2006年11月30日
非常に難しい試合だった。前半途中から降り出した雨によってスリッピーな状態になったピッチコンディションに苦戦し、前半は鳥栖に主導権を握られていた。横浜のチャンスもほとんどがセットプレー絡みであり、流れの中で崩した場面はほとんどなかった。
この試合を前に2位・神戸との勝ち点差は2。得失点差で3位に位置する柏との勝ち点差も2。つまり、横浜が勝利して神戸、柏が引き分け以下に終わると、その時点で横浜のJ1昇格&J2優勝が決まる。この状況下で、平常心でプレーしろ、というのは極めて困難な作業だ。山口が「最初立ち上がりがちょっと固いなとは思った」と語ったのも当然といえば当然だろう。
だが、今シーズンの横浜には試合の中で悪い状況を良い状況に変換することができる。それを可能にするのが、もはや横浜の代名詞にもなった「ハマナチオ」とも言われる堅いディフェンスである。前線からカズ、城が労を惜しまず積極的にボールを追う。それに中盤、最終ラインが連動してディフェンス時に常に数的優位の状況を作り出し、相手の侵入を防ぐ。横浜にとっての「良い状況」というのは「数的優位の状況」と全く同義語なのだ。
その状況を作り出した横浜は、少しずつ流れを引き寄せていく。横浜の形であるサイド攻撃が徐々に機能し始め、流れの中からチャンスが生まれてくる。一方の鳥栖もユン・ジョンファン、新居を中心にゴールを狙い、互いに一進一退の攻防が続く。
横浜は68分、カズに替えてアレモンを投入する。これが、見事に当たった。交代直後に2人を抜き去り惜しいシュートを放つと、迎えた77分、ロングボールに城が頭で落とし、アレモンが懸命に足を伸ばすと、ボールはゆっくりとゴールネットへ吸い込まれていった。昨年京都パープルサンガをJ1昇格&優勝に導いた22歳のストライカーが、今度は横浜FCをJ1昇格&優勝に導こうとしている。
こうなったら横浜の勝ちパターンだ。アレモン1人を前線に残し、残り全員が自陣で守る。山口が体を張ってシュートを防いだかと思えば、全試合に出場している横浜の守護神・菅野がスーパーセーブを見せる。試合はロスタイムに入り、試合終了の時間が刻一刻と近づいてくる。
そして、試合は終わった。今シーズン8回目となるウーノ・ゼロ(1-0)での勝利。接戦をモノにする勝負強さが、極限のプレッシャーの中でも活きた。
それから2時間後、横浜の選手は移動中のバスの中で神戸が引き分け、柏が敗れるという速報を聞く。この瞬間、横浜FCのJ1昇格&優勝が決まった。誰もが歓喜に酔いしれる。ピッチ上であれだけ冷静な山口もカメラに向かって喜びを爆発させる。山口は全日空時代からの生え抜きで、今は無き横浜フリューゲルスを支えた功労者だ。1999年1月1日の横浜フリューゲルス消滅から足掛け8年となる2007年、「フリエ」がついに、J1の舞台に戻ってくる。
posted by 犬太 |17:15 |
Jリーグマッチコラム |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月30日
「アジア大会って何の大会なんですか?」アジア大会に参加する代表選手達からこんな声が聞かれたらしい。確かに私も何の大会なんだろう?と思ってしまう。位置づけとしては北京世代の強化のための大会である。しかし、クラブ側からは各々の事情から不平不満が漏れ、また反町監督にもベストメンバーを組めないジレンマが生じた。
さて、緒戦のパキスタン戦に挑むに当たって留意しておきたい点としては、日曜日に試合→ドーハへ移動→前日練習を行なっただけ、という超過密スケジュールである。日本とドーハの間には当然時差が存在するし、気候の違いもある。それを踏まえると、相手がパキスタンとはいえ、何が起こってもおかしくはない。
この試合、日本は反町監督就任以来ほぼ一貫して採用している3-4-2-1のシステムで臨んだ。CBが左から水本、一柳、青山直、ダブルボランチに青山敏と谷口、左に本田、右に大学生の辻尾が入り、1トップに平山、ツーシャドーにカレンと増田という形だ。
先制点は試合開始から僅か2分だった。平山がくさびに入って落としたボールを拾った増田が倒されFKを獲得すると、このFKを本田が直接叩き込んだ。GKが味方に合わせて来ると思いそちらの方に意識が行っていたのを見逃さずに、ストレート系の速いボールをニアへ蹴った本田の判断力が光った先制点だった。
このまま一気に攻め立てたい日本だったが、1点リードしたことで変な余裕が生まれてしまったのか、後方であまり意図を感じない無意味なパス回しに終始する場面が目立ち、なかなか攻撃のリズムが作れない。逆に前線から積極的にプレスをかけるパキスタンがリズムを作り始め、11分にはカウンターから背番号10のイーサーがあわやというボレーシュートを見せた。
悪い流れを変えるべく、反町監督は青山と一柳のポジションを変更し、3バックのどちらか両サイドが攻撃参加をするよう指示した。実際パキスタンは1トップであり後ろに3枚残す必要はないので賢明な判断と言えた。またそれは後方での無意味なパス回しを防ぐためのものでもあった。後方から攻撃参加をすることでサイドでの数的優位を作れるようになった日本だが、実際サイドからのクロスは韓国戦に比べて多くなかった。むしろ、サイドに相手選手を釣り出し、中央のスペースに青山敏、谷口が飛び出していく場面が目立った。日本にとっては、結果的に攻撃のバリエーションが増えた恰好となった。
