2007年03月25日
オシムは、明らかに怒りを露にしていた。怒りを通り越して呆れていたのかも知れない。前日の記者会見時、俗に言う「海外組」中村俊、高原に関することに質問が集中したことに対して、こう言い放った。「彼ら2人のためにチームを作るか、それとも彼らの方がチームに適応しようと努力した方がいいか、どちらがいいと思うか?」
質問の幼稚さについてはとりあえず触れないこととして、ペルー戦後の報道の在り方もまた思わず閉口してしまうようなものだった。「中村俊が起点」「中村俊2アシスト」「中村の素晴らしいキック精度が巻のゴールを生んだ」これは今にはじまったことではないが、あまりにも露骨過ぎる。オシムがマスコミに対して鳴らす警笛にマスコミが気づく日は本当に来るのだろうか。
前置きが長くなったが、この日は実際にスタジアムまで足を運んでこの試合を観戦した。ペルー側のゴール裏に腰を下ろした訳だが、驚いたのがペルーサポーターの多さと声援、そして私がカイロを握り締めていたほど寒かったにもにかかわらず上半身裸になって応援するほどのテンションである。釣られてこちらのテンションも少しずつ高まって来た。
キックオフを告げる主審の笛が吹かれ、いよいよテンションは最高潮に向かっていった。だが、そのテンションは試合が進むに連れて下がっていった。
以前、横パスばかり回すだけの最終ラインが「各駅停車」と揶揄されたことがあったが、この日は中盤4人がそれに近い状態だった。ただし、ここで言う「各駅停車」はパスの回りではなく、4人の動きのことである。
遠藤、中村俊という足元でボールをもらってこそ力を発揮する選手を横に並べた時点から懸念されていたが、前線への飛び出し、効果的なフリーランニングがほとんど見られなかった。両者とも引いてボールをもらいに行く場面が目立ち、前線でのアクションが少ないため、とりわけ攻撃は単発的なものになっていた。「タメを作る」と言えば聞こえが良いが、後方から上がってくる選手がいないのでは何も意味がない。サイド攻撃の際にはその「タメ」が上手くいっていたものの、結局それはチャンスへの序章に過ぎず、フィニッシュへ向かう1つの過程にしかなりえない。この日はゴールに直結するラストパスがあまりにも少なく、トライする姿勢もあまり伝わって来なかった。
そんな状況が前半ずっと続いていたわけだから、1-0で折り返したとはいえ、その1点の内訳がセットプレーであることは至極全うなことであると言える。加えてミスが多く、中盤でボールを失うシーンも目に付いた。
後半に入り、日本に2点目("もちろん"セットプレーからの得点である)が追加されてもその悪しき流れに変化が生じることはなかった。
だが、その悪しき流れに変化を生じさせたのは中村憲だった。デキが良いとは言えなかった阿部に変わって投入されると、積極的にボールに絡み、小気味良くボールを散らしていくことで停滞していた攻撃にリズムを与えていた。中村憲投入により、攻撃の組み立てをボランチの位置から出来るようになったことで中村俊もよりゴールに近い位置でプレーすることができ、高原のクロスに飛び込む惜しいシーンもあった。
僅か15人という人数で来日し、コンディションも万全とは言えないペルー代表が終盤に差し掛かったところで運動量が大幅に低下し、ほぼ無抵抗状態に陥ったことは当然だろう。最後は家長、水野、藤本といった代表に初招集された選手を試す余裕も見せ、結果的には2-0という危なげのない勝利を飾った。
試合後の記者会見で、オシムは「肉でも魚でもない試合」とこの試合を振り返って評した。そして、同時に良かった部分として「若い3人の選手が入ってプレーのスピードが上がり、ワンタッチプレーが多くなりアイディア、エスプリのきいたプレーが随所に見られた」ということを口にした。もちろんペルーのコンディションも少なからぬ影響を及ぼしたはずだが、若い3人が入った時には、中村、高原はピッチから姿を消していた。果たして、これをどう見るだろう。現段階で評するにはまだ早過ぎるが、この日に限って言えば2人がもたらした効果は決してプラスだけではなかったように思う。
posted by 犬太 |00:47 |
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2007年02月28日
緒戦の戦い方が非常に難しいことはワールドカップのグループリーグでも証明されている。そういった意味では勝ち点3という最低条件をクリアしたことは誉められるべきである。それは、相手が明らかな格下であっても、である。
それでも、反町監督の言うように「収穫は勝った事だけ」と言わざるを得ない。北京五輪出場権獲得へ向けて、期待よりも不安が募った1戦だった。
この日の日本のスタメンはアメリカ戦でボランチを務めた本田拓に代わって青山敏が入った以外に顔ぶれに変動はなく、怪我人を除くとこの布陣が現時点でのベストメンバーであることを示唆していた。特に水本、伊野波、青山で形成される3バックはここの所ずっと固定されており、現在の日本代表内で最も厳しい牙城と言えるだろう。
先週のアメリカ戦でビルドアップの意識の低さを指摘されたDF陣は、立ち上がりから縦への意識を持った意図のあるパスを何度も供給していた。立ち上がりにロングボールを多用したのはアメリカ戦と同じだが、今日は特に伊野波のフィードキックの精度が高く、サイドへ効果的なフィードを送っていた。
効果的なフィードを送ることが出来た要因の1つには香港代表のラインの高さがあった。しかもラインを高く設定している割にはプレスがほとんど効いておらず、日本の3バックが余裕を持った状態でボールを保持することができ、裏のスペースへフィードを送り、前線の3人がラインの裏を取る回数も次第に増えていった。
