2008年01月07日
教えるべきか否か
前回の記事で、えっとねさんにこちらの意図を理解して下さった上にズバッと斬られてしまい凹んでいた管理人です(笑) そんなこんなで書こうと思っていた記事が(知識不足故に)書けずにだらだらと時間が過ぎ去ってしまいました。 えーっと、元々書きたかったのが 「子供(具体的には小学生から)チーム戦術を教えるべきか否か」 でした。 結論から言えば、私は教えた方が良いと思っています。 理由は、得点力不足の問題やビルドアップの問題などは、チーム全体での共通理解(ビジョン)が欠けているからだと思うからです。 全体の目標(ビジョン)の明確化 例:4バックの中央(どちらでもいいですが)がボールを持っている時に、相手チームがプレスをかける。 ボールを持っていた選手は慌てたようにサイドバックの選手へパス。 パスを受けた選手はパスコースもろくに無く、前からそして横から相手選手が近づいてくる。 どうしようもないといった風に前へ大きく蹴りだす。 相手ボールへ。 こんなシーンがJリーグでよく見られませんでしょうか? 行き当たりばったりというか、責任逃れのようなパスは見ていて本当にがっかりします。 ではどうすればよいのか? 全体で何をすればいいのかという目標を持つことが大切なのではないでしょうか? 全体で瞬時にどうするかという共通の目標を判断し、それに向けて動けば、行き当たりばったりにならない筈です。 「そんなの当たり前だろ」と言う方も多いと思います。 でもその当たり前ができないんですよね。 その当たり前のことをできるようにするにはどうするか。 それが、「子供の頃からチーム戦術を教える」ことだと思います。 どういった動きをすればよいのか、という理屈は大人になってからでも学べるし行動に移すことができます。 ですが、子供の頃に身に付いたものは、体が勝手に動くというか思考と行動が一体になるものです。 テクニックにしても状況を判断するビジョンや動き方にしても、子供の頃に教えなければ真に優れたものにはならないと思います。 (難しいチーム戦術は出来ないと思います。ですからあくまでも正しいポジショニングと意識付けが大切なのではないでしょうか。 どういう結果に結び付けたいのか、そのためには何をすべきなのか、そしてどう動くべきなのかを徹底的に考えさせ、そして指導することが大切なのかな~と思います。 前回の記事でチーム戦術の事をあくまでも戦略だと意固地に主張してきたのは、上記の考え方だと単に個人戦術の延長線上でチーム戦術じゃないじゃんと言われそうだったからです。 子供たちにビジョンが育たない理由として私が思ったのが、個人戦術やグループ戦術がそれぞればらばらに切り離されたまま、統合されずに終わっているように感じている点です。 全体を通してどうか、という視点が欠けているのではと思っています。 そいった戦術を繋ぎ合わせる考え方の表現として戦略という言葉を使ってみました。 それが失敗に終わったためにチーム戦術という言葉にしましたが、ここでは本来の意味から多少ずれているかもしれません。 その辺は・・・説明できる文章力もないのでニュアンスでお願いします) と、まあ書いてみたのですが、私の考えには欠点だらけです。 その一つが、「じゃあ具体的にどうすんの?」と言われたらまったく何も言えないことです。 子供の時からチーム戦術をやった方が良いとは思うのですが、その方法がわからない。 どうしようもないですね(泣) そしてもう一つ、個人戦術やグループ戦術が十分じゃないのにチーム戦術なんか出来るのかという問題。 最後にもう一つ、チーム戦術をやってて子供たちはサッカーを楽しめるのかという問題。 ボール触ってなきゃ楽しくないのをどうカバーするのか。 こんな感じで欠点だらけです。 この記事を読んで下さったみなさんはどうお考えでしょうか? 賛否両方お待ちしてます。 ただし、誹謗中傷のみのコメントは控えて下さい。 特にチームや選手に関するものは確実に削除します。 管理人に関しての誹謗中傷は、明確な理由が書いてあればいいです。 完璧に論破して下さった上での誹謗中傷はむしろ歓迎です。
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posted by ittyo1 |01:22 |
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戦術はサッカーの一部です。教えないなんてことはありえないはず・・・
posted by ぜつあつし | 2008-01-07 04:45
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基本的に管理人さんの意見に同感です。以前ボカ・ジュニアーズのU12だと思いますが、日本のどこかのU12選抜と試合をしているのをテレビで見ました。彼らは攻守両面に渡って組織的な戦術を理解した上で個々が創造性を発揮していました。逆に日本のチームは一定の戦術が読み切られた途端に手づまりになり同じ攻撃パターンを繰り返してははね返されていました。ボカ・ジュニアーズという相手は世界有数のレベルでしょうから例としては極端かもしれませんが、小学生でも組織戦術を理解させてよいことを示す例だと思います。問題は、戦術は目的ではなくあくまで手段であり、目的はゴールなのだということを理解させることだと思います。ゴールへの意識、これが基本にあるべきだということです。なお前述のVは今でもステ6かどこかで見ることができると思います。たしか風間さんが独WC直後に企画しCXで放映した特集だったと思います。
posted by うが | 2008-01-07 06:28
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すいません。ニコ動で「日本サッカー再生…」だったようです。
posted by うが | 2008-01-07 06:52
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そして自主性を重んじた教育を受けた(ハズ)の世代は
のびのびと育ち、いつしか「ゆとり世代」と呼ばれ
身勝手で協調性のない嫌われ者になっていた。
子供の「教育」ってムズカシイね・・・・。
posted by ♥ | 2008-01-07 08:14
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>えーっと、元々書きたかったのが
>「子供(具体的には小学生から)チーム戦術を教えるべきか否か」
>でした。
ご存知かもしれませんが、そのものずばりの記事が村松尚登さんのブログにあります。バルサのスクールで小学生世代のコーチをされている方です。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/naoto/article/35
他の記事も内容が濃くてお勧めです。
posted by Rob | 2008-01-07 09:10
教えるべきか否か
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アメフトやバスケに比べると予想外の事が次から次へと起きるのサッカーでは
戦術というのは個々の選手がどう動くかを考えるヒントという様なものなのだろうと思います。
少年サッカーを見ていると、
ボールの扱いなどにはそれほど欠点がなくても
ゲームの中で全然活躍できない子、
または活躍できる試合と出来ない試合で大きく差がある子がいると思います。
そういう子にどうプレーするかのヒントを与える、
というのが戦術ではないかな、と考えています。
つまりどうして良いか分からない時は、こうしてみろ、と。
もちろん、個々の子がベターな判断が出来るならその方が断然よいわけです。
そのつもりで話しても、ゲーム中に起きる全てのことに対して、どう対処するかを言い尽くせるわけもなく、
最後は本人の判断であり、間違っても良いから
考えて走る、というのが大切なんですけどね。
「右からつっかけておいて、逆サイドに振って、
放り込んで、決定力がある子にシュートを打たせる、そのこぼれ球を他の子が詰める」
とか、そういうのを徹底したら勝てる場合もあるんでしょうけど、
そういうのは目指さないです。
何せ小学でも毎週の様に試合があって
色々考えては試す機会がたくさんあるわけです。
大胆に色々やってくれ!!っていつも思うんですけど、
性格とか、いろいろありますよ。
何せ一概には言えない。
posted by 戦術はヒント | 2008-01-07 11:46
教えるべきか否か
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テーマ自体はいいところをついていると思います。
