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    <title>日本には、Ｊリーグがある。</title>
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    <description>Ｊリーグのコラムなどなど。</description>
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      <title>大久保嘉人～在るべき場所へ、存在の証明を。～</title>
      <description>南米の雄・パラグアイ相手に大久保のヘッドが炸裂した。小柄な体をものともしない、豪快なヘッド。エースの誕生に、日本サッカー界が色めき立った。 数秒後、その歓喜は溜息へと変わっていた。副審がフラッグを前方へ突き出す。オフサイド──初ゴールは、幻となった。 月日は流れ１年半後、本山からの絶妙なスルーパスを受けると、冷静にシンガポールのゴールネットへと流し込んだ。１ヵ月後にスペインの地に戦いの場を移す彼にとって、Ａ代表初ゴールは、自身への最高のはなむけとなるはずだった。 しかし、１年半前に溜息に包まれた埼玉スタジアムは、デジャヴを起こしたかのように、またしても溜息に包まれた。オフサイド──どうしても、１点が遠かった。 イタリアの優勝で幕を閉じた、２００６年ドイツワールドカップ。３年前、将来を嘱望された男には、ドイツのピッチに足を踏み入れる権利すら与えられなかった。「カイザースラウテルンの悲劇」とも言われたオーストラリア戦の敗北。その３日後、彼は日本へと戻ってきた。 ２００７年、所属クラブをセレッソ大阪から同じ関西圏のヴィッセル神戸へと場所を移した彼には、１つの揺るぎない決意があった。「日本代表に復帰する」その言葉に違わぬ活躍を見せ、現時点で日本人最多得点を挙げる彼の周囲が、にわかに騒がしくなってきた。３連覇を狙ったアジアカップで日本が４位に終わると、解説者からは決まってこの言葉が飛び出した。「大久保のような選手が必要だ──」 そして、彼は在るべき場所へと帰ってきた。約２年ぶりに身をまとう、ジャパン・ブルーのユニフォーム。ピッチは、自身が生まれ育った九州。「大久保嘉人」の存在意義を証明する舞台は整った。</description>
      <pubDate>Tue, 21 Aug 2007 23:01:00 +0900</pubDate>
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      <category>Jリーグプレイヤーズコラム</category>
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      <title>Ｊリーグプレビュー・川崎フロンターレvs柏レイソル～関塚隆と石崎信弘～</title>
      <description>昨シーズンのリーグ戦を２位というクラブ史上最高の成績を残し、今年のＡＣＬではＪリーグクラブ史上初となる決勝トーナメント進出を果たした川崎フロンターレ。中村、我那覇といった代表選手を輩出し、そのクラブステータスはますます高まっている。 そのクラブを指揮するのが、就任４年目となる関塚隆。就任１年目で勝ち点＆総得点１００越えという驚異的な成績でＪ１昇格を果たすと、その後の躍進は前述の通り。オールスター・監督部門の投票でも現時点で１位となっており、その手腕は広く知れ渡っている。 特に評価すべきは、選手を育成する能力だ。入団当時はトップ下だった中村をボランチにコンバートさせると、今では日本代表の主軸を担うまでの選手に。そしてポテンシャルは高く評価されながらも警告癖のあった森（今でもあるが）を我慢強く起用し続け、Ｊ屈指のウイングバックまで成長させた。 フロンターレがＪ１昇格を果たした前年、フロンターレは勝ち点１差でＪ１昇格を逃した。当時、フロンターレの指揮を執っていたのは、現在柏レイソルを指揮を執る石崎信弘だ。２００１年７月に低迷していたフロンターレの監督に就任すると、年を追うごとに順位を上げ、現在までに至るフロンターレの礎を築いた。 そして２００６年、降格した柏レイソルの監督に就任すると、フロンターレ時代の主力である山根、岡山が石崎監督を追うようにレイソルに移籍、１年でのＪ１復帰に貢献した。