2008年01月20日
開幕から1ヶ月故障離脱していた上原浩治に、これだけMVP票が集まるとは思ってもみなかった。
別項でセ・リーグMVPについて扱った際にも、上原への信望の厚さがうかがえるコメントが寄せられ、これはしっかり検証しておく必要があると感じさせられた次第である。
沢村賞を二度獲得した上原は、クローザーとしてどのような役割を果たしたのか。功罪含めて振り返ってみたい。
上原 浩治
登板数55 投球回数62 4勝3敗32セーブ ※WHIP0.84 奪三振率9.58 防御率1.74
※(被安打+四死球)÷投球回数
1イニングあたりに許すランナー数の目安(07年セ・リーグ平均は1.46)
まずは、昨年の上原が残した成績である。
「登板数」「投球回数」「勝敗」「セーブ数」がチームへの貢献度を表す数字なら、「WHIP」「奪三振率」「防御率」は投手としての能力を示す指標である。
リリーフの仕事は、数字に表れにくい。だからこそ、リリーフピッチャーのMVP獲得には、「貢献度」と「能力」で完璧に近いものが要求され、その「実績」においても周囲を納得させるだけのものが必要になる。
比較対象として、同リーグ内屈指のクローザー二人の成績を用意する。
岩瀬 仁紀
登板数61 投球回数59 2勝4敗43セーブ WHIP1.05 奪三振率7.63 防御率2.44
藤川 球児
登板数71 投球回数83 5勝5敗46セーブ WHIP0.83 奪三振率12.47 防御率1.63
三者を比較してみると、開幕から出遅れた上原は、積み重ねの数字でやや劣る。逆に、統計数字では藤川と甲乙つけがたい成績を残した。
とはいえ、1年間チームに帯同した2人とでは価値が違う。上原をMVPとするには、「貢献度」の面から条件を満たしていないと言える。
また、個人成績には残らない貢献度を計るため、クローザー3人の点差別登板状況を比較してみた。当然、僅差の場面での登板が増えるほど、その価値は高まる。
上原 岩瀬 藤川
1点リード 9 17 18
2点 〃 8 11 20
3点 〃 11 19 10
4点 〃 12 5 7
5点 〃 1 1 1
6点 〃 1 3
7点 〃 2
10点 〃 1
同点時 10 5 13
1点 2
ビハインド
登板数 55 61 71
傾向は、明確に表れている。上原は、岩瀬や藤川ほどにタフな場面で投げていない。1、2点のリードより、3、4点のリードを守るケースが多かったのである。
内訳を見ると、終盤まで激しい優勝争いを繰り広げたドラゴンズ戦には、1点リードの場面で1試合、2点リードの場面で3試合投げただけだ。タイガース戦に至っては、ともに1試合ずつにしか過ぎない。
逆に、藤川は、ジャイアンツ戦1点リードの場面で8試合も投げている。
このような傾向が現れるのは、ジャイアンツのチーム構成に原因がある。
言うまでもなく、ジャイアンツは強力打線を抱え、大量得点を望めるチームだ。反面、効果的な足攻から局面を打開する、などという芸当にはほぼ縁がない。スコアが大味になるのは当然で、それだけクローザーの出番もまちまちになってしまう。1点をしぶとく勝ちにつなげるドラゴンズや、先攻逃げ切りのタイガースとは、まったく性質の異なったチームなのである。
破壊力抜群の打線が火を噴けば、相手チームは勝ちパターンのリリーフを送ることができない。力の劣る2番手以降のリリーフから、追加点をあげるのは容易である。そのような展開に持ち込めれば、大量得点が、アキレス腱となるブルペンを覆い隠す。攻撃は最大の防御なり、である。
実際、昨季のジャイアンツは、大味な展開に持ち込むほど勝率が上がった。5得点差以内の試合では60勝59敗だが、6得点差以上の試合には20勝4敗と圧倒的である。ゆえに、他球団ほどクローザーへの需要は高くならない。ジャイアンツのようなチームでは、絶対的なクローザーの確立が最優先事項とはならないのである。
00年以降の、シーズン勝率1位チームで例を挙げてみよう。
ジャイアンツは00年、開幕からクローザーの槙原が背信の投球を続け、代わった桑田も結果を残せない。それを受け、セットアッパーの岡島を配置転換することとなったが、防御率3.11で7Sを挙げただけである。02年には、河原がクローザーに定着した。2.70の防御率と河原自身は安定していたが、リーグ4位の28セーブという数字が、セーブ機会の少なさを物語っている。
01年、バファローズが優勝を果たすが、チーム防御率はリーグ最下位。クローザーの大塚もご多分に漏れず、26セーブで4.02の防御率である。
ホークスは03年、日本一に輝いたが、スクルメタが11セーブ、篠原が10セーブであり、年間を通して信頼の置けるクローザーはいなかった。2年連続シーズン勝率1位を果たした翌年は、新人王に輝いた三瀬が28セーブを記録するも、防御率は3.06である。さらに、その翌年のホークスは馬原がクローザーに定着するが、防御率は3.08で22セーブを挙げたに過ぎない。
彼らのほとんどが良い投手であっても、「磐石」とするには疑問が残る投手であった。
絶対的なクローザーの不在は、先発力と得点力で補うことができると過去が証明している。01年のバファローズは例外にしても、先に挙げたほかのチームは、スタートに豪華な投手を揃えた。そして、05年のホークスを除く全てのチームが、リーグトップの得点を挙げている。
では、上原以外で、今季、試合の締めくくりを任せられたのは誰か。答えは、リリーフ陣の中で、上原に次ぐ成績を収めた豊田である。
上原は、1点リードの場面で9試合、2点リードで8試合、3点リードで11試合に登板した。上原の防御率は1.74であるから、1点リードの9試合中1.7試合でセーブに失敗するという計算が成り立つ。
対する豊田の防御率は3.38だ。上原と同様に仮定すると、豊田は1点リードの試合で3.4試合、2点リードの試合で1.5試合、3点リードの試合で1.3試合に追いつかれることになる。
2人の成績を比較すると、クローザー上原は勝ち試合を1.7試合壊し、同じ状況で豊田は6.2試合を壊すことになる。上原ではなく、豊田にしんがりを任せていれば、ジャイアンツは差し引き4.5の勝ち星を失っていただろう。
つまり、ジャイアンツはたかだか4つや5つの勝ちを守るために、上原のクローザーに執着したのである。4つや5つと簡単に言えるのは、上原の先発復帰に伴う波及効果が、それを補って余りあるほど大きなものだからだ。4つや5つの負けを受け入れることで、それを上回る勝ち星を得ることができたはずなのである。
ここからは、そのことについて触れるとともに、クローザー上原の存在がチームにもたらした悪影響について述べておきたい。
怪我から復帰した上原は、シーズン終盤まで1人元気だった。あの様子では、先発としても好成績が期待できたはずだ。昨シーズン同様、アテネ五輪で1ヶ月離脱した04シーズンの成績が参考になる。22試合に登板して13勝5敗、防御率2.60は出来すぎかもしれないが、不可能な数字ではないだろう。
だが、上原の復帰当初は、ローテーションがしっかり守られていた。上原の体調も考慮し、手薄だったブルペンに迎え入れたのは正解だったかもしれない。しかし、「今年は抑え一本で」と決めたのが失敗だった。金刃はルーキーで、木佐貫は故障明けの選手である。最悪の事態を想定して、後半からの先発起用も考えておくべきだった。
