2010年01月14日
大分トリニータの募金活動に賛同し、募金を行ってきました。
金額としてはかただか2000円ですので、給料日になったらもう少し募金したいと思います。
さて、前回のエントリーでニートーリエさんにズバッと指摘されてしまいました。
ニートーリエさんには申し訳ないのですが、今回のエントリーに大きく関わるので、こちらに一部・・・というか大部分を転記させていただきます。
'>>客観的な第三者の立場に立てば大分は潰れて仕方ないんですよ。そして多分それが正論。
ただ、同じ「日本サッカー(あるいはJリーグ)を愛するものたちのコミュニティーの一員」という立場に立てば、「罪は罪かもしれないが、それでも仲間なんだから、手を差しのべずにはいられない」という感情が湧き上がってしまう。
おそらく、「大分を助けよう」というのは情でしかない。そこに正義はないかもしれない。それを踏まえたうえで、理念上の正論を取るか、仲間としての情を取るか、そういう問題なのかなぁ、と。
「泣いて馬謖を斬る」のも友情です。ただし、斬るという決断をするにあたって、心の底から泣いていますか?大分の消滅を悲しむ人々を思いやって本当に心を痛めてますか?そうであるならば、それが最も正しい態度なのかもしれません。
ただ、私は孔明ほど強くないので、馬謖は斬れません。'
大分トリニータを救うかどうか・・・これはもう、正義かどうかではないのかもしれません。
仲間としての情を取るかどうかの問題。
私は、血を流し倒れている仲間を見捨てることはできませんでした。
大分トリニータのサポーターの想いという血がどんどん流れ出しているんです。
議論を重ねるよりもまず、この流れ出している熱い想いを止めたい。
私の出発点はそこです。
このエントリーで何故、「日本が世界に羽ばたくために・・・」という題なのか疑問に思われる方もいるかもしれません。
でも、日本サッカーが世界に羽ばたくためには、多くの地域や多くの人の力を合わせることが大切でしょう。
それは大分トリニータというクラブやサポーターの力も例外ではありません。
日本サッカー界が発展するには、仲間と助け合い切磋琢磨することが求められます。
より多くの人がサッカーを語り合い、真剣に取り組むことが大切になります。
なのに、仲間を斬り捨てることを簡単に言う人がいる。
この人に、日本サッカーの発展について語られて説得力が生まれるでしょうか?
もっと戦え、もっと走れ、もっと上手くなれと言われたところで、果たして言葉に重みが生まれてくるでしょうか?
人の心に響くなにかが感じ取れるでしょうか?
これは「斬り捨てることは悪」と言っているわけではありません。
多くの方がおっしゃるように、潰れるのが正論というのも理解できます。
でも、無味乾燥な正論を掲げたところで何にもならない。
せめて泣くべきではないでしょか?
悩み、せめてもの道を考えるべきなのではないでしょうか?
(選手やコーチは移動すればいい、サポーターは違うクラブを応援すればいいなんて無価値な言葉だけはなくなって欲しいと願います。)
私の募金が大分トリニータを救えるかどうかはわからない。
でもそのお金が少しでも、救う力になれば・・・。
救えなくても、大分トリニータの想いを継ぐ人たちが再び立ち上がる力になれば・・・。
再び立ち上がる力にならなくても、大分県のサッカーの発展につながる力となれば・・・。
大分県のサッカーの発展につながらなくても、大分県の資金となり大分県民の方の生活に多少なりとも寄与しサッカーを愛する人の想いを感じてサッカーに対する見方が今以上に良くなる力となれば・・・。
何かをしなければ何も生まれません。
論より行。
大分トリニータの現状に心痛めている私と同じ他クラブのサポーターの方々。
どうか、まずはできる範囲から行動を起こしてみませんか?
posted by ittyo1 |18:06 |
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2010年01月09日
スポナビのあるブログ様のエントリーを見ていましたら、ものすごく書きたくなってきました。
本来書こうと思っていた内容とはまるで違うのですが、もう無理やりシリーズ物にしてしまった(笑
さて、私が感動して泣きたくなったブログ様の内容は、
大分トリニータの募金について
書かれたエントリーです。
切実な想いと願いに、他人事とは思えません。
私は、トリニータサポーターだろうが他クラブのサポーターだろうが関係なく、一人でも多くの方が募金に参加して、トリニータを救って欲しいと思います。
大分トリニータの経営について、あれこれいいたくなる人もいるでしょう。
でもそれは果たして今議論し、糾弾することなのでしょうか?