この問題はわりと以前から広く言われていることです。日本の選手はボールの扱いはうまいけど個人レベルでの戦術理解が足りず、それが強豪リーグで活躍ができない理由といわれています。
で、この件に対して問題になっている部分は、管理人さんの書かれているような心配、ではなく、
単に、教えられる優秀なコーチが国内では絶対的に不足している、ということなんです。現場レベルでもこの問題を痛感いますし、サッカー協会も問題を認知しています。ただ、今日明日に解決ということはできないし、難しい問題なんです。現状で子供のコーチというのは全国でもボランティアが大半なんです。ある程度は時間が解決するのを待つしかないというのが現状です。
また、管理人さんが心配されているような、子供が楽しめないのではないか?というのは杞憂でしょう。世界では当然子供にしっかりと教えていますし、日本にだって将棋など戦術ゲームを楽しむ文化があるじゃないですか。子供は何でも楽しんでくれると思いますよ。ただ、楽しめるように教えられる人間が不足しているのです。
タイムリーな話ですが、高校サッカー。津工業が準決勝まで進出し、大前の柏に敗れたのをご存知でしょう?、準決勝では大量失点で負けてしまいましたが、津工業は元々失点が異常に多いチームでした。それが今大会、準決勝までは驚きの失点数に抑えることができていてたんです。この急激な変化に皆さん驚いていらっしゃいましたが、その理由をご存知ですか?これはスペイン人コーチの守備指導によるものだということです。しかもそのコーチの招聘はギリギリの年末。当然指導は数日のみだったはずです。その数日でチームは見事に変わったそうです。監督は、自分が今までやってきたことはなんだったのかと、インタビューで答えていました。準決勝の大量失点は、私も観戦しましたが、2点目以降は焦りが目立ち、集中力が落ちた守備、無理な展開と、モチベーション、メンタル的な要因が原因であのような大量失点につながったと思います。
選手レベルでの向上は、指導者の向上なくしてはありえません。優秀な指導者をどうやって育成していくのかも大きなテーマです。オシム前代表監督は世界的な名将として知られていますが、彼が学んだベオグラード体育大学は世界的にも有名なコーチ養成所です。サッカーに限らずね。
日本はまだまだ発展途上と思います。各地域のクラブチームがもっと増え、各クラブがユース育成センターを持ち、全国各地でしっかりとした指導者が子供たちを指導できる、そういった環境を早く作っていく必要があります。サッカー王国静岡を脅かすようになった千葉の躍進は、偶然によって引き起こされた現象ではなく、日本中のどこの地域でも意図的に作り出せるものであるはずです。簡単ではありませんが。
以上、書き始めると熱くなって、つい長くなってしまいました。短く済ませるはずだったのですが・・・。
posted by Shar | 2008-01-09 00:20
教えるべきか否か
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何度もすみません、おそらく管理人さんの興味を引くであろう記事があったのを思い出し、追記させていただきます。「WEBサッカーマニア」というサイトにある記事です。記事のURLは、
http://www.geocities.co.jp/Athlete/3652/kanda4.html
で、特に後半は読まれるといいのではないかと思います。ただ、なにぶん古い内容ですので、その点はご注意ください。この時点からずいぶんと時代も変わりました。
なお、トップページは http://www.geocities.co.jp/Athlete/3652/ です。
また、小谷氏のブログも興味深くお読みいただけるのではないでしょうか。URLは、
http://www.actiblog.com/kotani/
です。ご参考になれば幸いです。
posted by Shar | 2008-01-09 00:31
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
>4バックの中央(どちらでもいいですが)がボールを持っている時に、相手チームがプレスをかける。
こういう状況になったら、ボールを保持するセンターバックが、なにができれば、がっかりせずに見ていられますか?
これは、他のチーム・メートに責任があることで、それさえなければあり得ない状況ですか?
ボールをキープした守備者がマークされる状況自体は、そのチームにとって悪いことですか?
なぜ「子供の頃からチーム戦術を教える」ことで、こうした状況が生じないと考えられのですか?
「体が勝手に動く」条件反射みたいなもので、いろいろな問題は解決できそうですか?
posted by ぶらっく | 2008-01-09 00:37
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コメント投稿者ID :
みなさんコメントありがとうございます。
>ぜつあつしさん
戦術を教えないことはありえないのですが、チーム戦術については、小学生の時期ではまだ教えない方が良いと考えている現場の方が多いのではないかと思っています。
理由は、
1、基礎的な技術や個人戦術、グループ戦術がしっかり身に付いていないのにチーム戦術を教えても上手くいきにくい。
2、子供を型にはめてしまうのではないかという危惧。
3、「ではチーム戦術とは何を教えればいいのか?」と指導する場合に何をすればいいかわからない。
などの理由があると思います。
>うがさん
「戦術は目的ではなくあくまで手段であり、目的はゴールなのだということを理解させることだと思います」
という言葉は本当にその通りだと思います。
ですが、この考えはどういうものでどうすれば子供たちに伝えることができるか・・・。
そこを本当に理解していて、子供を育てることができる指導者が必要ですよね。
動画は見ました。
私の意見とは違うところが多少あったので、いろいろと学び考えさせられました。
>♥ さん
そうですよね、本当に子供の教育は難しいです・・・。
子供と相対していて日々悩みまくりです・・・。
>Robさん
村松尚登さんのブログは愛読しています(笑)
村松さんのようなプロの方の記事に比べると質量共に足元にも及ばないのですが、私のようなアマチュアがへぼいなりにも自分の意見を持ちたいと。
そのために色々な(自分に近い立場の人からも)意見を聞きたいと。
そんな思いで書いてみました。
>戦術はヒント さん
考えは戦術はヒントさんと同じです。
私の書き方が悪かったので誤解させてしまったみたいです。
すみませんでした。
私も「絶対こうしろ!!」という戦術の押し付けではなく、「この場合こうすると、こういう状況になる」というアイデアの集合体を教えることが戦術だと思っています。
私がごちゃごちゃ言ったところで、戦術はヒントさんの名前が一番物事を的確に表していますね。
> Shar さん
Shar さん、コメント本当にありがとうございます。
Shar さんは現場で実際に指導されている方でしょうか?
内容が非常に分かりやすく、興味深い内容でした。
指導者の育成のためには、専門機関や海外留学での指導者の教育と共に、サッカーファン一人一人の知識の向上も大切だな~っと感じます。
・・・なので私ももっと勉強します。
> ぶらっく さん
プレスを掛けられるのが悪いのではなく、その後の他の選手のフォローが少ない、もしくは少ない状況にさせてしまうパスを出している現状に、その場しのぎや無責任さを感じてしまいます。
チーム戦術ですから、ボールを持っている個人が悪いのではなく、ボールを持っていない他の選手に対しての動きを教えることが、後ろからの組み立てになりひいては攻撃につながっていくと考えています。
4バックの中央でボールを持っている状況では、多くの選択肢があると思います。
キーパーへのバックパスや隣の選手への横パス、中盤の底の選手へ出して攻撃を組み立てたり、楔のパスを入れる、サイドのスペースへ出す、または縦へドリブルで入り込んでいく。
これらの選択肢をしやすくするために周りの選手は動く、これが戦術だと思います。
また、選択肢から一番正しい選択を早くするためには子供の頃からのチーム戦術であり、それが成功した姿を、体が勝手に動く条件反射と書きました。
posted by 管理人 | 2008-01-16 19:45
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コメント投稿者ID :
>プレスを掛けられるのが悪いのではなく……無責任さを感じてしまいます
そういう意味合いのことではなく、この状況というのは、守備ゾーンでボールをキープする側が、かいくぐって攻撃に転じられる技量さえあれば、得点チャンスにもなりますね、と指摘したかった。
「そんなこと、机上の空論だ」と思いますか?
