2012年01月24日
1月中旬から2月中旬にかけて、AFC主催のElite Education Seminarが行われます。コーチ・審判インストラクター、マッチコミッショナー、試合・大会の運営に携わるジェネラルコーディネーターなど、多くの分野において
アジアで活躍されている方々にマレーシアに集まっていただき、FIFAやヨーロッパなどからコースインストラクター・スピーカーを招待し、参加者皆様のレベルアップや情報交換の場所にしていただくべく、毎年同時期に開催されています。
同セミナーにてアップデートした情報や技術などを、各自の活動だけでなく、各国に帰ってから関係者におろし、自国のサッカー発展のために役立ててもらうことが狙いです。
AFCがアジアの中心として行うサッカー発展促進活動の中でも、特にAFCらしい活動、アジアのサッカー統括団体としてすべき活動の一つだと思います。
サッカー発展を助ける、と一概に言いましても、AFCにできることにはもちろん限界がありますので、大切なのはAFCが何をすべきで、各国のサッカー協会(以下MA)が何をすべきか。例えば効率の問題を考えたとき、AFCが各国のコーチ一人一人の面倒見ることは、決して効率的ではありません。基本スタンスは、コーチインストラクターのレベルアップに貢献し、そのインストラクターが自国に戻りコーチたちを指導する、そのほうがより効率的です。
また、各国には各国のニーズやスタイルがあります(あるべきです)。それらが異なるコーチ一人一人の面倒を見ることは難しく、よってAFCのプログラムを通してレベルアップしたインストラクターが、各々の国にあったニーズとスタイルに合わせてコーチたちを指導していく、そのほうが理にかなっていると、私は思います。
以上の点から、AFC Elite Education Seminarという活動は、とてもAFCらしい活動の一つだと考えられるわけです。
その意に反した、とまではいいませんが、異なる試みというのが、以前の記事にも書きました、AFC Project Futureプロジェクトです。これは、各国から若く将来有望と思われるコーチを集めて、2年間に渡りAFCが面倒を見ていくというプロジェクトです。コーチ自体の面倒をみるということで、上記の意とは異なります。
参加者の対象年齢、資格、経験など、見直していくべき点はあるとして、どうしてこのような効率の良くないプロジェクトを行うのか。私は、ここにアジアの特徴がよくあわられていると思います。
どうしてかと言うと、そうでもしないとエリートコーチが育たない環境にある国が、アジアにはまだ沢山あるということなんだと思います。つまり、インストラクターを育てて、そのインストラクターが自国でエリートコーチを育てていくという形が成り立つ過程で障害が生じる国が多く存在する、ということです。理由は多々あると思いますが、重要な要素の一つとして考えられるのは、トップで活躍する方々が得たトップレベルの技術や情報が、下にむけて広がっていかないことではないでしょうか。情報伝達のためのシステムが構築されていないのか、あるいは、情報伝達を行う意思すらないのか。その国々により異なる理由があるのでしょうが、そういった環境がまだ多くあるのが、アジアの状況だと思います。
何事もそうですが、大切なことは学んだことをその後どう活かしていくか、です。適した別の人にそれを的確に伝えていくことも、活かし方の一つです。それができるかできないかの差が、例えば現時点における日本と外のアジア諸国との差なのではないでしょうか。
posted by janbomasa |23:54 |
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2011年10月01日
マレーシアインしてちょうど1ヶ月がたちました。生活にも徐々に慣れてきており、これからがとても楽しみな時期です。
さて、現時点での私のサッカーライフについて、報告したいと思います。
まず仕事面ですが、Coach Educationという部署にて、サッカー発展途上国の発展に寄与するプロジェクトVision Asiaのコーチング部門を担当しています。事情によりまだ具体的な動きはありませんが、プロジェクト自体を理解するところから始めています。
http://www.the-afc.com/en/vision-asia-philosophy
同時に、エリートヤングコーチ育成プロジェクトProject Futureのお手伝いもしています。
http://www.the-afc.com/en/about-project-future
幸いにも、仕事のやり方を覚えるのに十分な時間を頂けており、貴重な機会として日々勉強させてもらっています。
