2006年09月21日
戦術はいつ教えるべきなんだろうか。
今日図書館に行ってみたんです。 私の家の近くにある図書館には、サッカーについての本がたくさんおいてあります。それを物色しようと思いました。そこで私は雑誌のバックナンバーが大量に置かれていることに気がつきました。 せっかくなので読んでみました。 たらたら読んでいると、こんな記事がありました。ある海外のサッカーコーチの言葉です。 『日本の少年はテクニックがある。でも戦術をまったくわかっていない。そしてなぜか球際に弱い。そしてゴール前であせる』 バックナンバーを大量に読んだところ、4年以上前から最近の雑誌にまで、違う国のコーチからこの指摘をされ続けています。まったく改善されていないっていうのも悲しい話です。 ちと耳に挟んだ話で恐縮なんですが、どっかのJユースの選手がセリエAのユースの練習に参加したときにこんなことを言われたそうです。確か15歳くらいの選手だったかな。 『君はこのチームで一番上手い。でも動き方が良くない。もう手遅れだ』 15歳で手遅れなのか、、、って私は愕然とした記憶があります。ちなみに彼のどのへんがよくないかというと、守りすぎということでした。 日本のUユースの監督はこういいます。 14歳くらいからオフ・ザ・ボールの動きを押しえる。それまでは自由にやらせるんだって。 小さいうちから教えると、自分で考える力がなくなるから教えないというのがその理由です。 例えば2対2をただやらせるのと、戦術を教えた上で2対2をやるのではどっちが効率的なのでしょうか。何も教えなきゃ行き当たりばったりな気がします。選択の自由を奪っているのではないかと。 例えば2対2の場合、攻撃側はいくつか崩し方を持っていると非常に有利になります。 例えばワンツーで行くのか、相手の間にカットインするのか、縦に走るのか、クロスオーバーするのか、ボール保持者を孤立させて、個人突破を目指すのか などなど崩し方は山のようにあります。 あいての守り方に応じて戦術を選択する自由を与える、ってやり方のほうがいい気がするんですけど、どうなんでしょうか。 いつまでたっても日本の子どもは、、、、て言われるのは切ない。 がんばろっと
posted by josepgualdiola |21:53 |
独り言 |
コメント(5) |
トラックバック(0)
トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/josepgualdiola/tb_ping/12
この記事に対するコメント一覧
(事務局では、サービス全体の雰囲気醸成の為、全コメントをフィルター/目視チェックし、削除等しております。見逃し等も有りますので、ご不快な思いをされた場合は、事務局宛 support@plus-blog.sportsnavi.com にご意見頂けると幸いです。)
Re:戦術はいつ教えるべきなんだろうか。
おじゃまします。
『日本の少年はテクニックがある。でも戦術をまったくわかっていない。そしてなぜか球際に弱い。そしてゴール前であせる』という言葉は
少年=代表って事で良いかと。
私個人の記憶では、局面戦術は小学校低学年でも教えてもらっていたと思いますが、チーム戦術に於ける自分の役割については理解していたか疑問ですね(1960年代後半ですが)。
しかし過日、清水で開催された少年草サッカー大会等を見ると、オシムが満面の笑みになってしまうかも知れないくらい、考えて走っていたちびっ子フットボールチームは沢山ありました。
優勝した韓国の子供達に劣っていたのは体の大きさと、スピード、そしてゴール前の落ち着き。
戦術理解力では圧勝していました。
あと一歩というところまでは来ていると思われます。頑張ってください。
posted by bono | 2006-09-22 11:41
Re:戦術はいつ教えるべきなんだろうか。
お邪魔します。
これって難しいですよね~。
「日本のUユースの監督はこういいます。
14歳くらいからオフ・ザ・ボールの動きを押しえる。それまでは自由にやらせるんだって。
小さいうちから教えると、自分で考える力がなくなるから教えないというのがその理由です。」
これも確かに一理あるように思えます。
が、多分、教え方なんだろうな、というのが僕の結論です。大人としてコーチをしていると、「XXXしろ」という一方的な指示をしすぎてしまう。
このようにすると、確かに自分で考える力は育たないでしょう。そうではなく、双方向のコミュニケーションで試合形式に練習をしながら、その都度プレーを止めてプレーの意図を選手(子供)と議論する、こうした進め方が望ましいのでしょう。
ついつい相手が子供だと思うと一方的に指示しがち。また、全体で練習しているのにプレーを止めるのはどうかな、と流してしまいがち(後でプレーの総括をしても子供たちがそれらのプレーを覚えていたか疑問)。その都度止めて、戦術理解度を高めるようにナビゲートしながら、プレーの意図を議論をしていく。そうした教え方がのぞましいんだろうなぁ、というのが、今のところの結論です。
posted by 霧隠才蔵 | 2006-09-22 12:24
Re:戦術はいつ教えるべきなんだろうか。
コメントありがとうございます。
bonoさん
応援ありがとうございます。最近の小学生は明らかに大人のサッカーをするチームと、無法地帯のチームの両極端が目立ちます。その間を上手くいけるようにがんばっていきます、
霧隠才蔵さん
まさにその通りだと思います。一方通行な指示もよく耳にしますし、今の時代でも、罰走させるチームもありますから。
試合中にどうしてそのプレーを選択したかを考えさせるようにします。貴重な意見、ありがとうございます。
posted by josepgualdiola | 2006-09-24 18:44
Re:戦術はいつ教えるべきなんだろうか。
お邪魔します。
私は、学校の授業くらいしかサッカーをする機会がなかったのですが、その際、相手ゴール前での接戦になったときは、とりあえず、
①開いているスペースを見つけてそこを陣取る
②偶然にも足元にボールをもらったら、相手DFに取られる前にシュートを打つ
③味方がシュートを打った場合、こぼれ球にいち早く反応できるように準備する
④直接ボールに関係ない場合は、相手DFと競り合い、味方FWが自由に動けるスペースを確保する
という動作を自然に行うことを心がけていました。
このような動作を先生からこと細かく説明された記憶はないのですが、自然と体がそのように反応してしまうのです。
これは私の考えなのですが、戦術や作戦などを指導する以前に、そのスポーツの本質的な特性を見直してみる機会があっても良いのではないでしょうか。
どのスポーツにも、必ず覚えなければならない「型」や「おきて」のようなものが存在すると私は考えています。
昔かたぎな話ですが、「型」や「おきて」をもう一度見直してみると、以外と日本サッカーに突きつけられている問題の解決法が見えてくるのかもしれません。
最後までお読み下さってありがとうございました。
posted by トレパン | 2007-01-04 23:32
Re:戦術はいつ教えるべきなんだろうか。
こんにちは。
まず、トレパンさんが自然に行えていた行動について、素晴らしいと思います。そのような行動が何も教わっていないのにできる人と、できない人が世の中にはいます。
文にある掟や型を自然に感じ取れる能力の有無によって差が出るのだと思います。
例えば、野球経験のない子供達に守備をやらせると、教えてもいないのにベースカバーや味方のエラーを考慮したフォローする動きをやってのける奴もいます。
局面打開の戦術とそういった掟や型はまったくちがうものですが、両方ともないがしろにしてはいけないものだと思います。
ただ、掟や型のような本当の基礎はないがしろにされているかもしれませんね。注意します。
posted by josepgualdiola | 2007-01-06 14:49