問題は、今季ジャイアンツをリードした両左腕、高橋と内海にもあった。原監督は、第1次政権時から「エースはシーズン終盤、中5日や4日で投げれなければならない」と口にしている。ドラゴンズとタイガースの猛追に遭い、迎えた9月。高橋は中4日で2試合、中5日と6日で1試合ずつに先発し、リリーフとしても1試合に登板と、フル回転する。だが、先発したドラゴンズ戦2試合とタイガース戦1試合では、どれも5イニング以内での降板となった。
内海も、中5日中心の登板からくる疲労によって、シーズン序盤ほどの勢いがなくなっていた。迎えたクライマックスシリーズ第2ステージ。内海は初戦のマウンドを任されるが、4回を投げて早々にマウンドを降りる。
彼らにエースを求めるのは無理だったのだ。
「クローザー上原につなぐ」という意識は、先発やブルペン全体にモチベーションを与えていたかもしれない。しかし、ジャイアンツ投手陣は終盤、気持ちどうこうの問題以前に、体力がなかったのである。上原が長いイニングを投げていれば、チームは楽になった。大量得点差での登板も目立ったのが、クローザー上原であるが、勝ちを勝ちにつなぐことしかできないポジションの特性にはやきもきしたはずだ。
中4日は全て上原が引き受け、高橋が中5日中心に。内海は中6日で、という状況が確立されていれば、ジャイアンツは後半も優位に戦えただろう。他球団には、川上や黒田、三浦など、力あるエースがいるが、2番手以降は実力でかなり劣る。ジャイアンツは、高橋から内海、木佐貫までは、そう見劣りしない。
先発に余裕が生まれれば、当然好投が増える。先発の好投は、長いイニングの消化を呼び、リリーフ陣の登板機会と負担が減少を呼び込む。それがリリーフの好投につながる、という好循環が生まれていただろう。西村などは、9月の防御率が5.65と、限界に達していた。
こちらも、あくまで仮想の域を出ないが、クライマックスシリーズにも同様のことが言えるかもしれない。初戦、落合竜の奇襲に対応できなかったジャイアンツだが、それでも2点を取っている。上原には十分な援護だったのではないか。そして、高橋に2戦目のマウンドを託せば、歴史は変わっていたかもしれない。ジャイアンツはこの試合、川上から4点を奪っている。
上原のクローザー起用は、ジャイアンツの打線にも影響を与えた。クローザー上原の固定が、チームの動脈硬化を引き起こしたのである。
繰り返すが、ジャイアンツは点が点を呼ぶ循環で勝つチームなのだ。他球団ほどに、僅差の試合に対して過敏になる必要はない。そうであるにもかかわらず、後ろが安定してしまったことで「1点を取ろう」の意識が過剰なまでに作用し、よそ行きの野球が始まったのである。
ジャイアンツは、中軸に怪我人や不振者が出ると、先頭の高橋を3番で起用した。得点圏打率の高さを見込んでのことだろう。だが、ここだけは代えてはならなかった。
代わってトップを務めたのは静かなる巧打者谷だったが、そこから打線は迫力を失うのである。つなぎ役には木村が入り、悪循環に拍車が掛かった。木村は、強力打線の中で、下位を打つ分には良いアクセントになっていたが、上位を打てば事実上の穴でしかなかった。
爆弾も、導火線なしには爆発しない。高橋を生かすはずだった打順は、得点圏自体が減り、流れを失う。「侵略すること火の如し」を絵に描いたような打線は、すっかり鳴りを潜めた。
高橋をトップに据える打線のように、ジャイアンツの野球は大味である。クライマックスシリーズ初戦敗退を受けて、「細かい野球ができない」とする声は多かった。たが、そんなことはする必要がない。根拠は、前回出場した日本シリーズにある。
ジャイアンツは、その圧倒的なタレントでもって、「緻密な野球」の代名詞のようなライオンズをスウィープした。00年も同様である。「緻密な野球」の重要性は、それを標榜するチームにとっての論理にしか過ぎない。
肉を切らせて骨を断つ覚悟がなかったのは、ジャイアンツ首脳陣であるが、クローザー上原の存在は追い風にはならなかった。
上原の1番の武器は、何と言ってもリズムとテンポの良さだ。
その上原を、イチローは「世界のどのチームを相手にしても、自分のペースでピッチングができる」と評する。
リズムがいいから、上原は乱れない。テンポがいいから、相手の攻撃がすぐに終わる。上原が作ったテンポは打線に移り、そこから流れが生まれるのだ。
クローザーのポジションでは、持ち味が半減した。
生粋のスターターは今、まっさらなマウンドに飢えている。
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2008年01月08日
「センサーがついている」
高橋由伸のバッティングをそう評したのは、監督として4年間、そのバッティングを見守り続けた長嶋茂雄である。
東京六大学リーグの本塁打記録を塗り替え、鳴り物入りで入団した高橋は、活躍の舞台をプロに移しても格別の打撃センスを発揮する。
2年目には、故障離脱するまでに三冠王を狙える位置につけ、一度当たりだしたら止まらないそのバットに多くのファンが夢を見た。
プロ入りわずかの期間で、高橋の有り余る才能には「三冠王」や「トリプルスリー」の期待がかけられるようになる。
順風満帆に進むかと思われたプロ野球生活。だが、高橋はプロで初めて壁を実感することになる。
幼少より能力がずば抜け、大学でも「野球で悩むことがなかった」と言う高橋のバッティングは奔放そのものだった。プロ入り後も、清原和博や松井秀喜といった兄貴分の恩恵に預かり、自由なバッティングを貫く。
しかし、松井はチームを去り、清原は故障を抱える。生え抜きで、主軸を打つ高橋への負担はとたんに増した。より確実にランナーを還さなければならない立場から、迷いが生じたのである。「バッターは、あれこれ考え過ぎない方が結果が出たりするもの」とは工藤公康の弁であるが、身体の感覚によることが多い高橋のバッティングにとって、この言葉は重みを増す。
また、怪我にも悩まされ続けた。高橋は、守ってもプロ入り後6年連続でゴールデングラブ賞を獲得するが、皮肉にもその懸命なプレーが故障につながっていく。故障は成績とパフォーマンスの停滞を招き、00年、01年の全試合出場を最後に、高橋は毎年チームを離脱する選手になる。
責任感が持ち前の積極性に水を注し、怪我は高橋から自由を奪った。
それでもそれなりの成績を残してしまえるところが、高橋の「天才」たるゆえんなのではあるが、周囲はそれで満足しない。
輝きは、次第に薄れていく。
高橋のプロ野球人生は、周りからの期待と現実の間に生じたギャップとの戦いである。
入団当時の高橋は三男坊的な存在であった。長男が清原ならば、次男は松井である。
高橋は二人の影を追い続けた。正確には、追い続けさせられたのである。
兄弟で最も才能に恵まれた高橋は、常に「もっとできるだろう」の視線にさらされた。
迷宮に入り込んだ高橋は、本気で野球に取り組む。試行錯誤は続き、シーズン中であっても、バッティングフォームのマイナーチェンジを何度も試みた。
「どれか一つで1番になるより、全てで2番がいい」
自らのプレーの理想をこう語った高橋は、その理由を「自分を見失わないと思うから」と話した。自分が清原や松井とは違うことを知っていたのだ。しかし、周囲は要求する。