また、先日Nippon Fpundationで働く友人をAFCに紹介させて頂き、Dream AsiaプロジェクトとNippon Foundation のパートナーシップ構築に向けての動きもありました。Dream Asia とは、サッカーを通して社会に貢献していくプロジェクトで、障害者サッカー発展も含め、さまざまな分野での社会貢献を実現していこうとするプロジェクトです。
http://www.the-afc.com/en/about-dream-asia
仕事でもいろいろありますが、普段の生活面でも、サッカーが多く絡むよい環境にいます。まず、AFC敷地内にあるフットサルコートにて、火曜と木曜同僚たちとフットサルを楽しんでいます。サッカーの団体だけにサッカー好きも多く、フットサルにも多くが参加するため、同僚たちと仲良くなる場としても貢献しています。50歳を過ぎた方たちやお偉いさん達も参加することがあり、しかもすばらしいサッカーのバックグラウンドをもった人達も多く、いわゆるサッカー馬鹿との交流は本当に楽しいものです。
日曜日は、2週間前からマレーシアの日本人チームASTAKAに参加させて頂き、蒸し暑い気候での11人制サッカーの厳しさに苦しんでいます。先週は、アジア各国の日本人チームが集まって1年に1回行われるJ-ASIAという大会がクアラルンプールで行われ、ASTAKAの一員として参加させていただきました。基本、海外駐在員の方々中心のチームですが、年齢に限らず、暑い中本当にサッカーを楽しんでいる姿が印象的でした。
そして本日から毎週土曜日は、クアラルンプール日本人学校のサッカーチームにてコーチをさせていただくことになりました。U-8を担当させていただくのですが、今日は試合のため急遽U-10チームの監督をさせて頂き、子供達が一生懸命サッカーに取り組む姿に、やっぱりいーなーと、これからも子供達に指導していくことができる環境に幸せを感じずにはいられませんでした。
まだまだ日々新しいことの連続で、それが新天地でやっていく醍醐味として、それを楽しみながら生活しています。
これからどんなことが待っているのでしょうか。楽しみでなりません。
posted by janbomasa |23:18 |
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2011年09月11日
イギリスでの6年間を振り返る。
変化した部分と変化しなかった部分。元々は、変化を求める人間ではない。変えずにすむならば、わざわざ変えず、変えるために要する労力や時間を省きたい、という、怠け者だ。
行き先、に変化は訪れた。ものすごくシンプルにわかりやすく言うならば、ヨーロッパからアジアに変わった。サッカーに関して言えば、ヨーロッパとアジアでは大きく異なる面がいくつもある。規模が違う。速さも違う。地位も違うし、目の色が違う。地位、位置づけがが違うのは、文化だからだ。サッカーありき、触れる機会も自然と多くなる。アジアはどうか。サッカーを好きな人は、もともと多い人口の中にも、多く存在する。サッカーがNo1スポーツである国も多くもあり、サッカーがNo1スポーツに肩を並べている国も非常に多い。文化というと、違うかもしれない。でも、ベクトルは右上にあがっていることは確かだ。
ヒーローものには大きく分けて2種類あって、ヒーローがすでに強いものと、ヒーローがだんだんと強くなるもの。私はどちらかというと、後のほうがより惹かれる傾向にあるのだが、アジアを行き先に選んだのも、その「好み」で説明がつくかもしれない。アジアを選んだ決め手は、アジアが視野に入ってきたからだと思う。視野に入りさえすればいつでも気になる存在だったが、視野にはいってこなかった。
キャパシティー、に変化が訪れた。たとえば、天然をより受け入れられるようになった。天然を、よりおもしろいと思えるようになった。たとえば、緊張を、楽しめるようになった。緊張した場面ほど、わくわくするときが増えた。たとえば、どうでもいいことが増えた。気になることを気にしていることに気付いて、「これは、まあいっか」を上塗りできるようになってきた。
どうして変化するのか?の答えの一つに、「知る」「気付く」ことがある。ただし、上で挙げた変化の原因のほとんどは、「知った」「気付いた」からだ。つまり、イギリスで多くのことを知り、気付くことができたわけだ。たとえば10年先、2011年の今の自分を振り返った時に、どう思うのか、それは今の自分には測りかねるが、2011年の自分がイギリスでの6年間を振り返った時、「成長」したと思う。多くを知り、気付けたこと。
サッカービジネスアジア編。3からのスタートだ!
