2009年02月16日
インテルのカピターノ(キャプテン)、ハヴィエル・サネッティは、
ミラノ・デルビーでのミランの戦いを称賛し、
またパオロ・マルディーニに対して賛辞を送りました。
「非常に重要なデルビーでした。
この試合により、ミランを遠ざけることができたのです。
お互いが素晴らしい試合をしました。
試合開始直後はミランの方が優勢でしたが、
私たちは根気良く待ち、そして勝利を手に入れたのです。」
このDerby della Madonnina(=ミラノ・デルビーの別称)は、
マルディーニ最後のミラノ・デルビーでもありました。
そんな彼に対し、インテリスタは次のような横断幕を掲げています。
「この20年間、あなたはオレたちのライバルだった。
しかし、あなたは常にフェア人間だった。」
サネッティは言います。
「試合前と終了後、私はパオロと話しました。
私がイタリアに来て以来、
彼は選手としても男としても尊敬できる人でしたよ。
今まで勝ち取った全ての成功に値する人間です。」
ミラニスタにとって残念な結果に終わったかもしれませんが、
いろんな意味で記憶に残る試合になったと思います。
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posted by inter18 |20:09 |
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2008年07月16日
Amantino Mancini: "Inter, vinciamo insieme" (Inter.it)
インテルと4年間契約を結んだアマンティーノ・マンシーニは、
15日の午後に調印を行い、
アンジェロ・モラッティ・スポーツセンター内での記者会見に出席しました。
以下はブラジル人選手のインタヴューの内容になります。
― あなたはモウリーニョ体制下のインテルに初めて参加する選手です。
新監督に対する印象は?
「ポジティブなものです。まだ会ったばかりですが、
非常に穏やかな印象を受けました。
私たちが一緒に重要なタイトルを勝ち取れることを願っています。」
― ローマの選手だったあなたは、
いつも外からインテルを見ていました。
ネラッズーリは強いチームですか?
「この数年間で、インテルは自分たちの強さを証明してきました。
連続してスクデットを獲得しているし、
どこよりも恐れられていますよ。
最高のクオリティを備えた選手たちが所属しています。
また、偉大な監督もいます。」
― あなたとローマの関係は、いつ壊れてしまったのでしょうか?
「正直なところ、それは私にもわかりません。
その件に関しては、代理人に任せたいと思います。
ただ、インテルが私に興味を示してくれたとき、
とても嬉しかったとだけ言いましょう。
その他の質問については、全て代理人にお願いします。」
― ヴェネツィアに到着した時のあなたは、
フルバックとしてプレーしていました。
ローマに移籍してからは、
ウイングやストライカーとして活躍しましたね。
「ヴェネツィアで起こった全ての出来事がポジティブでした。
セリエBでのプレーで、私はいろいろなことを学びましたよ。
ブラジルから到着した時も、何の未練も感じませんでしたね。
ただ、少し寒かったかな(笑)。
40度のブラジルからマイナス6度の北イタリアに来たんですから。
でも、ハッピーでした。
フルバックというポジションは、監督が決定したものです。
私は監督に対して常に敬意を払っていたし、
アスリートとしてだけでなく、人間としても成長したと思います。」
― モウリーニョはインテルでウイングを重要視すると思います。
これについて責任を感じますか?
「ええ。自分とチームメイトの両方に対して。
しかし、私自身、サイドでのプレーは大好きなんで、
監督がウイングを重用するという事実は好都合です。
もちろん他のポジションでもプレーできるし、チームに貢献したいと思います。」
― インテルには、アドリアーノ、ジュリオ・セーザル、
マイコン、マクスウェルというブラジル人選手たちがいます。
彼らもイタリア人っぽくなるでしょうか?
「どうでしょう。この数年間で、多くのブラジル人がイタリアにきました。
インテルで同胞と一緒になることは、とても嬉しいことです。
ネラッズーリには、他にも多くの南米人選手がいます。
私はもう5年もイタリアにいるので、生活は楽ですよ。」
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posted by inter18 |15:07 |
inter.it |
2008年07月01日
Calcio Debate: Mourinho At Inter - Fantastic Or Fantasy?
