2009年11月27日
父を超え、世界のタナカへ
トレーニングが終わり、うっすらと熱気が残る徳洲会体操クラブの練習場で、田中和仁はフロアに腰を下ろしていた。話の途中で「ちょっと待って下さい」と立ち上がり、奥の部屋に消える。会話の妨げにならぬよう気遣い、館内のBGMを切ってくるあたりが実に、この人らしい。 再び姿を現し、「この夏に帰省したとき、ええ、8月下旬ぐらいですかね。お父さんが言ったんです。『自分も平行棒が得意だったんだよ』って。家で体操の話はしない親でしたから、不思議だったんですよねえ。あれ、何だったのかなあ」と言葉を継いだ。視線を宙にさまよわせ、記憶の糸をたどった。 ◇ 6歳のとき、競技経験のある父が指導するクラブで、体操を始めた。母も元選手で、妹と弟は国内屈指の現役選手。文字通りの「体操一家」だ。 「当時は意識しなかったけど、いつも家族が一緒にいられたし、体操一家で良かったと思う。そりゃあ、練習漬けで旅行にも行けませんでしたけどね。デメリット? う~ん、なかったんじゃないかなあ。ぼく、反抗期を経験した覚えがないんです。まあ、お父さんは体操人生で初めての『先生』でもあったし、そもそも逆らえませんよね」 クラブ自前の練習場はなかったから、子供たちは母の運転する車に乗り込み、30分ほどの距離にある高校の体育館で練習を積んだ。帰路のハンドルは、父が握る。その父は、道中も帰宅後も一切、体操の話題を出さなかった。 練習中は師匠と弟子、その他は父と息子――。 家の中に体操の空気を持ち込むと、両者の線引きがあいまいになる。ひょっとしたら父は、その点に配慮していたのかもしれない。 24歳の夏、「平行棒はインターハイで2位にもなったんだぞ」と、ほんの少しだけ明かしてくれた父の足跡。“告白者”の章二さんは「あれはですね」と笑う。「もう参りました。そういう気持ちを込めていたんですよ。技術的なこと、練習への取り組み姿勢、体操に対する考え方・・・。和仁は、私の手が届かない選手になってくれたと思います」。ついに与えた、免許皆伝だった。 ◇ 10月のロンドン世界選手権。初出場で個人総合の予選に登場した田中は、場内アナウンスで「カズヒト タナアキ」と紹介された。個人総合決勝、やっぱり「タナアキ」のまま。なぜ、日本でポピュラーな「TANAKA」が「タナアキ」に? そんな疑問はさておき、己の存在を認めさせるための、これが最終試験ということか。 種目別平行棒の決勝で、体操ニッポン伝統の美しさを発揮し、着地もピタリ。ロンドンの地元ファンが沸きに沸いた。銅メダル確定。「ただいま演技を終えたのは」。場内アナウンスが鳴り響いた。 「カズヒト タナカです」 世界が新しいスターを受け入れた瞬間だった。 ※体操担当記者が、取材メモから、とっておきのエピソードを紹介します。随時、更新する予定です。
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posted by 読売新聞運動部 田中富士雄(事業委員会普及対策部) |15:18 |
コラム |
この記事に対するコメント一覧
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父を超え、世界のタナカへ
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いつも記事を拝見している田中富士雄さんのお名前を
みつけてびっくりしました!
和仁さんの様子が思い浮かんできました(^^)
とっておきのお話ありがとうございます♪
posted by issi | 2009-12-08 21:43
父を超え、世界のタナカへ
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和仁選手も妹の理恵選手も大好きです!ずっと応援していきます!!
posted by あみーご | 2009-12-08 13:34
父を超え、世界のタナカへ
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何度も読み返してしまう記事があります。
そんな記事の最後には、必ず田中さんのお名前が。
ここで田中さんのとっておきエピソードが読めるなんて、
本当に嬉しく思います。
このブログなら、新聞とはまた違ったお話も聞かせて戴けるでしょうか?
これからも、しっかり読ませて戴きます。
posted by しっぽ | 2009-12-08 12:34
父を超え、世界のタナカへ
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初めて田中富士雄さんの記事を読んだときの
湧き上がってくるような感動を、今でも覚えています。
選手の素晴らしさを余すことなく文章に仕上げるのは、
選手を、競技を、心から理解していないと不可能だと思います。
ですから、こうやって、自分の魅力を最大限伝えてくれる田中さんの取材を受ける選手は、幸せだなぁと思います。
努力している選手の皆さんにも、
それを伝える記者の方にもたくさん感動をもらっているので、
これからの更新も、楽しみに待っています♪
posted by とわこ | 2009-12-07 21:33





