、それじゃサッカーじゃない。攻守をバランスよくやらないと。やろうとしてないし、やろうという意思もない」とも語った。
それでも監督はぼんやりとした表情で「岡本にしても上村にしても、今のままでは駄目なんです。環境を自分から変えないと。ただ、伊藤大介(スポ2)はやろうとしてい意識があった。基本(メンバー)は変えない」と監督自身の微かに賭ける希望のようなものを語った。
今シーズン未だ勝ち星がない。今の状況で一番辛いのは選手たち。監督はそれを分かった上でこう話す。「今日はひさしぶりに大きく腹が立った。自信なくすわ」と。本当に自信を無くす前に、今度こそ勝ち点3がほしい。
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2007年04月20日
三澤拓。確かな成長
今回はある人を紹介したい。 三澤拓 知らない方も多いと思う。だからこそ伝えたい。その思いで先日順大スポーツの三面に載せた僕の記事を「蔵出し」してみた。ぜひ読んでいただきたい。 プロローグ 今年の1月26日、ワールドカップキンバリー大会カナダシーズンで、スキー回転種目の銅メダリストが誕生した。彼の名は三澤拓(健康2)。幼少の頃、交通事故で片足を失った。自分の境遇を特別視されることを極端に嫌う三澤は、「インカレで、他の選手から、『上手い』と言われたことがうれしい。片足だからってことじゃなくて、技術の面で言われたからね」と、満面の笑みを浮かべて語るも、その笑顔の影に様々な苦悩があった。 見えない重圧 自分でも気づかないほど、見えない重圧があった。今シーズンのスタートは昨年の12月中旬に北海道で行なわれた本学スキー部合宿。常に海外でのシーズンスタートを余儀なくされていた三澤だったが、今回は国内ということで移動の負担が少なく、常に一緒にしてきた部員たちとの合宿だったこともあり、最高のシーズンのスタートをきった。しかし、「北海道でゲットしたものが吹っ飛んだ」と話すように、その後、長野の代表国内合宿で調子を落とし、精神的にも追い込まれた状態になり、不安を抱えたまま渡米した。 幻の記録 渡米後、三澤の調子は戻りつつあった。それでも北海道でのイメージとは程遠い。そして迎えたワールドカップアメリカアスペン大会。大会四日目の回転種目第一戦で信じがたいことが起こった。なんと一本目終了時、三澤はラップ(1位)タイムを叩きだした。この時は、さすがに三澤も困惑。「回転は得意種目。ただ、好調とは言えなかった。それでも一番のタイムで。自分でも驚いた」と、三澤はその時の様子を振り返る。ワールドカップ初勝利の期待が一気に膨らんだが、二本目のゴール直前、旗門不通過というミスを犯し失格。幻の記録となった。 自信と確信 過去最高は四位入賞。三澤は、翌日の回転種目第二戦で一本目三位、二本目四位と、ここに来て安定して好成績を出す。さらに、苦手なスーパー大回転でも六位入賞。三澤の中に自信と確信が生まれた。「メダルに絡める。」会場をカナダのキンバリーに移したカナダシリーズ最終種目の回転。一本目の七位から二本目三位と逆転。ミスを恐れず攻めにいった三澤は、見事ワールドカップ初表彰台を掴んだ。三澤は「今までやってきたことが間違ってなかった。そして自分の環境も間違ってなかった。だからみんなに感謝したい」と話す。彼は、確実に頂点へと駆け上がっている。彼の成長から目が離せない。
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2007年04月19日
「挑戦者」としての自覚
