2010年02月04日
野村イズム
※データは2009年シーズン終了時点野村克也。“野村再生工場”の異名が示すように選手の育成に優れ、緻密な野球で勝利に導く名将である。球団創設初年度の2005年には47ゲームあった首位との差を、監督に就任した2006年以降はみるみる縮め、チームは確かな成長を歩んだ。昨季のクライマックスシリーズ進出はその象徴とも言える。
野村監督がチームを作る上で重んじる一つの要素が“エース”の確立。楽天投手の成績を見ると、それをうかがうことができる。2006年の高校生ドラフト1巡目で入団した田中を育て上げ、岩隈、田中の二本柱を形成。今日の楽天は完投どころか完封まで見込める先発投手を擁する。
一方で打撃陣には、バッテリー心理をよんだ打撃、状況に応じたバッティングを徹底させた。考えて打つことで闇雲な強振は減り、投手に球数を多く投げさせる。それが四球の多さや三振の少なさ、最終的にはリーグトップレベルの出塁率に繋がったのだ。
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そのバッティング理論で目覚めたひとりが山崎武司である。2002年オフに中日から放出され、その後2年間はオリックスでプレー。球団創設にともない2005年から楽天へ移り、そこで大砲は再び輝きを取り戻した。本塁打率は中日時代を上回り、野村楽天2年目の2007年には43本塁打で本塁打王を獲得。驚異の本塁打率11.77を記録した。
そして、中日から移籍した鉄平も野村イズムの産物である。2006年に楽天に入団するといきなり主力として抜擢。天才肌のバッティングで3割を残すも、その後2年間は結果が出なかった。しかしここでも、2007年は.254だった打率が翌2008年には.270と少しずつではあるが上向いていた。昨季.327で首位打者をとれたのは、心理をよむ打撃、状況に応じた打撃を自らのものにしたからではないか。 弱小球団の楽天をAクラスに持ち上げ、一躍時の人となった野村克也。楽天イーグルスの礎を築いた指揮官は昨季をもって退いたわけであるが、選手個人に野村イズムが根付く限り楽天の将来は明るい。 決してぶれることのない独自の理論で結果を出し、選手から信頼を勝ち得た野村。球界に彼のような後継者が現れることに期待したい。 ■データスタジアム株式会社アルバイト募集
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posted by 伊藤 順平 |21:30 |
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野村克也。“野村再生工場”の異名が示すように選手の育成に優れ、緻密な野球で勝利に導く名将である。球団創設初年度の2005年には47ゲームあった首位との差を、監督に就任した2006年以降はみるみる縮め、チームは確かな成長を歩んだ。昨季のクライマックスシリーズ進出はその象徴とも言える。
野村監督がチームを作る上で重んじる一つの要素が“エース”の確立。楽天投手の成績を見ると、それをうかがうことができる。2006年の高校生ドラフト1巡目で入団した田中を育て上げ、岩隈、田中の二本柱を形成。今日の楽天は完投どころか完封まで見込める先発投手を擁する。
一方で打撃陣には、バッテリー心理をよんだ打撃、状況に応じたバッティングを徹底させた。考えて打つことで闇雲な強振は減り、投手に球数を多く投げさせる。それが四球の多さや三振の少なさ、最終的にはリーグトップレベルの出塁率に繋がったのだ。
そのバッティング理論で目覚めたひとりが山崎武司である。2002年オフに中日から放出され、その後2年間はオリックスでプレー。球団創設にともない2005年から楽天へ移り、そこで大砲は再び輝きを取り戻した。本塁打率は中日時代を上回り、野村楽天2年目の2007年には43本塁打で本塁打王を獲得。驚異の本塁打率11.77を記録した。
そして、中日から移籍した鉄平も野村イズムの産物である。2006年に楽天に入団するといきなり主力として抜擢。天才肌のバッティングで3割を残すも、その後2年間は結果が出なかった。しかしここでも、2007年は.254だった打率が翌2008年には.270と少しずつではあるが上向いていた。昨季.327で首位打者をとれたのは、心理をよむ打撃、状況に応じた打撃を自らのものにしたからではないか。
弱小球団の楽天をAクラスに持ち上げ、一躍時の人となった野村克也。楽天イーグルスの礎を築いた指揮官は昨季をもって退いたわけであるが、選手個人に野村イズムが根付く限り楽天の将来は明るい。
決してぶれることのない独自の理論で結果を出し、選手から信頼を勝ち得た野村。球界に彼のような後継者が現れることに期待したい。