>知識の向上も大切
無知ではやっていけないのは間違いないですが、どちらかというと考える能力の方が大切だと思います。知識は、かなり後からでも獲得できるものではありませんか。
サッカーを見るのも、知識よりも、見て、どれほど柔軟に思考できるかが鍵なんですけどね。
>選択肢から一番正しい選択を早くするためには子供の頃からのチーム戦術であり、それが成功した姿を、体が勝手に動く条件反射と書きました。
大筋では間違いです。
子供時代からずーっと同じチームというのもあり得ないし。
>津工業は元々失点が異常に多い……今大会……抑えることができていてた……その理由……コーチの招聘はギリギリの年末……数日でチームは見事に変わったそうです。
これは?
こういうことが起きるとしたら、試合である程度まで臨機応変の判断力を発揮できる選手なら、基本的戦術変更にも、数日で対応し得るという見本だといえませんか?
「選択肢から一番正しい選択を早くするために」、からだを自在に動かせるようにする、条件反射的なほどにまで楽にボールを扱えるようにする、無酸素運動中であっても状況判断ができるほどに考えることを血肉化する、有酸素運動の帯域を広げるべく閾値を上げ持久力をつける、等々といったことが基本の目標です。
もちろん、選択肢を減らすために思考パターンを教えますが、それはフレームですよ。子供のころからたくさん教え込む、早ければ早いほどいい、なんてことはありません。
そんなこと、サッカーに限らないことではありませんか。
風間さんのご見解には納得できませんか?
『「この場合こうすると、こういう状況になる」というアイデアの集合体を』たくさん詰め込めばいいはずは、ないでしょ?
アイデアを発揮できる基礎が備われば万歳ですよ。
割り算の原理は簡単でしょう?
小学校一年生でも理解できます。でも、九九を暗記していない一年生に、割り算の暗算問題を出したら大変です。
九九を憶えてから、割り算を勉強してもらえば充分だと思います。
ただ、その時期が遅すぎて、大学生になっても分数の割り算が理解できないというようでは問題です。
藤枝の河井選手みたいに上手なら、どんなに目新しい戦術を強要されても、きっとうまくこなせます。
仮に、全員が河井選手並みの技術と判断力があれば、絶対に優勝だったと思うんですけどね。
posted by ぶらっく | 2008-01-16 23:38
教えるべきか否か
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>ぶらっくさん
コメントありがとうございます。
>>最初のテーマに関して
決して机上の空論だとは思いません。
プレミアリーグを見ることが多いのですが、実際にプレミアリーグの試合ではそういったプレーから得点のチャンスを生んでいます。
ただ、それが現時点の日本人選手に出来るのか、それとそういったプレーが向くのか(身体的な面と精神的な面の両方を考えて)の二つから考えると、そういった状況を作らないように全体で動く方がいいのかなと思っています。
私は「出来ないなら他の方法を探す」タイプの思考です。
文章を読んでいると、ぶらっくさんは「出来ないなら出来るようにする」タイプの人だと思うのでその点で考えの違いが生まれているのかな?と思います。
>>2つ目のテーマに関して
「サッカーファン一人一人の知識の向上」という点に関しての返信ですよね?
ぶらっくさんの「考える能力の方が大切」という言葉は、まさにその通りだと思います。
ただ、考える能力をどう伸ばすかというと・・・私にはちょっと思いつきません。
(子供の頃ならまだしも大人になってからだと、どうすればいいのでしょうか?
方法等はご存知ですか?)
この知識の向上というのも、コーチや監督といった指導者に対しての発言ではなく、単にテレビ観戦や試合観戦してるサッカーファンが、もっと深く様々なプレーについて話し合っているような状況にになれば、日本のサッカー文化自体が底上げされるのではないかと思っています。
>>3番目のテーマ
すみません、これは何に対しての反論なのでしょうか?
私もずっと同じチームでやるとは思っていませんので、そういった意味で発言してはいないのですが。
>>4番目のテーマ
Sharさんから教えていただいた内容のもので詳しいことはわかりませんので、ちょっと答えられません。
教えるという表現が詰め込むと伝わってしまっているかもしれませんが、そういう訳ではありません。
ぶらっくさんが基本の目標と書かれた部分は、考える能力を生かすための方法ですよね?
素早く判断する等の考える能力自体を鍛えるものは、チーム戦術だと思います。(当然、個人戦術やグループ戦術などすべても含まれますが)
ぶらっくさんはチーム戦術が選択肢を減らすもの(ブラッシュアップして精度を増すためのもの)として考えているように感じます。
私は逆で、選択肢を増やすものだと思っています。
理由は、「こういった場合にこうすると、こういう状況になる。ここからこういう結果を生み出すためには、こういう方法やこういう方法などがある」と教えると、子供は「じゃあこうしてもこういう結果になるの?」と類似したアイデアを生み出し、それを繰り返すことが考える能力の向上につながると考えるからです。
子供は一つの成功例を与えると、成功失敗様々な考えを出します。
指導者の役割こそブラッシュアップして精度を高めてあげることだと思います。
少し論点を変えます。
書いていて、チーム戦術という言葉の認識にぶらっくさんと私では違いがあるのかな?と感じます。
子供にチーム戦術の教えるかどうかの話なので、私が余計にあいまいに定義しているため、話し合いに大きな食い違いが起きているのだと思います。
今回の話ではチーム戦術を、例えば「浦和レッズのようにカウンターで戦え!!」や「ヴァンフォーレ甲府のように繋いで戦え!!」というように型にはめて考えているのではなく、「サッカーでこういうプレーをするとこうなるよ。ここからゴールするには、こういう方法やこういう方法があるよ。」というアイデアを教えることだと思っています。
そういったアイデアや成功例を教えるというか、与えることが子供の頃からあってもいいのではないか?という意味で書きました。
個人技個人戦術やグループ戦術を教えても、大きなビジョン(試合全体の流れ)で物を見る癖は付かないと思います。
ボールを扱うアイデアの豊富さや2人や3人で裏に抜けるアイデアは育っても、「じゃあその後のアイデアは?」というとチーム戦術なしに育つとは思えないのです。
「ゴールを決める」という最終的な目標を出すためのアイデア(チーム戦術)こそ一番大切なものなので、この点を考える癖をつけることが考える能力を育てる点において核となる部分なのではないでしょうか?
そして考える癖が一番付きやすいのが子供(特に小学生の時期)ですから、そこまでにチーム戦術を伝え考える癖を身につけることが大切だと思っています。
勘違いして欲しくないので追記しますが、私は決して「個人の力」を軽視しているわけではありません。
風間さんの見解に否定しているわけでもありません。
チーム戦術を伝えるというのが、組織で個人の力をカバーするというのではなく、ボールを持っていない時の個人の力を鍛えるのが目的です。
一番最初に書かなければいけない部分を最後に書いてしまっている程、文章力の無い私ですが・・・私の考えはこんな感じです。
長文乱文になってしまって本当に申し訳ありません。
ぶらっくさんがもしこのコメントを見て下さったら、反論や「ここが変だろ?」等、意見を下さると嬉しいです。
(またまた追記ですみません。
河井選手に関してはそう思います。
頭でばっか考えるよりも、ああいった選手が生まれた土壌を見に行った方がよっぽど早いですよね。
ただ静岡は遠すぎて・・・いけそうもありません。)
posted by 管理人 | 2008-01-17 18:37
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
>それが現時点の日本人選手に出来るのか
成人日本人一般の、他人種と較べての相対的特性だと喧伝される点は、子供のコーチング時に意識しすぎる必要もないのでは?
どうせ日本人の子供が多数でしょうから、自然とそれなりになるでしょう。
それに、真に一般的な日本人児童というのもいないわけで、なるべく実在の個人に合うような、様々なタイプの指導があっていいかなという感じです。
>考える能力をどう伸ばすか
対象を把握したら、そこからは多くの部分が想像力次第でしょう。知識は、思考に使われてこそ生産的です。
そのためには、考える状況を与え、あるいは考えざるを得ないシーンを設定し、思考をめぐらせるようにさせ、見解が出たなら反論してあげるとか。大人も、子供の場合とたいして違わないように思います。
本来の、学校でやるべき教授方法と同じではないですか。それと並行して、暗記しなくてはならない文字やら決まり事などがあって欲しいわけです。
すでに一昔になったかもしれませんが、ちょっと前のアヤックスが喧伝されたころ、子供からトップまで、同じフォーメーションにあてはめて訓練するとかって報道されてませんでしたか?