それは違うと思います。
まずは大分トリニータという素晴らしいクラブを助けること。
それこそが最優先ではないでしょうか?
では本題。
何故、大分トリニータを救うことが日本サッカーが世界に羽ばたくことにつながるのか?
1、選手の発掘、育成
大分トリニータは才能ある若手を発掘しています。
これは日本サッカー界の財産の一つでしょう。
ユースだけでなくとも、トップチームにいた若手が育っている姿は昨シーズンみなさんもご覧になったはず。
スカウトやコーチといった人的資源と施設やノウハウといった物的・知的財産を無くしてしまってもいいのか?
・・・これは駄目でしょう。
2、地域とのつながり
日本サッカー界の発展には、より多くの人がサッカーに関心を持ち、生活の一部としていかなくてはいけない。
野球のように、飲み屋でサラリーマンが監督気分であれこれ言う文化が築かれていくことが望ましい。
その文化が日本各地で広まらなければ、本当に日本にサッカー文化が根付いたとは言えない。
大分という地で、その文化の根が消えてしまっていいのか。
・・・これは駄目でしょう。
3、美談
これは正直、あれですが・・・。
他クラブのサポーターまでが募金して、大分トリニータを救ったとします。
これが例えば、yahoo!!ニュースで流れる。
テレビで流れる。
サッカー界に与える影響って、少なくないと思いませんか?
少なくとも、クリーンなイメージは与えます。
「そんな考えか!!」
と思われる方もいるでしょう。
でも、
本気で日本のサッカーが強くなって欲しいんでしょ?
Jリーグが、日本代表が、日本人選手が、世界で羽ばたく姿を見たいと思ってるんでしょ?
だったら美談だろうがなんだろうがつくり上げて、少しでもそうした状況に近づく努力をすべきなんじゃないだろうか?
サッカーを好きになる人が一人でも増える努力を。
綺麗事よりも実を取ります。
それで大分トリニータが救われ、日本サッカーの発展に少しでも寄与できるならば、空論の人よりも行動する人になりたいと思います。
4、惻隠の心
あれな部分も出したので、すっきりといきます。
同じサッカー好きの奴が本気で困ってるでしょ?
大分トリニータのサポーターが己の恥や外聞を捨てて苦しんでる心情を吐露してるでしょ?
だったらたかだか身銭の1000円やら2000円やらぐらいは出してやってもいいでしょ。
(お金持ちはもっと出せるでしょうが・・・)
同じサッカーを愛する仲間だろ?
多少のめんどくささなんか捨てて、募金してもいいんじゃないか?
5、救い救われJリーグ
倉敷さんが
「僕達のリーグはこれでいいんじゃないでしょうか」
といったJリーグ。
実力はまだまだ。
選手たちも発展途上でまだまだまだ。
でも、世界に誇るべきサポーター同士の救い合いがある。
(そうじゃない光景も多々ありましたが)
我らがジュビロ磐田は昨シーズンに降格の危機に瀕し、入れ替え戦にまわった。
そこで対戦したベガルタ仙台に際どく勝ったが、その試合後、仙台から惜しみないジュビロ磐田コールがあった。
ベガルタ仙台のサポーターは勝敗関係なく、誇り高かった。
そしてそのベガルタ仙台はJ1に這い上がってきた。
モンテディオ山形がJ1に上がる際、水戸ホーリーホックから温かいコールがあり、両クラブが互いにコールを送り合うという素晴らしい光景が起きた。
・・・これらのサポーター同士の温かいやり取りは、誇りに思えることです。
これがJリーグでいいと思います。
だからこそ、そんなJリーグであり続けるためにこそ、多くのクラブのサポーターが力を合わせて、大分トリニータの危機を救えればと思います。
横浜フリューゲルスみたいなことはもう嫌ですから。
募金をやるやらないは個人の自由です。
今回のエントリーはいつも以上に個人の感情で書いたものです。
そりゃあもう、個人プレーに等しいエントリーですから、管理人への批判や反論もあるでしょうし、それについては今回はいつも以上に叩かれても仕方が無いことだと思うので、どうぞご自由にお書き下さい。
でももし、私の感情に共感して下さり、まだ募金をされていない方がいらっしゃいましたら、私と一緒に募金をしましょう。
誰に褒められなくとも、誰に認められなくとも、自己満足だと言われようとも、行動し誇りあるJリーグのサポーターだということを己の心に刻み付けてやりましょう。
posted by ittyo1 |01:56 |
Jリーグ |
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2010年01月02日
天皇杯の準決勝と決勝を観てちょっと気になったことを書きます。
あ、あけましておめでとうございます(笑
まずは準決勝と決勝を観ての名古屋グランパス、小川選手のプレー。
特に準決勝においてですが、いつから彼はあんなに仕掛けない選手になったのでしょうか?