最初の得点も裏のスペースを取った形から生まれた。11分、カレンの左足でのスルーパスに平山がオフサイドラインギリギリで抜け出し、先制点を挙げた。平山は5分にも水野の浮き球でのスルーパスに同じような形で抜け出しており、新たにプレイスタイルの幅を広げる結果となった。
裏を突いた形はなおも続く。先制点から2分後の13分にはカレンが自陣から送られたスルーパスに抜け出し、ポスト直撃のシュートを放つ。22分にも水野から浮き球のスルーパスを受け惜しいシュートを放っていたように、攻撃に対する意識が高かった。また労を厭わないディフェンスも健在で、自陣まで戻ってボールを奪う場面も見られた。
裏を狙う一方で、逆に日本が裏を狙われピンチを招くシーンも度々あった。その傾向が顕著だったのが日本の左サイドで、本田圭の戻りが遅れたことでクロスを上げさせてしまっていた。この日の本田圭は得意のセットプレーもキック精度を欠き、好守の切り替えという点でも不満が残った。
後半に入ると、日本は李に代えて家長を投入し、練習でも試されていたFWのポジションで起用された。アメリカ戦でも途中出場ながらキレのあるドリブルで相手を翻弄しており、流れを変える役割として期待されての投入であると言える。家長は投入された直後に早速左サイドをドリブルで切り裂き、これで流れは日本に大きく傾くかに見えた。
だが、後半に入り香港は前半でも随所に披露していたフィジカルの強さ、球際の強さでその流れを断ち切った。攻撃自体にそれほどバリエーションはないもののボールに対する執着心がプレーに表れていて、57分の競り合いのシーンや58分のバックパスに対するプレスなど得点の匂いを感じさせる場面もあった。
それでも日本は66分、水野が個人技で持ち込み、最後はフリーの梶山が落ち着いてゴール右隅に流し込み、2点にリードを広げる。すると、疲れから運動量の落ちた香港に対しようやく連動性溢れるプレーが見られるようになり、83分には途中出場の増田がダメ押しとなる3点目を決め、試合に決着をつけた。
「今までの試合の中で1番監督が怒っていた」というのは試合後の梶山の弁だが、とにかく目に付いたのが、軽率なプレーの多さだった。あやうく失点しそうだった松井のプレーをはじめ、中盤で簡単にボールを失ったりファウルスローをしたりとミスのオンパレードだった。相手が香港だったので失点という形にはならなかったものの、最終ラウンドとなるとそうはいかない。この試合が教訓となってくれれば良いが、それが改善されないようだと、オリンピック4大会連続出場の道は拓かれないだろう。
posted by 犬太 |21:35 |
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2007年02月21日
いよいよ、北京五輪の予選が来週から始まる。「マイアミの奇跡」を起こしたアトランタ、「日本史上最強」の呼び声も高かったシドニー、「谷間の世代」と揶揄されながらも厳しい予選を勝ち抜いたアテネ。今大会はホーム&アウェー方式が採用されるということで、その戦いが寄り一層厳しくなることは言うまでもない。この試合の注目度は決して高いとは言えなかったが、来週から始まる北京五輪予選に向けてチームの仕上がり具合を試す重要な試合である。
「多くの課題が出るように期待している」と試合前に反町監督は語っていた。対戦相手であるU-22アメリカ代表は主力を欠いた布陣ではあるが、日本にとって格上の相手と言えるだろう。果たして、本番を1週間後に控えたこの試合で、どんな課題が出てくるのか──
日本のスタメンを確認すると、布陣は3-4-3若しくは3-6-1といったところか。3バックは伊野波を中央に置き、右に青山直、左に水本。中盤は本田が守備的なボランチに位置し同じくボランチに入った梶山がゲームメイクを担当。試合を決めることが出来る左足を持つ本田が左サイド、縦への突破と正確なクロスが武器の水野が右サイドに位置し、前線は平山がターゲットとなり、カレン、李が2シャドーに入ることでトライアングルを形成していた。
序盤からペースを握ったのは日本だった。いきなり平山が挨拶代わりのシュートを見舞うと、今度は梶山からの絶妙なスルーパスを受け、ダイレクトで合わせる。さらにはその梶山がミドルレンジでの切り替えしから右足での強烈なシュートを放つ。いずれもゴールにこそならなかったものの、確実にゴールの匂いは漂っていた。
ディフェンスにおいても、アメリカのコンディション不足もあり、それほど大きな破綻をきたすことはなかった。アメリカの選手がボールを持った時のプレスがしっかり効いていて、特にカレンの前線からの献身的な守備が光った。
ただ、その一方で攻撃時のビルドアップの遅さが目に付いた。3バックの3人が自陣でボールを回しているだけという場面が目立ち、オシムのいう「各駅停車」の状態になっていた。これが、反町監督が期待していた「課題」なのだろうか。
後半に入ると、課題は湧き水のように溢れ出してきた。前半はあまり当たりにいっていなかったアメリカだったが、後半に入るとフィジカル・コンタクトでの強さを発揮し、球際での攻防をほとんどものにしていた。そして後半から投入されたジッゾが右サイドを再三切り裂き、本田のポジションを自然と押し下げていた。それにつられるように前からのプレスが効いていた前半とは全く異なり、チーム全体のベクトルが後方になってしまっていた。
こうなってくると、当然好守の切り替えには時間を要する。前半はセットプレーを蹴った後の水野に対して「晃樹戻れ!」という声が飛んだように好守の切り替えが徹底されていたが、後半は運動量が落ちたことも相まって好守の切り替えが徐々に遅れ出していた。
課題はこれだけにとどまらない。家長が投入された後は攻撃のリズムが出始めたが、それ以前は前半こそ効果的だったロングボールが後半は通用しなくなり、また前線と中盤の距離が開いてしまったことで前線3人が孤立してしまう場面が多かった。解説の金田さんがおっしゃっていたように、「4人目」が出てこなかったことで、攻撃に厚みを全く感じなかった。