数年前、開幕前に「今年は何かタイトルが欲しい」と語ったことがあった。周りを納得させるには、それしかないと思ったのではないか。
プロ入り10年目を迎えた07シーズン、高橋は復調する。
開幕前には、これまでとは違う「トップバッター」の役割を任されることに戸惑いを覚えた。だが、原監督の「打撃は変えなくていい」の一言をきっかけに、本来の自分の姿を取り戻す。新しいポジションへの配置転換に、余計なことは考えず、来た球に集中することができた。
積極的なスイングは、電光石火の速さでスコアボードに「1」の数字をともし続け、初回先頭打者本塁打記録を更新する。初球打ちの年間打率は.441で11本塁打を叩き出した。カウント2-3からの四球も36個と、半数以上をこのカウントから稼ぎ、しっかり選球できていたことがうかがえる。
タイトル獲得こそならなかったが、以前語った理想のように、ほぼ全ての打撃成績でリーグ上位の数字をマークした。
それは、かつての高橋に期待された姿ではなかったのかもしれない。だが、高橋は高橋なりの方法で自らの存在感を示した。
天才は、蘇ったのである。
●参考資料→Sports Graphic Number 571
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2008年01月06日
07年シーズンのセ・リーグMVPには、ジャイアンツの小笠原道大が選出された。小笠原は、昨年のファイターズでの受賞に続き2年連続での選出となり、両リーグでのMVP受賞は江夏豊以来2人目である。
打率.313(4) 95得点(2) 31本塁打(6) 88打点(9) 長打率.539(4) 出塁率.363(11)
※( ) はリーグ内順位
以上が、07シーズンに小笠原が残した主な打撃成績である。
素晴らしい数字であることに違いはないが、「最も優れた選手」とするには物足りない数字ではないだろうか。
打率.313(4) 77得点(3) 32本塁打(1) 100打点(1) 長打率.573(1) 出塁率.397(3)
これは、小笠原が初のMVPを受賞した06年に残した成績である。
06年と07年。数字だけを単純比較してしまえば、そう違いのない数字であると言える。だが、同じような数字でも、リーグ内における順位に大きな違いが表れている。出塁率を下げながら得点が増えたのは、ジャイアンツの中軸が強力であったからに他ならない。怪我の影響も含め、ジャイアンツ移籍1年目の小笠原は総合的に成績を落としたと言っていいだろう。
打率.324(.360) 89(126)得点 29(37)本塁打 88.5(102)打点 長打率.570(.649) 出塁率.409(.473)
※( ) はキャリアハイ
比較対象として、小笠原が初めて規定打席に達した99年から06年まで8年間の平均成績を算出してみた。
小笠原が活躍した頃のパ・リーグが極端な打高投低にあったとはいえ、これだけのアベレージはやはり立派である。積み上げてきた数字が立派であるために、今シーズンの成績が見劣りしてしまう。
松井 秀喜(00年)
打率.316(3) 116得点(1) 42本塁打(1) 108打点(1) 長打率.654(1) 出塁率.438(1)
ロベルト・ペタジーニ(01年)
打率.322(3) 93得点(4) 39本塁打(1) 127打点(1) 長打率.633(1) 出塁率.466(1)
松井 秀喜(02年)
打率.334(2) 112得点(1) 50本塁打(1) 107打点(1) 長打率.692(1) 出塁率.461(1)
金本 知憲(05年)
打率.327(3) 120得点(1) 40本塁打(2) 125打点(2) 長打率.615(1) 出塁率.429(2)
福留 孝介(06年)
打率.351(1) 117得点(1) 31本塁打(6) 104打点(5) 長打率.653(1) 出塁率.438(1)
00年以降、野手としてセ・リーグでMVPを獲得した選手を掲載した。
日本のプロ野球では、「最も優れた選手」ではなく「最も貢献した選手」にMVP票が多く集まる傾向にある。「最も貢献した選手」ではなく、「最も優れた選手」にMVPを与えると定めているのに、だ。よって、優勝チームの選手から選出される傾向にある。
同様に、個々の数字にも傾向は表れている。、チームへの貢献度を表す「打点」「得点」と、打者としての実力の指標を示す「長打率」「出塁率」で、軒並み高い数字を残していることだ。
面白いのはこの5人が、05年金本の出塁率を除いた全ての「長打率」「出塁率」の部門でトップに立っているということである。00年代序盤は、現在ほど「長打率」や「出塁率」の重要性が浸透していたわけではなく、MVPを選出される際に考慮されていたとは考えにくい。このことから、チーム数の少ない国内のプロ野球では、「最も優れた選手」と「最も貢献した選手」は、密接な関係にあると言える。
上記の5人は、いずれも優勝したチームからの選出であり、「最も優れた選手」でありながら「最も貢献した選手」でもあったように思える。MVP受賞の栄誉に預かるのも当然のことだろう。
このように考えると、小笠原の07シーズンMVP受賞に不当なものを感じざるを得ない。
では、07シーズンセ・リーグMVPにふさわしかったのは誰なのか。
最も条件を満たしていたのは、ジャイアンツの高橋由伸であったと思う。
ただ単に「最も優れた選手」を問うのであれば、スワローズの青木宣親やアレックス・ラミレスあたりが対抗馬として挙げられる。特に青木は守備・走塁面での貢献も大きく、「最も優れた選手」の最有力候補だ。しかし、所属チームの成績を考えた時、彼らの名前は早々とリストから姿を消すことになる。
よって、07年の高橋が小笠原よりも優れた選手であり、貢献を果たした選手であると証明することができれば、それが「高橋こそ真のMVP」の証明になるように思う。
ここからは、高橋をMVPに推す理由を述べてみたい。
打率.308(6) 76得点(11) 35本塁打(2) 88打点(9) 長打率.579(1) 出塁率.404(3)
まずは07シーズンの高橋の成績を振り返り、過去の受賞者との比較を行う。すると、小笠原同様、数字の面ではいまひとつ物足りなさを感じる。しかし、07年の高橋は主にトップバッターを務めた。クリーンナップとして受賞した5人との単純比較はできない。
打率や打点が少なくなるのはトップバッターであれば当然で、このポジションとしては十分な数字である。トップバッターとして重要な得点数がリーグで11位となっているが、上位にひしめくのは、これも中軸を任されるような選手が多い。高橋に不利な見方をするなら、快足の持ち主であればもう少し数が増えていただろうか。
「本塁打」「長打率」「出塁率」の項目からは、高橋がリーグ有数の攻撃的なバッターであることがうかがえる。本塁打数はトップのベイスターズ・村田と1本差。出塁率こそリーグ3位だが、これもトップバッターとしての役割を担っていたためであり、OPS(長打率+出塁率)はリーグで1位。クリーンナップを任されていれば、10割超えも望めたはずである。
また、高橋は外野手としてリーグ3位の7補殺を記録し、1失策でゴールデングラブ賞に選ばれている。小笠原は三塁手として、野生的な打球反応で幾度もジャイアンツ投手陣を助けたが、この部門で高橋を大きくリードするほどに貢献できたわけではない。
