2008年06月11日

ありがとうございました

やっと締め切りが終わりました。
皆さまは、まだ熱戦の余韻にひたっていらっしゃるでしょうか。

さて、OQTの感想を書く前に、どうしてもひとつ、触れておきたいことがありました。

ここ数週間でさまざまな選手の勇退、移籍が発表されています。
近年は特に、親しくさせていただいていた選手の引退が続き、寂しい思いをしています。
ちょっと前に発表された澤畠雄一郎選手には、
さっそく長年、お世話になったお礼を申し上げたのですが
またひとつ、寂しいニュースを耳にしました。

JTサンダーズからも平野信孝選手と臺光章選手の勇退が発表されました。

平野選手は、わたしが初めて「担当」という形で、
何度も続けて取材をさせていただいた選手でした。

わたしがバレーボールの記者になったばかりのころ、
男子バレーはとても人気がある時期で
今では信じがたい話ですが、わたしが働いていた専門誌では
全日本の人気選手には各々、その選手を継続して取材する「担当記者」がついていました。

当時、全日本の主力選手は中垣内氏や南氏、青山氏。
彼らのインタビューは毎回、すでに先輩記者が担当することが決まっていました。
そこで新入りのわたしが、ちょうど全日本に選出されたばかりだった
平野選手を担当させていただくことになったのですが、
その専門誌が休刊になるまでの間も、
そして、一般紙へと活動の場を移してからも、
何度も何度も取材にご協力いただきました。

最初のころは、突然、バレーボールという未知の分野を任されることになり、
右も左もわからない状況で、頭に叩き込んだルールや
資料を頼りにインタビューへと向っていました。
そんなわたしにも、平野選手は、とても優しく接してくださった覚えがあります。
(そもそも当時のわたしは、スーパーエースがポジションの名前だとは知らず
「すごいエース」という意味だと勘違いしていました!恥ずかしい…)

初対面の印象は、そのまま、何年経ってもずっと変わりませんでした。
普段から本当に穏やかな性格のかたでした。
普通だったら嫌な顔をされても仕方ない状況でも
(何日間も遠征に密着させていただいたり、負けた試合のあとでもコメントを取りにいったり)
驚くほど真摯に対応してくれる選手でした。

平野選手を筆頭とした、記者になって間もないころに出会えた人たちの優しさのおかげで、
素人同然だったわたしが今でもこうして
バレーの記者を続けていられるのだと感謝しています。
出会った選手、皆様全員に育てていただいたのだと思っています。

平野氏はベテランと呼ばれる年齢になってからも常に進歩を続けていた選手だと思います。
スーパーエースからレフトに転向し、
レセプションフォーメーションに入るようになったのも近年でしたね。
早出練習で毎日のようにレセプションの練習を繰り返していたそうです。
そのプレースタイルと同様、常に「攻め」「挑戦」の姿勢を失わない選手だったと思います。
これからはコーチとしてチームに係わられるとか。
ぜひ後輩の育成にご尽力いただきたいと思います。

そして臺選手のほうは、非常にユニークで、不思議な人といったイメージでした。
あるとき、わたしの質問に対して、長い長い沈黙が続いたことがありました。
「こんなにじっくり考えてくださって、これは、ものすごい答えが返ってくるに違いない!」
と身を乗り出して待ち構えていると「で、質問の内容、なんじゃったかねぇ」と。
新喜劇のようにズッコケました(笑)。
個性的な、ステキなかたでした。
新しい世界でもより一層のご活躍をお祈りしています。

今シーズン、勇退を発表された皆さま、本当にお疲れ様でした。
ありがとうございました。

posted by 市川忍 |00:25 | コメント(1) | トラックバック(0)
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