2009年08月17日
中学生の全国大会「全日本少年軟式野球大会」を観戦すべく、横浜スタジアムに行ってきた。
ことしで26回目となるこの大会は、全国軟式野球連盟が主催の大会であり、夏の全中とはまったく別の大会である。出場校も、単独の中学校をそのまま出してくる地区もあれば、選抜チームを出してくるところもある。夏の甲子園と同時期に、こちらもプロ野球チームのホームグランドである浜スタで行われており、中学生の甲子園といった位置づけの大会だ。
大会初日の17日は、1回戦2試合と2回戦3試合の5試合が行われた。そのうちの開幕戦のもようをかいつまんでお伝えしようと思う。
【1回戦】HIKONE JBOY’s(滋賀県=近畿)―横浜クラブ(横浜市=開催地)
開会式に続いて行われた開幕戦は、延長戦に突入する熱戦となった。滋賀の広瀬亮太君(3年)、横浜の馬場正行君(3年)の両投手はともに、制球を乱す場面はあるが、威力のある直球と鋭い変化球を投げる右の本格派であり、試合は緊迫した投手戦となった。
滋賀の広瀬君。左足がかなり内側に入るため制球はいまひとつだが、打者はボールの出どころが分かりづらく、打ちにくいだろう。
横浜の馬場君。ダルビッシュ(有、日ハム)とマー君(田中将大、楽天)を足して2で割ったようなフォームだ。
好機を多く迎えたのは先攻の滋賀。だが、2回表1死3塁ではスクイズを2度ファウル、5回表無死2、3塁ではスクイズを2度空振りと得点を奪えない。後攻の横浜もたびたびランナーを得点圏に進めたが、走者が捕手からの牽制球で刺されるなど好機を生かせない。
ゲームが動いたのは6回裏だった。横浜は1死から3番の田邊翔一君(3年)が出塁し、盗塁と捕逸で三進する。4番・相原貴俊君(3年)のファウルグラウンドへの小フライは一塁手に好捕されたが、田邊君が抜け目なくタッチアップし、本塁を陥れた。しかし、滋賀も7回表に2死から投手の広瀬君に右前適時打が飛び出し、土壇場で同点に。試合は特別ルール(無死満塁からスタート)の延長戦に入る。
延長8回表、滋賀は投ゴロ(三走本塁フォースアウト)、一邪飛、左直で無得点。裏の横浜も一ゴロ(三走フォースアウト)、遊ゴロで簡単に2死となったが、2番の中野速人君(2年)がセンターにサヨナラタイムリーを放ち、熱戦に終止符を打った。
サヨナラのシーン。滋賀のセンター辻章汰君(3年)が必死に背走したが、届かなかった。ノックであれば捕れたかもしれないが、暑さで体力と集中力を奪われているうえに、センターにゴロがきたら二塁で一走を刺すべく前に意識を持っていたはずで、相当難しい打球だった。
ちなみに私も8年前にサードコーチャー兼伝令としてこの大会に出ているのだが、チームは初戦をボロ勝ちした後、2回戦で敗退した。1回戦で名門高校の附属中学をボッコボコにした打線は最後まで火が点かず、2回にノーヒットで奪われた1点(四球、捕逸or暴投、犠打、犠飛)を最後まで取り返せなかった。
プレッシャーのないときや自分の状態がいいときに力を出せるのは当たり前、本当に緊迫した場面で力を発揮できてこそ本物――ということを痛感した試合である。また、そういった場面で力を出すために、つまらない練習というものが必要なのだろう。なにも野球に限らず、なにもスポーツに限らず。
ちなみに優勝した二見中には江川智晃(宇治山田商高-ソフトバンク)、準優勝した明徳義塾中には鶴川将吾(明徳義塾高-亜大-パナソニック)がおり、たまたま出場できて2回戦で散った我がチームからも甲子園球児が2人出た。なにも甲子園に出ることが偉いとは思わないが、きょう浜スタでプレーした選手の中から、数年後の甲子園球児が出てくれればちょっと嬉しい。
地元・神奈川県の中学校のブラスバンド部による友情応援は、この大会の魅力のひとつ。先日、中学の頃のチームメイト10人ほどと飲んだが、皆「ブラスバンドの応援が嬉しかった」と口を揃えていた。学校名を控えてくるのを忘れましたが、暑い中ご苦労様です。日焼けと熱射病に気をつけて、最終日まで大会を盛り上げてください。
※大会は20日(木)までの4日間、全試合が横浜スタジアムで行われ、入場料は無料。公式サイトはこちら