以上を理由に、ジャイアンツ内で「最も優れた選手」は、小笠原でなく高橋であったと言い切ることができる。
それでは、高橋の果たした貢献とはどのようなものであったのか。
表立った数字には表れにくい要素を考えてみる。
1)強打のトップバッターがもたらすメリット
高橋は、従来のトップバッターとはイメージの違う、「強打のトップバッター」として新ポジションに据えられた。オープン戦で、原監督が先頭打者としての起用を明言すると、早速「由伸だと足が使えない」「早打ちの由伸で大丈夫か」の声が上がった。
確かに高橋は足が使えない。本人曰く「なぜか速く見られるが、松井さん(ニューヨーク・ヤンキース)より遅い」とのこと。プロ10年間での通算盗塁数は22にしか過ぎず、失敗も22で成功率は5割である。本人の意思だかサインかはわからないが、07年の成功1に対して失敗5は印象を悪くしただろう。
だが、トップバッターに求められものは、1にも2にも「出塁」である。足が使えるに越したことはない。一つでも先の塁に進むことも、相手バッテリーに無形のプレッシャーを与えることも、ゲームを有利に進めるための武器である。しかし、それはあくまで「出塁」という前提から派生したオプションに過ぎない。
特に、ジャイアンツのようなチーム構成であれば、足攻の需要は減る。あれだけ強力な中軸が後に控えているのだ。「待て」のサインが、強力打線の抑制となって働いてしまうリスクの方が大きい。この打線に塁上からの援護は必要なかった。トップバッターはただ、ベースに蓋をしておけばよかったのである。
ちなみに、トップバッターとして4割を超える出塁率を維持したのは、ここ10年間で、98、99年の緒方孝市(カープ)と07年の青木宣親、高橋由伸のみだ。
「早打ち」についても賛否両論はいろいろとある。反対派の意見としては、「トップバッターはなるべく多くの球数を投げさせ、相手投手を消耗させなければならない。そして、球筋を味方に伝達しなければならない」といったところだ。
しかし、継投全盛のこの時代、待球は以前ほど意味を成さない。確かに、積極的な高橋が初球を打ち損じ、淡白な攻撃につながる可能性もある。それでも見逃せないのは、多くのプロ野球OBが口をそろえて「1番高橋は怖い」と語る点だろう。
最初に対峙する打者が振ってこないと分かっていれば、投手は好きな球を投げ、自分のペースで試合に入っていくことができる。逆に、高橋のような打者が相手ではそうもいかない。初球から振ってくる、かつ長打のある打者に対して、バッテリーは余裕を持てないのである。相手バッテリーに過度の警戒心と慎重さを与えることができれば、試合開始から一気にイニチアシブを奪えるという寸法だ。
今季、巨人が初回に得点した試合は31勝14敗で勝率.689と、大きく勝ち越している。出塁するだけでなく、相手バッテリーに与える影響。ここには、数字に表れない価値が付随している。
2)打線の潤滑油としての働き
強力ジャイアンツ打線にあって、高橋の出塁は潤滑油のような役目を果たした。
まずは、高橋の後を打つことの多かった、移籍1年目の谷佳知について触れてみたい。この谷の復活にも、高橋の出塁が大きく影響しているのではないか。高橋が出塁し、後ろには強打者がずらりと並ぶ。ならば、谷は「最悪進塁打でいい」と、楽な気持ちで打席に入ることができたはずだ。ここ数年は、怪我の影響から不本意なシーズンが続いていたが、元々は最多安打を獲得するなどバットコントロールに定評のある巧打者である。その谷にとって、来た球をボールに当てることなど造作もない。三振48と、1打席あたりの三振率0.08は、ともにカープの前田に次ぐリーグ2位である。湿っていた巧打者のバットは、潤滑油を注ぐことで再び輝きを取り戻した。
二人の優れたチャンスメイク能力は、チームに流れを呼び込んだ。07年、得点圏打率トップ10には、ジャイアンツの選手が5人を占める。1位、2位は、高橋と谷の.409、.379であるが、中軸を任された二岡、小笠原、阿部がそれぞれ.370、.324、.319と、シーズン打率を上回る数字を残した。李や清水も同様である。
先頭打者本塁打の記録を更新するなど、核弾頭としての高橋にばかり注目が集まったが、同時に周囲を高める役割も果たしていたのだ。
3)代えの利かない存在
得点力不足に泣いた打線にあって、テーブルセッターの確立こそが、昨年のジャイアンツに課された命題であった。07シーズン、弱点は解消され、06年にはちぐはぐだった打線が効果的に得点を積み重ねる。途中、怪我人や不振者も出たが、強打者揃いの中軸は、調子の良い者を入れ替え、やりくりすることによって事なきを得た。
だが、「1番・高橋由伸」の存在だけは代えが利かなかったのである。高橋は、17試合でスタメンを外れ、怪我人の穴埋めに9試合で3番を打った。その間26試合のジャイアンツの成績は13勝13敗で、平均得点は4.8から4.1にまで減少する。仮に、平均4.1得点を144試合で換算すると590得点にしかならず、リーグで3位の得点力に成り下がってしまう。もちろん、この数字でジャイアンツの優勝はなかっただろう。
4)存在感
チームへの「貢献度」を論じるのであれば、小笠原の野球に対する真摯な取り組みを挙げずにはいられない。小笠原の姿勢がチームにもたらすものは大きいという考えだ。
実際その通りなのだろう。だが、かつての金本知憲や小久保裕紀ですらそうであったように、移籍1年目の選手は周りのプレーに対してとやかく言うことができないものだ。ジャイアンツで率先してそれをするのは主将の阿部であり、小笠原は背中でチームを引っ張ったに過ぎない。
では、高橋にはそれがないのかと言えば、答えは断じてノーである。高橋を知っている者は、必ずと言ってもいいほど、彼の練習に対する勤勉さと熱い気持ちについて語る。人柄の良さも有名で、大学の後輩佐藤友亮は、「高橋さんがいなければ、何人も部活を辞めていた」と語る。高橋のチームに与える影響が、小笠原のそれに劣るとは思えない。
11の試合欠場も、06年に福留孝介が16試合に欠場しながらMVPを獲得したことを考えれば、さしたる問題ではないはずだ。
これらを総合して、満身創痍の小笠原ではなく、高橋由伸が「最も貢献した選手」であったと考える。
怪我をおしながら、あれだけ安定感あるプレーを見せた小笠原は称賛に値する。しかし、MVPともなれば話は別である。小笠原の安定感ではなく、高橋の爆発力こそがセ・リーグを制したジャイアンツの象徴であった。
観客の反応は素直なもので、東京ドームで試合を観戦すると、高橋の登場にひときわ大きな歓声が沸く。アウェイであっても敵味方関係なく、その場の人間全てが、ハラハラドキドキしながら高橋の初打席を見守る。ファンは本能的に察知しているのだ。高橋なら何かやってくれる、と。
原や松井のようにタイトルを獲得したわけではない。中畑や清原のようなキャラクターを持ち合わせているわけでもない。だが、高橋は高橋なりの方法で存在感を示した。
もはや、「4番が打てばチームは勝てる。打てなければ勝てない」という時代ではない。高橋がいて、二岡がいて、阿部がいる。これが、今のジャイアンツの姿なのだ。その中でも、今シーズンの高橋が占めるウエートは、誰よりも大きかったように見える。