結局、試合はスコアレスドローで終了した。ある意味、反町監督の意図通りと言える試合だった。「DFの部分でたくさん課題が生まれた」という試合後のコメントがそれを物語っている。
だが、その一方で「非常に手応えを感じたゲームだった」と語っているように、収穫も大きかったようだ。注目された平山は昨年と比べると動きにキレが増し、梶山、水野は個対個の対決において随所に輝きを放った。個人で圧倒されていたチーム立ち上げ時の対中国戦に比べると、大きな成長と言える。
とはいえ、ホームで戦っている以上、例えどんな試合であっても勝ちが求められる。そういった意味でも平山に訪れた2つの決定機は決めなければいけなかった。ホームで勝ち点3を獲れないことは大きな痛手になる。もう「惜しいシュート」なんて言葉はいらない。決められる時に決めておかなければ、そのツケは後々必ず回って来るはずだ。
posted by 犬太 |21:04 |
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2006年11月30日
「アジア大会って何の大会なんですか?」アジア大会に参加する代表選手達からこんな声が聞かれたらしい。確かに私も何の大会なんだろう?と思ってしまう。位置づけとしては北京世代の強化のための大会である。しかし、クラブ側からは各々の事情から不平不満が漏れ、また反町監督にもベストメンバーを組めないジレンマが生じた。
さて、緒戦のパキスタン戦に挑むに当たって留意しておきたい点としては、日曜日に試合→ドーハへ移動→前日練習を行なっただけ、という超過密スケジュールである。日本とドーハの間には当然時差が存在するし、気候の違いもある。それを踏まえると、相手がパキスタンとはいえ、何が起こってもおかしくはない。
この試合、日本は反町監督就任以来ほぼ一貫して採用している3-4-2-1のシステムで臨んだ。CBが左から水本、一柳、青山直、ダブルボランチに青山敏と谷口、左に本田、右に大学生の辻尾が入り、1トップに平山、ツーシャドーにカレンと増田という形だ。
先制点は試合開始から僅か2分だった。平山がくさびに入って落としたボールを拾った増田が倒されFKを獲得すると、このFKを本田が直接叩き込んだ。GKが味方に合わせて来ると思いそちらの方に意識が行っていたのを見逃さずに、ストレート系の速いボールをニアへ蹴った本田の判断力が光った先制点だった。
このまま一気に攻め立てたい日本だったが、1点リードしたことで変な余裕が生まれてしまったのか、後方であまり意図を感じない無意味なパス回しに終始する場面が目立ち、なかなか攻撃のリズムが作れない。逆に前線から積極的にプレスをかけるパキスタンがリズムを作り始め、11分にはカウンターから背番号10のイーサーがあわやというボレーシュートを見せた。
悪い流れを変えるべく、反町監督は青山と一柳のポジションを変更し、3バックのどちらか両サイドが攻撃参加をするよう指示した。実際パキスタンは1トップであり後ろに3枚残す必要はないので賢明な判断と言えた。またそれは後方での無意味なパス回しを防ぐためのものでもあった。後方から攻撃参加をすることでサイドでの数的優位を作れるようになった日本だが、実際サイドからのクロスは韓国戦に比べて多くなかった。むしろ、サイドに相手選手を釣り出し、中央のスペースに青山敏、谷口が飛び出していく場面が目立った。日本にとっては、結果的に攻撃のバリエーションが増えた恰好となった。
32分に挙げた2点目は、そのダブルボランチが絡んだ得点だった。セットプレーからのルーズボールを青山敏が拾うと、ディフェンスラインの裏へ絶妙なフィード。これに反応したカレンが折り返し、最後は谷口が流し込んだ。両ボランチの互いの長所が結びついた2点目だった。内容はともあれ、前半は2-0という理想的なスコアで折り返した。
「次の1点が勝負を分ける」とハーフタイムに話していたように反町監督が待ち望んでいた1点は日本に入った。56分、CKのこぼれ球を辻尾がシュート。このシュートは当たり損ねになってしまうが、このシュートに谷口が反応し頭で方向を変え、自身この日2点目となるゴールを決めた。今シーズンJリーグでMFとしてはこの時点で最多の13点を取っている得点感覚は代表というカテゴリーでも大きな武器になった。
これで九分九厘勝利をモノにしたかに思われた日本だったが、ここから雲行きが怪しくなってくる。その原因としては、負傷により途中交代を余儀なくされた青山の不在もあっただろう。60分にラスールに直接FKを決められると、82分には右サイドでフリーになったアクラムに素晴らしいミドルシュートを決められ、ついに1点差にまで迫られた。さらに悪いことには89分に好守の要である青山敏がこの日2枚目の警告を受け、10人での戦いを強いられることに。最後はまさかこの試合に限ってするとは思わなかったであろう後方での時間稼ぎも行い、何とか勝ち点3を得ることができた。
試合後、反町監督は「誉められる内容ではない」「満足はいかない」とこの試合をバッサリと切り捨てた。この試合に関して言えば不満を抱いているのはコンディションの問題から後半急激に落ちた運動量よりも、ハーフタイム時に話していた「セルフコントロールをしよう」という部分の欠如だろう。この試合、パキスタンの選手は前半から警告覚悟の激しいプレーを頻出し、後方からの危険なプレーも度々あった。それに呼応して熱くなってはいけない、という意味で「セルフコントロール」という言葉を使ったのだろうが、青山敏は後半だけで2枚の警告を受け、退場してしまった。セルフコントロールを失ってしまった1つの例である。