32分に挙げた2点目は、そのダブルボランチが絡んだ得点だった。セットプレーからのルーズボールを青山敏が拾うと、ディフェンスラインの裏へ絶妙なフィード。これに反応したカレンが折り返し、最後は谷口が流し込んだ。両ボランチの互いの長所が結びついた2点目だった。内容はともあれ、前半は2-0という理想的なスコアで折り返した。
「次の1点が勝負を分ける」とハーフタイムに話していたように反町監督が待ち望んでいた1点は日本に入った。56分、CKのこぼれ球を辻尾がシュート。このシュートは当たり損ねになってしまうが、このシュートに谷口が反応し頭で方向を変え、自身この日2点目となるゴールを決めた。今シーズンJリーグでMFとしてはこの時点で最多の13点を取っている得点感覚は代表というカテゴリーでも大きな武器になった。
これで九分九厘勝利をモノにしたかに思われた日本だったが、ここから雲行きが怪しくなってくる。その原因としては、負傷により途中交代を余儀なくされた青山の不在もあっただろう。60分にラスールに直接FKを決められると、82分には右サイドでフリーになったアクラムに素晴らしいミドルシュートを決められ、ついに1点差にまで迫られた。さらに悪いことには89分に好守の要である青山敏がこの日2枚目の警告を受け、10人での戦いを強いられることに。最後はまさかこの試合に限ってするとは思わなかったであろう後方での時間稼ぎも行い、何とか勝ち点3を得ることができた。
試合後、反町監督は「誉められる内容ではない」「満足はいかない」とこの試合をバッサリと切り捨てた。この試合に関して言えば不満を抱いているのはコンディションの問題から後半急激に落ちた運動量よりも、ハーフタイム時に話していた「セルフコントロールをしよう」という部分の欠如だろう。この試合、パキスタンの選手は前半から警告覚悟の激しいプレーを頻出し、後方からの危険なプレーも度々あった。それに呼応して熱くなってはいけない、という意味で「セルフコントロール」という言葉を使ったのだろうが、青山敏は後半だけで2枚の警告を受け、退場してしまった。セルフコントロールを失ってしまった1つの例である。
ここでもう1度「アジア大会って何の大会なんですか?」の答えを考えてみることにした。チームの連携の向上、クラブで出場機会に恵まれていない選手のレベルアップ、国際舞台の経験・・・色々な意味があるだろう。だが私はそれ以上に、アジアの国々と戦う中で日本ではあまり見られないであろう激しい削り、当たり・・・そういった選手にとってネガティブな要素をプレーに出さずに、いかにして「怒り」の感情を抑えることが出来るか、つまり「セルフコントロールできるか」・・・それこそが、この大会で日本の選手が最も得られるものだと思っている。
posted by 犬太 |02:16 |
日本代表コラム |
コメント(0) |
トラックバック(2)
2006年11月26日
「名誉挽回」「汚名返上」こんな文字が今週の紙面を賑わせた。言うまでもなく、それはディープインパクトのことを指している。
世間一般から見て、凱旋門賞に挑むまでの間、ディープは紛れもなく日本競馬界にとっての英雄だった。惜しくも3着に敗れた凱旋門賞が終わってもなお、ディープを賞賛する声が圧倒的だった。
だが、そこに例の「薬物騒動」が降りかかった。
この一件に関しては、池江調教師に罰金が科せられ、ディープは失格という形で一応収まったが、このときのJRAの対応はなんとも利己的なものだった。ダービーの時にまだ勝敗が決まっていない時点でディープの銅像を設置するなどディープをあれほど過剰扱いしたにもかかわらず、薬物騒動の時に高橋理事長は「世界最高峰の栄誉あるレースに汚点を残した」と何も調べていない段階で発言している。クラシックにマル外を解放するなど日本競馬の国際化に尽力を尽くしてきた人物だっただけに、何とも寂しい限りだった。
ともあれ、この一件はディープに暗い影を落とした。これまで英雄と謳われていたのがウソのような掌返しが始まり、事情を知っている人ならともかく、事情を良く飲み込めていない人は極端な話「薬で強くなった馬」として今回の騒動を見ている可能性があった。
それらの雑音を打ち消す方法はただ1つ、他ならぬディープ自身が「飛ぶ」しかなかった。そのために池江調教師をはじめ、ディープを支える関係者はまさに「究極」と呼べる仕上げをした。
そして、ディープは期待に応えて「飛んで」くれた。道中最後方から、大外をただ1頭突き抜けた。まるでダービーのリプレイを見ているかのようなディープらしい豪快なレースぶりだった。
ディープ自身6回目となるウイニングランで、武豊は拳を天に向かって3度ほど突き上げた。ファンは大「ユタカ」コールでそれに応えた。そしてレース後、インタビューに応える池江調教師の声は、心なしか震えているように思えた。今回の勝利は、ダービーよりも、菊花賞よりも大きな意味を持つ勝利だった。
