2007年03月31日
神戸、鹿島とも驚くほどに立ち上がりから飛ばしていた。人数をかけてボールを奪っては一気に攻撃への速度を高め、ボールを奪われるとすぐさま守備へとスイッチを切り替え、人数をかけて奪い返す。当然スタミナは削られていき、必然的に試合は消耗戦の様相を呈してくる。
消耗戦になると、敵陣と自陣を行き来する人数が減っていき、特定の選手が自陣、敵陣に分かれることとなる。中盤は省略され、中盤でのディフェンスが無い分チャンスは多く生まれる。つまり、得点の確率がぐっと高まることになる。それこそ、撃ち合いと呼ばれるぐらいに。
だが、試合は1-1のドローに終わった。チャンスが全く無かった訳ではない。シュート数は両チームとも10本を優に超えている。セットプレーからのチャンスもあった。それでも、この日ゴールネットを揺らした回数は2回にとどまった。
この現象について「決定力不足」と言ってしまえばそれまでだが、この試合で目に付いたのは決定的なシュートを外して点を仰ぐ選手よりも、決定的なピンチを神がかり的なセーブやブロックなどで防ぎ、チームメイトに束の間の労いを受ける選手の姿だった。再三に渡るセーブでチームに勝ち点をもたらした榎本、曽ヶ端の両守護神、後半15分過ぎから続いた鹿島の猛攻を体を張って守り切った北本、カウンターから招いたピンチにGKのカバーリングをし、あわやゴールというところで見事なブロックを見せた新井場。「絶対にゴールを許さない」そんな気持ちが観ているこちらにも伝わってくるようだった。
プレッシャーを撥ね退けPKを決めた大久保のゴールも、ファボンが見せた弾丸FKも、もちろん素晴らしいものだった。しかし、この試合で印象に残り、観るものの感情を揺さぶったもの、それは「絶対に点をやらない」という強固な意志が生んだ、数々の好守──これが挙げられるのではないだろうか。
posted by 犬太 |22:58 |
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2007年03月29日
「やはり」と言うべきだろうか、今年の高松宮記念もまた「純スプリンター」とは明らかに一線を画す馬・スズカフェニックスが勝利を収めた。
短距離路線が整備され、現在もなお最強スプリンターの呼び声高いサクラバクシンオー、そしてその仔であるショウナンカンプ、最低人気でG1を制したダイタクヤマト、カルストンライトオなどそれぞれがスプリンター特有の速さを持ち、それぞれが強烈な個性を持った名馬達が凌ぎを削り、「スプリンター」としてのフィールドを守り続けた。
だが、近年その牙城が確実に崩されてきている。昨年などはそれが顕著に現れた年で、高松宮記念では共に初の1200mとなったオレハマッテルゼ、ラインクラフトがワンツーフィニッシュを果たした。そしてスプリンターズSでは外国馬・テイクオーバーターゲットがオーストラリアへの「手土産」を持ち帰り、日本のスプリント路線の地盤低下を証明してしまう結果となった。
純然たるスプリント能力を持った馬の質が低下しているのだから、毎度同じようなメンツのスプリント路線と比較して入れ替わりが激しくレベルの高い別路線組がスプリント路線の「頂」を獲ってしまうことは、ある種当然であるとも言える。悲しいかな「G1だし出走させてみるか」という発想がまかり通り、それでいて結果を残せてしまうのが現在のスプリント路線の現状なのである。
だからこそ、個人的にファルコンSを快勝したサクラバクシンオーの仔・アドマイヤホクトには崩れた牙城を再び建て直してもらいたいと思っている。1200mでは土付かずの一方、1600mではブービー。なるほど、非常に分かりやすいスプリンターである。
posted by 犬太 |23:26 |
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2007年03月25日
オシムは、明らかに怒りを露にしていた。怒りを通り越して呆れていたのかも知れない。前日の記者会見時、俗に言う「海外組」中村俊、高原に関することに質問が集中したことに対して、こう言い放った。「彼ら2人のためにチームを作るか、それとも彼らの方がチームに適応しようと努力した方がいいか、どちらがいいと思うか?」