(GOAL.com)
ジョゼ・モウリーニョのインテル監督就任はサプライズでもあった。
前任者のロベルト・マンチーニは、
スクデット3連覇という偉業を達したばかりだったからである。
しかし、マッシモ・モラッティはモウリーニョを優先。
モラッティは、モウリーニョがインテルにヨーロッパでの成功をもたらすと
信じてやまない・・・。
The Special One
マッシモ・モラッティは、ジョゼ・モウリーニョを雇用する動機について、
Gazzetta dello Sport紙に次のようにコメントしている。
「インテルにはモウリーニョさんが適していると思いました。
彼は非常に精力的な男性ですからね。」
モラッティは、この戦術家の"人間管理能力"と
"細かい部分まで注意する性格"を非常に評価している。
かつてインテルでスクデット3回、コッパ・イタリア1回、
チャンピオンズ2回、インターコンチネンタルカップ2回獲得した名将、
エレニオ・エレーラの名前を挙げて比較するほどだ。
モウリーニョの監督就任に関するクエスチョンは、
以下のとおりである。
モウリーニョは果たしてインテルにチャンピオンズリーグでの栄光を
掴める監督なのだろうか?
ロベルト・マンチーニの解雇は必要だったのか?
戦術家(=モウリーニョ)は、どれだけの選手を獲得するだろうか?
そして最後に、
彼の戦術は、来シーズンのピッチでどのような形で表れるだろうか?
モウリーニョの履歴書は次のように語っている。
まず、監督としてのキャリア。
彼がベンフィカで監督業をスタートさせて8年になる。
この短い監督生活で、インテルは彼が率いる5番目のクラブだ。
ミラノの青い方での仕事を始めるまでに獲得したタイトルは、
2ヶ国で4度達成したリーグ優勝。
ポルトではチャンピオンズリーグとUEFAカップを獲得。
その他、FAカップやポルトガル・カップなどの国内タイトルも多数獲得している。
しかし、タイトル数で言えば、
前任者のロベルト・マンチーニも負けてはいない。
彼はスクデット3回、コッパ・イタリア4回
(フィオレンティーナとラツィオで1回ずつ)、
スーペル・コッパ2回を獲得している。
インテルにおいては、
先ほども登場した伝説的監督エレニオ・エレーラに次ぐ戦績を残したマンチーニ。
しかし、モラッティはなぜ論争が起こることを覚悟してまで、
マンチーニとモウリーニョを取り換えたのだろうか?
モラッティは、このエレニオ・エレーラの名前を挙げることにより、
ジョゼ・モウリーニョに対するインテリスタのイメージをアップさせようとした。
しかし、インテルにおけるマンチーニの印象はもはや絶大であった。
というよりも、インテリスタにとって、
他の誰よりもマンチーニこそが"次のエレーラ"だったのだ。
もしモラッティが"次のエレーラ"をベンチに置きたかったのだけならば、
この元チェルシーの戦術家を雇う必要はなかった。
A New Nerazzurri
モウリーニョのインテル監督としてのインストールにあたり、
その戦術や新加入選手など、新たな関心が生み出された。
インテルは多くの才能を抱え、さらに毎シーズン補強を行うクラブである。
しかし、ミラノにおける最初の記者会見の席で、
この"Special One(モウリーニョ)"は次のようにコメントした。
「新聞には、私がヨーロッパ中の選手を買い取りたがってると
書いてありましたが、競争力を上げるためには2~3人の選手を獲得すれば
十分でしょう。これが私の選手たちに対するメッセージです。
私はこのチームが好きです。彼らのメンタリティはとても素晴らしい。
だから私は彼らを信じます。」
Window Shopping
モウリーニョがポルトやチェルシーにおける戦術を採用すると仮定すると、