posted by janbomasa |19:33 |
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2011年09月10日
6年間のイギリス生活を振り返る。
出会い。
本当に沢山の人達に出会い、多くを学び、数え切れないほどの感動や衝撃をもらった。
サッカーに関して言えば、出会った仲間たちにサッカーを1から教えてもらった。1からのスタートだったことを、気付かせてくれた。いかに自分がサッカーというものを知らなかったかを、知らしめてくれた。自分が何者かを知ることは、大きな前進である。
イギリスという外国に来る人達は、基本的に何かしらを求め、探し、希望を抱いている。時が経つにつれ、その想いに影が差す人達も多くいる。良かれ悪かれ、何かに気付く人もいれば、何かを忘れてしまう人もいる。そこはどうでもいいとして、とにかく全日本人のマイノリティーであることは間違いない。そのさらにマイノリティーに、刺激された。これからサッカー界を何かしらの形で盛り上げていくだろう同志達に出会えたことも、財産の一つである。皆それぞれが希望や野望を抱き、旅立っていく。
親友もできた。彼は、私が今まで共にプレーした中で最も上手い選手で、接してきた人達の中で唯一の明らかな世界No1で、同僚で、親友だ。
パークで同じチームでプレーした時、私の完全なミスパスを何事もなかったようにベストポジションにトラップした瞬間にシュートをきめる姿には、衝撃を受けた。相手チームでプレーした時には、彼を止めることに全力をつくし、とめたときには快感を覚えた。
彼は、人をエンターテインすることに関して、明らかに世界No1だ。腹を抱えて笑うことが一番の至福の時である私は、彼のパフォーマンスに数限りなく魅了された。
前職場に誘ってくれたのは彼で、それから4年半、ずっと同僚だった。友人と一緒に働くことは、本当に楽しい。
彼に出会えたことが、イギリスでの一番の財産だ。
これからも沢山の人達に出会っていくが、イギリスで出会った人達に、これから「出会う」ことはない。もう出会った人には「出会わ」ない。そのときイギリスで出会ったのは、その時に出会うべくして出会ったのだ。違う時に出会っていれば、なんてたらればはない。逆に、イギリスにいなければその時はなかったのだから、それがイギリスにいた価値だ。
彼らと盛り上がった日々は、人生の宝物だ。
posted by janbomasa |00:07 |
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2011年09月07日
新しい旅路の始まり。
9月1日、イギリスはロンドンを去り、2日マレーシアイン。
6年に及ぶイギリス生活をやり遂げ、成し遂げ、2005年のインターン以来待ち侘びていた舞台に立つ時が来た。ワンピースで言うところの「グラウンドライン」、突入。
アジアを舞台に繰り広げられていく「これから」の物語だが、イギリスでの「今まで」を一度整理し、書きたいと思う。それは、「今まで」を「これから」に活かすために必要なことであり、しかしそれ以上に、自分の中で一度整理しておかないと棚の後ろに隠れてしまい、大切な「気持ち」までもが埃をかぶってしまいそうな気がするから。
あまりにも多くを得た6年間のイギリス生活に、敬意を表して。
略年月表
2005年9月
渡英
London Metropolitan University(以下London Met) foundation course入学
2006年1月
London Met大学院入学
2006年7月
AFC Asian Football Confederationにてインターンシップ
2007年4月
London Met大学院卒業
英国前田学園・LJJFC入社
2011年8月
英国前田学園・LJJFC退社
2011年9月
AFC Asian Football Confederation入社
書いてみると、とても簡単なことに驚く。そして、書いて良かったと思う。数え切れないほどの出来事が起こるが、大きな流れで見るととてもシンプルであることに気付けるからだ。
イギリス生活の序盤戦は、London Metでの学生生活。沢山勉強した。専攻していたスポーツマネイジメントの勉強もだが、なんといっても英語。授業の内容は、日本で読みあさっていたスポーツマネイジメントの本に書いてあった内容とかぶり、さほど難しくはなかったが、英語はがんばったなあ。