実際の投票では、開幕から1ヶ月以上登板のなかった上原に次ぐ3位で、その価値が正しく評価されることはなかった。しかし、優勝を果たしたチーム内で、「最も貢献した選手」であり「最も優れた選手」であったのは紛れもなく高橋由伸だ。「最も価値のある選手」が、個人としては最大の名誉を逃したことを残念に思う。
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2007年12月15日
来年度からの改革を目指すドラフト制度については、いまだ議論の最中だが、高校生と大学生・社会人ドラフトの一本化は既に決定されている。
そこで、次なる議論の焦点となるのが、ウェーバー制度導入の有無である。下位チームから順に、指名選手との独占交渉権を与えるこの制度は、「戦力均衡」にだけ焦点をあてるのであれば、他に勝る方法はない。だが、弊害も同時に存在する。以前、「球団のフロント力養成機会減少」や、「人材飽和の可能性増大」といったことなどを理由に、「ウェーバーは、日本のプロ野球においてはベストの方式ではない」と、書かせていただいた。ここでは、今年のドラフトで感じたことを交えながら、ドラフトに求めたいものについて述べてみたい。
今年もまた、ドラフト会議を終え、新人選手たちが次々とプロのユニフォームに袖を通している。高校生ドラフト、大学生・社会人ドラフトともに「BIG3」と称されるほどの6選手が話題の中心となったが、その内3人の選手がAクラス球団へと入団した。この結果を受けても、不平不満の声はそれほど上がらなかったように思う。
「その年の上位チームにも、工夫や労力次第で有力選手獲得の可能性は残されておくべきだ」という思いは、新人選手が入団するたび強くなる。そこには「プロならでは」の、獲得希望選手に対する覚悟や意気込み、駆け引きなどが垣間見えるはずであるからだ。
たとえば、タイガースなら、このオフ最優先で補強すべきは先発投手である。そのタイガースは、即戦力としての活躍が期待できる大場を回避してでも、地元のスター候補生中田を指名していただろうか。
投手陣の層が薄いカープであれば、先発・リリーフともにこなすことのできる左腕長谷部の獲得に尽力しただろうか。それとも、来年は再建の一年であると割り切り、未来のエース唐川を指名したのだろうか。
考えただけでもワクワクしてくる「プロならでは」も、ウェーバー制度下にあっては見えにくいものになってしまう。故に、各球団の思惑もぼやけたものになる。
そして、ドラフトとは切っても切り離せない関係であるべきなのが「ドラマ」の存在だ。素材だけを指名するメジャーリーグとは違い、日本のドラフトには、時にプロを凌駕するほどの実力と話題性を持ち合わせた選手が登場する。
今年のドラフト会議は、注目選手が多かったからか、フジテレビが突発的に中継した。「ドラマ」を放っておくことはないということだろう。このようなケースも、ウェーバー制度の導入に踏み込めば起こりにくくなるのではないか。会議前の時点で、ある程度指名選手が絞られてしまうからだ。興味付けが薄れては、「ドラマ」にはならない。選手と演出次第では、ドラフト会議の中継を優良なコンテンツに化けさせることさえ可能ではないかと思えてくる。ひいてはそれが、プロ野球人気の拡大へとつながるのだ。
共存共栄の精神はもちろん必要だが、日本のプロ野球界が次のステージへ上がるためには、ドラフトに「戦力均衡」「プロならでは」「ドラマ」と、三つのキーワードに高いものを求めたい。
メジャーリーグのドラフトに「プロならでは」や「ドラマ」を感じる機会はほとんどない。ドラフトには、メジャーリーグを出し抜く可能性が秘められている。
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09:14
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2007年11月20日
「ドラゴンズさんに感謝しています。本当にありがとうございました」
日本シリーズMVPを獲得した中日ドラゴンズの中村紀洋は、ヒーローインタビューで感謝の気持ちを言葉にし、感極まった。両ほおを伝う涙には、様々な思いが込められていたに違いない。
00年、中村は自身初となる本塁打と打点のタイトルを獲得する。同年にはシドニー五輪に出場。長らく優勝争いとは縁のないチームでプレーしてきた中村は、「野球って勝つためにするもんやったなあ」と、勝つことの重要性を感じ、それを所属チームに注入。翌年、「何かが起こる」と口癖のように言い続け、三冠王すら狙える勢いで打ち続けた。MVPや本塁打のタイトルこそ相棒のタフィ・ローズに譲ったが、前年に引き続き打点王を獲得。バファローズにとっての悲願である日本一こそ達成ならずも、チームを12年ぶりのリーグ優勝に導く。
豪快なスイングのみならず、守ってはゴールデングラブ賞の常連であり強肩。個性的な風貌もあって、「ノリダー」や「浪速のマグワイア」として親しまれ、その人気は大阪のみならず、全国区となる。
そんな「ノリ・ブランド」の凋落は、いつ頃からだっただろうか。
02年、中村はフリー・エージェントの権利を取得。「中村紀洋というブランドを、近鉄で終わらせていいのか」と悩んだ末に権利を宣言する。キャリアのピーク真っ只中にあった中村には、国内外から好条件でのオファーが殺到した。一時は、ニューヨーク・メッツとの契約に合意したと報じられるも、米メディアに先行して報道されたことに不満を持った中村は、当時の梨田昌孝監督に慰留され、バファローズ残留を決意する。
「義」を重んじる中村らしいとも言える一連の騒動ではあったが、一部では「中村は勝手だ」との声も挙がった。
心機一転、新たな気持ちでバファローズ初の日本一を目指したが、04年には球団自体の存続が危ぶまれる状況に直面する。バファローズとブルーウェーブの合併構想が、現実味を帯びてきたのだ。フロント主導の唐突な話に、プロ野球選手会は猛反発。合併反対の署名活動には、炎天下、ユニフォーム姿で参加する中村の姿もあった。
所属球団の吸収合併が決まり、同シーズンオフにはポスティング制度によるメジャーリーグ球団への移籍を希望する。ロサンゼルス・ドジャースとのマイナー契約を結んだ中村だったが、結果は残せどメジャーからは声がかからない。結果を出していないプロスペクトが、優先的にメジャー昇格を果たす日々に「アメリカは実力勝負の世界じゃなかったのか」とさえ感じた。
05年、中村は一年間の米球界挑戦を経て、合併球団の監督に就任した仰木監督の懇願に応える形で日本球界復帰を果たす。仰木彬は、中村のバファローズ入団時の指揮官である。元々、行き場を失ったと感じての米球界挑戦なのだから、しかるべき人物に必要とされれば、意気に感じるのも当然であった。
下位低迷にあえぐ球団の目玉として期待された中村だったが、復帰1年目は故障に泣かされ続けた。オフの契約交渉の席では、公傷についての意見の食い違いから球団と対立する。
「野球選手は100%のプレーを見てほしいわけですよね。怪我を恐れてプレーするのはファンに対して失礼でしょ。だったら球団にも選手が全力を出しきれる環境を保証してほしいんですよ」
これもまた中村らしい言葉ではあるが、メディアが率先して報道したのは中村の「真意」ではなく、中村が球団の提示した金額をのまなかったという「事実」だった。
悪者のレッテルを貼られながら、中村はバファローズを退団する。