「石さんをＪ１の舞台に」という２人の想いが結実した瞬間だった。 ２００７年、石崎監督自身初となる（監督代行という形では指揮経験があるが）Ｊ１の指揮、その滑り出しは順調そのものだ。圧倒的な運動量が体現するプレッシングサッカーで見事スタートダッシュに成功し、現時点でも５位という好位置につけている。 そんな中迎える、古巣との対戦。フロンターレを礎を築いた石崎信弘と、フロンターレのクラブステータスを高めた関塚隆。ジュニーニョ、マギヌン、寺田といった主力を欠くフロンターレに対し、怪我人も復帰し、ベストメンバーで等々力に乗り込むレイソル。チーム事情に差はあれど、日本屈指の名将に率いられたクラブ同士の戦い、熱戦が期待できそうだ。</description>
      <pubDate>Sat, 16 Jun 2007 10:35:00 +0900</pubDate>
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      <category>徒然なるままのコラム</category>
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      <title>安田記念～春のG1の締めは、現役最強マイラー。～</title>
      <description>２歳女王・ウオッカのまさかの敗北に始まり、そのウオッカによる６４年ぶりのダービー制覇、波乱のＧ１戦線を演出した松岡＆福永・・・一筋縄ではいなかった今年の春のＧ１戦線を締めくくったのは安藤勝己＆ダイワメジャーのコンビだった。 内枠がなんだ。海外遠征帰りがなんだ。ダイワーメジャーの魅せた競馬は、まさに「横綱相撲」だった。 ゲートが開くと、ダイワメジャーはハナに立とうかという勢いで先行集団に取り付く。しかしそこは高ぶる気持ちをグッと抑え、注文をつけたいコンゴウリキシオーが手綱を懸命に動かし、先頭に立つ。コンゴウリキシオーに跨る藤田もまた、波乱のＧ１戦線を演出した１人だ。 各馬の序列も整い、直線を向く。長い府中の直線では差し・追い込みが効きやすいように思われるが、ヴィクトリアマイル、ダービーを見れば解る通り、逃げ・先行馬が良績を残している。ややもすると過剰人気に思われた３番人気というコンゴウリキシオーに対する期待値も、それを反映したものなのだろうか。 直線の半ばに入っても、先頭を行くコンゴウリキシオーの脚色が衰えることはない。高松宮記念を制したスズカフェニックス、府中で連対を外したことのないエアシェイディが後方から懸命に脚を伸ばすも、ジリジリとしか差が詰まらない。 「また逃げ馬か・・・」という声も漏れてきそうな東京競馬場。そんな中、道中４番手で前の様子を伺っていたダイワメジャーが１完歩ずつ差を詰める。１００m、５０m・・・ゴール版を通過した時、コンゴウリキシオーにクビ差をつけていた。 これで昨年のマイルチャンピオンシップと合わせての、マイルＧ１連覇。昨年の安田記念を香港馬・ブリッシュラックが制したことでマイル路線の地盤低下も囁かれたが、そんな不安を一蹴する横綱相撲だった。 陣営は次走、ダイワメジャーを宝塚記念に出走させるようだ。昨年の有馬記念３着が示すように、距離適正に問題はない。メイショウサムソン、アドマイヤムーン、ポップロック、カワカミプリンセス、さらには出走を匂わせているダービー馬・ウオッカ。今年のグランプリは、色とりどりの好メンバーが揃った面白いレースが期待できそうだ。</description>
      <pubDate>Sun, 10 Jun 2007 14:45:00 +0900</pubDate>
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      <category>競馬コラム</category>
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      <title>日本ダービー～必然の快挙。～</title>
