2007年02月22日
Jクラブ総括2006~ガンバ大阪編~
「-49」2006年を迎えるにあたって、ガンバが背負ったこの数字は何よりも大きかった。33得点を挙げ得点王に輝いたアラウージョと16点を挙げた大黒が揃って退団。チーム総得点の半分以上を叩き出した2人の穴は大きいかに思えた。 その穴を埋めるべく、昨年ガンバに加入してきたのが大分のエースストライカーだったマグノ・アウベスと神戸時代にゴールを量産し、代表入りを推す声も挙がった播戸だった。さらに兼ねてより懸念されていた右サイドには日本代表の右サイドでもある加地を、中盤には柏時代に西野監督の愛弟子だった明神をそれぞれ獲得。結果的にバランスの取れた効果的な補強を行なうことができた。 そして、シーズンが開幕。既にチームのベースとなる戦術は完成されていたので、後は新加入選手がどれくらいの期間でフィットするかに焦点が絞られていたが、その不安は杞憂に終わった。マグノ・アウベスはすぐにチームにフィットし、第2節の大阪ダービー・セレッソ戦でハットトリックを達成すると、その後もゴールを量産。終わってみればワシントンと並ぶ26得点を挙げ、得点王に輝いていた。 ワールドカップによる中断が明けると、今度は播戸が大爆発を起こした。試合に出れば点を決めるというまさに打ち出の小槌のような活躍を見せ、遂には日本代表に初選出された。そして代表戦でも頭に包帯を巻いた状態で2ゴール。播戸にとって最高のシーズンとなった。 そんな2人の活躍に引っ張られてチームは安定した成績を残し、浦和、川崎と共に3強を形成した。この時点で「-49」という数字は完全に消えていた。そして、それを打ち消していたのは前述の2人の活躍ももちろんだが、遠藤の存在だった。正確無比なパスで何度も好機を演出し、また試合中誰よりもボールを多く触ることで攻撃のリズムを作り、攻撃を組み立てていた。まさにチームの心臓と言える存在だった。 それだけに、遠藤の離脱がチームにもたらした影響は「-49」がもたらしたそれに比べて間違いなく大きかった。遠藤がピッチから姿を消したことでパスセンスに長ける二川がボールのある所に以前にも増して顔を出していたが、遠藤不在以前に比べて当然のことながらマークが厳しくなり、本来のパフォーマンスが鳴りを潜めた。本来のパフォーマンスが鳴りを潜めたのはチームもまたしかりだった。その最もたるが第31節の千葉戦で、雨が降ったことでバウンドしたボールが伸び、それによってパスの精度を著しく欠いた。パス・サッカーが基調であるガンバ・スタイルからは程遠い内容だった。 ただ、付け加えなければならないのが、この試合で勝ち点3を得たのはガンバであるということだ。引き分ければ浦和の優勝が決まるという試合で終了間際に勝ち越し点を決めた第33節にも言えることだが、優勝を目前にした終盤で失速した一昨年に比べて、格段に勝負強くなっていた。本当に強いチームというのは自分のスタイルを封じ込められても狡猾に勝つことが出来る。最終戦で浦和に破れ、最終的には3位に終わったシーズンではあったが、ワンランク上のチームへの変貌に向けた片鱗を覗かせた実り多きシーズンだったと言えよう。 とはいえ、浦和との差は広がってしまったと言わざるを得ない。先ほど格段に勝負強くなってきたということを述べたが、それはあくまでガンバの中での話である。リーグ戦・天皇杯の2冠を勝ち取り、特にワシントン、闘莉王といった主力を欠いた天皇杯でベストメンバーを揃えたガンバ相手にワンチャンスをものにした浦和の勝負強さに現時点では及ばないだろう。そのためにも1試合でも多く勝ち、1つでも多くのタイトルを獲得することで「勝利のメンタリティー」を身につけていく必要がある。 さて、2006年は活発な補強を行なったガンバだったが、今シーズンは甲府からバレー、FC東京から中澤を、そしてユースから3選手を引き上げたのみにとどまった。その一方で宮本がザルツブルグへ移籍し、ディフェンスが手薄になってしまったことは否めない。チームは「超攻撃」というスローガンを掲げているが、ややもすると攻撃に対する比重がかかり過ぎ、好守のバランスが崩れてしまう恐れがある。攻撃と守備は表裏一体のものである。昨年ある程度改善された好守のバランスを維持しつつ、攻撃にさらに厚みを持たせる。西野監督の理想であろうそのサッカーが完成すれば、王座奪還も現実味を帯びてくるはずだ。
posted by 犬太 |20:59 |
Jクラブ総括2006 |
コメント(3) |
トラックバック(0)