キャンプのシーズンを迎えても、自由契約の身となった中村は、国内球団のオファーを待ち続けながら一人黙々と自主トレーニングに励む。当時の心境を「ほとんどあきらめていた」と話す中村だったが、捨てる神あれば拾う神あり。「野球がしたいんだろ?」との落合監督の鶴の一声から、ドラゴンズの入団テストを受けることになる。
結果、二軍の試合にのみ出場が可能な育成選手として、年俸400万円で契約。一月後には支配下選手契約を結び、開幕スタメンの座を勝ち取った。その開幕戦では同点に追いつくタイムリーを放ち、存在感を見せつける。
福留の故障離脱以降は3番も任され、「(4番の)ウッズにつなぐことしか考えていない」と、かつて「全打席ホームランを狙っている」とまで言ってのけたホームランバッターとは、まるで別人である。元々、右打ちはうまく、今年は一塁ベースにランナーを置いたときの打率は.328。特筆すべきは、同条件134打数で16三振しかしていない点ではないか。そつのない走塁を掲げるドラゴンズ野球の中で、中村の右打ちは大いに生きた。
一年前には地獄を見た男が、チームを変えて日本一に輝き、充実のシーズンを送った。しかし、満身創痍であることに変わりはない。100メートルほど歩くにも「しゃがんで休まないと無理」なのだそうだ。加えて、選手名鑑に顔も名前も載っていない選手では、他球団のノーマークも否めない。衰えばかりが目立つその体で、来季も今シーズン同様の貢献を果たせるだろうか。
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2007年10月31日
レッズの試合を観るのは、今季三度目となる。観戦したのは、ナビスコ杯準々決勝初戦とJリーグ第23節のアウェーゲーム。そして、今月24日に行われたアジアチャンピオンズリーグ準決勝第2戦だ。
夏に観戦した2試合とは違い、この日の空はキックオフ前から暗闇に包まれていた。
日没の早さから、季節の移ろいを感じさせられた試合前である。
浦和にマスクゾロ現る
季節感同様、レッズにも過去2試合とで違いが見られた。
一番の違いは、前線にワシントンがいたことだろう。先日の試合で鼻骨骨折したワシントンは、フェースガードを着けての出場。自らを「まるでゾロだ」と表現したストライカーは、「ゾロは一番好きなヒーローなんだ」と、まんざらでもなさそうな様子。
ターゲットマンのいるレッズは、序盤から空中戦を仕掛ける。地上が主戦場となっていた前の2試合とは、戦い方が明らかに違っていた。
先制点は、そのワシントンへのフライパスから生まれる。前半21分、逆サイドからのパスを腿で受けたワシントンは、完璧なボールコントロールから相手DFをかわし、右足を一閃させた。ボールはゴールに吸い込まれ、待望の先取点をもぎ取ったワシントンが雄叫びを上げる。サポーターは歓喜し、チームメイトが次々にワシントンの元へ駆け寄っては、祝福していく。1-1の引き分けでも準決勝勝ち抜けが決まるレッズにとって、大きな意味を持つゴールであった。
猛攻!城南一和
だが、失点後、残り時間で2点を取ればよいだけとなった城南一和が牙をむく。
中でも、かつて柏レイソルでプレーしたチェ・ソングのスピードとドリブルは際立っていた。その体格とプレースタイルから「韓国のマラドーナ」とも称される背番号7は、右サイドを支配し、攻撃の起点となる。
そして、城南の背番号10を背負うブラジル人FWのイタマルは、レッズにとっての脅威であり続けた。ワシントン同様、足元のうまさもある選手で、南米選手に特有の柔らかさも備え付けている。
城南の同点ゴールは後半11分、この二人から生まれた。
カウンターからの速い展開。スペースへのスルーパスに追いついたイタマルが、左サイドで坪井をかわし、ゴール前中央に走りこんでいたチェ・ソングに合わせる。レッズ守備陣は振られ、チェ・ソングは足元に来たボールを押し込むだけでよかった。
さらに、城南の2点目にもイタマルが絡む。後半24分、中盤のパスワークから、ボールを持って前を向いたイタマルは、シュートコースを見つけるやミドルシュートを放つ。強烈なシュートはキーパー都築の両腕をはじき、こぼれたボールをキム・ドンヒョンが頭でねじ込む。不利な立場だった韓国王者は一転、自らの力で決勝進出の可能性を引き寄せる。
根拠なき予感
逆転こそ許しはしたが、負ける気はしなかった。確たる根拠はなかったのに、である。
レッズは明らかに走り負けている。自慢のディフェンスも崩されていた。にもかかわらず、負ける気がしなかったというのは、5万を超えるレッズサポーターの大声援が故か。逆転され、より一層ボリュームの増した声援同様、気分は妙に高揚したままだった。
追撃
わずか4分後、根拠のない予感は現実となった。ポンテのフリーキックを、ゴール前で阿部が折り返し、逆サイドから走りこんだ長谷部がゴールに流し込む。
試合後、「何度も心が折れそうになった」と語った男の執念は、チームにも乗り移る。
同点に追いついたレッズは、さらに城南ゴールに襲い掛かった。ワシントンのシュート、鈴木のボレーと、惜しいシュートが続く。綻びを見せる守備とは対照的に、攻撃の形は良い。流れは徐々に、レッズへと傾いているよう感じた。
だが、結局ゴールにまでは至らず、試合は延長戦に突入する。
疲労と故障者続出の延長戦
この時点での2戦合計トータルスコアは4-4。仮に1点を取れたとしても、1点を取られれば、アウェーゴール数の差で敗退が決定してしまう。つまり、これ以上の失点は、事実上のレッズ敗退を意味することになる。
そして、試合序盤から、城南はレッズに対してファールコールすれすれのプレーを繰り返してきた。その影響は随所に見られたが、試合が長引き、より顕著なものとなる。
後半終了前には田中達と闘莉王が、延長前半には山田が試合を退く。交代こそしなかったものの、阿部は時折足を引きずっていた。
延長戦でのレッズ最終ラインが、よりスリリングなものとなることは容易に想像できた。これ以上、リスクを背負えないレッズは、半ばPK戦を覚悟したかのような延長戦の戦いを見せる。
そんなレッズに対して、城南は一気呵成に攻め立てた。少ないパスの数でゴール前まで侵入し、幾度も決定機を作り出す。結果、守るレッズは、スライディングでサイドラインに逃げるなど、ギリギリのプレーが増えた。
負傷者が続出した中でも、闘莉王不在が特に響いていたように思う。元々、調子の良くなさそうな闘莉王ではあったが、ハイボールの処理とイタマルのマークに存在感を示していたからだ。実際、闘莉王を欠くディフェンス陣は、イタマルのパワープレーにしっかり対処しきれない。
後半戦、勝ち越しを許した時点での「逆転は難しいと思った」という平川の考えは正しかった。まさに満身創痍。レッズには延長をまともに戦う体力は残されていなかったのである。
想い
それでもレッズは、疲れを感じさせない城南の攻撃を凌ぎきった。観客席にさえ目をやらなければ、城南のペースで試合が進んでいるようにしか映らなかっただろう。しかし、そんな展開であっても、真っ赤に染まる観客席が目に、そして、声援が耳に入ってくる度、「何かが起こる」という気にさせられたのである。
時計の針は、午後9時を過ぎ、寒さから手が震え始めていた。吐いた息は白くさえある。にもかかわらず、上着を着るどころか、羽織りたくさえなかった。身にまとったレッズのユニフォームを隠したくはなかったのだ。