      <description>ヴィクトリーが出遅れた。 一瞬立ち遅れただけでなく、隣にいたアサクサキングスに寄られる格好になってしまい、完全にリズムを失った。そして、道中は掛かってしまい、４番手まで押し上げるというチグハグな競馬。ヴィクトリー＆田中勝春のダービーは、そこで終わりを告げた。 フサイチホウオーが掛かった。 いうまでもなく、ダービーは世代の頂点を決める舞台。その舞台で栄冠を手に入れるためには、馬と喧嘩していてはいけない。フサイチホウオー＆安藤勝己のダービーは、そこで終わりを告げた。 アサクサキングスがハナに立ち、気分良く飛ばす。サンツェッペリンが２番手につける。鞍上は、先週、先々週とそれぞれＧ１を制した福永祐一と松岡正海。積極策は自信の表れか。 ４コーナーを過ぎ、直線に入っても前を行く２頭の脚色が衰える様子は見えない。ヴィクトリーも抜け出そうとするが、すでに脚色は鈍っている。 さあ、何が来るのか──その刹那、ヴィクトリー、プラテアードの間を力強く抜けていく１頭の馬が視界に飛び込んできた。 ウオッカだ。 新聞上で、「何を考えているのかわからない」とまで言われたウオッカのダービー挑戦。その答えは、直線での鮮やかな弾けっぷりが表していた。「ダービー馬になれる自信があるから出走を選択したんだ」と。 終わってみれば、２着に３馬身差をつけての圧勝。父よりも強くあって欲しいという願いをこめて命名された「ウオッカ」の走りは、すでに父を超えているのかもしれない。それほどまでに、ウオッカは強かった。</description>
      <pubDate>Sun, 27 May 2007 16:54:00 +0900</pubDate>
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      <category>競馬コラム</category>
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      <title>５年目＆３年目、府中のターフを鮮やかに彩ったフレッシュコンビ。</title>
      <description>ハナ差でＧ１初制覇を逃した皐月賞から約１ヶ月。検量質へと引き上げる際に地面へと投げたヘルメットは、この日はしっかりと頭を覆っていた。そしてその代わりにジョッキーの命ともいえる鞭がスタンドへ投げられていた。昨年は北村宏司がＧ１初制覇を成し遂げたヴィクトリアマイルで、今年もまた新たなＧ１ジョッキーが誕生した。 松岡が手綱を取った馬は、コイウタ。前川清さんの持ち馬ということで昨シーズンの牝馬クラシック路線でも注目を集めていたが、桜花賞では３着、オークスでは競走中止と満足のいく成績を残すまでには至らなかった。前走のダービー卿ＣＴで２着に食い込んだものの、カワカミプリンセス、スイープトウショウといった強豪揃いのメンバーにおいて、単勝６０.１倍の１２番人気にとどまった。 「馬の行く気に任せて乗った」とレース後に振り返ったように、道中は無理なく６番手につける。そして直線に入ると、迷わずインへ進路を取る。先週のＮＨＫマイルカップで内が壊滅状態だったことから各ジョッキーともインを嫌う傾向が強かったが、松岡曰く「自分の勘を信じて乗った」。 松岡によってインへと導かれたコイウタは、競走中止のオークス以外で３着以内を外していないという得意なコースで文字通り「弾けた」。逃げ粘るアサヒライジングを内から交わし去ると、後はゴールまで一直線。鬼気迫る松岡の追いっぷりに応え、半馬身差をつけてＧ１のゴール版を真っ先に駆け抜けた。ゴール版を過ぎた後には渾身のガッツポーズを見せ、嬉しさを目いっぱい表現した。 嬉しかったのは、調教師もまた然りだろう。コイウタを管理する奥平調教師は若干３４歳。開業から僅か３年でのＧ１制覇となった。ジョッキー５年目の松岡と、調教師３年目の奥平。この日、府中のターフを彩ったのは、フレッシュなコンビだった。</description>
      <pubDate>Mon, 14 May 2007 23:06:00 +0900</pubDate>
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      <category>競馬コラム</category>
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      <title>ウェズレイ～「猛犬」の魂が朽ちることはない。～</title>