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表1は1970年以降に活躍し、殿堂に選ばれた選手と落合の比較だ。Win Sharesの数値を3で割るとチームの勝利数に変換される。例えば衣笠なら打撃で84.3勝分、守備で17.5勝分、合計でチームに102勝分の勝利を一人でもたらしたと考えられる。これをみると、殿堂入りを果たしたいずれの選手より落合の数値が高い。残念ながら1969年以前はデータがなくWin Sharesの算出がまだできない。そのため、一部選手は69年以前の数値は加算されていないが、キャリアの中では活躍以前の期間であり、落合を上回ることは難しい。
<表2>
表2は1970年以降の打者で250以上のWin Sharesを記録した選手である。こちらも一部選手は1969年以前の数値が未加算である。今後、殿堂入りが期待される面々ではあるが、やはり落合には及ばない。
<表3>
さらに表3は各年代で最高のWin Sharesを記録した選手である(言い換えると最もその時代で影響力があった選手)。1970年代の王貞治は圧倒的だが、80年代の落合も2番目に高い値で、ほかの年代に比べても影響力の大きさがうかがえる。その後、古田(ヤクルト)、金本(阪神)と続いていくが、いずれも殿堂入りに異を唱(とな)える選手ではないだろう。
上記のとおり、落合は勝敗への影響でも1970年以降で傑出したプレーヤーであったことは間違いない。もちろん、今回選出された殿堂入り選手に異を唱(とな)えるつもりはないが、プレーヤーとして落合が2年連続で落選するのは選出側にあきらかに問題がある。落合の成績なら「満票で選出されなかった」として話題になる方がよほど自然だろう。
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就任2年目を迎える真弓監督の下で5年ぶりの優勝を目指す阪神に、今シーズンから新たに城島健司が加入する。右打ちの強打者不足と正捕手不在に悩んでいた阪神の補強ポイントと合致して獲得に至ったという。
まず初めに、城島のメジャーリーグにおける成績を見てもらいたい。
城島は2005年オフ、FAで福岡ダイエーホークスからシアトル・マリナーズへ入団。渡米1年目から本塁打数では日本人メジャーリーガー1年目の最多を記録、素晴らしい成績を残した。しかし2008年以降は度重なる故障や打撃不振により出場機会を得ることが難しくなっていった。
上記の表は阪神の主な右打者の成績と過去5年間の5番打者成績である。
ここ数年、阪神は右打者の人材不足に悩まされており、昨シーズンの終盤には1~4番まで左打者で固められるほど、左打者偏重が目立っていた。長距離砲として期待され続けている桜井も、レギュラーに定着するほど安定した成績を残していないのが現状である。
優勝した2005年以来、阪神は4番・金本の後を打つ5番打者の不在に苦しまされてきた。日米通算259本塁打の城島で5番を固定できれば、金本の負担を少しでもやわらげることができるだろう。
次に守備面を見ていこう。上記の表は城島のメジャー通算守備成績と、2009年セ・リーグ主要捕手の守備成績である。
昨シーズンは矢野のケガもあり、狩野が自己最多の127試合に出場した。しかし守備面には不安が残り、特に守備率はリーグの主要捕手のうち最低の数字を残してしまった。
一方の城島はメジャー通算で.994の守備率と、4割の盗塁阻止率をマークしていることから守備の評価は高い。特に2007年には守備率と盗塁阻止率共にメジャーリーグで最高を記録した。今なお衰えることのない城島の守備は日本でも不安は見えない。
城島は、新入団ながら2010年のチームカレンダーに登場したり、レプリカユニフォームが驚異的な売り上げを見せるなど、すでに球団だけでなくファンからも十分すぎる期待が寄せられている。熱狂的で知られている阪神ファンを納得させるには、自身の数字に加えて、チームを5年ぶりのリーグ優勝に導くしかない。
奇しくも、2010年の干支は「寅」である。球界全体が「虎」年になるかは、この男の活躍にかかっている。
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2009年は高橋信二にとってまさに転機の年となった。ひざを痛めたこともあり本職のキャッチャーではなくファーストとして多くの試合に出場。また、確定した4番打者がおらず、そのポジションを高橋が任されたのである。出場試合は自己最多の134を記録し、打率を3割の大台に乗せた。
高橋のようなタイプの4番打者は非常に珍しい。本塁打は一桁だが、三振が少なく、高打率を残せる4番打者なのだ。一般的にチームの長距離砲が座るこの打順で高橋はどんなバッティングをしていたのだろうか?