インテルは4-3-3を起用することになる。
そう考えれば、彼はチームの現有戦力に満足しているはずだ。
マンチーニが作り上げたゴールキーパーを含む守備陣、
ミッドフィルダーからストライカーにかけても、
それぞれの役割が用意されているだろう。
ポルトガル人戦術家が核とするミッドフィルダーは、
パトリック・ヴィエラ、エステバン・カンビアッソ、
デヤン・スタンコヴィッチ、ルイス・フィーゴ、ルイス・ヒメネス。
このポジションにはその他、サンティアゴ・ソラーリ、
オリビエ・ダクール、セーザル、ペレなどもいる。
また、マクスウェルやハヴィエル・サネッティ等、
中盤で起用できるウイングバックの存在も重要だ。
しかしこの層の厚さは、
それイコールでクオリティを意味するものではない。
ソラーリ、ダクール、セーザル、ペレといったメンバーたちは、
来シーズンも出場機会が少ないのは否めず、
今後の移籍も十分にありうる。
そして、心配なのは負傷がちなパトリック・ヴィエラの存在。
昨シーズンのパフォーマンスは、
彼がアーセナルやユヴェントスで見せていたそれとはかけ離れている。
以上の理由からも、
最も修正が必要なポジションが、このミッドフィルダーである。
フランク・ランパードの名前は、
この夏のインテルの移籍市場に最も関連するものだ。
ユーロ2008の期間中に休暇を過ごした同選手は、
モウリーニョとチェルシーの三者で交渉を開始している。
事実、モウリーニョは最初の記者会見で、
同選手の獲得をほのめかした。
ランパードはインテルの中盤で必要不可欠な存在になるだろう。
4-3-3が使われる場合、現在のメンバーのままでは、
中盤はスタンコヴィッチ、ヴィエラ、カンビアッソの並びが予想される。
ヴィエラの負傷やスタンコヴィッチの移籍のウワサ
(ユヴェントスやマンチェスター・シティにリンクされている)
を考慮すると、ランパード獲得の重要性は増す。
彼が30ヤード先の前線に供給する正確なロングボールは、
来シーズンのインテルの驚異的な武器になるだろう。
2003年以降のデータを見ても、彼がブルーズ
(=チェルシーの愛称)で作りだしたチャンスの数は計り知れない。
西ロンドン(チェルシー)時代のモウリーニョにとって、
なくてはならない存在だった。
3人の中盤はランパードとカンビアッソを軸とし、
これにパトリック・ヴィエラ、ハヴィエル・サネッティ、
ルイス・ヒメネス、そしてルイス・フィーゴがオプションとして加わる。
チャンピオンズリーグ獲得を目指すチームとして、これは十分すぎる戦力だ。
Flanking The Opposition
次は、インテルの獰猛(どうもう)な攻撃最前線に注目してみよう。
昨シーズンの彼らは、69ゴールを記録している。
セリエA全体で見れば、
これは72得点で並んだローマとユヴェントスに次ぐ3位の成績だ。
中心選手はズラタン・イブラヒモヴィッチ、エルナン・クレスポ、
そしてフリオ・クルスの3人。
これにマリオ・バロテッリやアドリアーノといった名前が加わる。
インテルが4-3-3を形成する場合、
典型的なセンターフォワードであるクレスポとクルスが外れる可能性がある。
彼らはウイングとしてはプレーできないからだ。
しかし、イブラヒモヴィッチやアドリアーノは、
十分なテクニックと創造性を持ち合わせており、
バロテッリに関しても、
その年齢から、ウイングとして成長する可能性を秘めている。
それでもこの3人が、
伝統的な意味でのウイングとして活躍するとは考えにくい。
彼らの仕事は、1トップのアシスト的な役割が求められることになると思う。
ということで、クレスポとクルスのどちらかが1トップを張り、
イブラヒモヴィッチとバロテッリが、
少し引いた位置からのサポートをするのではないだろうか?
