2007年07月20日
駒野友一のリベンジが見たい。
オーストラリア戦を前にして。ドイツでのあの悪夢のような試合に出ていた選手たちは静かに闘志をたぎらせている事だろう。 ロングスローをはじきそこなった川口、ヴィドゥカの圧力に屈してしまった中澤、体調不良から完全に消えてしまった俊輔。メディアとしてクローズアップしやすいのは彼らのことだろう。 ただ、サンフレッチェのサポーターとしては、やっぱり駒野の奮起を期待したい。加地の負傷により大事な初戦に立った駒野。酷暑の中、低い位置から懸命に長い距離を走って攻撃参加したが、得意のクロスは足に来ていたのか味方に合わない。そしてエリア内まで切り込んで完全に倒されてもPKにならない。最後は3点目はドリブルで完全に交わされて決定的なゴールを許してしまった。心理的にはダメージの大きいやられ方だったと思う。 あの時点では、彼は力を出していた、と思う。広島でやっている姿を見ている人からすれば、駒野のクロスの精度を知っているしこんなもんじゃない、と思っただろう。だけど、あの舞台でプレーして自分を全て表現する、という点で力が足りなかったんだと思う。 駒野友一はサンフレッチェのユース出身。経歴だけ見ればエリートそのもの。アルゼンチンワールドユース→オリンピック→ワールドカップと選出されたのは彼と茂庭だけだ。だが、ここまで来る道のりは平坦ではなかった。 出場してきたころのサポの評判は散々だった。DFが甘い、おどおどしている、ミスばっかり。当時広島にいた藤本主税に怒鳴られまくってから萎縮したプレイを連発していたもの記憶に蘇る。(予断だが、それが原因で藤本は先発から外された。) しかし元日本代表・沢田謙太郎から完全にポジションを奪うと、徐々に存在感を発揮するようになる。広島がJ2に落ちると、久保・藤本を失ったチームの生命線は左右のサイドアタックとなり、左・服部、右・駒野の両翼の攻撃参加が他のクラブの脅威となっていた。 そんな中、事件は起こる。とにかく2003年の横浜FC戦。開始6分で左足を痛めて交代。靭帯の断裂で全治10ヶ月だった。アテネオリンピックへの出場は絶望的。さらに、手術の成功後には、血中に血栓が出来る「エコノミー症候群」にかかり、再度の手術を行う。 しかし、駒野はめげなかった。必死のリハビリで8ヶ月で試合に復帰。両サイドをこなせる強みで根本を押しのけアテネオリンピックに滑り込み出場する。しかし、ガーナ戦では相手のラフなチャージで鎖骨骨折。しかもそれが治ったと思ったら突然の目の病気で失明の恐怖と戦わなくてはならなくなった。 それでも駒野はめげなかった。サイドが手薄なフル代表に三浦淳の代役として呼ばれると、突然の代表シャッフルで出場機会を得ると、加地のバックアップとしての存在感を深め、ドイツへの切符を手にする。そして、オーストラリア戦。結果はご存知の通りだ。 この頃の、そして代表に呼ばれた頃の駒野は、やはり遠慮があったと思う。俊輔に「駒野は守備的な選手なので」といわれていたぐらいだ。日々のプレーでも、会話の中でも自己主張が足りなかったのは間違いない。 しかし、今年に入って駒野は変わった。代表でオシムに「お前はスピードがあるんだから、もっと勝負しろ」と言われてからそれに取り組んだのだろう。縦へのドリブルの脅威は増し、中に切れ込んでの左足も強烈。クロスの精度は相変わらずだ。 もうあのワールドカップの頃の駒野はいないはず。今の駒野は代表の主力としての自信を深めている。明日のオーストラリア戦、ぼろぼろになったドイツでのリベンジを駒野が見せてくれることを信じている。
posted by Lee |22:37 |
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