学生中に夏休みが計4ヶ月程あることがわかったので、どこかでインターンをしようと考えた。インターンは当初から予定していた「作戦」の一つ。ポイントはなんといっても、就職につながるかどうか。そのポイントをおさえると、「国際的な活動をしているサッカー団体」となる。当時、自分が持っていた特徴は日本人という「人種」だけだったからだ。この日本人という「人種」は、先人達のおかげで随分価値があるものだと期待していた。日本の企業は、「スポンサー」という視点から見ればまだまだ魅力があったし、サッカーの面ではこれから期待できる「市場」だ。ヨーロッパから見れば、アジア市場を侵略する上での出発点と考えられるだろうし、アジアの国々にして見れば、多くの分野で注目の的だ。
その日本人という特徴を最大限に活かすには、団体が「日本」をターゲットにする可能性がある、つまり「国際的な」視野があることが必用条件になる。自然と、規模の大きい団体に限られてしまう事が懸念された(大きな団体が自分という個人を見てくれるかという懸念)が、ジレンマもなかったとは言えないが、その線は切った。
たまたま、AFCからオファーがあった。AFCからしかなかった。そこで初めて、アジアを意識した。2006年5月くらいだっただろうか。AFCからのなんとなしのオファーが来て以来、アジアがリアルなターゲットとして頭に入ってきた。「アジア!?なんかいーじゃん」
3ヶ月のインターン、サッカーのことばかりだった。サッカーの仕事をして、サッカーをみんなでして、サッカーの本を読んで、仲間とはサッカーの話をして、サッカーを見て、自分とサッカーの将来を考えた。
アジアのサッカーは魅力に欠ける。ヨーロッパと比べるとそうだろう。でも私には輝いて見えた。自分が力を注ぐべき所だと、感じた。建設工学を日本の大学で勉強している最中に、「サッカーに携わる仕事でいこう」と感じた時に似ていた。根拠のない、自信に溢れていた。今もそうだが、自分はアジアだという心地よい自然な感触がある。
アジアから帰り、London Metを卒業し、英国前田学園・LJJに誘ってもらった。計4年半、サッカーに触れさせてもらった。私のサッカービジネスライフは、そこから始まった。規模は小さかったけど、いろいろなことをさせてもらった。同僚と二人で、とにかく盛り上がった。サッカースクールマネイジメント、コーチング、大会オーガナイズ、サッカー留学サポートと、聞こえがいい。限られた時間で、とにかくやれるだけやったし、本当に楽しかった。規模の大小に限らず、質の高低に限らず、サッカーに携わる人たちはどこかの段階で「サッカーの未来は子供達だ」と気付くことだろう。子供たちが夢中になってなって笑顔でボールを追いかけている姿を見てしまったら、アマチュアだろうがプロだろうが、イチコロだ。気付く、「ああ、サッカーの未来は子供達だ」と。幸いにも、私は20代でコロリすることができた。多くの運に恵まれているが、この幸運は本当に嬉しい。
アジア行きに向けての動きは、平行して行っていた。2010年10月、AFCを改めて訪問。顔出し。お世話になっている友人に挨拶させて頂き、その時、友人のおかげでタイミングが訪れる。ポジションがあるらしい!アプライ!待ちに待って、ペケ。落ちたけど、次はきた!2011年6月下旬、AFC行き、決定。
2011年9月5日から、現職。
posted by janbomasa |22:29 |
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2011年03月25日
3月20日、東北地方太平洋沖地震被災地復興のために、少しでも力になりたいというLJJFCの子供達、保護者、関係者、地元チーム方々の協力の下、義援金を募るためのチャリティーマッチを開催しました。
この話を積極的に提案してくれたのは、普段から練習試合などを通じて付き合いのある地元チームの代表者、そしてお世話になっている友人の方お二人でした。彼らによる同チャリティーマッチの提案に重なるように、別チームからも声がかかり、LJJFCを含め計3クラブによるチャリティーマッチ開催となりました。
内容は、上記3クラブの各年代チームの子供達が試合を行い、そこに帯同する保護者の方々に募金を募るというもの。多くの方によるご協力・ご支援のおかげで、本当に多くの義援金を募ることができました。