危険なプレーよりも確実なプレーに傾いてきているように感じます。
小川選手が名古屋グランパスの中心選手であり、相手のマークも厳しく、そして攻守において多くの役割を任せられたり、ポイントつくりに奔走させられているのは見ていて感じました。
それでも昨シーズンまでに見られた、スピードに乗ってのプレーがほとんど見られなかった。
これはリーグ戦においても感じていたことです。
・・・日本人選手の特徴の一つですよね。
リスクを冒すプレーを行わなくなる。
才能ある若手ほど、その傾向が強い。
怖さよりも上手さに傾いてしまうこの傾向には、暗澹たる思いがしてしまいます。
準決勝におけるガンバ大阪、遠藤選手のプレー。
たしか、後半20分手前くらいの時間帯のプレーでした。
4~5人に囲まれた中でキープし、左に流したパスのシーンです。
みなさんはこのプレーにどう感じたでしょうか?
私は、
「上手い!」
と思ったのと同時に、
「何故シュートという選択肢が含まれていないのか!?」
とビックリしてしまいました。
解説の方は非常に褒めていましたが、このプレーを手放しで褒めてしまう状況が、日本人のシュート意識の低さを現しているのかなと思います。
あの時の遠藤選手のプレー、スロー再生で見てみると、ボールの置く位置がシュートやドリブルがすぐに出来る場所にありませんでした。
はじめから、パスという選択肢しかない持ち方です。
(トラップした位置がたまたまあそこになってしまったのかもしれませんが)
そしてパスを出すときも、シュートや仕掛ける素振りも見せていない。
あの状況でいくら遠藤選手が上手いとはいえ、パスしか出せない状況というのは問題があると思います。
あの状況がもし、W杯だったら・・・。
パスコースは確実に読まれていて、通らなかったでしょう。
いや、その前に、パスを出す溜めの時間すら許されずに詰め寄られ、削られ、ボールを奪われるのではないでしょうか?
あのときあの場所で何も工夫も出来なかった遠藤選手に、不安を抱いてしまいます。
・・・これは決してあそこでパスをしたことを否定しているのではありません。
パスの選択しかないような持ち方、プレーの仕方をしていた、幅の狭さに対して否定しています。
でもその遠藤選手も、決勝では2得点取りました。
特に1点目の突破からのミドルは凄かった・・・。
いや、スーパープレーです。
でも本当に評価したいのは2点目。
1点目のプレーみたいなことは、日本人選手も時々やります。
・・・ただ単に成功しないだけで。
山崎選手も、フォローが無ければ突っかかって行って、ミドルを打っていたりしていました。
まあ、シュートの質は低かったのですが。
遠藤選手の2点目は、胸トラップがシュートを打てる位置に落とし、相手DFが突っ込んできても慌てずに最高の体勢をキープしていた。
日本人選手のパターンでは、最高の胸トラップが出来たとしても、相手DFが突っ込んできた時点で、ボールを下手に動かしシュートの体勢を自ら崩してキーパーに詰められて外すという風になると思います。
正直、あの瞬間に私は、遠藤選手は左にかわそうとして結果的にキーパーに詰められるだろうな、と予想しました。
でも遠藤選手は微動だにせず、シュート体勢に集中していた。
その動かなかったという神経の図太さを、評価したいなと思います。
新年の一発目はこんな感じで終わります。
名古屋グランパスをACLでもう一回見たかった悔しさ半分、サンフレッチェ広島をアジアに披露できる嬉しさ半分です。
名古屋は来シーズン、ACLという負担も無くなり躍進が期待できると思っています。
(小川選手がよりアグレッシブにプレーできれば優勝もありうるかな~と。)
そして次のシーズンではまたアジアの戦いへ・・・。
サンフレッチェ広島は、たぶん物凄く苦しむシーズンになるでしょうね。
降格争いにも絡んでくるかもしれない。
でも、来シーズンの苦しみを乗り越えれば、選手もクラブもさらに成長する。
ペドロビッチ監督の魂をクラブに注ぎ込むためにも、我慢の来シーズンを戦いきって欲しいなと思っています。
最後に、勝者のガンバ大阪。
ACLは頼みました。
Jリーグの誇りと素晴らしさをどうかアジアに、そして世界により広めていって下さい。
posted by ittyo1 |23:08 |
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