ここでもう1度「アジア大会って何の大会なんですか?」の答えを考えてみることにした。チームの連携の向上、クラブで出場機会に恵まれていない選手のレベルアップ、国際舞台の経験・・・色々な意味があるだろう。だが私はそれ以上に、アジアの国々と戦う中で日本ではあまり見られないであろう激しい削り、当たり・・・そういった選手にとってネガティブな要素をプレーに出さずに、いかにして「怒り」の感情を抑えることが出来るか、つまり「セルフコントロールできるか」・・・それこそが、この大会で日本の選手が最も得られるものだと思っている。
posted by 犬太 |02:16 |
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2006年11月22日
「メンタル的な部分、勝たなくてはならないという精神力が弱い」と日本でも監督経験を持つ韓国のピム監督にこのように日本代表を評された反町監督は「ここで戦わないやつがいたら前半の5分でも代える」と珍しく感情が入り混じった口調で語った。
いまの世代はそうでもないのかもしれないが、反町監督以前の世代、つまりワールドカップ出場が手に届かなかった時代を知る人達にとって「日韓戦」は特別なものである。互いにライバル関係にあるとされながら、ワールドカップに出場するのは常に韓国であり、日本は長年に渡って苦汁を舐め続け、ここぞという時に韓国の厚い壁に跳ね返され続けた。
日本が韓国との力関係を急速に縮めるきっかけとなったのが、Jリーグの誕生である。Jリーグ発足によって急速なレベルアップを遂げた日本は、1998年フランスワールドカップで遂に国際舞台の最高峰に経ち、それ以後アジアでの不動の地位を築くこととなる。
世界で活躍する選手を輩出するなど急成長を果たした日本の中にあって、日韓戦の果たしてきた役割は小さくない。木村和司の伝説のFK、山口素弘の芸術的なループシュート、負ければ絶体絶命という状況の中アウェーで完勝した1戦、ジーコに初勝利をプレゼントした永井のゴール・・・日韓戦は日本サッカー界にとって1つのターニングポイントになってきた。そういった背景を知るからこそ、常に冷静沈着な反町監督がピム監督の発言に珍しく過剰反応したのだろう。日本にとって韓国は、それこそ試合後に疲れでピッチにぶっ倒れてでも絶対に勝たなくてはならない相手であり、韓国にとっても日本は自国のプライドにかけて意地でも負けられない相手なのだ。そういった背景があるからこそ、日韓戦は日韓戦であり続けるのである。
だが、果たしてこの試合は真の日韓戦と言えただろうか?試合終了と同時にピッチに倒れこむ選手が1人でもいただろうか?答えは、部分的には「イエス」だが、全体を通しては「ノー」である。
「イエス」と言う背景には、韓国側の当たりの激しさがある。中村を負傷退場に追い込んでしまったプレーは頂けないが、球際へのチェックが厳しく、そして激しかった。だが、それでも身を呈してまで攻めた、あるいは守ったという場面はほとんどなく、1998年フランスワールドカップ・対ベルギー戦での韓国を知る者からすると、不満が残った。
「ノー」と言うべき背景、これは言うまでもなく日本側にある。1点目のシーンが象徴的だったが、3対1という状況にもかかわらず、あっさりと抜かれてしまい、ゴールを決められている。この場面では家長が外を切ろうとしてサイドのスペースを埋めようとした瞬間に中を抜かれたもので、あの場面のセオリーとして、中を切るべきだった。そういった意味では、家長の守備が「軽かった」と言わざるを得ない。身を呈してでも止めてやる、という気持ちが欲しかった。
攻撃においても同じようなことが言える。連動性のある攻撃でサイドを崩せたことは収穫だったが、全体を通して何かキレイにプレーをしているような印象があった。後半システムを変更し、フレッシュな選手を投入してからは何が何でも、という姿勢が見えてきたが、特に平山にはそれこそ体ごと押し込むぐらいのゴールへの執念が欲しかった。
そんな中にあって、両チームを通じて最も「心意気」のようなものを感じたのが、水野だった。サイドでボールをもらうと常に勝負を試み、またその勝負の勝率が極めて高かった。日本の同点ゴールをアシストした場面でも韓国のディフェンス2人を相手にしながら増田へピンポイントのクロスを供給した。サイドアタックを標榜する反町監督にとって、水野はもはや絶対に欠かすことの出来ないピースとなった。
また短い出場時間ながら、存在感を発揮したのが谷口だった。アウェーでの韓国戦ではキャプテンを務めたがこの試合ではベンチスタートとなり、期するものもあったのだろう。水野のFKにあわやというヘディングシュートを見せると、中盤でボールを奪い、カウンターでの2対2の場面を演出するなど、攻守に渡って見せ場を作った。
親善試合ということを考えると、1-1という結果は上出来と言えるのかもしれない。しかし、反町監督の考えは違った。「勝ちたかったゲームでした。勝てませんでしたけども・・・非常に勝ちたかったゲームでした」このコメントを聞けばそれがお解りだろう。来年からは、北京オリンピック出場を賭けた戦いが始まる。組み合わせによるが、その時には真の日韓戦が見られるのであろうか。
posted by 犬太 |01:26 |
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2006年11月14日
「いい経験をして、たくさんの土産を日本にもって帰りたい」と反町監督が試合前に語っていたように、今回の日韓戦はテストの意味合いが強かった。メンバーも前回ホームで中国と戦った時からほぼ総入れ替えで臨み、また練習期間も韓国が7日から練習していたのに対して、日本は到着してから1回行なっただけである。
そういった背景を踏まえると、選手間の細かい部分での連携よりも、1人1人がA代表経験者を数多く揃える韓国相手にどれだけやれるのか、そこが重要なポイントになる。つまり、この試合は結果云々のテストよりも個人として生き残るためのテストであると言える。
