2008年10月12日

ただ走るだけ だからおもしろい

 閑古鳥が鳴いている、という表現はこのような場合に用いるのだろう。

 
 10/8(日)、国立競技場へ陸上競技の関東学連秋季オープンを見に行った。出雲駅伝などのビッグイベントと時期が重なっているためだろう、名の知れた選手は見当たらず、関東インカレなどと比べると記録もぐっと落ちる。スタンドも、控え部員の姿ばかりで、一般の観客は数えるほどだ。

 
 ただ、顔ぶれが豪華かどうか、記録がハイレベルかどうかは、私にとってそれほど重要ではない。自己ベストなる、非常に分かりやすい己の限界。たとえレベルが低くとも、それに立ち向かう選手の姿が競技場にはある。観客席の上段からも手に取るように感じられる、荒い呼吸と鍛え上げられた筋肉の収縮。それを目にすることができれば、もう十分なのだ。

 
 ただ走るだけ、ただ投げるだけ、ただ跳ぶだけの、どこがおもしろいのかと問う人もいる。だが、スタンドに1日座っていると、ただ走ること、ただ投げること、ただ飛ぶことにこれほどの種類があるのかと驚くだろう。

 
 ピストルへの反応と直線的なスピードで勝負する100m。200mでは、それらに加えてコーナーワークも必要だ。400mはトップスピードのまま1分弱を走り続ける。800mになると、全身持久力や位置取りのうまさが要求される。そして、冷静なペース配分と一瞬の切り替えが求められる長距離種目。投てきや跳躍もまた然り。ハンマー、砲丸、やりと投げるものはいろいろとある。投げないのはサジだけだ。

 
 また、純粋に運動神経を競うからこそ、おもしろいのだ。金属バットの反発力で打ち損じがテキサスヒットになることもなければ、トスの乱れをアタッカーがカバーしてくれることもない。リレーにはわずかにチームプレーの香りが漂うが、さりとてエースが2人分走ってくれるわけではない。声援や風が多少の後押しにはなるが、基本的に自分の能力だけが頼みだ。一番にゴールした人間が、一番偉い。ごまかしなどはきかないため、選手は人一倍ストイックだ。

 


 24時間、気を張っているのは疲れるものであり、どこかで抜くことも大切だ。とはいえ、頑張らなければいけない時期があるのも、また事実。自分に活を入れたいときは、陸上を見に行こう。胸を打つ何かが、きっとあるはずだ。

posted by jjc_skentaro |16:35 | 陸上競技 | コメント(0) | トラックバック(0)
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