2008年01月02日
初練習
明けましておめでとうございます。 というわけで(?)、今年最初の練習は地元の千葉で。 ホントは都内に引っ越して4年も経つので、 地元というのはちょっとおかしいのだけれども ずっと面倒を見てもらってた千葉には名残があって なんやかんやとお世話になっています。 そもそもの話をすると、初めて車いすテニスというものに触れたのは 福岡県飯塚市の総合脊損センターのリハビリでした。 リハビリの先生に「やってみる?」と言われたものの、 教えてくれたのは地元飯塚の車いすテニスクラブの石岡さんでした。 ラケットの握り方も分からないボクにつきっきりでマンツーマンで ひと冬根気づよく教えてくれました。 最初の頃は、一生懸命教えてくれる石岡さんに応えたくて、 少しでも上手になった自分を見てほしくて、テニスを続けていた気がします。 その後千葉に戻ったボクはテニスを続けたくて近所を当たってみたところ、 毎週市営コートで練習していた千葉ハンディキャップテニスクラブと出会います。 歯科医をされてた斉藤先生が20年くらい前に始めたクラブで 車いすだけでなく、片麻痺や小児麻痺その他障害をもつ人たちが集える なんとも時代を先取ったユニバーサルな集まりでした。 一方でこのクラブの出身者には、 川島徳江(アトランタ、シドニー日本代表) 山倉昭男(シドニー日本代表) 高島正雄(アテネ日本代表) 當間寛(アテネ日本代表) といったパラリンピック経験者もいて競技スポーツとしての 車いすテニスの世界を垣間みることもできました。 今日の練習にも、山倉さん、高島さん、川島さんも参加され 世界レベルの片鱗をチラリチラリと放っていました。 実は日本中にこのような草の根レベルの練習の機会が、 数は多くなくとも存在し、そこで初めて車いすテニスを目にして プレーするようになった、というケースが多いんだろうと思います。 そんな場を作り、保ち、そしてそこで育った人たちが何かを還元する。 まだきちんとした形にはなってないのかもしれないけれど、 そんなひとつのサイクルを目の当たりにした気がしました。 日本中の草の根レベルに、こんなサイクルが根付き始める(もう根付いてる?)ことで もっともっと競技人口が増えてくれるといいなと感じるとともに、 公営コートのバリアフリー化、アクセス向上も進んで欲しいと実感しました。 公営コートのバリアフリー化、アクセス向上については 今年は願うだけでなく自治体に働きかけもしてみようと思います。
posted by implayer |21:32 |
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