まず、年度別打撃成績からわかるように年々打率が向上している高橋だが、それと比例するように伸びているのがファーストスイング打率だ。2007年と比べると08年のファーストスイング打率は上がっており、昨季はさらにその数字を伸ばした。一振りで仕留める力が向上したことが、成績を上げる要因となったと考えられる。
さらに、見送り割合を見てほしい。2007年に比べ08、09年はストライクゾーンに来た球を見送る割合が増えているのだ。これはただ見送りが増えただけではない。前述したファーストスイング打率からもわかるように一振りで仕留められるようになった結果、余計な球に手を出さず狙い球を絞る打撃を実践できたのだ。
そして昨季の決定的な変化は安打の内容である。ファーストスイングでとらえる能力に長けた高橋であるが、その打撃は一昨年までと全く異なる。これまでは“長打狙い”だったのに対し昨季は“安打のための狙い待ち”にモデルチェンジを果たした。日本ハムは年間30本を打つような長距離砲がいないため次の打者につなぐ、より確実なバッティングが求められる。そのため確実性を重視し、これまでの魅力でもあった長打を封印した。だがこの決断が高橋にとって“転機”となり、異色の4番打者として地位を固める要因となった。
ドラフト最下位指名の男が打線の大黒柱を任され、13年目にして1億円プレーヤーの仲間入り。ゴールデングラブ賞、ベストナインを受賞とまさに今が成熟期と言えよう。4番打者という重圧を感じずに、これからも高橋信二のスタイルを突き通してもらいたい。
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まずは通算9年間所属したハンファ時代の成績から振り返ってみたい。
高卒ルーキーだった2001年には20本塁打を放ち新人王に選ばれた。その後、若干の伸び悩みを見せるも、最大の武器である長打力に加え、勝負強い打撃でハンファの4番を任されるようになった。そして2008年には31本塁打を放ち、念願の本塁打王を獲得した。
次に2009年WBCでの成績を見てみよう。上は大会全体を通しての成績、下は日本戦に限っての成績である。大会を通して4番で出場した金泰均は、その名に恥じない見事な成績を残し、大会ベストナインを獲得した。
一方で日本戦だけに限って見てみると、全体の成績に比べると際立った成績を残していないことが見てとれる。第1ラウンドでは、東京ドームの看板に直撃する特大ホームランや決勝タイムリーを放ったものの、それ以後の日本戦では快音が鳴り響くことはなかった。特に、今後同リーグで何度も対戦するであろう岩隈に対しては、5打数1安打と打ち崩すことができなかった。
これは同大会での金泰均の高低別打撃成績である。
短期決戦であるが故に打数が少ないのはご了承願いたいのだが、表を見て分かるように低めの打率が極端に低い。大会を通して素晴らしい成績を残しているにもかかわらずだ。高めの投球にはめっぽう強いが、低めを攻められると抑えこまれる可能性も高いことが分かる。
最後に、韓国人助っ人の先輩ともいえる李承ヨプと比較をしてみたい。
李承ヨプは三星(韓国)時代の2003年にアジア最多本塁打の新記録となる56本塁打を放ち、鳴り物入りで千葉ロッテに入団。2004年の開幕戦では4番で出場し、当時西武のエースだった松坂(現・レッドソックス)から初打席初安打初打点を記録するなど好スタートを切った。しかし、各チームからの研究が進んだ開幕1カ月で二軍落ちを経験するなど、日本での1年目は結局14本塁打に終わり、前評判通りの成績とはならなかった。
WBCのベストナインにして、2008年の本塁打王の金泰均。左右の打席こそ違えど、金泰均もWBCでは日本人投手との対戦成績は比較的良くないということが見ることができた。早めに日本の野球に適応できなければ李承ヨプの二の舞となってしまうかもしれない。
入団会見では「日本に多くいるいい投手と対戦することで自分のレベルも上がる。日本でしっかり成績を残してメジャーに行きたい」と語り、米大リーグを最終目標としている金泰均。
韓国国内では李承ヨプに負けず劣らずの人気を誇っており、国民の期待も高い。それもあってか、外国人選手としては珍しく新年早々に来日し、精力的に汗を流しているようだ。
先輩の李承ヨプが未だ成し得ていない“日本球界を経由してのメジャーリーグ行き”は実現するのだろうか。今季は金泰均のプレーに注目である。
