2008年10月23日
ようやく遠かったホームでの勝利を掴むことができました。
リーグ開幕戦以来1ヶ月以上ぶりのホームでの勝ち星。
相手は成績不振で先日監督を変えたばかりの相手。
前回連敗を脱した時の相手もそうでしたが、監督を変えたり何か変化を起こした相手と戦うのはとても難しいもので、相手は精神的にも監督交代という刺激を受けて挑んでくるためにそのことにも注意が必要でした。またお互い負けるとますます苦しくなる状況のために、共に負けられない試合でもありました。
試合内容はこちらが断然押すもののチャンスを決めきれなく、こんな時またいつものように一発入れられるという悪い雰囲気も流れかけましたが、なんとか1点をもぎ取りそのまま逃げ切って終了。
見ていて冷や冷やする試合であり、押していたとは言え決して満足できる勝ち方ではありませんでした。
しかしホームでの久々の勝利。試合終了後は更衣室で選手達が勝利を喜び盛り上がっていました。
日本人である私の感覚では(また選手でなくスタッフ側の立場から思えば)「この内容で喜んでいいのか?これで満足していたら次はもっと難しいぞ」と思うのですが、選手の一人が以前の試合で内容的に良くなかったが勝利した時に言っていたのは「内容のことを言えばそうだが、勝った時に喜ばなかったらいつ喜ぶんだ?負けて沈んで、勝っても沈んでたらいつも沈んでばっかりだぞ」ということでした。
日本の言葉で「勝って兜の緒を締めよ」ということわざがありそれも大事なことだと思いますが、素直に勝利を喜ぶことも大事だなということを彼らを見ていて感じました。
いつしか外国人コーチが日本人の子どもを指導した際に、ゴールを決めた子どもが喜ばないのを見て「何で日本人はゴールが決まったのに喜ばないんだ?」って疑問をもったという話を聞いたことがありますが、日本人の性格上より良いものを求めて一喜一憂しないといった傾向があるということもあるでしょうが、イタリア人を見ていると感情を素直に表現したり、一つ一つの喜びを味わうことも大事なことなのではないかとも思います。
この勝利を喜び、また次の日の試合に向けて兜の緒を締めてやっていきたいと思います。
posted by idalia_calcio |18:13 |
イタリアサッカー |
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2008年10月13日
ホームでの勝てない日々が続きます。
現在2位の相手に1-2での敗戦。決してチャンスがなかったわけでもなく、また相手GKのスーパーセーブもあり中々相手ゴールを割れず。
失点する場面の多くは相手にやられたというよりは、自分達のミスや不注意を突かれてといった場面が多く、ほんの一瞬でもそういう場面があると失点に繋がってしまいます。
ここ数試合同じようなことを繰り返しているので選手達も頭ではわかっているのでしょうが、90分間のうちのほんの数秒が命取りになるのです。
そして痛いのが毎試合のように怪我人が出てしまうことです。
衝突などによる事故的なものであれば仕方ない部分もあるのですが、筋肉系などの怪我が多いのが問題です。
どことなく私は、人間の身体はジェンガのようだなと思いました。
はじめはきれいに並んだジェンガ(=怪我のない状態)が疲労やその他様々な要因によってどんどん穴が開いていく。そして上に積み重なっていくのが疲労。
そしてその穴がどんどん増えていく中で上に疲労が積み重なっていくといずれ崩れてしまう。
コンディションの調整としてその穴をいかに塞いでいくかが重要なのですが(実際のジェンガは穴を塞ぐことはできませんが)現在はそれが上手くいっていないのか怪我人がどんどん出てきてしまっています。
うちのチームは控え選手も少ないために怪我人が出ると交代選手もままならずに、ほとんどの選手が90分フルでプレーしなければならなかったり、怪我が完全に回復しない状態でプレーしなければならなかったり、そういったことでどんどん悪循環になってしまっている現状があります。
こういったことは正にフィジコの仕事のひとつであり、私自身も怪我持ちの選手と話をして必要なケアの指示をしたり、個人的にストレッチなどの補助などを行っているのですが、それでも問題を解決できないでいます。
そして教科書どおりにいかない現実の問題と直面しています。
穴だらけになっているジェンガ(うちのチームの状態)をどう組み立てなおしていくか、私のチームが抱えている大きな問題です。
そのために私ができることを模索し、実行していきたいと思います。
posted by idalia_calcio |04:46 |
イタリアサッカー |
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2008年10月04日