posted by Pooh |20:05 |
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2009年08月10日
8日(土)、起床すると時刻は昼近く、ラジオをつけるも楽しみにしていた高校野球の開幕戦は序盤の点の取り合いが終わっていた。この反省を踏まえ、この2日間はアラームを5段階に設定し8時に起床したが、すると2日連続で第1試合が雨天ノーゲームとなる。このあたりの間の悪さは、遺伝だけに私の努力ではどうしようもない面がある。
さてさて、その2日連続でノーゲームとなった如水館(広島)vs 高知(高知)の一戦だが、如水館の幸野宜途(3年)、高知の公文克彦(3年)の両背番号1はともに5番打者であり、打者としても高い能力を持っている。初日に登場した明豊(大分)の今宮健太(3年)しかり、西条(愛媛)の秋山拓巳(3年)しかり、どうやら今大会は投打の両面でチームの軸となっている選手が多いようだ。
中京大中京(愛知)の堂林翔太(3年)は投手としても外野手としてもプロ注目の逸材であり、帝京(東東京)の平原庸多(3年)は140km/h超の本格右腕にして地方大会で4割2ホーマー。この他、安井亮輔(3年=山形・酒田南)、佐藤朔弥(3年=宮城・東北)、庄司隼人(3年=静岡・常葉橘)、岡大海(3年=岡山・倉敷商)、崎田聖羅(3年=島根・立正大淞南)、阪本寛典(3年=徳島・徳島北)らも文字通り投打の中心だ。
思い返せば昨夏の好投手は、福島由登(大阪桐蔭、現青学大)、戸狩聡希(常葉菊川、現ヤマハ)、土屋健二(横浜、現日本ハム)、板木勇幸(駒大岩見沢、現駒大)、赤川克紀(宮崎商、現東京ヤクルト)、小熊凌祐(近江、現中日)、鍵谷陽平(北海、現中大)ら下位を打っていた選手が多かった。近田怜王(報徳学園、現ソフトバンク)、伊波翔悟(浦添商、現沖縄電力)、西勇輝(菰野、現オリックス)ら中軸を打つ選手もいたことはいたがが、さりとて野手としてドラフト候補に挙がるほどではなかった。智弁和歌山のような部員数を限定する学校や、選手層の薄い“普通の学校”に所謂4P(4番でピッチャー。名前を挙げた選手の中には3番や5番もいるが)がいることは珍しくないが、帝京、東北、酒田南といった強豪を筆頭に大会全体でここまで4Pが多いのは珍しい。
たまたまといえばたまたまなのだろうが、少子化、不況による公立人気、野球で学校を盛り上げようとする高校の増加などで選手が分散し、強豪校とはいえ上手な子には両方をやらせないと戦力的に厳しいのかもしれない。
というのはおそらく考えすぎで、プロでの成功者が多い松坂世代は、松坂大輔(横浜、現米レッドソックス)をはじめ、寺本四郎(明徳義塾、元ロッテ)、和田毅(浜田、現ソフトバンク)、村田修一(東福岡、現横浜)、東出輝裕(敦賀気比、現広島)、石堂克利(愛工大名電、元ヤクルト)ら投打の両方で注目される選手が多かった。3年時に甲子園不出場の藤川球児(高知商、現阪神)、捕手兼リリーフエースとして登場した久保田智之(滑川、現阪神)もなかなかのバッティングセンスの持ち主だ。当然、当時は今よりも子どもの数は多かったはずで、少子化だろうがベビーブームだろうが、プロで成功するには高校時代は両方やってナンボなのかもしれない。この世代には久保康友(関大一、現阪神)や多田野数人(八千代松陰、現日本ハム)もいるわけで、4Pであることが必要条件ということもないわけだが。
posted by Pooh |22:10 |
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2008年08月16日
佐賀北の2番打者、井手和馬(現・亜大)の打球が、センター前にポトリと落ちる。2塁走者の馬場崎俊也(現・立命大)が足を絡ませながら、最後は倒れこむようにホームイン。全国制覇を目指した東の横綱が、伏兵の粘りに屈した瞬間だった。
そう、帝京は“東の”横綱だった。
