2007年08月21日
大久保嘉人~在るべき場所へ、存在の証明を。~
南米の雄・パラグアイ相手に大久保のヘッドが炸裂した。小柄な体をものともしない、豪快なヘッド。エースの誕生に、日本サッカー界が色めき立った。 数秒後、その歓喜は溜息へと変わっていた。副審がフラッグを前方へ突き出す。オフサイド──初ゴールは、幻となった。 月日は流れ1年半後、本山からの絶妙なスルーパスを受けると、冷静にシンガポールのゴールネットへと流し込んだ。1ヵ月後にスペインの地に戦いの場を移す彼にとって、A代表初ゴールは、自身への最高のはなむけとなるはずだった。 しかし、1年半前に溜息に包まれた埼玉スタジアムは、デジャヴを起こしたかのように、またしても溜息に包まれた。オフサイド──どうしても、1点が遠かった。 イタリアの優勝で幕を閉じた、2006年ドイツワールドカップ。3年前、将来を嘱望された男には、ドイツのピッチに足を踏み入れる権利すら与えられなかった。「カイザースラウテルンの悲劇」とも言われたオーストラリア戦の敗北。その3日後、彼は日本へと戻ってきた。 2007年、所属クラブをセレッソ大阪から同じ関西圏のヴィッセル神戸へと場所を移した彼には、1つの揺るぎない決意があった。「日本代表に復帰する」その言葉に違わぬ活躍を見せ、現時点で日本人最多得点を挙げる彼の周囲が、にわかに騒がしくなってきた。3連覇を狙ったアジアカップで日本が4位に終わると、解説者からは決まってこの言葉が飛び出した。「大久保のような選手が必要だ──」 そして、彼は在るべき場所へと帰ってきた。約2年ぶりに身をまとう、ジャパン・ブルーのユニフォーム。ピッチは、自身が生まれ育った九州。「大久保嘉人」の存在意義を証明する舞台は整った。
posted by 犬太 |23:01 |
Jリーグプレイヤーズコラム |
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