質問の幼稚さについてはとりあえず触れないこととして、ペルー戦後の報道の在り方もまた思わず閉口してしまうようなものだった。「中村俊が起点」「中村俊2アシスト」「中村の素晴らしいキック精度が巻のゴールを生んだ」これは今にはじまったことではないが、あまりにも露骨過ぎる。オシムがマスコミに対して鳴らす警笛にマスコミが気づく日は本当に来るのだろうか。
前置きが長くなったが、この日は実際にスタジアムまで足を運んでこの試合を観戦した。ペルー側のゴール裏に腰を下ろした訳だが、驚いたのがペルーサポーターの多さと声援、そして私がカイロを握り締めていたほど寒かったにもにかかわらず上半身裸になって応援するほどのテンションである。釣られてこちらのテンションも少しずつ高まって来た。
キックオフを告げる主審の笛が吹かれ、いよいよテンションは最高潮に向かっていった。だが、そのテンションは試合が進むに連れて下がっていった。
以前、横パスばかり回すだけの最終ラインが「各駅停車」と揶揄されたことがあったが、この日は中盤4人がそれに近い状態だった。ただし、ここで言う「各駅停車」はパスの回りではなく、4人の動きのことである。
遠藤、中村俊という足元でボールをもらってこそ力を発揮する選手を横に並べた時点から懸念されていたが、前線への飛び出し、効果的なフリーランニングがほとんど見られなかった。両者とも引いてボールをもらいに行く場面が目立ち、前線でのアクションが少ないため、とりわけ攻撃は単発的なものになっていた。「タメを作る」と言えば聞こえが良いが、後方から上がってくる選手がいないのでは何も意味がない。サイド攻撃の際にはその「タメ」が上手くいっていたものの、結局それはチャンスへの序章に過ぎず、フィニッシュへ向かう1つの過程にしかなりえない。この日はゴールに直結するラストパスがあまりにも少なく、トライする姿勢もあまり伝わって来なかった。
そんな状況が前半ずっと続いていたわけだから、1-0で折り返したとはいえ、その1点の内訳がセットプレーであることは至極全うなことであると言える。加えてミスが多く、中盤でボールを失うシーンも目に付いた。
後半に入り、日本に2点目("もちろん"セットプレーからの得点である)が追加されてもその悪しき流れに変化が生じることはなかった。
だが、その悪しき流れに変化を生じさせたのは中村憲だった。デキが良いとは言えなかった阿部に変わって投入されると、積極的にボールに絡み、小気味良くボールを散らしていくことで停滞していた攻撃にリズムを与えていた。中村憲投入により、攻撃の組み立てをボランチの位置から出来るようになったことで中村俊もよりゴールに近い位置でプレーすることができ、高原のクロスに飛び込む惜しいシーンもあった。
僅か15人という人数で来日し、コンディションも万全とは言えないペルー代表が終盤に差し掛かったところで運動量が大幅に低下し、ほぼ無抵抗状態に陥ったことは当然だろう。最後は家長、水野、藤本といった代表に初招集された選手を試す余裕も見せ、結果的には2-0という危なげのない勝利を飾った。
試合後の記者会見で、オシムは「肉でも魚でもない試合」とこの試合を振り返って評した。そして、同時に良かった部分として「若い3人の選手が入ってプレーのスピードが上がり、ワンタッチプレーが多くなりアイディア、エスプリのきいたプレーが随所に見られた」ということを口にした。もちろんペルーのコンディションも少なからぬ影響を及ぼしたはずだが、若い3人が入った時には、中村、高原はピッチから姿を消していた。果たして、これをどう見るだろう。現段階で評するにはまだ早過ぎるが、この日に限って言えば2人がもたらした効果は決してプラスだけではなかったように思う。
posted by 犬太 |00:47 |
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2007年03月21日
バンコクの先制点以後、川崎に何度ゴールチャンスがあったのだろうか。試合の経過を追っていたメモは真っ黒になり、ついには時系列で経過を追うことを諦めたぐらいだ。
それでも、川崎は追いつくのがやっとだった。それも、相手のオウンゴールによって。
バンコクは先制点を挙げた後、明らかに自陣へと引き篭もっていた。さらにそれに拍車をかけたのが後半が始まって早い時間帯でのバンコクの選手の退場で、この退場によってバンコクは完全に攻める術を失っていた。しかし、攻める術を失っていたのは川崎もまた然りだった。