西の横綱は、中田翔(現・北海道日本ハム)を擁する大阪桐蔭であった。中田の他にも、山口祥継(現・法大)、堀拓真(現・明大)、丸山貴司(現・青学大)ら、2年時からレギュラーを張る逸材がズラリ。圧倒的な個の力を見せつけて、大阪大会の決勝まで順当に勝ち上がる。
だが、甲子園を懸けた大一番では、植松優友(現・千葉ロッテ)を中心に束となってかかってきた金光大阪に惜敗を喫する。3点ビハインドの最終回、きらびやかなタレント軍団は、ユニホームを真っ黒にして反撃を試みる。だが、お尻に火がつくのが少し遅かった。全国制覇の最有力は、予定よりも1ヶ月ほど早く夏休みを迎えた。
高校野球ファンが落胆したタレント集団の予選敗退は、しかし、後輩たちにとっては最高の教材だったようだ。
黄金世代が卒業した今年のチームの魅力は、昨年とは対照的な泥臭い全員野球。昨年は二塁手を争っていた浅村栄斗(3年)と森川真雄(3年)がその象徴だ。ともにスタンドに放り込む力を有しているが、浅村は出塁に徹し、森川は左右に打ち分ける。守備では二遊間を組み、戦術的にも精神的にもチームの中心だ。
福島由登(3年)が先発し、右翼手の奥村翔馬(3年)が救援、福島が再び登板するというパターンも、ここにきてすっかり確立。外野で一休みした福島が気持ちあらたにマウンドへ上がるのは、相手チームにとっては脅威である。奥村の不調による苦肉の策の感もあったが、その奥村も、報徳学園戦で逆転劇を呼び込む好リリーフを披露。苦肉の策は、勝利の方程式へと昇華した。
“粘りの”あるいは“逆転の”といった枕詞がついてまわる報徳学園に対し、お株を奪う粘り勝ち。勝負強さは、いよいよ本物だ。黄金世代が届かなかった真紅の優勝旗まで、あと2つ。
posted by Pooh |13:51 |
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2008年07月26日
7月26日(土)、第90回全国高等学校野球選手権西東京大会の決勝戦が神宮球場で行われた。試合を終始優位に進めた日大鶴ケ丘が、13-5で早稲田実に勝利。18年ぶり2度目となる夏の甲子園出場を決めた。
3塁側スタンドから、容赦のないブーイングが飛ぶ。日大鶴ケ丘の3番・内ノ倉健祐(3年)を打席に迎え、早稲田実バッテリーはこの日3度目となる敬遠を決断。プロ注目の長距離砲は、バットを満足に振る機会に恵まれなかった。代わって決勝戦の主役を務めたのは、ショートを守る核弾頭である。
両チーム無得点で迎えた3回裏、日大鶴ケ丘は先頭の9番・芦住直人(2年)が内野安打で出塁する。高校野球の無死1塁は中軸打者でも送りバントが定石だが、1番の坂井貴大(3年)はヒッティングの構え。思い切りよく初球を叩くと、痛烈な打球が三遊間を破る。無死1・2塁と好機を拡大した日大鶴ケ丘は、この後、犠牲フライで先制点を奪う。
1点を先制された早稲田実は、直後に投手で4番を務める小野田俊介(1年)のタイムリーヒットで同点に追いつく。するとその裏、日大鶴ケ丘は7番・立原誓也(2年)の2点タイムリーヒットなどで勝ち越し、小野田をマウンドから引きずり下ろす。2番手の鈴木健介(1年)が投球練習を終えたところで、打席に坂井が入った。
130km/h台後半の直球を投げ込む速球派の小野田に対し、鈴木は90km/h台のスローカーブを繰り出す技巧派。目先がガラッと変わったが、坂井はフルカウントからのボールをセンター前へ弾き返す。2者が生還し、試合は完全に日大鶴ケ丘のペースとなった。
坂井は8回裏にも無死1塁から四球を選び、一挙7点のビッグイニングの御膳立てを遂行する。守備面では、2度あった1死2・3塁のピンチで二遊間のショートゴロを落ち着いて一塁に送球。点差を考えた冷静な判断と軽快なフィールディングが光った。
攻撃では先制、勝ち越し、ダメ押しと得点を積み上げ、守備では早稲田実の大量得点機をことごとく最少失点で切り抜けた日大鶴ケ丘。聖地行きの切符を、したたかにもぎとった。的確な判断と質の高いプレーを披露する背番号6は、そのしたたかさの象徴だった。
posted by Pooh |22:21 |
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