posted by 犬太 |22:09 |
競馬コラム |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月26日
横浜FCが勝ったことを知っている以上、自動昇格圏内をより近づけるためには、自らが勝利を手にするしかないということは百も承知である。それ故、プレーが熱を帯び、警告覚悟のプレーが増えることは当然であると言えよう。
湘南に先制された神戸は73分、栗原のゴールでようやく同点に追いついた。だが、同点ゴールから僅か1分後、有村がこの日2枚目の警告を受け、10人に。神戸は劣勢を強いられることとなった。
10人での戦いを余儀なくされた神戸だったが、サッカーは数的不利になった時の方がえてして動きがよくなり、ハンディがハンディでなくなることがままある。それを考慮すると、1人少なくなったとはいえ神戸に勝利の可能性は十分に残されていた。
だが、81分に河本までもが退場処分を受けてしまう。さすがに9人での戦いを余儀なくされることは想像していなかっただろう。
9人になると、逆サイドのケアまで人数が行き届かないので、サイドチェンジのパスを1本通されただけでピンチを招く。さらにサイドに人数をかけられないので、簡単にクロスを上げさせてしまう。ならばクロスを上げさせまいとサイドに人数をかけると、今度は中央が空いてしまう。やはり点を取られないためには後ろを増やしたい。そうすると前を削ることになる。だがどうしても勝ちたいこの試合、点を取るためには前を削る訳にはいかない・・・考えれば考えるほど、出口の見えない迷路に迷い込んでしまう。
現実的なプランとしては、このまま何とか湘南の攻撃を凌いで勝ち点1を取り、最終節に自動昇格権をかける、という方法が賢明だろう。だが、神戸はあくまで勝ちにこだわった。そしてそれを見事に体現して見せたのが田中だった。右からのスローインを受け中へと切れ込むと、最後は倒れこみそうになりながら左足を振り抜き、勝ち越しゴールを決めた。ゴール後、田中にGKの荻を含めたピッチに立っている9人が一斉に駆け寄った。サッカーという11人で行なうスポーツにおいて、「ナイン」が1つになった瞬間だった。
これであとはロスタイムの3分を守り切れば、という所だった。しかし、試合はまだ終わらない。ロスタイム、37歳・大ベテランの加藤望のヘッドがゴールネットに突き刺さった。
結局この試合をものにすることが出来なかった神戸だが、9人になっても攻撃を忘れない姿勢は、見るものの心を揺り動かすだけのものがあった。最終節はこの試合退場処分を受けた2人のDFを欠く事になるが、最後までピッチに立ち続けた「ナイン」がいる限り、大きな不安要素にはならないだろう。そしてその中心に、「自分の体がどうなろうとも、サッカー人生すべてをかけて全力で戦う」と最終戦への固い決意表明をした三浦淳宏がいる限り、きっと良い結果がついてくることだろう。
posted by 犬太 |19:44 |
Jリーグマッチコラム |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月25日
ホーム・埼玉スタジアムでは今シーズン負け知らずの浦和レッズ。だが、ヴァンフォーレ甲府とはアウェーでの対戦時に、引き分けという結果に終わっている。その時は甲府のスタイルである次から次へと人が湧き出てくる運動量に満ちたサッカーへの対処に苦労していた。
一方のアウェー・甲府は右サイドを支える杉山を出場停止で欠くことになってしまった。対峙するのは日本代表の三都主ということで、甲府としてはいかにして浦和の左サイドを封じるかが鍵となる。
ホームの大声援(アウェーでもだが)を受ける浦和は、立ち上がりから波状攻撃を仕掛ける。敵陣右サイドでボールをカットした鈴木がクロスを送り三都主が後方にボールをそらすと、ポンテがダイレクトでシュート。これはGK阿部の好守に阻まれる。そしてCKからワシントンがヘッドを放つもこれはクロスバーを越えてしまう。
甲府も負けていない。持ち前の運動量を存分に活かし、度々浦和ゴールに迫っていく。しかしどうしても最後の赤い壁を突破することが出来ず、決定機を作るまでには至らない。
15分を過ぎると、サポーターの熱が点火したかのように、試合は徐々に激しさを増していく。それが悪い方向に出てしまったのは、甲府だった。2列目から飛び出したポンテを秋本が倒してしまうと、この試合2枚目となるイエローカードをもらい、前半で退場してしまう。絶体絶命の甲府だったが、ワシントンが蹴ったPKを阿部が見事に読み切り、難を逃れる。そしてその直後に得たFKで藤田がポスト直撃の強烈なシュートを放つ。これで嫌な流れを断ち切ったかに思えた。
しかし、「一難去ってまた一難」とはよく言ったもので、山田の飛び出しに対して今度はアライールがペナルティエリア内で倒してしまい、再びPKを与えてしまう。この場面、ベンチから三都主が蹴るようにという指示があったそうだが、ストライカーとしてのプライドか、はたまたFWとしてのプライドか、ワシントンが再びボールをセットする。そして自分自身に対するプライドか、止められた1本目とまったく同じ場所に蹴ったが、なんとこれも阿部にキャッチされてしまう。「意地になって同じ方へ蹴ってくるだろうと思っていたら、その通りだった」と試合後に語った阿部の読み勝ちだった。