サポーターからの「We are REDS!」の大歓声がこだまする。その歓声の主一人一人と、レッズというチームを通じて気持ちを共有できているのかと思うと、こみ上げてくるものがあった。
死闘決着
さて、全てはPK戦の結果に委ねられた。
サポーターは、レッズのキックが成功する度に沸き返り、城南のキック時にはゴール裏に陣取るサポーターが旗を振りながらブーイングをする。
レッズは5人目まで全員がしっかり決め、キーパー都築が城南の2人目チェ・ソングのキックをセーブする。結果、レッズがPKを5-3のスコアで上回り、見事決勝への駒を進めることになった。
勝利が決まった瞬間は、既に報道されているように、感謝感激雨あられである。
本当、強かった…
称賛は、敗れ去った者にも与えられる。
控え室に引き返そうとする城南イレブンには、レッズサポーターからも惜しみない拍手が送られた。それは、観ていた者の、素直な気持ちであろう。最後まで勇敢に戦った強敵は、うなだれながらも手を叩き、こちらのねぎらいに応えてくれた。
感謝
余談ではあるが、個人的な話を少し。
スタジアム入場後、ありえないことをしでかしてしまった。ゲートをくぐる前、スタジアム内のどこかでチケットを紛失してしまったのだ。いくら探しても見つからない。強風に飛ばされてしまったのだろうか。
結局、チケットは見つからず、わらにもすがる気持ちから係員に事情を説明してみた。すると、席番号を覚えていたこともあり、通してもらえたのだ。
大一番の試合に参加できる嬉しさと同時に、アクシデントに対する手際のよさにはほとほと感心させられた次第である。お世話になったスタジアム関係者の皆様には、この場で再度感謝したい。
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04:50
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2007年10月22日
あの落合監督をして、「俺を超える逸材」と言わしめる選手がいる。中日ドラゴンズの背番号8、平田良介だ。
平田の全国デビューは04年春の甲子園。初戦で2ランホームランを含む4打点と活躍を見せる。その活躍以上に目を引いたのが、西武ライオンズのアレックス・カブレラをほうふつとさせる独特の構えだ。バットを立て、一度背中を後方に反るその動作には、多くのプロ野球ファンが「おっ」と思わされたに違いない。
1年後の夏、再び聖地に戻ってきた平田は、1試合で3本のホームランを放ち、球史にその名を残すことになる。
プロ入り1年目の昨年は、右肩のリハビリにその多くを費やしながらも、ウエスタン・リーグで打率.267 3本塁打 23打点の成績を収めた。2年目の今季はプロ入り初安打を放ち、クライマックスシリーズでは全試合「7番センター」でスタメン出場する。将来性はもちろん、俊足堅守を買われての抜擢だろう。
その平田は今シーズン、クライマックスシリーズも含め7本の安打を放っている。内訳を見ると、レフト方向への安打は1本だけで、4本がライト方向への打球だ。
「プロでは自分はホームランバッターじゃない。中距離打者だと思う」
プロ入り後、平田は雑誌のインタビューでこう語っている。その言葉通り、一軍の試合で見た平田の構えは、高校の頃よりコンパクトなものになっていた。プロへの適応は、誰もが通る道である。レベルの高い相手投手や木製バットへの転向。広い名古屋ドームを本拠とすることもあり、一軍定着にはそれが近道だと感じたのだと思う。しばらくあの豪快なスイングは、鳴りを潜めるのだろう。
平田の持ち味は、反対方向への打球が伸びるところにある。だが、引っ張らせても、恐るべき打球の速さから本塁打を生み出すことのできるバッターでもあるのだ。
また、高校の後輩中田は、高校通算本塁打を樹立した際に「平田さんはいつも大事な場面で打っていた。自分も平田さんみたいに重要な場面で打てるようになりたい」と話していた。
守備や走塁には安定を求めてくれたらいい。しかし、打撃に関してはそうもいかない。バッターボックス内での平田には、かつての中村紀のような豪快かつ勝負強いバッティングを期待したくなるのだ。
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03:24
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2007年10月17日
それにしても素晴らしいタイミングでした。
何がって、ボビーが抗議に出たタイミングが、です。
両チームともに無得点で迎えた5回裏。
ファイターズの攻撃は、先頭の稲田が出塁。すかさず金子が送り、森本がヒットでつないで1死1、3塁。続く田中はレフトフライを打ち上げ、3塁走者稲田がタッチアップで生還。
待望の先制点がファイターズに-。
そして、次の瞬間
「離塁が早いんじゃないのか」
とばかりにベンチを飛び出すボビー。
いや、もちろん本当に「早い」と感じたからこその抗議だったのかもしれませんが、判定は覆らないと理解した上での確信犯的な行動でもあったのでしょう。
ランナーは出せども、なかなか得点には結び付られなかったマリーンズ。
ともすれば、この場面での失点1には、緊張の糸が切れかねない重さがあったはずです。相手の得意パターンでの得点を許したとなればなおさら。
それほどに大きな意味を持つ1点、となるはずだったのです。ファイターズにとっては…。
しかし、「そうは問屋が卸さねぇ」とばかりに(私にはそう見えました)ボビーが突撃。
直後、マリーンズはサブローが四球を選び、里崎が逆転の2ランホームラン。
得点を挙げたのは選手の技量でしょうが、「緊張感」を結びつけたのは、ボビー・バレンタインの手腕と言ってよいでしょう。
大舞台での冷静(?)な人身掌握、見事でした。伊達にワールドシリーズ進出は果たしていないといったところでしょうか。
私の中で、今日のMVPは、紛れもなくボビー・バレンタイン監督です。
蛇足ですが、8回裏ファイターズの攻撃。
無死1、2塁でセギノールが三振した場面。
状況は少し違いますが、一年前のファイターズ-ホークスの死闘を思い出しました。
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01:36
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2007年10月15日
10月8日、パ・リーグクライマックスシリーズ第1ステージの初戦が、千葉マリンスタジアムで行われた。対戦カードは福岡ソフトバンクホークス-千葉ロッテマリーンズ。プレーオフでの両チームの激突は05年以来である。
スターティング・メンバー
試合前、当日のスターティングラインナップに注目していた。マリーンズの日替わり打線はもちろん、ホークスが短期決戦に向け、どのようなアプローチをしてくるのか興味があったからだ。
まずは、トップバッター川崎の可能性を考えた。しかし、マリーンズ先発渡辺との対戦打率(本多.417 川崎.357)を考慮してか、いつもの本多-川崎ラインに落ち着く。秋山コーチの「思いきり振れるから」との進言から実現した3番松中も引き続き、4番には小久保が座る。ここまではシーズン通りのベーシックな形となった。
