2007年07月24日
どこまでも遠くへ!
彼の放つ軌道は、どこまでも遠く、誰よりも高い。 これは、私がイメージする彼の印象だ。 7月17日、 川崎フロンターレの背番号32、大久保将人が FC琉球へ期限付き移籍することになった。 仙台育英学園高校から入団して3年。 まだ、Jの舞台には立つことができていない。 今シーズン前半戦はケガに泣かされていた。 サッカーで、唯一手が主役になるときがある。(キーパーを除いて) それがスローインだ。 オオクボはロングスローを得意としている。 ロングスローは、攻撃でクロスをフリーの状態で上げられる。 攻撃が停滞したときなどは、重要な武器になる。 オオクボのポジションはDF。 川崎には、川崎山脈と呼ばれる3人の固定メンバーがいる。 伊藤、寺田、箕輪、この3人が、ほぼ毎試合スタメンだ。 オオクボにはもう一つ武器がある。 高い身体能力を生かしたヘディングだ。 彼が成長すれば、川崎にさらに高さが加わる。 オオクボが持っていないもの。 それは、試合経験だ。 J1のレギュラーを獲るには、試合勘は絶対必要になる。 今回の移籍は、オオクボにとってまたとないチャンスだ。 JFLの舞台で常時出場し試合勘を養い、 そして来年、等々力のピッチでスタンドを沸かせてほしい。 彼の放物線が輝くとき、川崎の将来も輝くのだから! FC琉球は現在JFLに所属している。 21節終了時点で18チーム中16位。 JFL最多失点(51失点)の守備のてこ入れが急務だ。 7月22日、オオクボは早速DFでフル出場。 4-3の勝利に貢献している。 FC琉球のチームカラーはベンガラ色で、熱く燃える闘争心を表す。 この色は沖縄の伝統の色で、首里城にも使われている。 マスコットは「対のシーサー」、 やはり沖縄だ。 FC琉球の歴史をざっと説明すると、 2003年、沖縄県初のJリーグを目指すサッカークラブとして発足。 沖縄県3部リーグを舞台に活動をスタートする。 2004年、沖縄県初のJリーグチーム誕生を願う3万人の署名によって、 1部リーグ参入が決定。 元日本代表・与那城ジョージが監督になる。 2005年、九州リーグ昇格。 全国地域リーグ決勝大会で優勝し、JFLへの昇格が決定する。 2006年、沖縄県初の全国リーグ参加。 FC琉球は組織がしっかりしている。 サッカー専攻(スポーツ科学アスリートコース)の専門学校SORA と提携し、スポーツ業界で活躍する人材の育成をしている。 また、今年度からキッズアカデミー(U-6)を創設し、 地域に根ざしたサッカー環境づくりに取り組んでいる。 FC琉球のユニフォーム・パンツのスポンサーは "酒豪伝説" 「なんだこれ」と興味を持った人は 調べてみてください!
posted by jjc_keitaohtaka |01:29 |
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