もしかしたら、ワシントンの2連続でのPK失敗は、チームに悪影響をもたらすものになっていたかもしれない。だが、今の浦和にはこの悪い状況を打破するだけのメンタリティーがあった。
後半開始から僅か1分、右サイドから中に切れ込んだ山田の左足でのクロスにワシントンが頭で合わせ、遂に待望の先制点を奪った。山岸が「今までワシントンの力で何試合も助けられてきたと思うし、あれで逆にいい意味でまとまれた」と語ったが、ワシントンを取り囲む輪の大きさがそれを表していた。
こうなると試合は完全に浦和ペースになっていく。ワシントンが執拗なマークに遭う背後で、ポンテ、山田のツーシャドーが水を得た魚のように自由自在に動き回ってボールに絡むことでチャンスを作り、自身も積極的にゴールを狙う。そして64分、左サイドでボールを受けた山田が軽く2人を抜き去ると、そのまま中へ切れ込む。さらに詰めてきたDFを鮮やかなステップでかわすと、右足でコントロールされたシュートを放ち、見事なゴール。その4分後にはまたしてもワシントンがCKを頭で合わせ、あっという間に3-0とし、試合を決めて見せた。
その後10人ながら甲府もチャンスを作るが、どうしてもゴールが奪えず、結局3-0のまま試合は終了。浦和が優勝に王手をかけた。
試合を振り返るとワシントンの独り舞台と言った感じだが、この試合で最も輝きを放っていたのはキャプテンの山田だったと思う。2点目のゴールも去ることながら1点目のワシントンのゴールを演出したピンポイントクロス、遅攻になりがちな浦和の攻撃にアクセントを与えた裏への飛び出し、そして効果的なドリブル・・・一時期はベンチを温める事も多かった山田だが、ここにきてチームにとって絶対に必要不可欠な選手になった。
この試合を見せられると浦和の優勝は堅い、と言いたいところだが、次の対戦相手はガンバ大阪戦、川崎フロンターレ戦で大逆転劇を演じたFC東京である。さらに浦和はアウェーでのFC東京との対戦成績は2勝1分5敗と苦手にしている。前回対戦時の4-0という結果はリセットしたほうがいいかもしれない。果たして明日、味スタは「浦和劇場」へと化すのか、それとも三度「東京劇場」が見られるのか──
posted by 犬太 |20:56 |
Jリーグマッチコラム |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月23日
スタジアムに到着し、全体を見渡すと、横浜のチームカラーである青色のビブスを着たサポーターの姿が目に付く。そして選手入場時、サポーターが青いメッセージペーパーを掲げると、その青はさらに力強さを増し、スタジアム一体が青色に染められていく。「青で蹴りをつける。」そう銘打った今回の試みは、大成功に終わったようだ。
さらにスタジアムを見渡すと、「今こそ初心に 俺達は挑戦者 さあ行こう失うものは何もない」の横断幕が。横浜駅から三ツ沢球技場に向かうバスからも同じような横断幕が見えるのだが、横浜FCの横断幕のセンスには目を見張るものがある。
試合開始のキックオフが告げられる直前、私達の目に懐かしい光景が蘇る。今シーズン限りでの引退を表明した城とカズがボールに互いの掌を当て、ボールに祈りを捧げたのだ。その瞬間、フランスワールドカップ・最終予選が脳内をフラッシュバックする。思えば、カズはワールドカップのピッチに足を踏み入れる前にメンバーから外され、城はグループリーグ敗退の戦犯として空港で水をかけられた。その屈辱を、J1昇格という形を残すことによって晴らすことが出来るだろうか。いざ、キックオフ──
立ち上がりから試合のペースを握ったのは、大方の予想に反して、アウェーの徳島だった。「攻撃に関しては、かなりスペースがあった」と小山が語ったように、右サイドから起点を作り、そこに玉乃が積極的に絡んでいく。さらに片岡、小林といった選手達もそれに連動して動くことによって連動性に溢れる攻撃を作り出していた。またディフェンス面においても横浜のキーマン・山口に対して小山がマークにつくことでほとんど仕事をさせず、試合の流れを完全に掌握した。
山口を抑えられた横浜は、山口を飛ばして城をターゲットにロングボールを多用するが、なかなか上手く収まらない。上手く収まったとしても後方からの押し上げが少なく、ツートップが前線で孤立してしまう場面が目立った。決定機が全くなかった訳ではなかったがいずれも単発的なものであり、サイドから崩すという横浜本来の形が前半はほとんど見られなかった。
横浜にとっては嫌な流れのまま後半を迎えたが、カズのワンプレーがチームに流れる嫌な流れを払拭する。左サイドでカズがボールを受けると、個人技でディフェンスを振り切り、フリーの城へ。城のシュートはクロスバーを遥かに越えてしまったが、このプレー以降、横浜の動きが活性化されていく。後半12分にカズはベンチに下がってしまうが、ワンプレーで流れを変える能力は今もって健在である。