勝ち越し点を奪えなかった原因──後付けで挙げればいくらでも出てきそうだが、「決定力不足」という言葉はちょっと違うのかな、という気がする。というのも、川崎がゴール前でバンコクを崩しきり、GKと1対1で迎えた場面がこの試合全くと言っていいほどなかったからだ。完璧に崩そうとは試みていたが、途中途中にミスやバンコクの体を張ったディフェンスがあり、攻撃を完遂することがほとんどなかった。
では、どこに原因があるのかということだが、昨日横浜FCの「ある意味での誤算」を挙げてみたが、川崎もそれにどっぷりはまってしまった──原因はそこにあるのでは、と私は思う。「ラグビー」を例に出したほどの人とボールが連動した美しいパス回しで奪ったゴールがもたらしたものは、思いも寄らぬ形でこの日の川崎に降りかかっていた。
例えば、中盤でのパス回し。中村を軸に敵陣で面白いようにパスが回っていた。くさびへのボールも何度も供給された。しかし、ラストパスが通らなかった。そして、通ったとしても、その行く手にはバンコクのGKがいた。どれだけ手数をかけて多くの選手がボールに絡んでも、ゴールという形に結びつかない限り、それは正解にはなりえない。それがたとえ横浜FC戦では正解を導き出したとしても、だ。
思い起こせば、川崎唯一のゴールシーンにはマギヌン、ジュニーニョ、黒津の3人しか絡んでいない。川崎の得意なカウンターで得点へと結びつけた訳だが、川崎にはもうひとつ大きな武器があったのではないか。
川崎がもうひとつ得意とする戦法──それが、高さを活かした攻撃ではなかったのか。実際、この試合でも何度もセットプレーのチャンスを得て、何度も得点の予感を感じさせるシーンがあった。となると、終盤どうしても勝ち点3が欲しい状況での選択肢の中に「パワープレー」があってもいいはずだ。少なくとも、我那覇、谷口、チョン・テセを投入した意図の中に「パワープレー」というオプションがあったはずだ。
しかし、川崎がその選択肢を選び、愚直なまでに実行することはなかった。もちろんこれは結果論であり、それを実行していたところで結果が変わるという保証はないが、前線の選手の足が止まっていたこと、完全に守りに入ったバンコクの裏に黒津、ジュニーニョといったスピードもある選手が抜けるスペースがなかったことを考えると、最後まで完璧に崩し切るという選択に対して疑問符がつく。
試合後の監督・選手の言葉から、勝ち点1を得たというポジティブな思考はなく、勝ち点を2つ失ったというネガティブな思考が選手の中に渦巻いているようだ。しかし、何を言ってもこの試合の結果が覆ることはない。今出来ることは、次へと気持ちを切り替え、今度はアウェーでのバンコク戦で勝ち点3を獲ることに躍起になることではないか。
posted by 犬太 |17:03 |
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2007年03月20日
格が違ったと言ってしまえばそれまでかもしれない。しかし、この試合において、「格」という言葉だけで片付けるにはもったいない気がする。それほどまでに、両チームのレベルが違い過ぎた。
「神奈川ダービー」を迎えるにあたって、横浜FCにとってある意味「誤算」だったのが、前節の横浜F・マリノス戦をJ2と同じやり方──ひたすらゴール前で跳ね返す──で完封したことだった。その時に芽生えた僅かな、しかし間違いなくチームの中に刻まれた自信がこの試合での戦い方を決定してしまった。自陣に引き、ワンチャンスをモノにする──その戦術は、昨シーズンリーグ1の得点力を誇った川崎に対しては、全く通用しなかった。
「結果が全てです。フィニッシュ、パス、動き出し。全てで相手が上回っていました」記者会見での高木監督のこの言葉は、誇張などひとつもない、率直な感想だろう。だが、それ以上に横浜FCに攻める姿勢がなかったことが気がかりだった。ここで言う「攻める」とは、ディフェンス時における「攻める」を指している。川崎の攻撃のキーマンである中村が「今日はボールを受けに入ってもフリーだった」と語るように高い位置からのプレスが全く効かずに、自陣バイタルエリアを自由に使われていた。これでは、仮にボールを奪えたとしても攻撃に時間がかかり、得点のチャンスなど望めない。