4月18日、本学蹴球部は埼玉スタジアム第2グラウンドで流通経済大学(以下流経大)と対戦し、1対1で引き分けた。前半8分に流経大の平木良樹に先制点を奪われたが、後半7分、本学の森英次郎(スポ3)がピッチ中央左サイドからシュート回転気味の絶妙なクロスをペナルティエリア付近にいた岡本達也(スポ1)に合わせ、岡本がそれをゴール左隅に冷静に流し込んで同点とした。次節は21日に市原臨海競技場で早稲田大学と対戦する。 春雨降り続く緑のピッチ。4月中旬とは思えない寒さ。今日の蹴球部はピッチに見放され、寒さに助けられた。 雨で濡れたピッチは、本学の攻撃のリズムを幾度となく乱し、「らしさ」を奪い去った。味方からパスを受けた本学の選手は、スリップしたボールをコントロールするのに多くのボールタッチを要した。もちろん、ダイレクトのプレイなど皆無に等しい。一方流経大の選手たちは、個々の技術が素晴らしく、悪条件のピッチの割にはボールを支配し、攻撃のリズムを終始乱す様子を見せず、幾度も本学のゴールを脅かした。流経大のシュート数が、前半5本、後半6本、計11本だったのに対し、本学のシュート数が前半1本、後半2本、計3本だったことを聞けば納得してもらえるだろう。 それでも流経大は本学に勝てなかった。理由として流経大の中村監督は「ピッチが濡れていたから(地力で)差がつくと思っていた。ここまでリーグ戦3連勝して、どこか慢心だったのかも。(ここまでの数試合で)何人か使いたい選手はいたが、好調時にはなかなかメンバーはいじれない。寒かったから動きも全体として鈍かったのも大きい」と語った。本学は寒さの我慢くらべに勝ったおかげで勝ち点を掌握できたのだ。 一方で格上相手に善戦し、引き分けた本学の吉村監督は「うちは土台ができていない。だから目先の勝利にこだわらず、前期はあくまで土台を作るために戦う。前半は連動性が悪かったが、後半修正できた。ディフェンスはそこそこ。問題はうちの力と(他のチームの力は)違うことを自覚しないと。この前の法大みたいに前半うまくやってしまったために、後半一気に崩れやられてしまう。(次節まで)中2日だが軽く体を動かし、頭を整理して備える」と冷静に分析し、淡々と語った。 結果として、昨シーズンの王者相手に勝点1をもぎ取ったことは素直に喜べる。しかし、土台が出来ていて「詰めの甘さ」から決めきれなかった流経大に対して、本学蹴球部はまだ土台すら出来ていない。過去の輝かしい栄光に溺れず「挑戦者」としての自覚をしなくてはならない。今日の一戦で掴んだヒントを活かし、そろそろ勝利の美酒を味わいたいものだ。
posted by juntendo |01:46 |
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2007年04月17日
スポーツの金
金。人はこれを何と呼ぶだろう。 「きん」なのか。「カネ」なのか。 今日の朝刊の一面は「カネ」絡みの話題でどす黒く彩られた。 専大北上野球部を解散 日本学生野球憲章が禁じる野球部員としての特待生制度の存在が表沙汰になり、除名を恐れた学校側の応急処置だった。 一方、スポーツ記事の定位置は、バンクーバーで「きん」メダルをとりたいと宣言する浅田真央の笑顔で語る様子の写真が鮮やかだった。 その笑顔も、「カネ」でいつか消されてしまうのではないかと心配になる。彼女はタイガー・ウッズのマネジメント会社で有名なIMG(インターナショナル・マネジメント・グループ)と契約をした。 アマなのに、プロである。 もはや、今のスポーツ界を取り巻く環境は「カネ」と切っても切れない関係だ。アマであろうとカネを生む。幼稚園児がサッカーをするのにもカネが必要。 僕は、お金儲けが悪いことだとは思わない。ただ、スポーツの本来の役割を考えたとき、何もかもカネで解決できる世にしていいものだろうか、と疑問を抱いている。ただそれだけなのだ。 スポーツの本来の役割は、スポーツでヒトに倫理観、社会化、健康を付随させ、人にすることだと僕は思っている。 カネがあるなら、カネで「きん」メダルを作ればいい。今一度、スポーツの金は何なのかを考えるべきだ。 今の世に生きる僕には「カネ」としか読めないことが悔しい。
posted by oosyu機長 |22:25 |
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2007年04月16日
夜明け前が一番暗い