その後、横浜が試合のペースを握る。8分には城が抜け出し最終的に1対1の状況を迎えるが決めきれず、11分にはチョン・ヨンデがセットプレーからヘディングシュート、そして16分にアレモンがゴールネットを揺らすが、これはオフサイドの判定。19分には城が絶妙なトラップからボレーを放つが、徳島のGK島津の好セーブに阻まれる。この試合最大のチャンスとも言えた20分、カウンターで2対2の状況を作り城からアレモンへスルーパス。アレモンが倒されるがこれはノーファウル。普段冷静な高木監督が珍しくベンチを飛び出すほどの微妙な判定だった。
何とかこの劣勢を打開したい徳島だったが、前半見られた攻撃の連動性がほとんど見られず、前線と中盤の距離が開き出してしまう。それでも要所要所でのプレスはしっかりと効いていて、ディフェンスをサボる選手は決していなかった。
こうなってくると攻める横浜、守る徳島という構図が明確になってくる。実際、徳島は守備時には前線に2人だけを残してそれ以外は皆ディフェンスに奔走した。しかし、横浜は前線に残った2人に対して4人が自陣に残ってしまう場面が見られたように、リスクを冒して点を取る姿勢が足りなかった。
そして、試合はこのまま0-0のスコアレスドローで終了。試合後ガックリと肩を落とす横浜の選手に対して、すべてを出し切った徳島の選手がピッチに倒れこんだり膝に手をついて困憊しきった体を支える姿が印象的だった。
「アウェーにも関わらず、遠いところ応援に駆け付けてくれたサポーターの皆さんには感謝したい」と試合後の会見で開口一番東監督は語った。そして、選手達はサポーターのために首位を走る横浜相手に最後まで走り抜いた。今シーズンは残念ながら最下位が確定してしまったが、来年につながる1戦となった。
試合後、今シーズン限りでの引退を表明した城彰二がサポーターへメッセージを送るためにマイクを握ると、スタジアム全体から鳴り止むことのない「城彰二!」コールが起こった。アウェーの徳島のサポーターからも「城彰二!」コールは起きていた。そして城は「死ぬ気で頑張る。J2で優勝してJ1に上がりたい」と語った。フランスワールドカップで生き地獄を味わった男は、ラスト・ダンスを飾ることが出来るだろうか。残り2試合、J2から目が離せない。
posted by 犬太 |19:32 |
Jリーグマッチコラム |
コメント(1) |
トラックバック(1)
2006年11月22日
「メンタル的な部分、勝たなくてはならないという精神力が弱い」と日本でも監督経験を持つ韓国のピム監督にこのように日本代表を評された反町監督は「ここで戦わないやつがいたら前半の5分でも代える」と珍しく感情が入り混じった口調で語った。
いまの世代はそうでもないのかもしれないが、反町監督以前の世代、つまりワールドカップ出場が手に届かなかった時代を知る人達にとって「日韓戦」は特別なものである。互いにライバル関係にあるとされながら、ワールドカップに出場するのは常に韓国であり、日本は長年に渡って苦汁を舐め続け、ここぞという時に韓国の厚い壁に跳ね返され続けた。
日本が韓国との力関係を急速に縮めるきっかけとなったのが、Jリーグの誕生である。Jリーグ発足によって急速なレベルアップを遂げた日本は、1998年フランスワールドカップで遂に国際舞台の最高峰に経ち、それ以後アジアでの不動の地位を築くこととなる。
世界で活躍する選手を輩出するなど急成長を果たした日本の中にあって、日韓戦の果たしてきた役割は小さくない。木村和司の伝説のFK、山口素弘の芸術的なループシュート、負ければ絶体絶命という状況の中アウェーで完勝した1戦、ジーコに初勝利をプレゼントした永井のゴール・・・日韓戦は日本サッカー界にとって1つのターニングポイントになってきた。そういった背景を知るからこそ、常に冷静沈着な反町監督がピム監督の発言に珍しく過剰反応したのだろう。日本にとって韓国は、それこそ試合後に疲れでピッチにぶっ倒れてでも絶対に勝たなくてはならない相手であり、韓国にとっても日本は自国のプライドにかけて意地でも負けられない相手なのだ。そういった背景があるからこそ、日韓戦は日韓戦であり続けるのである。
だが、果たしてこの試合は真の日韓戦と言えただろうか?試合終了と同時にピッチに倒れこむ選手が1人でもいただろうか?答えは、部分的には「イエス」だが、全体を通しては「ノー」である。
「イエス」と言う背景には、韓国側の当たりの激しさがある。中村を負傷退場に追い込んでしまったプレーは頂けないが、球際へのチェックが厳しく、そして激しかった。だが、それでも身を呈してまで攻めた、あるいは守ったという場面はほとんどなく、1998年フランスワールドカップ・対ベルギー戦での韓国を知る者からすると、不満が残った。
「ノー」と言うべき背景、これは言うまでもなく日本側にある。1点目のシーンが象徴的だったが、3対1という状況にもかかわらず、あっさりと抜かれてしまい、ゴールを決められている。この場面では家長が外を切ろうとしてサイドのスペースを埋めようとした瞬間に中を抜かれたもので、あの場面のセオリーとして、中を切るべきだった。そういった意味では、家長の守備が「軽かった」と言わざるを得ない。身を呈してでも止めてやる、という気持ちが欲しかった。