ただ、ひとつ横浜FCのディフェンスラインが「攻める」ことが出来なかった原因を挙げるとすれば、それは黒津、ジュニーニョのスピードだろう。2人が常に裏を狙い続けることで横浜FCディフェンス陣が裏へのケアを警戒し、さらに中村にバイタルエリアへの侵入を容易に許したことで中盤も下がり、チーム全体に自陣に引いて守るという意識が伝染してしまった。
もちろん、6-0という結果を「横浜FCが悪かったから」という理由に依存することは出来ない。むしろ、川崎の魅せたサッカーがそれ以上に良かったと言える。序盤から立て続けにシュートを放つなど積極的な姿勢を見せ2ゴールを挙げた黒津、前線で精力的に動き回り、攻撃を活性化したマギヌン、ウイングバックというポジションながらゴール前に何度も顔を出し2試合連続のゴールを挙げた村上・・・川崎にとってすべてが完璧だったと言える試合だった。
なかでも特筆すべきは、4点目のシーンだ。右サイドから中へ中へと止まることなくボールを動かし続け、最後はDFをかわしたジュニーニョが落ち着いて決めたこのゴール、まるでラグビーのパス回しを見ているような美しいゴールだった。
そして、もうひとつ特筆すべきは、攻撃意識の高さである。これが横浜FCとは明らかに違っていた。象徴的なのは前半のワンシーンで、自陣でスローインをする際に川崎の選手が7人敵陣に入っていた。さらに1人少なくなった後半のカウンターのシーンではDFの井川や伊藤が敵陣へと侵入していたように守備時においても常に攻撃を意識する──ここの部分での意識の差が6-0というスコアになって表れた。もちろんそれで点を取られては元も子もないが、リーグ戦において2試合連続で退場者を出したなかで僅か1失点に抑えている。今シーズンのテーマである攻守のバランスの改善は、現段階では成功していると言えるはずだ。
見方次第では今回の6-0という敗戦は横浜FCにとって「これだけコテンパンにやられれば逆にス気持ちが切り替わる」というポジティブな捉え方になるのかもしれない。しかし、J2でベースとなった戦い方がJ1の強豪チームに対しては全く通用しないという事実はしっかりと正面から受け止めなければならない。川崎が教え、気づかせてくれたことを次に活かせるかどうか、それ如何で「残留」か「降格」かが決まって来るだろう。
posted by 犬太 |21:49 |
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2007年03月16日
ジュビロ磐田ユースでは、チームの中心選手に与えられる番号として、7番が与えられるという。なぜかと言うと、名波が磐田時代につけていた番号だからである。フィジカルに対する不安を微塵も感じさせないような視野の広さとパスセンスでゲームを組み立て、磐田黄金期の象徴である「N-BOX」という独特のシステムの中央に君臨した男が磐田に与えた影響は、おおよそ計り知れない。
その名波が尊敬する男──それが、藤田俊哉である。
「藤田俊哉」その名が知られるようになるまで、そう時間はかからなかった。1年目からチームの中心選手として活躍し、その翌年には日本代表に選出されると、そこでも2ゴールを挙げる活躍を見せる。「日本の司令塔は藤田俊哉」と言われる時代もそう遠くはないはずだった。
だが、ほぼ時期を同じくして、「マイアミの奇跡」を起こしたアトランタ組の主力である中田英寿がA代表でもその力を発揮し始め、また藤田自身その間に代表からは縁が遠いものとなったことで、いつのまにか「日本の司令塔は中田英寿」となっていた。
日韓ワールドカップが開催される前年の2001年、藤田は自身2度目となるベストイレブンを受賞しただけでなく、MVPをも獲得した。藤田はまさに選手としての黄金期を迎えた──しかし、それでも日の丸のユニフォームを着た藤田がワールドカップのピッチに立つことはなかった。
日韓ワールドカップが開催された2002年、磐田は黄金期を迎える。藤田と同じくワールドカップ出場を逃した高原がその無念を晴らすような大活躍を見せ、Jリーグ史上初となる前・後期完全制覇を果たした。
磐田で頂点を極めた翌年、藤田は1つの大きな決断を下すこととなる。9年間の時を過ごした磐田をレンタル移籍という形で離れ、オランダのFCユトレヒトに籍を移す。クラブ側の事情により半年という短い期間でのプレーに終わったが、磐田に復帰すると代表に召集されるようになり、少しずつ出場機会を増やしていった。