子供が時代のスターを真似るのは普通だし、同類の人々が指導者をやってれば、そうなっちゃうのも自然かもしれませんが、離れて眺めるといかがです?
子供時代からずーっと同じチームというのもあり得ないし。
まあ、実態は少し異なるのではないかなと感じますが。
しかしそれを日本でも、アヤックスの強さの秘密だとかなんとかと、その「通底ぶり自体」を持ち上げるのがいて、馬鹿馬鹿しいと感じたものですが、そう感じる方が狂ってますか?
そうそう、横道ですが、アヤックスが駄目になるとみんな駄目、ですか?
そんな考え方って、普通の人の許容範囲内でしょうかね。
えっと、もっと過去は、選手あってのチーム戦術だってされてました。どんな選手にでもあてはまる最高の万能戦術はない、と。
だから逆に、特定のチーム戦術へ選手を無理矢理はめ込むものではない、とかいわれます。
蛇足ですが、変わらない基本部分は別ですよ。
>戦術が選択肢を減らすものとして考えている
これは本質的にそういうものですよ。ある種の形式を与え、選択肢を少なくし、判断を楽にする助けになるものです。
猫だってそうですが、人間、なにごとも形式なしには立ち行きません。当然そういうものは必要ですよ。
しかし、整序してあげ過ぎると、そこから間違った考えも派生させがちになります。
>四十年くらい昔の日本でも、小学校五、六年生のチームにポジショニングの指導などがありました。
選択肢をある程度限定してあげることは、小学生にでも必要だし、昔っからまともな指導者は意識してます。昔っからです、まともなら。程度を弁えてアイデアを提示します。
また、あるアイデアを提示しなかったからって、それが必ずしも指導不足ともいえないでしょう。
戦術的なことなしに教えてるってことは、厳密な意味ではあり得ないし、教えるべきか否かって、完全に「否」なんてこともありません。しかし、塩梅です。
早ければ早いほどとか、できるだけ多くとか、強調しすぎるのが馬鹿げているといってるんです。
××の環境基準に則して、社会貢献をしつつ企業活動してますと掲げても、そのうちに単なる商売のための看板になってしまうのが普通です。そして、それ自体を目的にしてるかのような態度は間違いだ、とは、いいだせなくなる。
オシム監督が走れと強調してたから、子供にも単に走れと指示する、なんて馬鹿げた戦術はないでしょうが、それに近いことをする場合はあり得て、歩いてたら罪かもしれないなと思うのが出てきたりします。
チーム戦術という言葉の認識よりも、その言葉は包括的なものなのだから、どんな例も想起し得るということだと思いますよ。
で、標語的には、子供に戦術うんぬんと騒ぐべきではない、といいたい。たいてい手段は目的になっちゃうものですから、それに道を開くような総論的煽動だけでも、ない方が幸せでしょう、比較すれば。
実際、チーム戦術面の不足がある子でも、ミドルティーン以降で付加修正可能な場合がほとんどだという気がします。個人戦術的な悪癖の方がやっかいではないですか?
>大きなビジョン(試合全体の流れ)で物を見る
試合中、それを見ることができても、たいていの人は、そこで最適なことを実行できません。どうしてですか?
まあ、見ること自体ができない人、あるいは、そういう場合というのもあるでしょう。しかしたいていは、能力・記憶などに規制されてできないということが多い。
河井選手ではない選手でも、河井選手並みに、あるいはそれ以上に、どうすればいいかはわかっている人もいた、だけどできなかった、のかもしれません。
仮に、日本代表の中村選手よりも、オシム監督の方が戦術を深く理解してたとしましょう。そんな場合にしたって、今般の試合で、ご病気前のオシム監督に出場願っても、中村選手ほどにはプレーできないと思えますよね。
別の面では、人は皆、不可能な夢は見ないといわれることがあります。かなりの部分は的を射ているでしょう。
利き足でないとキックできる角度が狭い人の場合、不都合な一瞬に、ボールを持ちかえるとか、キープを選択せざるを得ないとか、クリアするしかないとか、まあ、まずい方の選択肢しか思い浮かばなかったりします。
能力・記憶などに規制されて、見れなくなることも多々あります。見えるけど実行できないのと、どっちが多いでしょう。
>ボールを扱うアイデアの豊富さや2人や3人で裏に抜けるアイデアは育っても、「じゃあその後のアイデアは?」というとチーム戦術なしに育つとは思えないのです
「その後のアイデア」なるものが統一的に確立され、それがあってこそ、そこから逆算でうんぬん、というように考えますか?
チームによって、指導者によって、選手たちの意志他もろもろによって、「その後」は、かなり多様であり得るものではないでしょうか。その「その後」こそ「一番大切」と考えるのは、多分に観念的だと思いいたりませんか?
そんなことやらそのほかやらで、「子供の頃からのチーム戦術」強調によって、「得点力不足の問題やビルドアップの問題」を解決できる、成人後の「チーム全体での共通理解」不足という未来の現状を解決できるというのは、大筋では間違いでしょう。
教えるという表現が詰め込むと伝わってしまうことは、ごく普通かなと思います。
大企業経営者が、社会人として即戦力になるような教育を大学でやれと、大声で要望したなら、それは正しいですか?
やはり具体的内容次第でしょう。
posted by ぶらっく | 2008-01-20 02:51
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
>ぶらっくさん
コメントありがとうございます。
>>最初のテーマ
私が現時点での選手に限定して話してしまっていたので、すみませんでした。
様々な指導法があるのは大切なことだとおもいます。
この状況(DFでのボール回しの話)においては
、ベースとするものはプレスを掻い潜るよりも他の多くの選手が動いてパスコースをつくることによって組み立てる方法の方が良いと思っていますし、もし私がコーチであったらそのように指導したいと思います。
日本人を画一的に捉えるな!と怒られるかもしれませんが、やはりどうしても他国(特に強豪国)に比べると身体的に難しさがあります。
一人素晴らしい身体力を持った選手が生まれたとしても、サッカーはチームスポーツですから、他の選手が当たり前としているものをその選手も身に着けていなければ、チームプレーが出来ません。
フィジカルトレーニングが今以上に発展し、他国と身体的なものの差が少なくなれば、話は変わってきますが。
>>2つ目のテーマ
子供に考える場を作ることが、「チーム戦術」だと思っています。
ここの部分についてどうしても噛み合っていませんね。
ぶらっくさんが基礎・基本と言われている部分にチーム戦術が来ると思っています。
チーム戦術のチームは、そのチーム特有の戦術という意味ではなく、11人対11人でサッカーするための戦術という意味です。
例えるならば、「サイドバックの選手が、現在の状況からこれから起こりそうな場面を予測し、行動に移す」という思考を磨いていくために、チーム戦術(一つアクションを起こせば、次にこういった状況が起こると予測される。その次にはこういった状況が起こると考えられるといったもの)をを伝えるものです。
アヤックスの話は知ってはいますが、私もこの話に興味が湧かなかったので、特に何も考えませんでした。
なので、ちょっとコメントを返すことが出来ません。
>>3つ目のテーマ
子供にとっては戦術は選択肢を減らすだけでしょうか?