攻撃においても同じようなことが言える。連動性のある攻撃でサイドを崩せたことは収穫だったが、全体を通して何かキレイにプレーをしているような印象があった。後半システムを変更し、フレッシュな選手を投入してからは何が何でも、という姿勢が見えてきたが、特に平山にはそれこそ体ごと押し込むぐらいのゴールへの執念が欲しかった。
そんな中にあって、両チームを通じて最も「心意気」のようなものを感じたのが、水野だった。サイドでボールをもらうと常に勝負を試み、またその勝負の勝率が極めて高かった。日本の同点ゴールをアシストした場面でも韓国のディフェンス2人を相手にしながら増田へピンポイントのクロスを供給した。サイドアタックを標榜する反町監督にとって、水野はもはや絶対に欠かすことの出来ないピースとなった。
また短い出場時間ながら、存在感を発揮したのが谷口だった。アウェーでの韓国戦ではキャプテンを務めたがこの試合ではベンチスタートとなり、期するものもあったのだろう。水野のFKにあわやというヘディングシュートを見せると、中盤でボールを奪い、カウンターでの2対2の場面を演出するなど、攻守に渡って見せ場を作った。
親善試合ということを考えると、1-1という結果は上出来と言えるのかもしれない。しかし、反町監督の考えは違った。「勝ちたかったゲームでした。勝てませんでしたけども・・・非常に勝ちたかったゲームでした」このコメントを聞けばそれがお解りだろう。来年からは、北京オリンピック出場を賭けた戦いが始まる。組み合わせによるが、その時には真の日韓戦が見られるのであろうか。
posted by 犬太 |01:26 |
日本代表コラム |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月20日
キックオフを告げる笛が鳴らされると、城彰二はすぐさま右足を振り抜き、キックオフ・ゴールを狙った。この試合にかける意気込みが、あのプレーに詰まっていた。
僅か1年間の在籍だったがヴィッセル神戸は城にとって古巣のチームである。だが、そこで残した結果は25試合に出場して僅か1ゴールという散々たるものだった。その後、城は横浜FCへ移籍し、現在まで至っている。昇格を争う相手として、そして屈辱を味わった古巣へのリベンジとして、絶対に勝ちたいところだ。
そして城が所属する横浜FC誕生を生んだ今は無き横浜フリューゲルスでプロのキャリアをスタートさせたのが、三浦淳宏である。「J2降格について自分に責任を凄く感じていたし、チームを見捨ててJ1チームに移籍することはこのまま男として絶対にできなかった」と語った彼の男気は、柳川、丹羽、田中ら若手の成長を促し、チームを1年でのJ1復帰へと導こうとしている。
城の想いが形となったのは、35分だった。小野からのクロスにディフェンスに寄せられながらもヘディングで合わせ、アウェーで貴重な先制点を奪う。日韓ワールドカップが開催された翌年にJ1の舞台から去った男が、再びJ1の舞台に立とうとしている。
三浦も負けていない。55分、ゴールに近い位置で得たFKを直接決め、試合を振り出しに戻す。ドイツワールドカップ出場の希望を捨ててまでヴィッセル神戸に残留した男が、1年で昇格という義務を果たそうとしている。
だが横浜FCにはもう1人、J1昇格への強い意志を持った男がいた。80分、途中出場のアレモンが勝ち越しゴールを決める。今年J1に昇格した京都サンガから事実上「リストラ宣告」された男のJ1に対する想いも、また強い。
ホームで柏、横浜に連敗することは避けたい神戸も三浦を中心に同点ゴールを狙う。しかし、攻めども攻めどもゴールが奪えない。ロスタイムのCKではGKの荻までもがゴール前に上がるという必死の攻めを見せたが、試合はこのまま終了した。
この日の城はすべてにおいて格が違っていた。くさびとしてボールを前線でしっかりと収め、カウンターの起点にもなりサイドへ攻撃を幅広く展開する。さらに隙あらばディフェンスラインと裏へと飛び出しゴールを狙う。今期めざましい成長を遂げる若いCBの柳川を完全に子供扱いしていた。試合後「全員が100%出した結果、結果がこっちに転んだ」と語る城の視界に1点の曇りもない。
ホームで昇格を争う柏、横浜に連敗を喫した神戸のキャプテン・三浦は試合後「自分達を信じてやるだけ」と語った。彼の視界は既に次の試合を見据えている。いや、本当に見据えているのはJ1という舞台だろう。そのためには、下を向いている暇などない。そのことは、「実際にもう気持ちは切り替わってる」と語った三浦が1番良く解っている。
posted by 犬太 |00:30 |
Jリーグマッチコラム |
コメント(3) |
トラックバック(0)
2006年11月14日
「いい経験をして、たくさんの土産を日本にもって帰りたい」と反町監督が試合前に語っていたように、今回の日韓戦はテストの意味合いが強かった。メンバーも前回ホームで中国と戦った時からほぼ総入れ替えで臨み、また練習期間も韓国が7日から練習していたのに対して、日本は到着してから1回行なっただけである。