4月15日、フクダ電子アリーナで本学蹴球部は東京学芸大学(以下東学大)と対戦した。前半15分、上村亮(スポ1)がペナルティエリア付近の混戦から一瞬の隙を突き先制。が、後半23分に松本拓也(スポ1)のクリアミスを東学大の俊足FW栗原康彦に掻っ攫われ追いつかれた。試合はそのまま1対1で引き分け。試合全体の内容としては、吉村監督が「何にもないゲーム」と話したように、無味乾燥な内容だった。次節は4月18日に埼玉スタジアム第2グラウンドで流通経済大学と対戦する。中3日でどんな修正をしてくるのか。今、蹴球部の真価が問われている。 春は季節柄、「不安定」という言葉が良く似合う。初夏を思わせる日差しの強い日だと油断すると、翌日は冷たい雨に打たれる。この日の試合内容も、前後半通して不安定だった。 前半、本学蹴球部は、DFラインと中盤でボールを回し、縦へ抜ける機を窺っている場面が多かった。しかし、前線の選手たちは単調な上下運動が目立ち、後ろで「回させられている」という印象だった。またパスのミスも多く、2本目までは繋げても、3本目のパスが疎かになりカットされ、なかなかチャンスを作りきれない。そんな中、右サイドで先発した福士徳文(スポ3)が、裏に抜け出し自ら切り込みチャンスを演出。相手に体を寄せられゴールには至らなかったが、点を奪う予感を漂わせる。 前半15分、左サイドでボールをキープした上村が相手DFとGKの間を突くグラウンダーのスルーパスを出すと、岡本達也(スポ1)がこれに反応。相手選手との混戦になり、こぼれたボールを走りこんできた上村が冷静に決め先制。流れを引き寄せたように見えた。 先制後も本学蹴球部は、ボールを後ろで回し続けた。一方東学大の選手たちは、先制点を取られたことにより、点を取り返すつもりで必死にそれを追う。次第に回しているボールは、GK松本にバックパス→松本が大きくクリア、という場面が多くなった。何とか無失点で前半を終えたものの不安は拭い切れなかった。 後半の立ち上がり、本学DFとGKのファインプレーが目立った。後半11分、本学DFの裏に出されたボールをGK松本が、それに反応した相手選手より早く飛び出し、これを阻止。続く13分に裏を取られ、危険なエリアへ侵入してきた東学大の俊足FW栗原の突破を、本学DF村上佑介(スポ4)の会心のスライディングで止めた。度重なるDFやGKのファインプレーに技術の高さを感じるも、彼らが目立つこと流れは危険だった。 見兼ねた本学吉村監督は、後半20分過ぎに故障明けの綿引大夢(スポ2)を投入。もう一度攻撃のリズムを作りたかったのだ。しかし、その後悪夢を見ることとなる。24分、ペナルティエリア付近に飛んできた浮き球を、松本がクリアしようとしたところを狙われた。東学大の栗原がそれを奪い、左足で放ったボールはあっという間にゴールネットを揺らした。 終盤運動量の落ちた本学は、前半とは逆にボールを回された。しかし、皮肉なことに東学大の選手たちもお粗末なパスミスを繰り返し、なかなか中盤から先にボールを運べない。それがより一層無味乾燥な試合を際立たせた。試合後、吉村監督は絞り出すように「トップと中盤のパス交換で作るサッカーしないと。綿引を入れたのはそういう意図があったから。彼もある程度はやってくれたけど、駄目でした。ディフェンスと攻撃をちゃんとやらないと。セパレートしてものを考えてしまっている。サッカーは総合力が大事。これからはあまりメンバーを変えないでベース作り」と語る。また、監督は試合後のグラウンドを見ながら「(彼らは)まじめなんです。萎縮しているのが分かる。誰かが適当で誰かが120パーセントを出す。そんな臨機応変がない。楽しんでない」とどこか寂しそうに語った。 サッカーは難しい。監督のぼそっと言った一言は、能力のある選手がいても、万全を尽くしたとしても、絶対はない。でも、それがサッカーだ、と言っているようだった。中3日での調整。加えて強豪流通経済大との一戦。苦悩の日々は続くが、「夜明け前が一番暗い」という考えもある。本学蹴球部の待ちわびた夜明けは、もしかしたら18日かもしれない。
posted by juntendo |23:20 |
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2007年04月05日
寮での1年間、プライスレス。仲間、自分、そして、君に幸あれ!