今回のチャリティーマッチで目を惹いたのは、募金をしてくださった方に感謝の意を込めて、折り鶴と「頑張れ日本」のステッカーをお配りするというもの。この折り鶴は、LJJFCの子供達と保護者方々が作成してくれました。
また、同じく募金をしてくださった方にラッフル券をお配りし、マッチ後に抽選会を行なうというイベントも行ないました。その景品は、発起人のお二人を中心に、LJJFCの家族から提供されたものです。特に効果とされるものはオークション形式を採用し、より多くの義援金を募ることに成功しました。
発起人お二人にご提案頂いた上記アイデアは、より多くの義援金を創出するだけでなく、このチャリティーを皆で開催し、皆で協力して被災地復興に協力しようという、参加者の心を一つにより強く結びつける効果があったと思います。実際、多くの参加者から「被災者のために何かできる場を提供してくれたことに感謝している」という声を頂きました。
私達にはできる事があります。
情報を得、状況を認識し、考え判断し、やらなければいけないことを実行する必要があります。それにプラスして、被災地復興のために私達にできることを考え見つけ、行なうべきだと考えます。
その「私達にできる事」には大きさなど関係なく、ただ、被災地復興のためになることであれば、声を一言出すことからでも、始めるべきだと思います。それが「がんばれ」でも、「がんばろう」でも、「何かやろう」でも、もちろん「ちきしょー」という叫びでも良いとおもいます。
私の友人に、東京電力で働く人間がいます。
彼に連絡をとったところ、原子力発電所には直接関係していないが、特に計画停電に関して働いているとのことでした。彼が、東京電力の一員として不眠不休で働き、無理がたたり体調を崩したが、それで仕事を休まなければいけないことに対して嘆いている彼の想いを読み、自分がいかに現場から、現実から遠い場所にいるのかと打ちひしがれました。
それでも自分の小さな頭では、やはり「自分にできる事」をやるしかないという、スタートに戻ることしかできません。
何かをして、またスタートに戻ってくる。その繰り返しがまた、「自分にできる事」なのだと思っています。
被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。
posted by janbomasa |20:02 |
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2011年03月07日
先日のコーチミーティングにて
「タクティクスの認識について」
LJJサッカースクール、毎週日曜日のトレーニング後には、その日のコーチングや出来事について話し合うコーチミーティングが設けられる。チェルシーコーチ達と話し合うこの時間は、最近特に私にとって重要な時間で、各コーチのコーチングやトレーニングに関して知識を得られる貴重な機会となっている。
そのコーチミーティングでの一コマ。
話の発端は、LJJというクラブの指導方針に関して、各年代で一貫したクラブとしての方針を確認しようということだった。そこから、どの年代からタクティクスを指導するべきかという話になり、そして指導の順として「テクニック」→「スキル」→「タクティクス」がFAにより推進されているということで挙げられた。
そこで、スペイン人コーチエデュー君が食い付き、「タクティクス」の導入に関して、先程挙げた順には同意できず、「テクニック」の段階からどんどん取り入れていくべきだと、スペインではそうするとのこと。
話を進めていくと、どうやらエデューとほかコーチとの間に「タクティクス」に対する概念の違いが存在することが判明。エデューの中では、どのような小さな動きでも、選手が考え判断を必要とされる動き、選手一人の動きでも相手を翻弄するためになされた動きは、すべて「タクティクス」だという概念があるようだ。
私の中でも他のコーチの中でも、「タクティクス」と聞くと、試合の流れの中で繰り出される選手数人以上の連動した動き・戦略という概念があるが、エデューにとってはこれが異なる。
彼一人の考えをスペイン流と証するつもりはないが、今回の彼の考え方、スペインのコーティングライセンスを保持し経験もある彼のアイデアが、スペインのコーチングやサッカーを知り体験する貴重なヒントになるのではと考えさせられるきっかけとなった気がする。