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posted by inter18 |20:40 |
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2008年04月08日
Statistiche: Balotelli e il gol 'minorenne'
(inter.it)
インテルが100周年を迎えた今シーズン、
マリオ・バロテッリはセリエA初ゴールを記録し、
その名前をクラブの歴史に刻みました。
先日のアタランタ戦でゴールを決めたバロテッリは、
1990年8月12日生まれの17歳。
1929-30シーズンに選手権が今のスタイルになってから、
2番目に若い得点者となりました。
インテルの歴史を振り返ると、
最も若くしてゴールを決めたのはマリオ・コルソ
(1941年8月25日生まれ)です。
1958年11月30日のボローニャ戦、
2-2の引き分けに終わった試合。
17歳と3ヶ月プラス5日の時でした。
3番目はアルド・カンペテッリ(1919年4月7日生まれ)。
2-0で勝利したアンブロシアーナ対ユヴェントス戦において、
17歳と10ヶ月プラス14日でゴールを決めています。
バロテッリの場合、2007-08シーズンここまでで、
最も若い得点者でもあります。
同じく17歳でゴールを決めていた
フォレスティエリ(シエナ)とパロスキ(ミラン)は、
共に1990年1月生まれです。
ロベルト・マンチーニ(1964年11月27日生まれ)が
セリエA初ゴールを決めたのは、
1981年10月4日のコモ対ボローニャ戦。
この時のマンチョは16歳と10ヶ月プラス7日という若さでした。
セリエAの最年少得点記録は、アマデオ・アマデイ(1921年7月26日生まれ)。
1937年5月9日に15歳と9ヶ月プラス14日でゴールを決めました。
その時の所属クラブはローマでしたが、
彼は1948年にインテルに移籍し、2シーズンで70試合に出場、
58ゴールを記録しています。
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posted by inter18 |16:15 |
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2008年02月20日
Kuyt-Gerrard: tonfo Inter. A san siro serve l'impresa.
(Gazzetta dello sport)
2008年2月19日 リヴァプール(イングランド)
インテルのチャンピオンズリーグの冒険は、
出足からつまずいてしまう結果となった。
イングランド代表監督のカペッロも見守るなか、
ベスト8をかけたリヴァプールとの1stレグを2-0で敗れてしまう。
マテラッツィ退場後に10人で約1時間我慢し続けたものの、
カイトとジェラードに壁を破られてしまう。
コルドバの怪我もとても気がかりである。
マテラッツィに加え、次はコルドバも戦えない可能性がでてきた。
震え
ヴィエラはベンチからのスタートとなり、
フォーメーションは試合前に予想した通りとなった。
キヴのポジションを1つ下げ、
スタンコヴィッチとカンビアッソが中盤の底に入り、
マクスウェルとサネッティはサイドに位置した。
チャンピオンズのアンセムが流れ始めたが、
ここで聞き入るものは誰一人いなかった。
レッズファンにとっての魂の歌声がスタジアムに溢れ、
そして震えさせる。
ネラッズーリの前に大きな山が存在した。
彼らが次に進むためには、
それを乗り越えなければならないことを示していた。
壁
ベニテスは中盤に壁を形成する。
ルーカスとマスチェラーノを中央に置き、
その2人の前にジェラード、カイト、バベルを並べた。
この3人が動きまわり、レッズは試合を動かしていった。
トーレスの1トップではあったが、
攻撃に移るときは全員がゴールに向ってきた。
前半3分、ギャラガーがあがってコルドバのハンドを要求したシーン。
それが彼らの姿勢を表していた。
前半15分までは、インテルにとって息が詰まる展開が続いた。
左サイドのカイト、逆サイドのバベルに攻め込まれ、
シュートが次々と飛んできたがセーザルのところまでは届かなかった。
赤の23番
劣勢にあるチームから、
"気持ちの強さや厳しさ"を見出すのは難しい。
主審のデ・ブレッケーレは、
