2008年07月01日
山笠があるけん博多たい
毎年、博多では今日7月1日から飾り山が公開されます。 そんなニュースを今朝見かけて、「ああ、もう夏やね」と実感。 小さい頃、散歩がてら親に手を引かれ、川端あたりまで飾り山を見に行ったことを この季節になると思い出します。一番古い記憶は4歳の頃。 糊のきいた甚平を着て、平和台球場のライトを横目に天神を抜け、 きらびやかな飾り山を見上げ、「すごかね」と。 今年飯塚で行われた車いすテニスジャパンオープン。 外国人選手の中には観光に出かけたいという声もあったと聞きました。 太宰府や国立博物館や百道などがオススメ、と思い浮かべましたが、 1年中飾り山が公開されている櫛田神社はどうかな、なんて思ってました。 そしたら自分がどうしても行きたくなってしまい、試合に負けたあと 電車に乗って行ってしまいました。櫛田神社には何回来ただろう。 この時期博多の町で公開されるものとは、空気感や情感が違うけれども 「すごかね」とつぶやいたあの頃を思い出します。
posted by implayer |22:40 |
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握力が弱いので、ラケットを縛るために使います。
最近巻き方やグリップを変えたので、消費量は増えました。
ついでに、思うようにまったく打てなくなりました。。。
もともと大して思うように打ててた訳ではなかったので、
思い切って基本に立ち返ろう、としているのですが、
まぁ、大変!
2歩進んで、3歩下がるという状態で、ヘコみまくりです。
でも、このテーピングの山を見ると、
いくらでも試行錯誤できるような気がしてくるので、
「いっちょ、がんばっちゃおうかな」
という気になるから不思議です。
写真:昨夜11時頃の六本木
翌日は4時起きで、6時から練習だったのでその夜は急いで寝て、体力温存としました。「それでも4時間も寝れるもんね」若いつもりで脳みそはそんな勘定をしてました。
そして当日の今朝。来週から試合があるので、ゲーム練習。
もう、まったく、ぜんぜん、さっぱり、ダメダメでした。。。
カラダは重いし、ボールにはついていけないし、まるで他人のカラダのよう。
そもそもケガしてマヒしてから、胸から下は他人のカラダのようなんですが、その他人にマタ貸ししてもらったカラダのようで、ちゃんと足腰はそこに付いているのか?、腕は動いているのか?、イロイロ不安なくらい、不自然な感覚でした。
いままでだったら「なんでだろう?」と分からなかったのですが、最近試合経験を積んでるワタクシ。ピンときました。
「あー、(海外遠征で)到着翌日に時差ボケで試合している感覚だー」
サラリーマン選手、強みは何と言ってもサラリーマン経験。
時差ボケ対策なんか、新入社員の小僧のころにしっかりと叩き込まれております。
飛行機内での過ごし方や、到着後現地での時間配分などなど。
それでも最近カラダは正直で、いくら脳みそをダマシても、
「おろ、まだ夜でしょ」と、しっかり動いてくれないことも多くなってきました。
今年のアメリカタホの試合では、太陽が黄色に見える中試合をしました。
そう、まるでそんな感じでした、今朝の練習は。
コンディションとは、かくも大切なものだったのか。
練習だから、こういった調整不足のケースなど、いろいろなケースを想定し試してみるのはいいことなんだろうけれど、練習を、コートに立つことを軽くみてしまうようなことはしてはいけないな、と強く反省しました。「明日、早朝から練習があるけれど、ま、仕方ないや」そんな感じで仕事を入れてしまった訳で、それはプレーヤー(競技選手)としてコートに立つ以上、やってはいけないことなんだなと、今回学びました。
「社会人である以上仕方ない」とか「そうしないとメシ食っていけないから」とかいろいろな自己正当化する理屈はあるけれど、そんな理屈を並べる前に、「自分はプレーヤーであるのか、否か」を自問自答するべきだな、と思いました。
単純なことです。
プレーヤーであるならば、プレーはすべてに優先し、
理屈で自分の甘さを自己正当化するのであれば、プレーヤーのフリをしてはいけない。
このことは理想論かもしれないけれど、その域を目指ざす以上身に付けておかなければならない最低限のこと。いわゆる競技選手たらんとするものは、当たり前に身につけていること、なんですよね。