新規開設されたLJJサッカースクールの土曜日コースは、エデューと二人で協力しながら進めていくので、新しい事を学べる、欲を言えばスペインのコーチングを学べる貴重な機会として、期待している。
posted by janbomasa |08:11 |
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2011年02月13日
Torquay FC VS Barnet FCという、それこそマニアックな試合を見に行きました。このゲームに注目していた日本人は、おそらく皆無でしょう。
両チームが所属するのはリーグ2。
プレミアリーグ
チャンピオンシップ
リーグ1
リーグ2
とピラミッド式になっていますから、プレミアから数えて4部ですね。プロリーグです。
先日、同僚のお別れ会にて会った、別同僚の旦那様アンドリュー君と一緒にこの試合を見に行こうとなり、今日行ってきました。Torquay FCはアンドリュー君の地元チーム。彼によると、地元はあまり裕福なエリアではないので、多くがロンドンで働いており、なのでロンドンで行なわれるTorquayの試合には沢山のファンが訪れるとのこと。
会場はBarnet FCのホームグランドUnderhill stadium。ピッチに対してスタンドが傾いており、なのでピッチが傾いているように見えることで有名なスタジアム。以前、アーセナル2軍の試合を見に何度か行った事がありました。ちなみに、家の近所で、今日ゲットした自転車で行ってみたところ、ノンストップで行って約10分。近いですね~
アウェー席での応援で、盛り上がる盛り上がる。Torquayのファンが全体的にあーなのかは知りませんが、熱い人が多かったですね。野次もすごい。Barnet FCよりの判定を審判がくだした際には、何度も審判を口で殺してますからね。ぼろくそですよ。
試合の方は、みんなから大きなため息がもれるほど最悪のスタート。最初の20分はTorquayサイドでボールが落ち着くことはなく、ロングボールに対しても、せっかく見方が競り勝っても外へいくか相手ボールに。チーンってしてました。
20分過ぎ、ボールがつながり始め、前線にボールが入るようになる。スルーパスがカットされてしまうが、ペースはTorquayへ。30分過ぎ、待望の先制ゴーーーーーール!で1-0で前半終了。
後半はまたもやBarnet FCペースだが、現在12位のTorquayが22位のBarnetFCに地力で勝るというか、玉際に強く、攻撃に転じたときの勢いが勝る。2,3点と追加し、勝利を決定付ける。
小さなスタジアムだからこその、そしてアウェーサポーターと一緒だからこその一体感を存分に味わうことができ、何よりアンドリュー君がハッピーですから、それがなんといっても一番なわけで。
「Real footballを見せてやる」と私を試合に誘ってくれた彼の言葉を考えてみて、自分のサポートするチームのサッカーをReal Footballと大きな声で言える、それ自体が本当に幸せなことだなと、感じてしまったらなんか癒されました。
posted by janbomasa |04:20 |
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2011年02月11日
2月8日火曜日、FA National Futsal League 所属チームのWest London Futsalのトレーニングを参加してきた。
昨年度フットサルコーチングライセンスIntroduction to Futsalを取得し、高いレベルのトレーニング見学を希望し、コーチングコースを開催したローカルFAに問い合わせたところ、回りまわって上記チームのマネージャーを紹介して頂くに至る。
West London Futsalのマネージャー、セルジオと、コーチ2名フェルナンドとギャビン、彼らは同チームだけでなく、フットサル発展を主旨とした会社も立ち上げ、日々西ロンドンを中心に走り回る。子供から大人までを対象としたフットサルセッションを多々開催し、必要であればチームをスペインなどの海外に連れて行きたい会に参加、など。それらの活動のトップに当たるのが、昨年度からFA National Futsal Leagueに参加しているWest London Futsalのマネージメントということだ。