マスチェラーノのクルスに対しての激しいチェックを見逃したが、
30分までにマテラッツィが犯したファールに対しては
2度ともイエローカードを提示した。
ここが、試合の分岐点になったのは確かだろう。
キヴがコルドバの隣に移り、
マクスウェルが一つポジションを下げた。
そして、スタンコヴィッチが中央からサイド寄りでプレーした。
2トップはそのまま残し選択は、勇気ある決断であった。
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posted by inter18 |20:01 |
Gazzetta紙 |
2007年11月26日
Espresso Suazo-Cruz L'Inter va come un treno
(Gazzetta dello Sport)
ハヴィエル・サネッティがセリエA400試合出場を達成し、
負傷明けのマルコ・マテラッツィが95日ぶりの復帰を果たした夜、
インテルはアタランタ相手に2-1で勝利を収め、
2位ローマとの勝ち点差をキープした。
スアソ、クルス、フロッカリ(アタランタFW)があげた3ゴールが、
全て前半のうちに決まったこの試合。
インテルが終始ボールを支配して進んでいった。
もしアタランタにザンパーニャがいたら、
状況が少しは変化していたかもしれないが・・・
(ザンパーニャは監督と確執などの問題を抱えていて、
この試合ベンチ入りすらしていない)
セルジオ・フロッカリ(アタランタのアッタンカンテ)の背中に、
おおきな責任が掛かっていたのは事実である。
エースのザンパーニャが監督との確執により
チームから離れている現在、
初めてのプレー機会がインテル相手ではあるが、
首脳陣にとってザンパーニャの後釜を探しだすかどうかは、
フロッカリの活躍次第(ゴール次第)であった。
開始直後、アタランタの出足がよく、
6分には良い形でシュートを放つ。
しかしこれは力がなく、
ジュリオ・セーザルに簡単に止められてしまう。
しかしハーフタイムに入る直前、
フロッカリは傑作ゴールを残すことになる。
コルドバを背に抱えながら、
ディフェンスラインでボールをうまくコントロールし、
右足で見事なゴールを叩き込んだ。
完全にネラッズーリが試合を支配していたなかでの、
唯一の付け加えの部分(カギカッコ)となるシーンであった。
>続く http://inter1908.fc2web.com/
posted by inter18 |13:24 |
Gazzetta紙 |
2007年11月12日
イタリアのクラブは全てではありませんが、
それぞれ年代別にアカデミーを保有しています。
インテルには全カテゴリでしょうか?
以下の通りに分かれているようです。
U-9 プルチーニC
U-10 プルチーニB
U-11 プルチーニA
U-12 エゾルディエンティB
U-13 エゾルディエンティA
U-14 ジオヴァニッシミ・レジオナリ
U-15 ジオヴァニッシミ・ナツィオナリ
U-16 アッリエヴィ・レジオナリ
U-17 アッリエヴィ・ナツィオナリ
U-20 プリマヴェーラ
以前、自分のサイトでも書いた気がするんですが、
今シーズンのインテルのアカデミーで、
飛びぬけて強い世代があります。
それがプルチーニAです。
07-08シーズンは第1節のモントヴァ戦に19-3、
第2節モンティチアリ戦を23-1、
第3節クレモネーゼ戦を22-0という、
フットボールではありえないくらいの数字で勝利しています。
そして第4節のペルゴクレマ戦では40-0という
イタリアのアカデミーにおける大差勝利記録を樹立。
その後も第5節ブレッシア戦を18-2、
第7節プロ・セスト戦を19-2、
第8節ピッツィゲットーネ戦を32-3、
第9節モントキアリ戦を16-3で勝利。
折り返しとなる第10節のモントヴァ戦も16-2で勝ち、
開幕から10試合連続で2桁ゴール継続中です。
昨シーズンのプルチーニAもインテルが優勝したそうですが、
得失点差のペースは比較になりません。
もちろん、プルチーニのルールは
通常のフットボールとは違います。
各チーム7人制で、
12分のクオーター4本で決着をつけます。
それでも、ここまで差がつくってことは、
同年代の中でもかなり優秀な子たちが揃っているんでしょう。
インテルのトップチームで活躍する選手が出て欲しいけど、
10年後にはみんな他に行っちゃうんだろうなぁ・・・。
posted by inter18 |19:38 |
その他インテル関連 |