この試合、日本は4-2-3-1のシステムで臨んだ。4バックは左から上田、千葉、柳楽、田中の順に位置し、中盤は細貝がフォアリベロのようなポジションで潰し役となり、谷口が攻守のバランスを取りつつ機を見ては前線へ飛び出し、本田が高い位置で1トップのカレンをサポートする。そして左の渡邊、右の水野がサイドから攻撃の起点を作る。
一方韓国も4-2-3-1のシステムで臨んだが、登録上FWが4人いるということもあって日本のそれよりも攻撃的なシステムと言える。ドイツワールドカップにも出場した注目の選手パク・チュヨンは左ウイングに近いポジションだった。
試合は立ち上がりからホームの韓国が日本を圧倒する。日本の左サイドを攻め立て、逆サイドからフリーでシュートを放つと、開始5分、CKに走りこんできたパク・チュヨンが頭で合わせ、先制点を奪う。この場面、柳楽がマークについてはいたが一歩目で前を取られたことで全くなす術がなかった。
早い時間に先制点を取られたことで、試合を立て直したい日本だったが、韓国がサイドにロングボールを供給することによってサイドバックが高い位置をキープできず、どうしても攻撃時にサイドで数的不利に陥ってしまう。田中が高い位置でボールを奪い、水野がシュートまで持ち込んだ場面もあったが、前半サイドから崩せた形はこの時だけだった。左サイドハーフの渡邊と左サイドの上田はディフェンスに追われ、効果的な攻撃参加がほとんど出来なかった。また1トップのカレンが前線で孤立してしまうことが多く、くさびのボールが入っても韓国のチェックが早く厳しいので前線でボールが収まらず、2列目からの飛び出しも見られなかった。
後半に入ってもピンチは続く。51分には右サイドを崩され、決定的なシーンを作られるが、このシュートはポストに救われた恰好となった。だが1対1での劣勢は明らかで、特に20番のイ・ガンホにはほとんど歯が立たなかった。
それでもハーフタイムに反町監督から「ビルドアップの意識を持とう」と指示を受けた日本はようやく本来のサッカーを取り戻した。上田、田中が高い位置をキープできるようになったことでサイドで数的優位を作れるようになり、サイドから崩す形が増えた。
そして65分、左サイドから上田がクロスを上げると、ボールは中央でフリーのカレンへ。カレンはこのボールに合わせることが出来なかったがカレンがブラインドになった韓国の選手がオウンゴールを献上してしまった。
形はどうあれ試合を振り出しに戻した日本は右サイドバックの田中に替えてFWの前田を投入し、前線を2トップにし、細貝をCBに下げることで3-5-2へとシステムを変更し、前に人数を掛ける事で攻撃への意識を強める。韓国も前半から度々決定機を作っていたセットプレーを中心に日本のゴールをおびやかしていく。しかし、いずれも詰めが甘くゴールまでには至らない。日本のカウンターからの谷口のミドルもGKに弾かれ、終盤上がりっぱなしだった谷口のゴール前ボールをキープしてからのシュートもGKに防がれ、日韓戦は1-1のドローで幕を閉じた。
連携やメンバーの差があったことを考慮するとアウェーでのこの引き分けは良い意味での想定外なのかもしれない。不安視された連携も試合が進むにつれて良くなり、ハードなスケジュールの中でも選手達は最後まで動けていた。
だが、この試合のひとつのテーマであろう、「個人対個人」の部分においては、多くの課題があったことは否めない。それは特にディフェンスにおいて顕著に現れ、1対1で突破されるシーンが何度もあった。今日出場したディフェンスの選手はJリーグでレギュラーの座を掴んでいない選手がほとんどであり、中には田中のように出場機会すらない選手もいる。そういった選手にはこの経験を所属クラブに持ち帰って、所属クラブでレギュラーの座を掴んでもらいたいものである。
その一方で攻撃面に関しては一定の成果を示すことが出来たと言える。クラブでも中心選手の谷口は前半こそ韓国の激しい当たりに戸惑いを見せていたが、後半に入るとフィジカルの強さをいかんなく発揮した。彼の最大の長所である体の使い方の上手さも随所に見せ、韓国相手でも十分通用することが確認できた。
さらに飛び級ということで注目を集めた高校生の乾も存在感を見せ付けた。小柄ながらも吸い付くようなドリブルで韓国を翻弄し、さらに前田への惜しいスルーパスも見せ、視野の広さもアピールした。サプライズ的な要素が強かった今回の代表召集だったが、個人技、特にドリブルはこの世代でも十分通用することを証明した。
今回の遠征では、小林、枝村、家長とクラブでレギュラーの座を掴んでいる選手達が怪我や体調不良で相次いで参加を辞退したが、それによりクラブで出場機会に恵まれない選手達が今回の遠征で出場機会を得ることができた。そういった意味では今回起きた相次ぐ参加辞退は代表チームの能力を底上げし、競争を煽ったことから文字通り「怪我の功名」と言えるのかもしれない。
posted by 犬太 |22:55 |
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2006年11月13日
奇しくも、緒戦で戦った相手・北朝鮮と決勝戦でも戦うこととなった日本。その時は2-0で完勝したが、当時の北朝鮮はコンディションが不十分だった。それは、日本がメンバーを落としたとはいえ敗れたイランを5-0というスコアで下していることからも明白だろう。決勝で戦う北朝鮮こそが「真の北朝鮮」である訳だ。
スタジアムの観客席が映し出されると、そこには準決勝で日本に敗れた韓国のサポーター達の姿があった。自国を敗戦に追いやった日本への感情と北朝鮮を応援する感情が相まったことで、日本は決勝戦を実質アウェーで戦うような状況で迎えることとなった。