桜が咲き誇るさくら坂を駆け上がった。その小さな胸にはちきれんばかりの期待と不安を抱えながら。 今日は大学の寮の入寮式だった。もはや自分にとって関係ないと思いつつも、やはりそこに置いて来た1年間の思い出があると思うと気になってしょうがない。自分が暮らしていた部屋はどんな人が使うのだろう。室長として残った我が部屋員二人は大丈夫だろうか。こんなことを考えていると、まだまだ寮離れができてないと痛感する。 僕の通う大学はユニークだと思っている。その一つが寮。多くの大学にも様々な形で寮が存在すると思うが、全寮制のところはあまりないと思う。また、スポーツ健康科学部と医学部の学生が1年間共に過ごすなど他大学にあるのだろうか。スポーツばかりやってきたアスリート、スポーツが好きな平凡な学生、若いうちから自分は医者になると志を高くした学生。大方その三種類の人間に分けられると勝手に思っている。しかし、その三種類の人間を掛け合わせ、織り交ぜていくと、不思議なことに、美しいハーモニーを奏でる。その音色は、どの部屋も一様ではない。でも、どれもが最も美しい。名波浩も、堀池巧も、ここから世界へ羽ばたいた。 もっとも、最初からそう思うことはできなかった。最初は受験戦争に負け、第3志望の大学に進学したことを悔やみ、両親から許された仮面浪人なるものをしようとしていた。そのために、最初は大学、そして寮の水に自分を合わせる事が怖かった。その水に慣れて、「住めば都」にしたくなかった。 そんな自分を最初に受け入れてくれたのが医学部生たちだった。彼らは俺のそのときの意思を認めてくれて、参考書などを一緒に探しに行ってくれた事もあった。そんな彼らには今でも感謝している。 寮には寮祭というものがある。これは寮生活の中で最も大きなイベントで、大学の講義の合間に、ある教授が「寮祭が終わった後、大学を辞めたいと思う学生はほとんどいなくなる」と言ったのが印象的だった。実際やめる人も何人かはいる。十数年前、僕の親戚の方が1年間の寮生活をした後、小学校の先生になりたいと言う事で横浜国立大学に進学。また最近では箱根駅伝の4区を快走した佐藤秀和が退学。インカレから箱根の直前まで、自分の不調を取り戻すために母校の仙台育英でずっとトレーニングをしていたため、学業の方が疎かになってしまったのだ。 今紹介した二人にも、今の自分にも共通するところが一つある。寮生活を一年過ごした事で、人生の中で最も深い友ができた、ということ。これは今の自分の中で、最も誇りに思える事であり、大学のせいにして自分の夢を諦めたくないと思えたのだ。この思い出の写真がいつも自分の支えとなっている。 昨年の一年間、寮を100%楽しんだとはいえない。それは中途半端な気持ちで入寮してしまった自分がいた事、人見知りの性格が災いし、部屋員全員と気兼ねなく話せる様になるのに時間がかかった事がある。でも、最後の別れの時には自分でも驚くほど涙を流し、ここに来て良かったと思えたのだから後悔はしてない。するはずがない。 順天堂大学に入学されたみなさん、ご入学おめでとうございます。きっと皆さんも僕と同じような心境で今、寮の中に住んでいるでしょう。おそらく、こいつとは…と思うような人間も出て来ると思います。でも、そういうやつからは決して逃げず、とことん向き合ってください。その中で喧嘩したって構いません。そんな事よりも、今いる人を大事に思える人間になることが大切なのです。退寮前に「もっと早く仲直りしておけば良かった」と思うのは一番悲しい事なのです。実際どこの部屋にもそういうことはあります。もちろん僕らも例外なく。ただ、僕たちは、最後にはみんなと向き合うことができました。だから、この1年を誇りに思っています。寮の生活がそう思える1年になったとき、人間として驚くほど成長します。自分ではそう思えなくても、周囲の人はそう感じているでしょう。 最後に、この1年この15人には心底感謝してます。僕の全てを分かった上で、受け入れてくれた事を。そんな15人、そして自分に幸あれ。そして、これから同じ道を辿る、寮生に幸あれ!
posted by juntendo |22:43 |
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