そういった背景を踏まえると、選手間の細かい部分での連携よりも、1人1人がA代表経験者を数多く揃える韓国相手にどれだけやれるのか、そこが重要なポイントになる。つまり、この試合は結果云々のテストよりも個人として生き残るためのテストであると言える。
この試合、日本は4-2-3-1のシステムで臨んだ。4バックは左から上田、千葉、柳楽、田中の順に位置し、中盤は細貝がフォアリベロのようなポジションで潰し役となり、谷口が攻守のバランスを取りつつ機を見ては前線へ飛び出し、本田が高い位置で1トップのカレンをサポートする。そして左の渡邊、右の水野がサイドから攻撃の起点を作る。
一方韓国も4-2-3-1のシステムで臨んだが、登録上FWが4人いるということもあって日本のそれよりも攻撃的なシステムと言える。ドイツワールドカップにも出場した注目の選手パク・チュヨンは左ウイングに近いポジションだった。
試合は立ち上がりからホームの韓国が日本を圧倒する。日本の左サイドを攻め立て、逆サイドからフリーでシュートを放つと、開始5分、CKに走りこんできたパク・チュヨンが頭で合わせ、先制点を奪う。この場面、柳楽がマークについてはいたが一歩目で前を取られたことで全くなす術がなかった。
早い時間に先制点を取られたことで、試合を立て直したい日本だったが、韓国がサイドにロングボールを供給することによってサイドバックが高い位置をキープできず、どうしても攻撃時にサイドで数的不利に陥ってしまう。田中が高い位置でボールを奪い、水野がシュートまで持ち込んだ場面もあったが、前半サイドから崩せた形はこの時だけだった。左サイドハーフの渡邊と左サイドの上田はディフェンスに追われ、効果的な攻撃参加がほとんど出来なかった。また1トップのカレンが前線で孤立してしまうことが多く、くさびのボールが入っても韓国のチェックが早く厳しいので前線でボールが収まらず、2列目からの飛び出しも見られなかった。
後半に入ってもピンチは続く。51分には右サイドを崩され、決定的なシーンを作られるが、このシュートはポストに救われた恰好となった。だが1対1での劣勢は明らかで、特に20番のイ・ガンホにはほとんど歯が立たなかった。
それでもハーフタイムに反町監督から「ビルドアップの意識を持とう」と指示を受けた日本はようやく本来のサッカーを取り戻した。上田、田中が高い位置をキープできるようになったことでサイドで数的優位を作れるようになり、サイドから崩す形が増えた。
そして65分、左サイドから上田がクロスを上げると、ボールは中央でフリーのカレンへ。カレンはこのボールに合わせることが出来なかったがカレンがブラインドになった韓国の選手がオウンゴールを献上してしまった。
形はどうあれ試合を振り出しに戻した日本は右サイドバックの田中に替えてFWの前田を投入し、前線を2トップにし、細貝をCBに下げることで3-5-2へとシステムを変更し、前に人数を掛ける事で攻撃への意識を強める。韓国も前半から度々決定機を作っていたセットプレーを中心に日本のゴールをおびやかしていく。しかし、いずれも詰めが甘くゴールまでには至らない。日本のカウンターからの谷口のミドルもGKに弾かれ、終盤上がりっぱなしだった谷口のゴール前ボールをキープしてからのシュートもGKに防がれ、日韓戦は1-1のドローで幕を閉じた。
連携やメンバーの差があったことを考慮するとアウェーでのこの引き分けは良い意味での想定外なのかもしれない。不安視された連携も試合が進むにつれて良くなり、ハードなスケジュールの中でも選手達は最後まで動けていた。
だが、この試合のひとつのテーマであろう、「個人対個人」の部分においては、多くの課題があったことは否めない。それは特にディフェンスにおいて顕著に現れ、1対1で突破されるシーンが何度もあった。今日出場したディフェンスの選手はJリーグでレギュラーの座を掴んでいない選手がほとんどであり、中には田中のように出場機会すらない選手もいる。そういった選手にはこの経験を所属クラブに持ち帰って、所属クラブでレギュラーの座を掴んでもらいたいものである。
その一方で攻撃面に関しては一定の成果を示すことが出来たと言える。クラブでも中心選手の谷口は前半こそ韓国の激しい当たりに戸惑いを見せていたが、後半に入るとフィジカルの強さをいかんなく発揮した。彼の最大の長所である体の使い方の上手さも随所に見せ、韓国相手でも十分通用することが確認できた。
さらに飛び級ということで注目を集めた高校生の乾も存在感を見せ付けた。小柄ながらも吸い付くようなドリブルで韓国を翻弄し、さらに前田への惜しいスルーパスも見せ、視野の広さもアピールした。サプライズ的な要素が強かった今回の代表召集だったが、個人技、特にドリブルはこの世代でも十分通用することを証明した。
今回の遠征では、小林、枝村、家長とクラブでレギュラーの座を掴んでいる選手達が怪我や体調不良で相次いで参加を辞退したが、それによりクラブで出場機会に恵まれない選手達が今回の遠征で出場機会を得ることができた。そういった意味では今回起きた相次ぐ参加辞退は代表チームの能力を底上げし、競争を煽ったことから文字通り「怪我の功名」と言えるのかもしれない。