そして2004年、藤田の代表でのキャリアにおいて最も輝かしい瞬間が訪れることとなる。シンガポール戦、勝てないようだとジーコの解任もありうる、という噂も立ったこの試合で、藤田は貴重な決勝点を挙げ、日本に勝ち点3をもたらすとともに、ジーコの首をも救って見せた。
だが、代表で藤田が放った輝きはこの時だけだった。翌年は代表での出場機会は1試合にとどまり、6月からは磐田を離れ、名古屋に活躍の場所を求めることとなった。そしてドイツワールドカップが開催された2006年、ついに代表に呼ばれることはなかった。
それでも、35歳を迎えてもなおチームの不動のレギュラーとして攻撃を組み立てる役割を担い、チームに必要不可欠な存在になっている。次に藤田が狙うべきものは、新天地・名古屋でのタイトル獲得だろう。そして、もう1つの興味としては、カズ、沢登を超えるJ1における14年連続ゴール記録、これの更新を期待してみたいところだ。
posted by 犬太 |20:53 |
Jリーグプレイヤーズコラム |
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2007年03月14日
私がこれまで競馬を見て来た中で、特に印象深いシーンがある。それは2001年、中山グランドジャンプに出走したランドが1度は落馬したものの再騎乗し、競争を中止することなく走り切ったというシーンだ。最後まで諦めない姿勢に、ゴール時にはスタンドから拍手が沸き起こり、中山競馬場は暖かい雰囲気に包まれていた。
上記の例が示すように、障害には平地とは違ったファン心理を垣間見ることが出来る。例えば上記のシーンでは、「障害」という馬だけでなく人の人生にも付随してくる部分で落馬(=挫折)したが、それでも諦めずにゴールを目指した。そしてそれが、ゴール時の拍手と馬券の存在を忘れさせてくれるような暖かい雰囲気を作り出した。「オグリキャップが頑張る姿を見て私も頑張ろうと思った」という人がいたように、障害レースでも「目の前にそびえる障害を飛び越え、それにつまずいてもめげずに頑張る姿を見て私も頑張ろうと思った」という感情を人々から引き出す可能性があるのだ。
もうひとつ、障害レース時に発生するファン心理から見た面白い感情としてはレースを通じての応援スタイルにある。平地では「差せ!」とか「そのまま」といった言葉が浮かぶだろうが、これが障害となると、まず「落ちるな!」という大前提の感情がファンの中に出現する。先週の阪神スプリングジャンプSでも、コウエイトライが最後の障害を越えた後にバランスを崩すと、ウインズから一斉に「落ちるな!」という感情が声となって発生していた。なんとか持ちこたえると、今度はウインズ全体が安堵感に包まれ、皆がホッと旨を撫で下ろしていた。
障害レースは見ていて非常に面白いと思う。それでも、年間総レース数は約130程度で、障害G1の中山大障害がメインではなく10Rに組み込まれているように世間一般の注目度は低い。現在競馬界では「ディープ後」にぽっかりと空いてしまった空洞を埋めるための努力がなされているが、競馬という枠組みの中にあって、一般の人達がイメージする競馬とはまた違った魅力を持つ「障害レース」の存在異議を、今1度掘り起こしてみるのも1つの手ではないだろうか。
posted by 犬太 |18:33 |
競馬コラム |
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2007年03月11日
今日のガンバの礎を築いた西野監督が就任しても、日本屈指のプレイメイカーである遠藤が加入しても、ぶっちぎりで得点王に輝いたアラウージョが加入しても、ガンバ大阪がカシマサッカースタジアムで勝利の凱歌を聞く事はなかった。
「6年間」これはガンバが鹿島にカシマサッカースタジアムを笑顔で去ることの出来なかった年数をも表している。今日こそ笑顔でスタジアムを後にすることが出来るのか──
だが、その願いは虚しくも崩れ去ろうとしていた。試合開始から僅か19分、本山とのワンツーで抜け出した内田を倒してしまった安田がこの日2枚目のイエローカードを受け、早々にピッチを後にしてしまう。やはりこのスタジアムには見えない何かが働いているのだろうか。