      <description>２００７年３月３１日、ウェズレイは、外国籍選手としては初となるＪリーグ通算１００ゴールを達成した。そして、ゴール後はいつものように矢を放つパフォーマンスを披露していた。 ウェズレイとコンビを組み、Ｊ屈指のツートップを形成している日本代表・佐藤寿人は、ウェズレイからのアシストでゴールを決めると真っ先に彼の所に駆け寄る。そして、ウェズレイがゴールを決めた際には一緒に矢を放つパフォーマンスを見せたり、片膝をついてスパイクを磨く仕草を見せる。 ウェズレイが異国の地・日本に足を踏み入れたのは２０００年。入団直後からその実力を如何なく発揮し、２００１年から２００３年にかけては毎年２０ゴール以上を挙げるという驚異的な活躍を見せた。 そして、２００３年に結成されたのが、同じブラジル人のマルケスと組む当時最強の呼び声も高かったツートップだった。マルケスが幾度となくチャンスメイクをし、ウェズレイが何度と無くゴールネットを揺らす。この年、ウェズレイは得点王に輝き、Ｊリーグベストイレブンにも選出された。ウェズレイはまさにピチブー（猛犬）と化していた。 誰がこの男を止めるのか──ストップ・ザ・ウェズレイが対戦相手の至上命題となっていたこの頃、思わぬ形でウェズレイは日本を去ることなってしまった。よくある事と言えばよくある事だが、監督との折り合いが合わず、退団。皮肉なことに、猛犬を止められなかったには、自チームの指揮官だった。これにより、２００５年シーズンを以ってウェズレイは日本に「サヨナラ」を告げたかに思えた。 だが、Ｊのクラブはウェズレイを見放してはいなかった。サンフレッチェ広島が移籍先が見つかっていなかったウェズレイにオファーを送り、ウェズレイは再び日本に活躍の場を求めることとなった。そして、それから現在に至るまでの活躍ぶりは周知の事実である。 ウェズレイほどチームメイトから信頼を受け、またその信頼に応えてきた選手はそうはいない。３５歳を迎えてもなお、猛犬の魂が滾ることは無いはずだ。</description>
      <pubDate>Wed, 25 Apr 2007 22:58:00 +0900</pubDate>
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      <category>Jリーグプレイヤーズコラム</category>
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      <title>１５年ぶりの栄光。その裏には、初めて味わった悔しさがあった。</title>
      <description>命の次に大切なお金を長方形の紙に託す競馬ファンは通常、馬券が当たらない限り１００％勝者を祝福することはできない。そして、その祝福の度合いは配当金が大きさに反比例して少なくなっていく。 皐月賞もそうだった。７番人気のヴィクトリーがハナ差で１５番人気のサンツェッペリンとの叩き合いを制した。馬連９４,６３０円、３連単に至っては １,６２３,２５０円。レース終了後後、えも言えぬ空気が中山競馬場を支配した。 だが、その空気は１人の男によって劇的な変化を遂げることとなる。ヴィクトリーの鞍上・田中勝春が表彰式のため公の場に姿を表すと、ヴィクトリーのオーナー・近藤英子氏の夫で「アドマイヤ」のオーナーでもある近藤利一氏と固く抱擁を交わし、岡部幸雄氏とも抱擁を交わす。そして勝利ジョッキーインタビューで滲み出る田中勝春の朴訥とした人柄。いつしか中山競馬場は、大きな拍手に包まれていた。 その一方で、レースを終え、検量室に向かう道中「あー、ちくしょう！」と声を荒げ、持っていたヘルメットを地面に叩きつけ悔しさを前面に押し出していたのが、１５番人気・サンツェッペリンを２着に持ってきた松岡正海だった。一旦はヴィクトリーを交わし先頭に立っていただけに悔しさもひとしおだろう。たとえ１５番人気でＧ１連対を果たすという大仕事をやってのけても、負けは負け。その「勝負師としての心」が、松岡を納得させなかった。 勝者と敗者のコントラストは、あまりに鮮やかだった。だが、この日は「カッチースマイル」が全開だった田中勝春も、４年前の皐月賞ではネオユニヴァースの後塵を喫し、唇を噛み締めていた。アイルランドへの武者修行を経て一回りも二回りも大きくなった松岡がこの日味わった悔しさ──それが晴れる日が、いつか来るはずだ。そして、その悔しさを晴らす最大にして最高の舞台は、５月２７日、東京競馬場。そのレースの名は、「日本ダービー」だ。</description>