posted by 犬太 |22:55 |
日本代表コラム |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2006年11月13日
奇しくも、緒戦で戦った相手・北朝鮮と決勝戦でも戦うこととなった日本。その時は2-0で完勝したが、当時の北朝鮮はコンディションが不十分だった。それは、日本がメンバーを落としたとはいえ敗れたイランを5-0というスコアで下していることからも明白だろう。決勝で戦う北朝鮮こそが「真の北朝鮮」である訳だ。
スタジアムの観客席が映し出されると、そこには準決勝で日本に敗れた韓国のサポーター達の姿があった。自国を敗戦に追いやった日本への感情と北朝鮮を応援する感情が相まったことで、日本は決勝戦を実質アウェーで戦うような状況で迎えることとなった。
立ち上がりに失点を喫するケースが多い日本は慎重だった。まずしっかり足元で繋いで自分達のリズムを掴もうとしていた。しかし、失点はまたしても立ち上がりだった。意表をついたロングシュートに林が対応できず、先制点を許した。
失点後、やや浮き足立つような所があった日本だったが、次第に落ち着きを取り戻していく。とはいえ、フィジカルで圧倒的する北朝鮮もロングボールを主体に日本ゴールをおびやかしていく。日本はディフェンス時に人数こそ足りているものの最後の寄せの部分が甘く、シュートまで持っていかれる場面が目に付いた。
それでもようやく落ち着いてボールを回せるようになった日本は、右サイドの内田を起点にしてサイドから崩し、それによって得たCKなどでチャンスを作る。しかし、どうしてもシュートまでには至らない。
そんな嫌な流れを払拭したのは、決勝戦まで2得点2アシストと今大会大車輪の活躍を見せている柏木だった。ボランチの位置から右サイドに飛び出し中へ切れ込むと、左足でニアサイドに流し込んだ。攻める姿勢が生んだ同点ゴールだった。これで試合を振り出しに戻した。
後半に入ると、北朝鮮は積極的にサイドを使い出すようになった。前半対処に手こずった内田を高い位置に上げさせないという狙いもあったのだろう。結果的に、この作戦は正解だったといえるだろう。スピード、パワー、スタミナとすべての面で勝る北朝鮮のサイドのスペースにロングボールを入れるシンプルな攻撃は日本のスタミナをボディーブローのようにジワジワと削っていった。
一方日本も防戦一方という訳ではなく、チャンスは作っていた。58分に柏木の相手の股間を抜くパスから梅崎が強烈なミドルシュートを放つと、その後も柏木からのボールを受けた梅崎がミドルシュートを放つ。そして後半最大の決定機となった76分、FKに合わせた森重のヘディングシュートは、惜しくもポストに阻まれた。
試合が終盤に差し掛かると両チームとも中盤が空きだし、カウンター合戦の様相を呈してきた。だが、北朝鮮はラストパスの精度を欠き、日本は梅崎がサイドでボールを持ちすぎてしまったこともあり、速い展開が生まれなかった。後半途中から投入された長身のハーフナー・マイクも高さを存分に発揮することが出来ず、守備に終われる時間の方が長かった。
こうして両チームとも決め手を欠き、試合は延長戦へと突入した。日本にとっては2試合連続となる延長戦である。
延長戦を通じて、押し気味に進めたのは1試合を通じて極端な落ち幅のない驚異的な運動量を持つ北朝鮮だった。日本は北朝鮮の2列目からの飛び出しや裏への飛び出しについていくことができず、延長戦前半終了間際にはこの試合最大といってもいいピンチを招くが、フリーで放ったヘディングはGK林の手に収まった。
延長に入ってから劣勢の時間が多かった日本だったが、その中で気を吐いたのが梅崎と田中だった。梅崎が左サイドから積極的に仕掛け、チームを活性化させると、田中は2列目からの鋭い飛び出しであわやのシーンを作り出した。
日本の森重が足を釣らせ途中交代するなど日本、北朝鮮の選手達の肉体は極限の状態だったが、互いに120分間を戦い抜いた。決着はPK戦に持ち込まれた。
そしてPK戦が終わり、両チームの死闘は終わった。優勝の栄冠を勝ち取ったのは、北朝鮮だった。
PK戦は集団スポーツの中にあって最も個人がクローズアップされる瞬間であり、それは時にしてスケープゴートさえも生み出してしまう残酷な決着方法である、と私は思っている。
だからといって、梅崎を責めるような真似は絶対にしたくはない。この試合、最後まで攻めの姿勢を忘れなかったのは間違いなく梅崎だ。A代表に招集されたことで責任が生まれ、チームを最後まで引っ張った。泣くな、といわれても無理があるだろうが、願わくば来年のワールドユースの時にはその涙が歓喜の涙に変わってほしい。そのためにも、この世代にはJリーグでもっともっとレベルアップしてもらいたい。今はとりあえず日本代表に対してお疲れ様、と言いたい。
posted by 犬太 |00:24 |
日本代表コラム |
コメント(0) |
トラックバック(0)