違いを見せたのはその後からである。王監督は、5番以降を柴原-大村-多村とつなぐ。柴原は渡辺に対して今季打率は.308であり、本塁打も放っている。逆に、大村(.200)と多村(.214)は渡辺と相性が悪い。
そして、シリーズ前に発売された週刊ベースボール誌上で、興味深い傾向が掲載されていた。短期決戦では、「得点源は分散させる」ことが勝利の法則であるのだという。このタイムリーな情報を、ホークス首脳も参考にしたのではないかと推測する。短期決戦に向け、データを重視したと言えば聞こえはいい。だが、どちらかと言えば、打線全体の低調から戦術に活路を求めたように映る。チームの苦しさがうかがえる、苦肉の策であると感じた。
風を味方に
試合開始前から降り続く雨は、プレーボール宣告後もやむ気配を見せない。マリン特有の強風もあり、渡辺、斉藤両投手ともに投げづらそうな立ち上がりである。そんな中、光っていたのが里崎の好リード。渡辺の制球がバラつき、失点こそ許したものの、見てくる打者に対しては積極的にストライクを取りにいき、打ち気を感じれば速めの変化球でバットの芯を外させる。特に、緩いカーブの使い方が見事だった。これには、右の強打者小久保が、何度も腰砕けのスイングをさせられてしまうことになる。
「マリンの風を味方に」
試合後、そう語った渡辺は、5回以降全てのイニングを完璧に抑える。
序盤の攻防から
マリーンズにとってのハイライトは、3点を追う3回裏。渡辺が「風」を味方につけたように、マリーンズ打線は「地」を味方につけた。ベニーの内野安打を口火に、福浦がしぶとい当たりでショートの横を抜けば、今江はピッチャー強襲の内野安打で続く。極め付けは次打者の西岡で、今年から成功率をグッと引き上げたセーフティー・バントを成功させる。ここまでは全てがインフィールドでの出来事だ。相手投手にまともなピッチングをさせず、一気に畳み掛ける。これが、マリーンズ打線の真骨頂なのだ。「つなぎ」ではマリーンズに一日の長が有る。
それにしても長い。マリーンズのチャンスはなおも続く。最初のチャンスを迎えてから20分は経っただろうか。その間、マリーンズサポーターはずっと飛び跳ね、歌い続けている。試合は、無死満塁から早川、オーティズが連続三振。2死となりながらも、4番サブローが同点に追いつく2点タイムリーを放つ。無得点では意気消沈となりかねない場面だっただけに、この日一番の歓声がサブローに贈られた。
この時、球場内の風速表示はホームベースに向かって10メートルであることに気付く(最速は12メートル)。まだまだ試合は荒れそうな予感がした。
4回表のホークスの攻撃は、即席打線の拙さを露呈することになった。まず、先頭の柴原がセンター前ヒットで出塁。すかさず6番の大村が送り、1死2塁でバッターボックスに多村を迎える。その場面、マリーンズバッテリーの配球は「歩かせてもいい」というものだった。もちろん、8、9番の打力が極端に落ちることを計算に入れての配球である。1死2塁で多村より、1、2塁でも本間、的場と勝負ということなのだろう。渡辺は、ストライクゾーンの両サイドを厳しく攻めた。この打席で多村に対し7球を投じ、許したスイングは一振りだけである。多村を歩かせた渡辺は、9番的場にタイムリーこそ打たれるが、その表情やしぐさには落ち着きがあった。「楽ができた」とまでは言わなくとも、それに近い感覚だったのではないか。このあたりから制球にも修正が効き始める。ホークス下位打線の淡白さが、その遠因となっているように感じた。
ホークスは、得点源の拡散から得点パターンの拡大を狙うのであれば、5番柴原の後に本間を配置するべきだった。そうすることで4、5番の出塁後、6番の本間が7、8番の多村、大村へつなぐ(送る)という形が作れたのである。本間には、1死からであっても送りバントのサインを出す。2死2塁から多村が凡打に倒れても、次の攻撃は大村からとなる。8番大村の足を絡めつつ、9番の的場がしっかり上位におぜん立てできるのであれば、川崎のバットコントロールと高い得点圏打率(.358)をトップバッターとして生かせたのではないだろうか。
無念のエース
試合前、「この肩くれてやる」と並々ならぬ決意を語ったのは、ホークスのエース斉藤和巳である。この日も、その気迫が伝わってくる場面があった。3回裏、1死満塁での3番オーティズとの対戦である。この日、ここまでの速球は最速で143キロ。ところが、斉藤は絶体絶命の場面で146、147、148キロと、球威を取り戻す。それに伴い、自慢の高速フォークも140に近い数字を次々計測する。マウンド上のエースは「これ以上やれない」の気概に溢れていた。甘い球はあったものの、オーティズはファールにするのが精一杯。最後はフォークでねじ伏せる。
しかし、4回裏には球数が80球を超え、速球の球速表示が140キロを割る。福浦、今江に連続四球を与え、続く西岡に真ん中高めの速球をセンター前に運ばれる。同点に追いつかれた斉藤は、続く早川に犠牲フライを打ち上げられ、勝ち越しを許す。見た目にはっきりと限界が見えていた。結局、斉藤は93球を投げ、この回で降板する。またもやプレーオフでの勝利ならず。ただ、無念ばかりが積み重なる。
和田不在
ホークスはなぜ和田をベンチに置いておかなかったのか。先発の斉藤がマウンドを降りた時点では1点のビハインド。追いつくには現実的な点差である。もちろん、柳瀬らを起用したからといって試合をあきらめたわけではないだろう。だが、変わった柳瀬はいきなりオーティズにソロホームランを打たれた。もし、斉藤の後にマウンドに登ったのが和田で、残りの5イニングを馬原と無失点に抑えていればどうなっていただろうか。チームに与える影響が違っていたはずだ。所詮は結果論である。だが、短期決戦は出し惜しみをしていると、あっという間に終わってしまう。斉藤の状態を考えれば、早いイニングでの継投は必至。もちろん、ホークス首脳陣も考慮したはずである。しかし、和田には第2ステージに向けての調整に専念してもらいたいとの意向が勝ったのだろう。
それでも、第1ステージは初戦のリリーフ限定で、中4日空けての第2ステージ先発という手段が取れたのではないか。和田は、9月27日に3回3分の2イニングで76球を投げて以来、公式戦のマウンドには立っていない。第2ステージからの登場では、登板間隔が半月空くことになる。疲労もあったのかもしれないが、ここは目先の勝利に執念を見せてほしかった。
川崎の力み
この試合を通して目立ったのが、ホークス川崎の力みである。第二打席での犠打は除くものとして、残る三打席での被投球数はわずかに8球である。積極的に打ってでるのは悪いことではないが、この試合に限っては空回りしていた。マリーンズバッテリーの術中にはまり、考えすぎて「振らされている」ように見えたのである。バッターボックスに入る前の素振りでさえ、悩みを振り払おうとして必死のように映った。
中軸を生かすも殺すも前を打つ打者の出来にかかっている。第2戦以降も、きっとこの男がホークス打線の鍵を握るはずだ。
●参考資料→週刊ベースボール 10.15号「DATAで迫るプロ野球」
posted by AKIRA |
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