ぶらっくさんと同じ意見で人は有る程度形式を与えなければ、新しいものは生み出せません。
新しいアイデアを生み出すもとが、戦術であり知識であると思いますが。
(詰め込みに関しては同意見で、発想の豊かさを阻害するものだと思っています。ですから、適量・適切な指導が大切だと思います。)
>>4つ目のテーマ
できるだけ多くの部分は確かに誤りだと思いました。
サッカーだけでなく、他のことにも触れさせる時間と余裕は絶対的に必要ですよね。
できるだけ早くの部分は間違いだとは思いません。
視野を広げてあげることが悪いことでしょうか?
少し無理やりな例えですが、年を取る毎に他言語の習得は難しくなりますよね?
多くの人が年を取れば、思考に融通が利かなくなります。
これは決して悪いことではなく、「慣れる」という生物にとって必要不可欠な能力が働くからです。
子供の頃に学ばなければ難しいものの他の例としては、音楽などがあります。
サッカーの思考というものも、子供の頃から学ばなければ育ちにくいものだと思っています。
(ただし、上記にも書きましたが無理やりの詰め込みという意味ではないです。)
サッカーに必要な思考能力が磨かれる方法が他にあれば、それでもいいのですが、思いつかないです。
>>5つ目のテーマ
テレビを見ている人の視点と同じような視点を持てるために、この意見を言っています。
「今出来ていないから駄目じゃないか」という反論は少し違うと思います。
>>6つ目のテーマ
その後のアイデアを決め事のように確立しろと言ってるのではありません。
「抜いてから考えている」かのようなプレーが多く見れるので、「抜く前に考える」ことを身に付けれるようにしたいのです。
そのためには、先を予測する思考を身に付ける、そのためには、チーム戦術を伝えてどんな事態が起こりえるのかを知ってもらうことが大切だとうったえています。
予測や考えた後にどうするかは、個人の自由ですし、責任が伴いますからいいです。
予測や考えが不十分で無責任と思えるプレーをしているから、駄目だと思っています。
ぶらっくさんは「考える力」を育てるためには何をしたらいいとお考えでしょうか?
もう少し具体的に教えていただければぶらっくさんの考えも理解できて嬉しいです。
posted by 管理人 | 2008-01-23 18:38
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
>「考える力」を育てるためには何をしたらいい
「考える状況を与え、あるいは考えざるを得ないシーンを設定し、思考をめぐらせるようにさせ、見解が出たなら反論してあげるとか。大人も、子供の場合とたいして違わないように思います」
このほかに、ということですか?
長かったから読み取れませんね。
>サッカーの思考というものも、子供の頃から学ばなければ育ちにくい
サッカーの思考という特殊なもの、ありますか?
それが存在するとしても、そういうものではなく、思考力一般を涵養すればいいでしょう。
通常の勉学と少し異なるといったら、サッカーの試合は速さし将棋的というのか、長考できないことくらいでしょう。
その点で条件反射的に解決するために幼いころからだというのも、ある程度は間違ってます。まず、観察できるかどうかが問題ですから。
なぜ見ることができても実行できないか、なぜ見ることができないか、そこに想像力を働かせて、子供の立場で考えて欲しいもの。
想像力ある賢い人なら、成人後でもサッカーについて充分に考察できます。しかし、試合の中に放り込んだら、表現手段としての技術等が拙劣で、どれほど素晴らしい思想を持っていても役に立たなかったりするのでは?
>フィジカルトレーニングが今以上に発展し、他国と身体的なものの差が少なくなれば
大前選手は日本人の中でも小柄でしょうし、河井選手はもっと小さいんでしょう?
ありがたいことです。彼らを見たら、日本化とやらの理想像のひとつの類型は、あまりにも明らかだと思いますが。
「画一的に捉えるな」という面よりも、「他国(特に強豪国)に比べると身体的に難しさがあります」ということを強調して子供を指導すべきでない。
>単に個人戦術の延長線上でチーム戦術じゃないじゃんと言われそう
乱暴にいって、それで子供は充分だとしてもよさそうですけど。
技術と、それの適切な発揮の仕方、これをうまいバランスで育めれば大成功でしょう。すなわち大切なのは個人技と個人戦術です。
変わらぬ大原則で、子供にもしつけるべきって、、、パスしたら動く、ボールに寄る、常に見る、とか。
どう動くかの本質はあるけれど、意外とその時点でのチーム戦術に影響されます。今、普遍的みたいに思っている動きでも、格別、子供に詰め込む必要はないと思います。
チーム戦術というのは試合のやり方のことで、試合をすれば、なんらかのかたちで必ず付加されます。モデル化した形式ですよ。
形式は必要、しかし、不出来なコーチほど、子供に多量の形式を提示しがちです。だから「標語的には、子供に戦術うんぬんと騒ぐべきではない」
諦念を植え付けられたおとなより、子供の方が本来は試したがるもの。
しかし解答めいたものを多く提示すると、試すことを避けるようになる。間違いたくないと、強く意識します。
優秀なコーチが国内では絶対的に不足しているのなら、子供の場合、変に教えようとするよりも繰り返し試合をさせておく方がいいと思いますよ。
サッカーに関して優秀なコーチより、観察力に優れた、人心を想像できる頭のいい助言者の方がいいかも。そんな人はなかなかいませんけどね。
情報が手に入りやすい今、好き勝手に遊べる校庭や空き地がそこら中にあれば、優秀なコーチングなんか、子供には不要かもしれません。
posted by ぶらっく | 2008-01-23 21:51
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
>子供に考える場を作ることが、「チーム戦術」だと思っています。ここの部分についてどうしても噛み合っていませんね。
異なる定義を使ってますか?
チーム戦術とは、どんな風に試合を進めるのか、といったことではありませんか?
試合なんだからすべてが含まれてますが、そういってしまうと個人戦術もグループ戦術もない。どれも人間が便利なようにとつくりだした概念にすぎません。扱いづらければ、その概念を使わずに、例示すればいいんですけどね。
「戦術の基本は個人戦術」ではなく、「チーム戦術」だと考えてますか?
戦術を学ぶ順番を、チーム戦術 → グループ戦術 → 個人戦術、とするべきだという考えに影響されてます?
元来は、上の順番で複雑さを壊していって、困難を分割したという性質の概念ですよ。たしかに基になってるのは試合だから、試合をせずに個人戦術の指導ばかりというのでは本末転倒ではあります。
でもね。あえて重要度とか普遍性、個人にとっての大事さで順をつけるなら、理念的には逆の矢印になります。
人それぞれに独自の見方はあるようですが、一般に普遍性は、個人>グループ>チーム、といった風に小さくなる感じなんですがね。
チーム戦術という字面から、抽象的に意味をとりだそうとしたら、それは言葉遊びというか、不毛ですよ。
バスケットボールのコーチング・ページです。
>http://homepage.mac.com/coach_s/home.htm
ボールゲーム指導事典という本の目次です。
>http://thistle.est.co.jp/tsk/detail.asp?sku=10148
湯浅さんのサッカーの本です。
>http://www.sanko-sha.com/sankosha/editorial/books/items/030-6.html
この三種のうち、湯浅さんは独自の分類を使ってるようです。
チーム戦術のうち、特定の試合に特に対応しようとする部分をゲーム戦術としてるようですね。で、さらにグループ戦術の一部もチーム戦術にとりこんでいるのかも。
どちらの本も読んでないので、ほんとの主張は理解してませんが、おおざっぱな区分概念はわかるのではありませんか?
こんな区分だとしても、子供にはチーム戦術こそ仕込むべきですか?