彼ら曰く、イギリスでのフットサルを取り巻く情勢は本当に良くない。11人制フットボールはもちろんだが、同じ少人数制サッカーに5-a-sideサッカーというものが存在し、こちらは大人気。ロンドンしか知らないが、多くの5-a-sideのピッチがそこら中に存在し、子供から大人までが汗を流す。日本で言う、フットサルのような環境だろう。
しかし彼らは燃えている。コーチのフェルナンド曰く、ブラジル人の彼に言わせたら、今のチームでナショナルリーグに参加できているという、そのレベルの低さに驚かざるおえない。しかし、実際に自分達がいる位置はナショナルリーグだし、1位になってUEFAフットサルリーグに参加することは皆の大きな目標だ。できる事をやっていく。そして、環境すら変えていくと。
彼らは確かに燃えている。
余談だが、マネージャーのセルジオは、10数年前に日本の長崎大学に言っていたらしく、日本語が相当達者だ。日本が大好きだし、日本人の女性は本当に素晴らしい!と、まじめな顔で言っていた。
彼も相当燃えている。
posted by janbomasa |06:06 |
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2011年01月23日
障害者サッカーコーチングコース
5年くらい前、大学の「Sports Development」という科目の授業で、Development through sports、スポーツを通じての発展と訳せる内容を扱った。その際に障害者サッカーというものの存在を知り興味を持った。日本に一時帰国した際に、日本の障害者サッカー協会にも連絡し、ボランティアをやらせてくれと言ったこともある(予定があわずできなかったが)。つられて手話をちょっと勉強したこともある。というぐらいに、障害者サッカーに触れる機会はわずかだがあった。
そんな最近、障害者サッカーコーチングコースに申し込んだ。前回のフットサルコーチングコースに引き続き、1日で終わるお手軽コース。そのコーチングコースに1月22日、参加してきた。
インターネットで調べるくらいの知識だから、まだ単純に「どうやってサッカーが行なわれるのか」を知りたく、楽しみなコース。当日6時起床、3時間かけて会場に到着。ローカル感をだすならば、バスでArnos Grove駅に向かい、そこからPicadelly LineでFinsbury Park駅へ。そこでVictoria Lineに乗り換えてVictoria駅へ。そこからNational Railで約45分かけて、Kent州にあるWest Malling駅に到着。徒歩30分の後、会場であるThe Malling Schoolに着き合流、という長旅であった。
午前中はミーティングルームで授業を行い、定番のグループワークで盛り上がる。今回の担当指導者は女性で、何かの事情だろうが、7歳の息子も同席。それでも良くおとなしくしていたほうだと思うが、ちょこちょこと空気を全く読んでいない母親への絡みが見られ、新鮮だった。それでもしっかり責務を全うするすばらしい指導者。そういうことでいいと思った。
基本的なFAのコーチング方針があくまで土台となり、そこに「障害者サッカー」ならではの特徴が組み込まれ、そしてコーチング理論・方針・方法が生まれる、といった具合に授業が進められた。解りやすかったし、新しい情報も多く、楽しかった。障害者サッカーターミノロジー(用語)も取り上げられ、障害者に対して適切な言葉選びがゲーム感覚で行なわれたが、知るわけねー!と思った。こればかしは言語が異なる文化に育った自分ではどうしようもなかったので、なんとなく過ごして切り抜けた。
実践編では残念ながら障害者を対象にコーチングをするわけではないのでリアリティーに欠け、普通のコーチング授業かと思わせるくらい普通のサッカーをする時間が長かった。セッション毎に受ける解説がためになるわけだが、他の参加者の気持ちが気になってしまうほど普通のサッカーの時間が長いということで、それもどうかと思った。
これからも障害者サッカーに関する活動を地味にしていこう!
posted by janbomasa |06:29 |
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