立ち上がりに失点を喫するケースが多い日本は慎重だった。まずしっかり足元で繋いで自分達のリズムを掴もうとしていた。しかし、失点はまたしても立ち上がりだった。意表をついたロングシュートに林が対応できず、先制点を許した。
失点後、やや浮き足立つような所があった日本だったが、次第に落ち着きを取り戻していく。とはいえ、フィジカルで圧倒的する北朝鮮もロングボールを主体に日本ゴールをおびやかしていく。日本はディフェンス時に人数こそ足りているものの最後の寄せの部分が甘く、シュートまで持っていかれる場面が目に付いた。
それでもようやく落ち着いてボールを回せるようになった日本は、右サイドの内田を起点にしてサイドから崩し、それによって得たCKなどでチャンスを作る。しかし、どうしてもシュートまでには至らない。
そんな嫌な流れを払拭したのは、決勝戦まで2得点2アシストと今大会大車輪の活躍を見せている柏木だった。ボランチの位置から右サイドに飛び出し中へ切れ込むと、左足でニアサイドに流し込んだ。攻める姿勢が生んだ同点ゴールだった。これで試合を振り出しに戻した。
後半に入ると、北朝鮮は積極的にサイドを使い出すようになった。前半対処に手こずった内田を高い位置に上げさせないという狙いもあったのだろう。結果的に、この作戦は正解だったといえるだろう。スピード、パワー、スタミナとすべての面で勝る北朝鮮のサイドのスペースにロングボールを入れるシンプルな攻撃は日本のスタミナをボディーブローのようにジワジワと削っていった。
一方日本も防戦一方という訳ではなく、チャンスは作っていた。58分に柏木の相手の股間を抜くパスから梅崎が強烈なミドルシュートを放つと、その後も柏木からのボールを受けた梅崎がミドルシュートを放つ。そして後半最大の決定機となった76分、FKに合わせた森重のヘディングシュートは、惜しくもポストに阻まれた。
試合が終盤に差し掛かると両チームとも中盤が空きだし、カウンター合戦の様相を呈してきた。だが、北朝鮮はラストパスの精度を欠き、日本は梅崎がサイドでボールを持ちすぎてしまったこともあり、速い展開が生まれなかった。後半途中から投入された長身のハーフナー・マイクも高さを存分に発揮することが出来ず、守備に終われる時間の方が長かった。
こうして両チームとも決め手を欠き、試合は延長戦へと突入した。日本にとっては2試合連続となる延長戦である。
延長戦を通じて、押し気味に進めたのは1試合を通じて極端な落ち幅のない驚異的な運動量を持つ北朝鮮だった。日本は北朝鮮の2列目からの飛び出しや裏への飛び出しについていくことができず、延長戦前半終了間際にはこの試合最大といってもいいピンチを招くが、フリーで放ったヘディングはGK林の手に収まった。
延長に入ってから劣勢の時間が多かった日本だったが、その中で気を吐いたのが梅崎と田中だった。梅崎が左サイドから積極的に仕掛け、チームを活性化させると、田中は2列目からの鋭い飛び出しであわやのシーンを作り出した。
日本の森重が足を釣らせ途中交代するなど日本、北朝鮮の選手達の肉体は極限の状態だったが、互いに120分間を戦い抜いた。決着はPK戦に持ち込まれた。
そしてPK戦が終わり、両チームの死闘は終わった。優勝の栄冠を勝ち取ったのは、北朝鮮だった。
PK戦は集団スポーツの中にあって最も個人がクローズアップされる瞬間であり、それは時にしてスケープゴートさえも生み出してしまう残酷な決着方法である、と私は思っている。
だからといって、梅崎を責めるような真似は絶対にしたくはない。この試合、最後まで攻めの姿勢を忘れなかったのは間違いなく梅崎だ。A代表に招集されたことで責任が生まれ、チームを最後まで引っ張った。泣くな、といわれても無理があるだろうが、願わくば来年のワールドユースの時にはその涙が歓喜の涙に変わってほしい。そのためにも、この世代にはJリーグでもっともっとレベルアップしてもらいたい。今はとりあえず日本代表に対してお疲れ様、と言いたい。
posted by 犬太 |00:24 |
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2006年11月09日
来年カナダで開催されるワールドユースの出場権を得たバンガロールでのサウジアラビア戦からコルタカへ決戦の地を移して行なわれた韓国戦。サウジアラビア戦が世界大会への出場権をかけた「激闘」だとすれば、この韓国戦は両国のプライドをかけた文字通りの「死闘」となった。
「立ち上がりは悪かった」と試合後のインタビューで吉田監督が語るように、これまで日本が見せてきた連動性に溢れるサッカーを全く展開できずにいた。試合開始から僅か30秒程で先制されると、その後もなかなかボールが繋がらなかった。一方、早々にリードした韓国はこのまま一気に攻勢を仕掛けたいところだったが、リードしたことが逆にチームのベクトルを後方へと向かわせてしまったのか、全体が引き気味になってしまった。
すると、少しずつ日本にチャンスが増えてくる。右サイドを内田が突破し、森島が頭で合わせる。柏木が強烈なミドルシュートを放つ。そして前半最大の決定機、柏木の絶妙なタイミングのクロスに河原が飛び出す。しかし、いずれも最後の詰めが甘く、同点に追いつくには至らない。
後半に入り、日本は前半突破される場面が目立った左サイドの堤に替わって香川を投入。そしてその香川が後半開始早々に大きな仕事をする。左サイドでボールを持つと自分で仕掛けていき、柏木にボールを預け、そのままペナルティエリアへと侵入、ボールを受けた柏木は香川をおとりに使いヒールで森島へパス。ディフェンスを振り切った森島が同点ゴールを挙げた。「韓国の両サイドが下がっていたのでサイドで高い位置を取れると思ったから香川を投入した」吉田監督の采配が見事に的中した。