これを機に一気に試合の主導権を握ったのは、ホームの鹿島だ。だが、ゴール前で播戸を倒してしまったことで、ファボンが一発退場を受けてしまう。ちなみにこのシーンを主審は見ていなかったが副審に直接確認し、後にレッドカードが出たという流れである。
これによって10人対10人となったものの、ホームの鹿島が依然としてガンバゴールをおびやかし続ける。セットプレーやサイドからのクロスを中心にチャンスを作り、次々と決定的なシーンを作り出す。もはや得点は時間の問題かのように思えた。
しかし、そこに立ちはだかったのが松代だった。左サイドからのコーナーキックにニアで合わせたシュートを間一髪の所ではじき出すと、その後のクロスにドンピシャのタイミングで合わせたマルキーニョスのヘッドも止めて見せた。さらには前半終了間際の増田のミドルシュートも横っ飛びで防ぎ、決してゴールラインを割らせなかった。この苦しい時間帯を我慢したこと、それが後に活きてくることとなった。
エンドが変わった後半、ガンバは中盤の不慣れなポジションながらも献身的な守備でチームに貢献していた播戸に代えて家長をピッチに送り出した。システム上は4-4-1のフラットな体系となり、フラットなラインを作ることによってスペースを消すという狙いのようだ。
後半立ち上がりこそ引き気味だったガンバだが、徐々にラインを上げ、前線からのプレスが活発になっていった。54分には明神が敵陣でボールを奪い、マグノ・アウベス→遠藤とつないでフィニッシュまで持っていく場面もあった。
前半ガンバの強力オフェンス陣のプレスに奔走し、確実にスタミナを奪われていったことでバイタルエリアが空き始め、徐々に押され気味になっていった鹿島も、ホームでガンバに敗北は許されまじと右サイドの内田のクロスからチャンスを作り、ゴール前に顔を出した増田がフリーでシュートを放つがこれは大きく外れてしまう。この試合、得点のチャンスは何度もあった鹿島だったが、全盛期にはあったチャンスをものにする勝負強さが全く見られなかった。
鹿島が失った勝負強さ、それを得たのはガンバだった。66分、マグノ・アウベスがドリブルで持ち込むと、家長に一旦ボールを渡す。家長はペナルティエリア内で待つマグノ・アウベスへ丁寧なパスを返し、最後はディフェンスの網をシュートのタイミングをズラすことによって掻い潜り、豪快に鹿島ゴールに突き刺した。
このゴールもそうだが、ガンバに感心したのはむしろその後の試合運びの上手さだった。柳沢を投入し3トップにすることで攻撃への比重を強める鹿島に対して、決して自陣に引き篭もることなく隙あらば家長、マグノ・アウベス、二川、遠藤を中心にカウンターを狙うことで、鹿島に守備に対する意識を植え付けさせ、決して攻撃に専念させなかった。そして試合終了が近くなると二川、遠藤、家長といったキープ力のある選手がタッチライン沿いでしっかりとボールをキープし、時間を上手く使っていた。
そして、6年間聞くことのなかった勝利の凱歌をここカシマサッカースタジアムで聞くこととなった。6年間突破することの出来なかった「鬼門」を打ち破ったガンバ。ゼロックス・スーパーカップでの圧勝劇によるタイトル獲得から始まり、苦しみながらも勝ち点3を手にした開幕戦、そしてこの試合での勝利は、これまでのガンバには馴染みの薄かった「勝負強さ」の証明となったのかもしれない。
posted by 犬太 |16:06 |
Jリーグマッチコラム2007 |
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2007年03月09日
安藤勝己にとって、このレースは2頭立てだったのか。彼の視界には、ウオッカだけが映っていた。抜群の手応えで直線を向くと、その視線の先にゴール板はあらず、外から同じように抜群の手応えで直線を向いたウオッカの動きを凝視していた。
一方のウォッカはというと、ダイワスカーレットを含めた他馬を一切眼中にせず、直線に入ってもなお、手綱をグッと引き、ウオッカを解き放とうとしなかった。そして、その状態のまま「偶然にも」先頭を走っていたダイワスカーレットに並びかけていった。
「待ってました」とばかりにウォッカが並びかけたその瞬間に馬上での動きが激しくなっていったのは安藤勝己だ。このレースにおいてはウォッカに勝つ=レースに勝つ、ということを意味する。そして、それは同時に3歳牝馬クラシック路線において最強を誇るウオッカと双璧をなすこととなるのだ。