仮に、中学生を指導する立場だとしたら、どんなものを身に着けて入学してきて欲しいですか?
posted by ぶらっく | 2008-01-24 10:51
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
>ぶらっくさん
コメントありがとうございます。
>>1つ目のテーマ
おっしゃっている理屈はわかります。
ですが、具体的な事例を挙げて説明していただければ、更にわかりやすいと思ったので質問しました。
例えば、「どういった思考をさせるために、どういう状況をもたせ、どういった意見を出させるか。さらにどういった声かけを行なうのか」
大まかで結構ですのでこの点を教えていただけると嬉しいです。
どうも実践的な事例がないとうまく頭に入らない人間なので・・・。
>>2つ目のテーマ
サッカーにしかない思考力はないと思います。
ですが、サッカーに限ったものではないとはいえ、特殊なものだと思っています。
パス一つにしても、立体的に物事を見て判断したり、人の動きなどを予測し、強さ弱さタイミングなどを考えて出します。
この一つのプレーにしても様々な能力や複雑な思考が必要とされると思いますが。
どちらかと言えば、通常の勉強で学ぶものではなく、音楽や絵画といった芸術的感性を学ぶものに近いと考えています。
(当然学校教育でも音楽や美術といったものはありますが、それらは特化したものではなく、基礎基本の知識を身につけるものですので違うと思いました。)
>「なぜ見ることができても実行できないか、なぜ見ることができないか、そこに想像力を働かせて、子供の立場で考えて欲しいもの。」
すみません、この部分について理解できませんでした。
何か事例を挙げて説明して下さると嬉しいです。
>>3つ目のテーマ
これは難しい問題だと思います。
子供一人一人の個性を大切にしていくことは非常に重要です。
それとは逆に、一般的日本人の特性に合わせたスタイルというもの身に付けなければ、「この子は下手だ」と思われて試合に出れなかったりします。
ですからフィジカルトレーニングなどが発展して、様々なサッカースタイルをとれるようにならないと難しいと思いました。
>>4つ目のテーマ
>「好き勝手に遊べる校庭や空き地がそこら中にあれば、優秀なコーチングなんか、子供には不要かもしれません。」
これは本当にその通りですね。
私の周りでも好き勝手にサッカーで遊んでいる子供を見ることが少ないので、寂しいです。
私が接している子供の多くは、教えてあげて納得すると試してみようとします。
それとやっぱり褒めてあげるとやる気を出します(出さない子も増えてますが・・・)
そういった私の経験から考えると、
初めは9割くらい正解のことを教えほんの少しを自分で考えさせて答えを出させる。(正否はあまり問題にせず)褒める。次は8割、その次は7割・・・。褒めることでやる気と成功体験を積ませながら、だんだんと自分で考える割合を増やしてあげる。そういった活動の中で思考力と判断力を鍛えます。
では何故これがチーム戦術で行われなければいけないか。
①褒める場を増やす
②チームのことを考えられるようにする
の2つがあるからです。
チーム戦術ではボールを持っていない人も大切で見てあげますから、自己犠牲の動きなどを褒めて
あげることができます。
それによって「チームのため」という心を育てることができます。
自己中心的な考え方が増えている昨今の子供達においては、人のことを考えられる心を育てられるのは、サッカーよりも社会生活において大きなことかもしれません。
少しサッカーから脱線してしまってすみませんでした・・・。
この点から考えると、ぶらっくさんのおっしゃたように、
>「サッカーに関して優秀なコーチより、観察力に優れた、人心を想像できる頭のいい助言者」
の方が必要ですね。
>>5つ目のテーマ
私もチーム戦術とは、どんな風に試合を進めるのかだと思っています。
子供達の指導に関しては、「どんな風に試合を進めるか」を考える力を身に付けて欲しいのです。
だから、こういうプレーをすると「どんな状況になるか」というものを伝え、それをもとに「どう試合を進めるか」といった思考力を育てていきたいと思っています。
戦術を学ぶ順番は、個人戦術→グループ戦術→チーム戦術だと思っていますが、その垣根はほとんどないと思っています。
個人戦術を教えながら、それをチーム戦術で実践しないことに意味はあるのでしょうか?
「鉄は熱いうちに打て」ではありませんが、子供が夢中であるプレーに打ち込んでいる時ほどその
プレーが生かされるチーム戦術を行ってあげるのが理想だと思います。
まあ、子供全員のことを考えるとそうそう上手くは行きませんが。
少し話はズレてしまいますが、鈴木啓太選手や羽生選手みたいなボールの無いところでの動きやポジショニングが上手い選手が好きな私としては、もっとボールの無いところでの動きが上手い選手が増えて欲しいです。
「ボールはなくとも俺を見ろ!!」という選手がどんどん現れて欲しいです。
そういった願望が、チーム戦術を重視してしまう要因になってるのかもしれません。
中学生をもし指導できる立場だとすれば、質問や意見をしっかり言える子供が理想です。
サッカー特有の技術で言うならば、ボールを持っていないところでも自分をアピールできる子でしょうかね?
なんか曖昧になってすみません・・・。
posted by 管理人 | 2008-01-25 19:12
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
>実践的な事例
たとえば少人数でのゲームに、普通の試合にはない条件を設定して考えさせるとか。規制の内容とかは、対象になる子の程度を見て決めないといけないですね。
とにかくおもしろがれるものが好ましいでしょう。主体的に参加してる人は考えるものですから。
>立体的に物事を見て
視力やからだの平衡感覚等々は個人差が非常に大きいように思います。考えることの方が万人向きの行為ではないでしょうか。
周囲視力や動体視力は天性の影響大で、マラドーナには(想像力でなく)実際に見えるものが、ボチーニに見えないということがあったとしても、それはどうにもならないのでは?
そうしたものや直感は「特殊」で、思考と同列には扱いづらいと思います。それを補うのが常識的な予測というか、想像力ではないでしょうか。
音楽や絵画も一緒なのでは?
逆にいえば、理科や社会にも、論理や因果他の捉え方に、感性が鍵になるというか、必要なように思いますけど。
彫刻技法をまったく知らない人の中にも、ヘンリー・ムーア並みの塑像が、脳裏においては浮かんだりすることがあるんではないでしょうか。
>年を取る毎に他言語の習得は難しくなりますよね?
それは会話中心の、第一言語とか第二言語とかではないですか?
からだの動かし方とか、サッカーの技術とかに相当しそうです。
年相応に考えてきた人は母国語しか知らない小学生よりも、それなりに論理的文法的手法を使って、他国語の「読み書き」を習得しやすいような気がしますけど。
こっちは戦術的なものになぞらえられそうに思います。
>何か事例を挙げて
しつこく列挙しすぎて失敗でした。
技能等に劣るがため、わかっていても実行できない、あるいは、制約されてしまって見ることができずに判断を誤るということです。
藤枝東のこととか、中村選手・オシム監督の件、不得意な方の足、成人後にサッカーを知っても理解できるだろうこと、等々です。
まず、観察できなければ、妥当な考えもなにもないですよね。
ご自分が上手な人に混じって試合をしたらどうなるかとか、想像する方法は多々あるように思いますが。
>「この子は下手だ」と思われて試合に出れなかったり
制度の問題が大きいでしょうが、理屈では、下手でもなんでも試合はさせるべきで、そうした環境をつくる方が、エリート教育より先だと思います。
大前選手みたいな人でも、小さいからどうかなあとか思われちゃうんでしょう?
そうしたおとな思考に、昨今の子供も染まってるのかも。だから子供も「フィジカルトレーニング」でもないでしょうに。
>一般的日本人の特性に合わせたスタイル
仮にそういうのがあったとして。
サッカーが好きな子の中にそのスタイルが嫌いな子がいても、別にあわさせる必要はないでしょう。どのみち試合に出れば、幾分かは協調せざるを得なくなるものだし、その子なりに考えて好悪があるのなら、なるべく好きにさせてあげればいいでしょう。
往時、友人から聞いた話です。
ジーコ選手は東京に来てリバプールに勝ちました。その前後のインタビューで、ジーコ自身のようになるために大切なことはなにかと尋ねられました。
「頭脳、技術、それからほかにも諸々ある、が、一番大事なのは、好きであるということだ」
こんな意味の解答をしたそうです。
ジーコも栄養状態の改善やらなにやら、いろいろ努力したそうですけど、それでも、基礎的な体格で勝負してるわけではないでしょう?