試合が振り出しに戻ったことで両チームとも決勝点を狙いに行きたい所だったが、その後は両チームともパスミスが目立った。日本は攻撃を組み立てる段階でのミスが目立ち、韓国はフィニッシュに至る所でのミスが多く、試合の流れが全体的に停滞してしまった。
だが、韓国の決定機を阻止するファウルを犯してしまった槙野がレッドカードで一発退場になったことで、試合の流れは急激な変化を遂げていく。
フィジカルコンタクトで明らかに上回る韓国を相手に数的不利に陥った日本は、田中を下げ、森重を槙野のポジションに入れる。一方数的優位を得た韓国は強靭なフィジカルを活かそうとロングボールを多用しパワープレーに出る。攻める韓国、守る日本、という図式がはっきりした。
数的優位を得た後、圧倒的に攻め続ける韓国だが、内田のライン上でのクリア、林の再三に渡る好セーブもあり、なかなかゴールを挙げられない。守りながらもカウンターを狙いたい日本も、ボールを前に蹴り出すだけでボールを奪っても攻撃になかなか繋げることが出来ず、ディフェンスラインも疲労からかラインを押し上げることができない。もはやディフェンスは決壊寸前という状態だった。
巧手の切り替えが出来ず、チームが後ろ掛かりになってしまっていた中で唯一、ボールを奪った後攻撃へのギアチェンジを敢行していたのが柏木だった。すでに90分以上戦った状態で自陣と敵陣を行ったり来たりするスタミナも驚異的だったが、それ以上に1人少なくても点を取りにいく、という強い意志が滲み出ていた。
一見すると、「無駄走り」にも見えた柏木の行動だったが、それは決して無駄ではなかった。延長前半終了間際、自陣で柏木にボールが渡ると中央を1人で突破し、右サイドの梅崎へパス。そのクロスに柏木が飛び込んだ。これは惜しくも合わなかったが最後は青木がサウジアラビア戦と同じような形で押し込んだ。
ただ、これでも試合は終わらない。延長後半、韓国がゴール前でFKを得ると、途中交代のキム・ドンソクが綺麗に流し込んだ。これで2-2。アジアの虎は、まだ死んでいなかった。
両チームとも疲労は極限にまで達していたが、それでも柏木の運動量は決して落ちることがなかった。前線で孤立する森島のサポートに走り、森島にボールが繋がらなかった時には再び守備へと走った。そして延長戦の終了を告げるホイッスル。試合はPK戦へと持ち込まれた。
PK戦については、PK戦特有の「負の連鎖」が働いた結果となった。韓国1人目の失敗から両チーム合わせて5人連続で失敗したことがそれを象徴していた。運の要素が強いと言われているPK戦だが、それ以上にメンタルの強さが求められる。厳しい戦いを経験したことで日本のメンタルは随分と逞しくなっていた。
この劇的な勝利により、ついに日本は初優勝まであと一歩の所まで来た。守備の要である槙野が出れないのは痛いがここまできたら戦力云々よりも気持ちの問題だろう。120分間戦って中3日というのは体力的に相当厳しいだろうが、優勝という形でこの世代の勢力図を塗り替えてもらいたいものである。
posted by 犬太 |22:45 |
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2006年11月06日
画面に目をやると、滝のような雨が降っていた。ただでさえ悪いピッチコンディションがさらに悪化する。その光景を見て、円陣が組まれる前に森島が慌ててスパイクを履きかえる。そして円陣を組み、選手が各々のポジションに散ってゆく。勝てば天国、負ければ地獄。いざ、キックオフ──
立ち上がりから試合を支配したのは日本だった。内田が右サイドから田中とのコンビネーションで突破すると、今度は梅崎が中央から惜しいシュートを放つ。「右の内田と左の梅崎はウチの武器」と吉田監督が語るだけのことはある。
ただ、これからはその武器に「柏木の左足」というものを加えてもらいたい。前半7分、柏木のFKに河原がニアへ飛び込み、日本が先制点を挙げる。このゴール、河原のポジショニングも確かに素晴らしかったが、河原のニアへの動き出しに即座に反応し、ドンピシャのボールを蹴った柏木の判断の速さ、そしてキック精度の高さが光った。
さて、試合前に突如として降った雨だったが、それはサウジにとって「恵みの雨」にはならなかったようだ。ピッチに足を取られる選手が続出し、サウジは前半ほとんど攻められずじまいだった。1回だけカウンターから惜しいシュートシーンがあったが、見せ場はそれだけだった。
前半はプラン通り完璧な試合運びを見せた日本だったが唯一不安な点があった。堤のサイド、つまり日本にとっての左サイドを破られるシーンが目に付いたことだ。梅崎のカバーリングによって事なきを得たが、後半に向けての不安が残った。
後半サウジはDFを下げ、FWを投入することで攻撃への比重を高めてきた。負けたらすべてが水の泡となってしまうこの状況下においては当然の判断だろう。日本は前半からメンバーを変えることなく後半に望む。
後半、サウジが攻勢をかける。前半懸念していた日本の左サイドからチャンスを作られ、そのゾーンでの日本のファウルが増えていく。そして堤が警告覚悟で止めた位置から放たれたサウジのFKがクロスバーを直撃する。さらに中盤での寄せがルーズになり、これもクロスバー直撃の強烈なミドルシュートを放たれる。確実に、サウジのゴールの予感が近づいてくる。
だが、GK林の好セーブもあり、日本は最後の一線を決して割らせない。すると日本は次第に試合の流れを再び引き寄せる。柏木のFKから青木がバックヘッドで惜しいシュートを放つと、今度は森島が左足で強烈なシュートを放つ。さらに左サイドを突破した柏木のクロスを森島が折り返し、混戦から梅崎がシュートを狙う。そしてさらにこぼれたボールを堤が狙う。得点の予感は、日本にも漂ってくる。