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以前の杉内は、伸びのあるストレートと切れ味鋭いスライダーのコンビネーションで三振の山を築くという印象が強かった。しかしながら、表から今季はスライダーよりもチェンジアップでの奪三振割合が高かったと分かる。WBC日本代表でダルビッシュなどに握りを教わり改良したというチェンジアップ。今季の杉内はこの武器を有効に使い、これまでとは違う投球スタイルで勝負していたのだ。
ストライクカウント別の投球割合からも、杉内の変化が見てとれる。07、08年と比べて、今季は2ストライクからの決め球としてスライダーよりもチェンジアップを多く選んでいたのだ。また、0ストライク時ではカーブよりチェンジアップを多く投げているように、決め球としてだけでなくカウント球としても重宝しており、杉内にとってチェンジアップがいかに大切だったかが分かる。
チェンジアップへの手応えは左打者への投球割合からもうかがえる。07、08年はあまり左打者へチェンジアップを投げていなかったが、今季は全体の7%を占めるほど投球割合が増えたのだ。一般的に、左投手は左打者に落ちる系の球を投げにくいと言われるが、このデータから杉内がいかに自信を持ってチェンジアップを投げきっていたかが分かる。
さらに、今季のチェンジアップを代名詞でもあったスライダーと比較してみると、スライダーは高低のコントロールにばらつきがあった一方で、チェンジアップは徹底して低めへコントロールされたことが分かる。最も打たれていない高さにしっかり投げきっており、ここ一番でチェンジアップに頼るのも納得だ。
チェンジアップで大きな実績を積んだ今季。この実績を経て、来季はスライダー、チェンジアップという2つの武器をさらに磨き上げてくるに違いない。新たな決め球を手に入れた杉内が、野茂英雄以来となる3年連続奪三振王へ。偉業達成への視界は良好だ。
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横浜は今季、チーム盗塁数がリーグワーストの51であり、チームの盗塁企図数もリーグワーストの83であった。盗塁数を伸ばすことがチームの課題の一つに挙げられる。
早川は2007年のロッテへの移籍を機にレギュラーに定着。2008年にはリーグ7位の18盗塁を記録するなど自慢の俊足を活かしたプレーでチームに貢献してきた。横浜へ移籍した早川に期待がかかるものも当然「足」だ。
では今季のセ・リーグの1・2番打者盗塁数を見てもらいたい。横浜は14個とリーグで最も少なく、5位の広島の半分にも及ばない。選手別に見ても石川と藤田がそれぞれ5個と非常に少ないのだ。そうなると、2007年は主にロッテの2番打者として活躍し、11盗塁の実績を持つ早川への期待は膨らむ。1・2番打者が盗塁を駆使して得点圏に進むことができれば、内川、村田、新加入のスレッジなどが控えるクリーンアップに回すことができる。
積極的な補強でレギュラー争いも激化すること必至の横浜。早川本人も「レギュラーを取らないとダメだし、意味がない」とコメントしているように移籍に際して意気込みは人一倍大きい。その早川がレギュラーに定着すれば今季とは違った横浜が見られることは間違いない。
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赤星は理想の1番バッターと呼べるにふさわしい成績を積み上げてきた。9年間で本塁打は3本と長打こそ少ない。しかし、「出塁して、走る」。これは時に長打に匹敵する武器として相手投手を苦しめ、チームの勝利に貢献してきたに違いない。通算成績を見てもらうと分かるように、出塁率と盗塁で脅威の数字を残した。まさに1番打者としての鏡である。2009年は怪我に苦しみ本来の姿を見せることができなかった。そこで、2008年を例に挙げて、いかに赤星が優秀な打者だったかを検証していきたい。
2008年に出塁率.398を記録している赤星だが、なぜこんなにも出塁率が高いのか?その疑問を紐解く鍵は四球にありそうだ。2008年の四球率ランキングでは上位に各球団の中軸打者が並ぶ中、11%で堂々の第3位にランクイン。赤星のような長距離打者ではない打者がランクインするのは珍しいことだ。
その証拠に各球団の1番打者の四球率を見ると上のようになる。1番打者でこれだけの四球率を獲得するのがいかに難しいかが分かる。さらに、四球を選べる要因が下の表だ。