>個人戦術を教えながら、それをチーム戦術で実践しないことに意味はあるのでしょうか?
「試合をせずに個人戦術の指導ばかりというのでは本末転倒」
「変に教えようとするよりも繰り返し試合をさせておく方がいい」
>ボールの無いところでの動き
これはボール扱いと並んで、個々の能力を測る最大指標ですが、技術と無関係ともいいづらい面があります。
どちらかというと、それ自体は個人戦術・グループ戦術の範疇だと捉えてます。
パス・アンド・ゴーの慣習が身についた子は、攻守両面で、どう動こうかと考えます。ま、そういうのを身についてるというだけのことですが。
そういう場合なら、これこれのフォーメーションを基本に試合をするから、とか説明すれば、子供であってもそれなりに自分で考えます。
で、そのような子の過半は、人並み以上にボールが扱えて、まわりを見る余裕があり、だからこそ思考できるというように見えます。
逆に、頭がよくても技術に欠陥がある場合、戦術は理解できても、試合ではボール扱いに没入してしまって、思考できないことがままあります。
posted by ぶらっく | 2008-01-25 23:18
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
>ぶらっくさん
コメントありがとうございます。
>>1つ目のテーマ
実践的な事例を理解することが出来ました、ありがとうございます。
もしご面倒でなければ、更に具体的な状況を仮定して教えていただけると更に嬉しいです。
ただ、これは本当に趣味というか、個人的に知りたいだけなので無理にではないです。
「主体的に参加させる」というのは、子供に関らずどんな人を教えるにも難しいことですよね。
この点はサッカーという枠を超えて私も日々考えさせられています・・・。
>>2つ目のテーマ
すみません、この点に関しては私が例に出したものが元々の話の筋からズレていました。
訂正して、真意をちゃんと伝えたいのですが、少し考えても答えが見つからないので、近いうちに記事にしたいと思います。
「サッカーと思考」みたいなテーマになるかもしれないです。
なので、子供たちだけに限定するのではなく、もっと広い範囲になってしまうかもしれないです。
色々な方にもコメントを残していただけるような書き方にしますので、私も参考にしますし、ぶらっくさんにも役立つものになればと思っています。
>>3つ目のテーマ
なんとなくぶらっくさんのおっしゃりたいことがわかりました。
私の考えとしては、
(個人戦術などで)出来る見えるようになってから次のステップに進むことも大事だとは思いますが、出来ない見えない状態でもやらせてみるのも大事だと思っています。
(ただ、それでも限度があるのはわかっています。そこの按配はまだわかっていません。)
何故こう考えるかの最大の理由は、「チャレンジ精神」を育てたい気持ちがあります。
「出来てからやる」だけでは、チャレンジする心が育ちにくいと思います。
子供のサッカーは人間教育の意味合いも大きいと思うので、「とりあえずやって見る」というのを見に付けて欲しいなと思っています。
フットサルでの話になってしまうのですが、一人上手い人たちの中に混ざってやっていた経験はあります。
正直、何もできませんでした。
ただ、終わった後、「どうすれば良かったのか、どうすればアドバイスを実行できるのか」非常に悩みました。
言われたことから逆算して、「今の自分ならどこまで出来るのか、何なら出来るのか、まず何を伸ばせばいいのか」と考えました。
(今でも下手糞ではあるのですが・・・)非常に良い経験でした。
これを子供達にやれ!とは思いませんが、少しでも近い経験をさせてやれればなとは思いました。
>>4つ目のテーマ
下手な子供でも試合に出れるようにした方がいいのは、本当にその通りだと思います。
そのための制度作りをすべきだというのは完全に同意見です。
ただ、現状ではそのなっていなので、現状から考えました。
そうした前提条件を勝手につくってそれをもとに話していました。
本当にすみませんでした。
フィジカルトレーニングの話にしても、そういったものが確立されていれば、プロや高校生のサッカーでももっとバリエーション豊富な戦術が取れるようになり、子供たちやそこに関るコーチなどもそれに沿って様々なバリエーションのサッカーをするようになるのではないかと思ったから書きました。
これに関しても説明不足でした。
決して、「子供のうちからフィジカルトレーニングをしろ」という意味ではありません。
>>5つ目のテーマ
好きというのは大事なことだと思います。
好きになるにる要素として、試合に出る、試合に勝つというのも大きいと思います。
その2点から考えると、一般的日本人に合ったスタイルを身に付けることは大事だと思っています。
ただ、一つ上のテーマで書いたように、日本サッカーが取れるバリエーションが増えれば、そういった一般化されたスタイルをわざわざ身に付ける必要はなくなるかもしれません。
>>6つ目のテーマ
試合は大切です。
ただ、試合の数はそんなに多くないですし、大会と銘打った試合になるともっと少ないですよね。
そこをまずちゃんと整備して増やしていくのは大切だと思いますが、それは別の話になってしまうので置いておきます。
試合に近い練習をするのは大切だと思います。
>>7つ目のテーマ
ボールの無いところでの動きは確かに個人戦術・グループ戦術です。
ただ、他の技術と同じように試合で生かされるようにならなければ無意味です。
練習で出来ていたことが試合で出来ないことなんてザラです。
何故できないかと言えば、個人戦術やグループ戦術のように決まった状況から始まることはないからですよね?
前後の状況など、様々な余計な要素が絡んでくるから出来ないですよね?
だったらそこに近づけてやることが、本番で出来るようになるための近道です。
そこで出来るようになって初めて試合に生かせるものだと思っています。
子供は成功する体験を多く持たせることが、技術においても思考においても成長の一番の近道だと思っています。
そして成功を体験する場は、練習の時よりも試合において成功した時の方が遥かに効果が高いです。
ですから、試合で成功させるために試合に近い練習は非常に大切だと思います。
(ここまで7つ目のテーマに関して書いておいてなんですが、初めの話し合いから少しズレている気もするので、ズレていると思われたら無視して下さい)
posted by 管理人 | 2008-01-27 02:06
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
たとえば人数差のあるスモール・ゲームをさせて、多い方が狙うゴールは小さいものを複数、ゲームのエリア外の一方に離して設置するとか。少ない側が目指すゴールを広いものにすれば、その他の設定次第で、ディフェンスのパス回しを想定させられそうです。
余談ですが、そんなようなことをすると、おとなが安全第一に思って推奨する経路が、意外に非効率だということを思い知らされるのではないかと想像します。そこには本質がある。
そうならないとしたら、子供が既成概念に強く影響されてしまっているか、想像力に欠陥があるのかも。
チーム戦術第一というのを試合第一に置き換えれば、ほぼ万人に向いたスローガンになるのではないかと思いますが、いいか悪いかは、どうでしょう。
まあ、試合にあたってはなんらかの打ち合わせがあるでしょうし、指導者がなにもいわずとも、子供が相談します。
チーム戦術が一番大事だというと、あれこれと動きを矯正しすぎるおとなに大義名分を付与しがちです。
しかし試合だけしていては個々がボールに触れる機会が限定されます。
だから試合以外のときには極力ボールに多く触れる練習をしなければなりません。誰もがひとりで練習するものですが、ひとりではできないこともあるから、チームで集まったときにはそのようなことをやる必要もあります。複数が関与すれば、自然と戦術的なことが含まれます。
成功を体験させるためには、失敗できる場を多く用意してあげることが肝心です。
できなければ、単に試合だけさせて、後は子供に任せるのがよさそうです。それは紅白戦だっていいでしょう。
「バリエーション豊富な戦術」がとれないとしたら。
指導者にバリエーションの観念がない。「一般的日本人に合ったスタイル」を意識しすぎるとそうなるでしょう。
子供が、指導者同様、妙な戦術論に影響されすぎて観念的になっている。
バリエーションをつけるための表現手段がつたない。
こんなことの方が、体格やぶつかりあいの問題よりも大きいでしょう。
>チーム戦術ではボールを持っていない人も大切
>自己犠牲の動きなどを褒めてあげることができます。
「チームのため」という心を育てるって、自己犠牲感覚とも違うんではないでしょうか。自己中心的な考え方が増えているなら、かえってサッカーで、それをもっと突き詰めてもらえばいいのでは?