      <pubDate>Sun, 15 Apr 2007 18:56:00 +0900</pubDate>
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      <category>競馬コラム</category>
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      <title>ＦＣ東京vsアルビレックス新潟～観客の「顧客満足度」を満たした１人の男。～</title>
      <description>前半終了時、ＦＣ東京サポーターからブーイングが沸き起こった。０－１で負けているから？ベンチに控える豪華なメンツを出さないから？ 否、試合の内容を指してのブーイングだろう。 ＦＣ東京がボールを奪った。さあ、カウンターだ。サポーターにも期待感が充満する。しかし、カウンターの起点となるべきファーストパスがミスパスになり、新潟ボールとなる。 前半、一連のこの流れを何度見た事だろうか。はっきりいって、前半のＦＣ東京は酷かった。パスがつながらないことには何も始まらない。というより、パスを正確に通せないようではサッカーにならない。ＦＣ東京はこの試合を１－３というスコアで終えたが、この結果は極めて全う、むしろもっと点差がついてもおかしくなかった。 ＦＣ東京の酷さが目に余った前半だったが、前半新潟が先制点を挙げるまでは、新潟も決して誉められた内容とは言えなかった。前線からのプレスは効いているし、中央を突破するショートパスも随所に見られた。しかし、肝心のラストパスがつながらない。ミスをしてマイボールになったかと思えば、ミスをして相手ボールになってしまう。こんなことが、プロの試合で何度も起こっていた。 その雰囲気を一変させ、試合に「渇」を入れたのが、新潟に先制点をもたらした坂本だ。ペナルティエリア付近で川口からボールを奪うと、中へと切れ込み、右足一閃。ボールを奪う所での予測、そのまま中へと切り込み迷わずシュートを選択した判断。「これがプロだ」という見本を示さんばかりだった。 坂本が果たした仕事は、これだけではなかった。後半立ち上がり、Ｕ－２２代表でキャプテンマークを巻く伊野波と対峙すると、絶妙な切り返しでかわし、ペナルティエリア内へ侵入。伊野波は手で止めるより術がなく、ＰＫを献上。この日２枚目となるイエローカードを受けた伊野波はピッチ外へと去った。 結局この試合新潟は坂本の得たＰＫも含めて計３点を挙げ、アウェーで勝ち点３を得る結果となった。新潟の勝利に大きく貢献したのは、間違いなく坂本だった。そして坂本がこの試合で示した「プロフェッショナル」は、プロのサッカーの試合を観るべくスタジアムに足を運んだ観客の顧客満足度を確実に満たすものとなった。</description>
      <pubDate>Sat,  7 Apr 2007 21:59:00 +0900</pubDate>
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      <category>Jリーグマッチコラム</category>
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      <title>浦和レッズvsジュビロ磐田～さいたまスタジアムに眠り続ける「勝ち点０」。～</title>
      <description>ショートパスを多用し、犬塚、上田の両サイドバックも積極的に攻撃に参加。カウンター時には攻撃へとスイッチを切り替え３人、４人と浦和ゴールに向かって猛ダッシュを敢行する。前線では驚異的な運動量を誇る太田が至る所に顔を出し、チャンスメイクに奔走する。 この試合の内容に関してだけ言えば、五分、あるいは磐田の方が試合をより優勢に進めていたように思える。端的なこの試合の磐田への印象が前述のものだが、怪我人が続出しベストメンバーとは程遠い状態の中で前節まで３連勝と勝ち点を積み重ね続けた理由が紐解けたようだった。 