私のいるイタリアという国はおそらく他のどの国よりも「勝利」というものにこだわりの強い国でだと思います。
勝てば英雄、負ければ戦犯者のように扱われ、それはイタリア人自体がまず何よりも「勝利」というものにこだわりが強い人種であるのも関係しているのでしょう。
ただイタリアサッカーは「勝利」にこだわることにより内容的に魅力的なサッカーをしないという見る人の目もあることも確かです。
また育成のカテゴリーでは「結果よりも内容を求めるべきだ」という意見もあるでしょう。
それを否定する気は全くありませんが、現在私がチームに所属してリーグ戦を戦っている中で起こっている事実を元に、イタリア人の「勝利」へのこだわりについて書いていきます。
現在我がチームはリーグ戦5戦を戦って1勝2分2敗(ホームで2連敗)と良い結果ではありません。
前節の敗戦後、地元の新聞でも我がチームのことを「チームの危機」や「監督交代か?」といった記事が書かれています。
結果が出てないチームであればそういったことが書かれることはあることでしょうが、試合内容の良し悪しに関わらず中には「DFの崩壊」や「更衣室内でのチームの雰囲気は最悪」などと事実とは違うことや言ってもないことなど記者の勝手な意見が普通に書かれたりしています。時にはそういった事実とは違った記事がチーム内に混乱を招くこともあるくらいです。
それもこれも現在結果が出てない事が影響していることは言うまでもありません。
試合内容が悪くても結果さえ出ていればこのように書かれることはないのです。
つまりここイタリアでは「勝利」をしないと、ありもしないようなありとあらゆる事を書かれたり、サポーターなど周りからの非常に大きなプレッシャーをかけられたりするのは日常茶飯事なのです。
アマチュアリーグのこのカテゴリーでさえそうなのですから、それがトップリーグのビッグクラブになり注目度が高ければ高いほどそのプレッシャーはより強いでしょう。
今やサッカーは世界最大のスポーツ市場であり、ある意味見せ物のようになっており、観客を魅了するようなプレー、観客が見ていて面白いと思えるようなプレーをすることも求められます。
ただある程度の「結果」や「勝利」無しにそれらが認められることもありません。
魅力的なサッカーをしながら勝つ、それが理想なのでしょうが、特にこの国では「勝利」というものがまず何よりも求められるのです。
スタッフとしてチーム内にいてそのプレッシャーを感じればよりその重要性を感じることができます。
何故ならば「結果」が出なければその責任を負うのはスタッフや選手なのですから。
ですのでチームとしては求めるものはまず「結果」=「勝利」なのです。
イタリア人選手の闘争心や勝利へのこだわりはこういうとこからも来ているのではないかと思います。
ただこれを読んで、イタリア人は「内容」に全くこだわらずに「勝利(結果)」しか求めていないということではないことをご理解して頂きたいと思います。
posted by idalia_calcio |06:09 |
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2008年10月01日
ホームでの連敗を喫しここ4戦勝ち星がなく、新聞ではクラブが何かしらの改革を行うだろうと書かれていましたが、火曜日の今週の練習初日の時点ではこのまま続行ということになりました。
しかし今週末の試合で負ければ(相手は勝ち点未だの最下位チーム)クラブは本格的に動くでしょう。
監督も練習前のミーティングで今週末の試合がこのチームとしては最後のチャンスだと言っていました。
私は練習後に監督に「こういった窮地に陥った時、あなたはいつもどういったことをする?何か(練習内容など)を変えようとしたりする?」と質問してみました。
すると監督は「自分が思うにうまくいってないときに何かを大きく変えるのはうまくいかないと思ってる。あとは今の現状として決して相手に翻弄されて負けているわけじゃなく自分達のミスから失点していることもあるから、その辺をしっかり選手達には理解させて、練習内容は変えないでいくよ。」と言っていました。
確かに今うまくいってない現状を考えそれに合わせた対応が必要であり、時には何かを大きくかえなければいけない時もあれば、逆に動揺せずに今までやってきたことをしっかりとこなしていくことも必要だと思います。
そしてそれはその時その時で変わってきます。
ただ大事なのは、窮地に陥った時に慌てて我を失うのでなく、冷静に対応できるような平常心を保つ強さを持つことは指導者として大事だなと感じました。
posted by idalia_calcio |05:14 |
指導者 |
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