だが、「この路線における壁は1頭のみ」と自己主張するかのように、ウオッカはダイワスカーレットを力でねじ伏せてしまった。付け加えると、目一杯追われたダイワスカーレットに対して、ウオッカは余力残しである。「どこまで行っても変わらない」ウオッカがダイワスカーレットにつけたクビ差という着差はそれ以上のものだった。
このレース、2頭が演じたマッチレースもさることながら、ダイワスカーレット、ウオッカにそれぞれ跨った安藤勝己、四位洋文の駆け引きのまた見応えのあるものだった。相手をウオッカのみに絞った安藤勝己と、愛馬の実力さえ発揮すれば負けることはないと他馬を一切気に留めていなかった四位洋文。奇しくも彼らは3歳牡馬クラシック路線においてもそれぞれフサイチホウオー、トーセンキャプテンという有力馬をお手馬にしている。今年のクラシック路線、馬上の駆け引きにも1つ注目してみたいところだ。
posted by 犬太 |18:38 |
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2007年03月07日
インドネシアのサッカー熱が高いということを耳にしたことがあるが、まさかこれほどまでとは予想だにしなかった。
とにかく、スタジアムに全くスペースがない。見渡す限り人、人で埋め尽くされたスタジアムは2万5000人収容の箱の中に2万8000人が入った。いや、「入った」というより「押し込められた」と言った方が正しいだろうか。また、スタジアムが木に囲まれているという特長を生かして(?)木によじ登って観戦する人もいるほどだった。
だが幸いにしてというか、アウェー戦には付き物とも言えるブーイングが聞こえてくることはほとんどなく、観客が純粋に地元のチームを応援したり、サッカーを観戦しに来ているといった好印象を持った。もちろん川崎の選手のファウルなどには敏感に反応していたが、物がバンバン飛んで来るというジュビロ磐田が経験したそれに比べればかわいいものだった。
スタジアム、観客レベルは熱気、マナーという観点からアウェーにしてはまだ戦いやすい条件と言えたが、ピッチレベルは日本と比べるといかんせんどうしようもなかった。ペナルティスポット内の荒れっぷりの酷さをはじめ、バウンドも大きく、ボールコントロールがままならない場面も多々あった。そしてなんといっても風である。風上のチームのゴールキックは敵陣バイタルエリア付近まで到達し、風下のチームのゴールキックは自陣を超えないほどだった。
こういった特殊な状況下で活きてくるのは経験である。この試合を通じて的確な状況判断と閃きで川崎に流れを引き寄せ、初のACLで川崎に勝利をもたらした立役者は中村憲剛だった。ダメ押しの3点目を挙げたことはもちろんだが試合を通じて積極的にボールに絡み、後半に入ってからは攻撃の起点になるだけでなく前半から執拗に狙われていた村上の裏のスペースを埋める役割も果たし、ピンチを未然に防いでいた。終いには犬がピッチ上に飛び出してくるというアウェーでのインド戦を経験したことが中村にとって大きなアドバンテージとなっていた。
当然、2得点を挙げたマギヌンの活躍に触れない訳にもいかない。持ち味のタイミングの良い飛び出しとゴール前での得点感覚を見せつけた。昨年はまだチームにフィットし切れていなかった印象があったマギヌンだが、開幕戦でのゴールと合わせて今シーズン早くも3得点。完全にチームにフィットした2年目は爆発があるかもしれない。そして昨年13得点を挙げた谷口も持ち前の積極性を見せた。2点目、3点目のシーンはいずれも谷口のシュートから生まれたもので、改めてチームに必要不可欠な存在であることを示した。谷口の抜ける北京五輪予選期間での戦いぶりが、今シーズンの川崎の鍵を握りそうだ。
「力を発揮するまで時間がかかる。タイトルがかかった試合は難しい」と試合後関塚監督は語ったが、それは鹿島でコーチを務めていた時代に同じことを経験したからこそ言えることなのだろう。「初戦を勝てたというのは、やはりチームとして大きな自信になる」とも語ったが、自信以上に、初物尽くしだったチームがアウェーの地で「経験」を得たことがこの試合での最も大きな収穫と言えるだろう。川崎は、最高のスタートを切った。
posted by 犬太 |23:13 |
ACL2007 |
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