開幕当初よりは改善されたものの、やはり後方からの追い越し、前線への飛び出し、ポジションチェンジなど、攻撃面でのバリエーションの乏しさが目に付く。また１度押し込まれる時間を迎えてしまうと、全体的にラインが下がってしまい、結果として攻撃への切り替えの遅さを招く。 それでも、試合終了後は笑顔でサポーターに勝利の報告をする。 浦和に関しては、端的な試合の印象はあまりアテにならないのかもしれない。結果と内容が伴わないことが特に珍しい訳ではないが、浦和に関してはこの部分の不一致が相当に多い。 この日の試合もそうだ。浦和はこの試合、前半半ば、後半開始後と２度に渡って完全にゲームを支配されていた。セカンドボールをことごとく拾われ続け、終盤には磐田の攻撃のキーマン・太田を自由にさせてしまったことで決定的なピンチも招いた。 それでも、勝ち点３を手土産にスタジアムを去っていった。 小野からワシントンへピンポイントのクロス。ワシントンは磐田ＤＦを引き連れながら、ダイビングヘッドを決める。 ポンテから永井へくさびのパス。磐田ゴールへ向かってフリーランを敢行するポンテの姿が永井に見えていないはずがなかった。リターンを受けたポンテが豪快にゴールネットへ突き刺す。 その結果、浦和のホーム無敗記録がさらに延びることとなった。 選手達が昨シーズンを通して身につけたメンタリティー、「勝者のメンタリティー」を３年かけて選手達に教え込ませたギド・ブッフバルトが見守る中、浦和がさいたまスタジアムでまたしても勝ち点を積み上げた。浦和が勝ち点なくしてさいたまスタジアムを去る日が、果たしてやってくるのだろうか。</description>
      <pubDate>Sat,  7 Apr 2007 21:03:00 +0900</pubDate>
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      <category>Jリーグマッチコラム</category>
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      <title>ヴィッセル神戸vs鹿島アントラーズ～素晴らしいゴールよりも・・・～</title>
      <description>神戸、鹿島とも驚くほどに立ち上がりから飛ばしていた。人数をかけてボールを奪っては一気に攻撃への速度を高め、ボールを奪われるとすぐさま守備へとスイッチを切り替え、人数をかけて奪い返す。当然スタミナは削られていき、必然的に試合は消耗戦の様相を呈してくる。 消耗戦になると、敵陣と自陣を行き来する人数が減っていき、特定の選手が自陣、敵陣に分かれることとなる。中盤は省略され、中盤でのディフェンスが無い分チャンスは多く生まれる。つまり、得点の確率がぐっと高まることになる。それこそ、撃ち合いと呼ばれるぐらいに。 だが、試合は１－１のドローに終わった。チャンスが全く無かった訳ではない。シュート数は両チームとも１０本を優に超えている。セットプレーからのチャンスもあった。それでも、この日ゴールネットを揺らした回数は２回にとどまった。 この現象について「決定力不足」と言ってしまえばそれまでだが、この試合で目に付いたのは決定的なシュートを外して点を仰ぐ選手よりも、決定的なピンチを神がかり的なセーブやブロックなどで防ぎ、チームメイトに束の間の労いを受ける選手の姿だった。再三に渡るセーブでチームに勝ち点をもたらした榎本、曽ヶ端の両守護神、後半１５分過ぎから続いた鹿島の猛攻を体を張って守り切った北本、カウンターから招いたピンチにＧＫのカバーリングをし、あわやゴールというところで見事なブロックを見せた新井場。「絶対にゴールを許さない」そんな気持ちが観ているこちらにも伝わってくるようだった。 プレッシャーを撥ね退けＰＫを決めた大久保のゴールも、ファボンが見せた弾丸ＦＫも、もちろん素晴らしいものだった。しかし、この試合で印象に残り、観るものの感情を揺さぶったもの、それは「絶対に点をやらない」という強固な意志が生んだ、数々の好守──これが挙げられるのではないだろうか。</description>
      <pubDate>Sat, 31 Mar 2007 22:58:00 +0900</pubDate>
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