1打席で投手に投げさせる球数が非常に多い。長打のある打者を警戒するあまりに球数が増えるのはよくあることだが、赤星のような打者がこれだけの球数を投げさせるのはまさに「粘り」としか言いようがない。多くの投手が嫌う打者は赤星だったのではないだろうか。
もちろん赤星の武器は「粘り」だけでなく、「足」もある。通算盗塁数は9年間で381盗塁、さらに2001年~2005年にかけてセ・リーグ新記録となる5年連続の盗塁王を獲得した。しかし、赤星は盗塁数だけでなく通算盗塁成功率でも81%と素晴らしい成績を収め、足のスペシャリストとしての地位もしっかりと築いた。「出塁そして盗塁」。最強の1番打者と呼べる成績を9年間で積み上げてきたのである。
新人王、盗塁王5回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ6回など数々のタイトルを獲得し、甲子園を幾度となく盛り上げた男がグラウンドを不本意な形で去るのは非常に残念であり寂しい。オリックスの坂口は「ファンとして見てしまう選手でした。僕も守りで怪我をしたら運命と迎え入れる。怪我を避けてのプレーは絶対にしない」と赤星の魂を継承。赤星が阪神の選手だけではなく、球界全体に影響を与えている証拠ではないだろうか。怪我を恐れず全力で最後まで戦った赤星の勇姿は、後世の球界に大きな財産として受け継がれていくだろう。
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まずは日本球界へ復帰した経験を持つ現役の選手を見ていきたい。これらの選手は自らの活躍の場を求めて日本球界に戻っていることから、全体的に日本球界復帰前年の成績が悪いのは当然ともいえる。石井一久、井口資仁、城島健司あたりは、決して多くはないながらも試合に出場しているが、他の選手を見ると試合に出場することすらほとんどない。
それでは次に、成績不振に終わった選手、出場機会に恵まれず不完全燃焼に終わった選手たちは日本球界に戻ってどうだったのか。
結論からいうと、5選手全員が前年よりも好成績を収めている。今季、クローザー、セットアッパーとして楽天を支えた福盛和男。ロッテの主軸を担った井口資仁の活躍は記憶に新しいのではないだろうか。単純に個々の技術が高いメジャーリーグでの経験は、自らの成長の糧になったといえる。また、慣れないベースボールで結果が出なくとも、実績のある日本野球ならば、話は違う。日本球界復帰直後に活躍しても、なんら不思議ではないのだ。
フォード、メンチといった外国人選手による補強で結果の出ていない阪神タイガースが城島を獲得したことは非常に興味深いところだ。ローリスクで、ある程度のリターンが見込める「逆輸入選手」たちの活躍に注目していきたい。
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近年、Bクラスを抜け出せない横浜にとって、清水はまさに救世主である。ここ数年、投手陣を支える三浦クラスの先発投手が増えることは、チーム建て直しにおいて大きな起爆剤となる。しかも、清水はセ・リーグとの対戦に実績があるのだ。ロッテ時代の交流戦において、好結果を残している。交流戦が始まった2005年から見ると、2008年を除く全ての年で防御率、被打率は、ともに対パ・リーグよりも優秀である。
また通常、新たなチームへ飛び込むことで、環境の変化による成績不振が懸念されるものだが、その心配も少ない。清水のトレードに続いて、橋本将の横浜入りが決まったのである。投球をする上で最も重要なパートナーが、古巣の選手であるのは実に頼もしい。
ここで、清水-里崎、清水-橋本のバッテリーを比較したい。全体的に、里崎の方が清水をうまくリードしていることが見てとれる。しかし、得点圏被打率が示すように、清水-橋本バッテリーは「はまる」と手が付けられないのだ。2006年、2009年には1割台の得点圏被打率を誇る。
それに加え、清水は橋本と相性が良い。被打率や、被長打率では里崎に劣る橋本であるが、勝率では里崎を上回る。先ほどの得点圏被打率が物語る勝負強さも影響しているだろうが、勝ち運のようなものがあるのかもしれない。
勝ちが計算できる清水を獲得した横浜。来季はローテーションの軸として大いに期待していいだろう。横浜の投手王国再建は清水にかかっていると言っても過言ではない。
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