自己中心的にやるだけで勝てる、そんな特別な子がいたら、その子はそれでいいでしょう。
うまくいかないなら、自己中心的な子ほど、自分が勝ちたいから考えます、よほど馬鹿でないかぎり。そういう子が工夫することは、自己犠牲でなく、他人のためでなく、自分が勝ちたいから、だからなんでもやる。
そうしないのは、自愛が自身の目的からも逸れてしまったため。もっと自分がどうしたいかを突き詰めれば、どんな風に共存するとおもしろく勝てるのかという地点にまで行くはずですけど。
それも、好きならばです。
サッカーのチーム・ワークは、そういう個人が集まって成り立つもの。
だから去勢せずに試合を続けさせれば、指導者があれこれ指図せずとも、子供同士の序列で支配的な考え方というものが生じます。
試合は、なんていうのか、マス・ゲーム的なものではなく、もっと原始的でしょう。
公式の大会でなくて、とにかく毎週全員になんらかの試合をさせれば、チーム戦術うんぬんといわずとも、すべては試合のためだということが誰にでもわかります。「出来ない見えない状態でも」やらせることになります。
特にポジショニングについて、チーム戦術的な教育なしに整った試合はできない、だからつまらないことになるという人は、現行のテレビの試合等に縛られすぎだと思います。
去勢されてない子供の試合では、驚くような役割互換性が見られるはず。個体発生は系統発生を、というのでもなく、真実がそこにあるとも考えられます。
そうしたものを嫌うおとなに力を与えぬことに留意して、チーム戦術をできるだけ早くから教え込むべきだと宣伝しない方がいい。
既成観念で眺めて、理に適ってるなと思える試合をさせることは、さほど重要ではないと感じます。
posted by ぶらっく | 2008-01-27 15:45
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
ぶらっくさん、コメントありがとうございます。
>>1つ目のテーマ
子供たちに自由を与えれば想像力を働かせるというのはどうでしょうか?
そんな単純にいくとは思えません。
ぶらっくさんのやり方では、ほんの一部の天才は育つかもしれませんが、その他の子供には成長のチャンスを与えないものだと思います。
私の考えとしては、これまでの指導者は個人技を重視しるぎていたと思っています。
それで全体を軽視している。
では、個人技を重視していたのに何故、個人技を発揮できる選手がすくないか。
それは全体で個人技を発揮できる経験が少ないからだと思っています。
個人技の練習は個人技の練習、で終わってしまっていたからです。
全体での練習の中で、個人技もオフザボールでの個人戦術も、組織的な動きもすべて経験することが大切だと思います。
>>2つ目のテーマ
自己中心的な選手を育てるデメリットは2つあると思います。
1つ目、サッカーを離れ、社会人となった場合に困る。
サッカーをしているほとんどの子供はプロにはなれません。
ですから、人間的な成長も考えなければ、サッカーを教えてはいけないと思います(クラブのユースチームの場合には違うのかもしれませんが)
2つ目、自己中心的な選手は結果的に自己の成長を逃してしまう。
ぶらっくさんは団体競技を経験していますでしょうか?
「あいつのためにやってやろう」という気持ちでチームがまとまれば、大きな成果や成長が生まれる結果になりやすいです。
私自身の経験でもそうです。
自己中心的な選手は上手く行っている場合には、それでもいいかもしれません。
ですが、一度上手くいかなくなった場合はどうなるでしょうか?
誰がその選手を信頼してパスを出すのでしょうか?
結果的にその選手を潰す結果になるのではないでしょうか?
世界でも自己中心的なプレーでやっていける選手はほんの一部です。
そんないつ現れるかわからない一部の選手のために、大切な情操教育を捨て去るのは賛同できません。
それに、自己中心的な選手=勝利への執念が強いではないと思います。
控えめで人目を気にするような内気な子供でも、負けん気が強い子供はたくさんいます。
大切なことは、自己中心的な選手を生み出すのではなく、自己主張がはっきりできる子供を育てる努力をするべきだと思います(ぶらっくさんの、自己中心的が自己主張という意味で使われていたのかもしれませんが)
自己主張だけでは駄目なので、責任感も併せて育てることができれば、一番良いのではないでしょうか。
何故、チーム戦術=個性を失わせるもの、動きを縛るものと捉えられるのでしょうか?
チーム戦術のねらいを簡単に言うならば、「個人と個人を繋げるもの」です。
他の人がいるからこそ、見えるもの生まれるものがあります。
その部分の手伝いをするのが、子供たちに対するチーム戦術のあり方だと思います。
だれも、プロのように決まりきった形を覚えさせるチーム戦術を押し付けようとしていないと思いますよ?
posted by 管理人 | 2008-02-03 02:18
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
>そんな単純にいくとは思えません。
当たり前だ。難しいことが単純に実現できるはずがない。
>サッカーをしているほとんどの子供はプロにはなれません
>その他の子供には成長のチャンスを与えない
>いつ現れるかわからない一部の選手のために、大切な情操教育を捨て去るのは賛同できません
よほど馬鹿でないかぎり、よく読み、想像力を働かせれば、これほどの文字が並んでいるのだから真意は理解できるもの。
なにを情操教育と考える?
>音楽や絵画といった芸術的感性を学ぶもの
浅い。
>ぶらっくさんは団体競技を経験していますでしょうか?
管理人様は「真剣に」サッカーをしたことがあるのか?
成人後にサッカーを知っても理解できるはずなのに。
>一度上手くいかなくなった場合はどうなるでしょうか?
最高!
どんな風に共存するとおもしろく勝てるのかという地点にまで行くはず
論理や因果他の捉え方にも感性が鍵になる!
技術と、「それの適切な発揮の仕方」
パスしたら動く、ボールに寄る、常に見る
一番大事なのは、好きであるということ
下手でもなんでも試合はさせる
失敗できる場を多く用意してあげることが肝心
>「抜いてから考えている」かのようなプレー
なぜ見ることができないか
なぜ見ることができても実行できないか
不出来なコーチほど、子供に多量の形式を提示しがちです。だから「標語的には、『子供に』戦術うんぬんと騒ぐべきではない」
観察力に優れた、人心を想像できる頭のいい人間こそが求められる。
posted by ぶらっく | 2008-02-03 10:10
教えるべきか否か
コメント投稿者ID :
ぶらっくさん、コメントありがとうございます。
ぶらっくさんのコメントを見ていると、理想論が先行しているように感じます。
おっしゃっている理屈は分かるのですが、子供に求めていることや、子供が出来ることが現実(一部の凄い子供は除く)よりも大きすぎるように感じます。
それと同時に、サッカー以外の事(心を育てる、仲間との関係を育てるなど)を含んでいないように思います。
現場の指導者達はそういった様々な外部要素があるのだから、非常に難しいのではないでしょうか?
理想のみを語って「ダメな指導者が多い」というのは無責任かと。
まあ、個人的な考えと批判なのでどのような発言をしてもいいのかもしれませんが、普段子供と関わる仕事をしている私としては、その点をどうしても含んで書いてしまいます。
posted by 管理人 | 2008-02-09 19:45
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