2007年01月10日

Jクラブ総括2006~横浜F・マリノス編~

「崩れかけていたものが、音を立てて崩れ去っていった」2006年の横浜F・マリノスを表現するとすれば、このような言葉が浮かんでくる。

2005年の不振には、ACL、A3による過密日程、それに伴う怪我人の続出という「言い訳」を理由に持ち出すことが出来た。その負担がなくなった2006年、マリノスの下馬評はすこぶる高く、優勝候補の一角にも挙げられるほどだった。

そしてシーズンが開幕すると、中澤、松田、栗原で形成される1対1の強さに秀でた3バック、マグロン、ドゥトラ、マルケスで形成されるブラジリアン・トライアングル、そして代表での経験を持つ経験豊富な奥、久保、上野といったマリノスというチームを構成する上で欠かせない人材が見事に噛み合い、開幕から4連勝というこれ以上ない絶好のスタートを切った。この時、足場は固まったかに思えた。

しかし、その足場は浦和レッズに3-1の完敗を喫することにより、ガラガラと崩れ去っていった。この敗戦を機に泥沼にはまってしまったマリノスは、再び勝利の味を噛み締めるまでに1ヵ月以上の月日を費やすこととなった。また第7節には攻撃の絶対的な柱であったマルケスが怪我により戦列を離れ、チーム状態はより深刻なものへとなっていった。

1度崩れ去ったものは、2度と元に戻ることは無かった。第19節・大宮戦に敗れると、岡田監督は辞任を表明、2003年から指揮を執り、クラブを2度の優勝に導いた指揮官の辞任は、マリノス黄金期の終焉でもあった。

船頭を失ったマリノスが白羽の矢を立てた人物は、コーチを務めていた水沼だった。予期せず形でバトンを受けることとなった水沼だったが、監督就任後2試合でそれぞれ3-0、4-0という圧勝での2連勝を飾り、幸先の良い出足を切った。だが、それも長くは続かず、川崎、磐田、清水、浦和といった上位陣には歯が立たず、チームの限界を露呈してしまう。最終的には1桁順位の9位でシーズンを終えたが、シーズン前の評価からは程遠い低調なパフォーマンスだった。

2006年の成績の原因には様々な要因が挙げられるだろうが、やはりこれまでネームヴァリューに依存し、若手の育成、選手間の競争にそれほど力を入れなかったことの「ツケ」が一気に出た、と見るのが妥当だろう。ただ、主力をおびやかすだけの実力を持った若手が出てこなかったという言い方もできる。終盤に入り狩野、田中裕ら若手選手が出場機会を得たが、チームが優勝争いにも降格争いにも巻き込まれない気楽なポジションにいたことで出場機会が与えられたという可能性も否定できない。

シーズン中は目立つ機会が少なかったマリノスだが、今オフは皮肉なことに他のどのチームよりも目立ってしまっているようだ。中西、奥、ドゥトラといった黄金時代を築き上げた功労者を一斉解雇すると、早野新監督就任時にはサポーターから抗議の声が挙がり、FWの軸である久保はフロントへの不信感から未だに来期の契約書にサインをしていない。

では来期に向けて良い材料が1つもないかと言われればそうでもない。U-21代表に飛び級で選出された乾の獲得に成功すると、毎年優秀なゲームメイカーを輩出する鵬翔高校からは山本を、さらに坂田、田中隼、栗原などを輩出したマリノスユースからも3選手をトップチームに昇格させるなど、世代交代を行い、次なる黄金期を作っていこうという意思は感じられる。今後の成長は彼ら次第だが、新人選手の獲得においてはJリーグの中でも成功した部類に入るだろう。

とはいえ、それを差し引いても今のマリノスが残留争いに巻き込まれた2001年シーズンに匹敵するほどの窮地に立たされていることはれっきとした事実だ。昨シーズンに山瀬功、栗原が代表に初選出され、松田、中澤も依然としてJリーグ内において突出した守備力を持っているように、選手1人1人のポテンシャルは高いチームである。そのポテンシャルを最大限に活かすためにも、ピッチ外でのゴタゴタを早急に解決することが来期へ向けての最重要課題と言えるだろう。

posted by 犬太 |20:43 | Jクラブ総括2006 | コメント(3) | トラックバック(1)
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