そして81分、ついに得点が入った。得点は、サウジに入った──FKの混戦の中で森島がサウジの選手を倒したと判定され、PKを献上。林が反応し、手に当てたものの、ボールは「最後の一線」をついに超えた。試合終了まで残り10分を切った所でサウジが同点に追いついた。
しかし、「1-1になってからも、失点はPKだったし切り替えることは出来た」とキャプテンの福元が語ったようにハードな戦いの中で急速な成長を遂げた日本の選手達は落ち着いていた。
同点に追いついたサウジは、なにはともあれ同点に追いついたことで一気に逆転といきたいところだったが、GKが接触プレーの際に負傷してしまった。治療が長引き、その間徐々にサウジから漲るエネルギーがなくなっていくように感じた。それはまさに、1997年11月16日、「ジョホールバルの歓喜」でイランのGKが負傷した時の光景を見ているようだった。
そして試合終了間際、途中出場の青木の左足から放たれたシュートはサウジDFの股間を抜け、ゴールネットに突き刺さった。この時GKは一歩も反応できなかった。怪我の影響が多少なりともあったのか反応しようとする意思さえ感じられないようにも映った。
試合は程なくロスタイムに突入し、程なくして試合が終わった。選手は歓喜に酔いしれ、誰ともなく抱き合っている。監督が勝利監督としてインタビューを受ける。続いて決勝ゴールの青木、梅崎といった選手達が試合を振り返る。試合後の見慣れた光景だ。その見慣れた光景を天国と地獄を分かつこの試合の後に我々に見せてくれるとは、たいしたものである。
ただ、その間私の頭の中では「ジョホールバルの歓喜」の光景がフラッシュバックしていた。思えば、岡野がゴールを決め、「日本ワールドカップ出場!」のテロップが画面に流れている時に真っ先に思ったことは、イランのGKの心境だった。今の心境も、その時と同じだ。
posted by 犬太 |22:42 |
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2006年11月01日
内容的にはほぼ互角に近いものだったと思うので、4-0という結果はいささか出来過ぎな気もする。しかし、日本が見せたサッカーは非常に効率が良く、あれだけ言われていた決定力不足という声もこの試合に関しては無に等しかった。
まず、この試合と前の試合との変更点は、2点あった。1つは既にA代表を経験し、チーム中心選手である梅崎がスタメン復帰を果たしたこと、そしてもう1つは、青山に代わって森重がボランチの位置に入ったことだ。結果的にはこの2人がこの試合の中で非常に大きな働きをした。
梅崎は立ち上がりから得意のドリブルで積極的に仕掛け、左サイドで攻撃の起点となり、先制点のお膳立てをした。それ以降梅崎にボールが渡るとタジキスタンの選手が2人ないしは3人といったように厳しいマークにつくようになり、なかなか自由にプレーさせてもらえなかったが、クロスを上げるだけでなく中へと切り込みシュートに持っていくという意識を持っており、ゴールへの意欲が感じられた。
森重はボランチでコンビを組んだ柏木との兼ね合いもあり守備に重点を置いていたが、機を見ては攻撃にも絡んでいった。細かいパスを配給するというよりは、サイドへのロングボールや裏へのロングボールなど長距離系のパスを配給することで攻撃に良いアクセントをつけていた。またシュート意識も非常に高く、後半に決めて見せたミドルシュートはその意識の賜物だと言える。
2得点を挙げた森島当然誉めなくてはならないだろう。1点目はポジショニングのよさが光ったゴールであり、2点目は頭でキレイに流し込んだゴールだった。またゴール以外にも北朝鮮ではあまり機能していなかったポストプレイが北朝鮮戦よりも精度を増し、それによって日本の特徴であるつなぐサッカーが随所に見ることが出来た。今後の課題としては、後半急激に落ちた運動量だろう。
そして北朝鮮戦に続いてゴールを決めた柏木はいまやこのチームの心臓といえる存在になっている。ボランチながら積極的に攻撃参加しカウンターから点を取っただけでなく、終始落ち着いたボール捌きを見せ、中盤でタメを作る際のキーパーソンとなっていた。
だが4-0という結果を鵜呑みにしてこの試合を片付けてしまうと危険な気がする。この試合で1つの問題点が浮き彫りになった。それは、点を取ったりカウンターを喰らったりするとディフェンスラインが引き過ぎてしまうことである。
実際に危ないシーンはいくつかあった。タジキスタンが少々遠めの位置からでもシュートを打ってくるチームだと言うのは前半の早い段階で分かっていたのにもかかわらず、特に後半立ち上がりの時にボールにプレッシャーに行かず、簡単にシュートを許してしまう場面が目立った。その中で、内田は守備の時にも決して受身にならずに自分からボールを奪う攻めの姿勢を見せていた。3点目のきっかけとなった守から攻の切り替えの速さをはじめ、Jリーグで培った経験値がダテではないことを証明した。
ただ、そういった問題点がありながらもタジキスタンを完封したことは大きな収穫と言えよう。特にこの試合、つなぐ時はしっかり最終ラインから組み立ててつないでいく、また速攻の際には手数をかけずに縦へとシンプルな攻撃をする、といったように「遅」と「速」の使い分けがなされていた。試合後吉田監督が「落ち着いていた」と選手を評したのもうなずける。
次のイラン戦にグループリーグ突破がかかる。決して過大評価ではなく、今の調子を維持出来れば勝ち点を取ることはそこまで難しいことではないだろう。中1日という厳しいスケジュールの中で行なわれており、コンディションが100%万全だという選手はまずいないだろうが、是が非でもグループリーグを突破して、ワールドユースの出場権をかけた戦いへと駒を進めてもらいたいものである。
posted by 犬太 |00:32 |
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