2007年08月31日
サンフレッチェは尻に火がついた横浜FC戦です。
が、先日の敗戦で心に傷を負っているので、現実逃避のエントリーを・・・。
小学生のときは、マラドーナモデルのスパイクを履いていたいた気がします。「気がする」だけで、確証はない。なんとなく、スパイクのベロに「マラドーナ」と書いてあったような記憶があるだけ。ひょっとしたら、マラドーナにあこがれていたが故の妄想かもしれないですね。
明確にどのスパイクを履いていたのか覚えているのはコレ。
アシックス・ボンバー。
もうオールドサッカー小僧には説明不要。若い人は・・・ぜんぜん知らないでしょう(笑)。意外にまだあったりして。断っときますが、ゲルトミュラーモデル、とかそういうこじゃれたモンじゃないです。
でも間違いなく誰もが履いていたのがこのボンバー。ともかく安い。詳細は覚えていないですが、顧問に言われて買ったような気もする。ひょっとしたら学校単位で営業に来ていたのかもしれませんね。
やっぱり舶来もののプーマだのアディダスだのにみんな憧れがあったんですが、なぜかその頃は
「ヘボが高いスパイクを買うな」
とか
「白ライン以外ののカラーリングの下級生はシメろ」
というような謎の風潮があったもんで、ボンバーを買い換えて使っていました。
その頃の憧れといえばやっぱりこの二つ!!
アディダス・コパ・ムンディアル
プーマ・パラメヒコ
もう説明不要ですね。パラメヒコは今でもトップブランド。コパムンは藤田俊哉のご愛用品としてしか有名じゃないかもしれませんが、オールドファンにとっては思い出の品。重厚な一品。
しかし、どっちも高くて新品は買えない。しょうがないんで、先輩が買ってすぐぶっ壊したコパムンを譲ってもらって、シューグーで直したりテーピングで巻いて穴を埋めたりして使ってました。
高校になるころだと、ミーハー度合いがアップしてきます。シグネチャーモデルも増えてきたし、ファッションにも気を使うところであります。
その頃の超憧れの品と言えば・・・
ディアドラ・マルコ・ファンバステンモデル(名称不明)
ロット・フリットプリモ(だったかな?)
「ディアドラ」「ロット」という響きがまず他の連中との差別化をかもし出します。カッコいい(笑)。なんか他人と違うスパイクを履きたかったという気持ち・・・分かりますか?アディダスでもプーマでもなくアシックスでもなく、ディアドラ、ロットこれがいい。そしてファンバステンモデルといえば赤いラインのカラーがカッコよくて、これが色気づいてきた小僧のハートに響いたわけです。
とか言いながらも両方高くて買えません。ゲーセンでスト2にハマッっていたせいもありますが、とにかく金が無くて。
ところで、当時、Aチームの連中が使っているスパイクを盗んできてBチームのヤツに売りつけるというろくでもないことをしていたヤツがいたんですよ。確かに既にメーカーからスポンサード受けてるやつもいたけどさ・・・そりゃまずいだろ。余談ではありますがそいつはJリーガーになりました。今はどうしているのか・・・。
もちろん、金が無いからと言って、そんな品を買うわけにも行きません。しょうがないのでAチームがぶっ壊して捨てているスパイクをこれまたもらってきてシューグーで・・・(以下略)。
いい加減、こんな貧乏スパイクを恥ずかしく思っていたところに、懇意のショップからニュースが。
「今度ナイキのスパイクが入るんだよ。買う?」
ナイキなぞ、サッカーでは新興勢力です。誰も履いてるヤツはいない。これは買うしかねーだろ!!ということで親を説得して買って見ました。
・・・細すぎ。硬すぎ。もはやモデル名すら覚えてない。
もったいないので何とか履こうとしました、とにかく靴擦れするわ、つま先は痛くなってくるわ。泣く泣く人に譲りました。おかげで未だにナイキスパイクに対する印象は最悪です。
またおんぼろスパイクを履いていると、これまたニュースが・・・
「今度アディダスから出るスパイクはすげーらしいぞ!なんかラバー素材が張ってあって、インステップのキックは30%パワーがまして、へスラーとかツィーゲにフリーキック蹴らせたらもう直角に近いぐらい曲がって決まったらしいぜ!!!」
お分かりですね?
アディダス・プレデター(ファーストモデル)
買いましたとも。親に怒られながら、「ひょっとしたらこれで俺もAチームに入れるかもしれないだろ!(←大嘘)」という決め文句で金を引き出しましたとも。
・・・重すぎます。フィット感そのものより、重すぎ。無理でした。
今でこそインフロントの位置に埋め込まれているラバーですが、その時はホントにインステップの上にうろこ状にべったりラバー素材が貼り付けられていたのですよ。見た目はまるでワニ。これも人に譲って、結局ボロスパイクを直しながら使ってました。アディダスのブランドイメージも僕の中ではこのときに地に落ちましたです。ハイ。
結局、大学以降は細々とパラメヒコを使っています。さすがにシューグーでは直していませんが、そこまで履き潰すほどは使用しなくなりましたんで。
なんでいきなりこんなエントリーかと言うと、この間の試合でパラメヒコがバックリ行ってしまい、シューグーで直していたあの日々を思い出したりしたからであります。懐かしい。
というわけでそろそろ違うモデルも買って見ようかと思ってます。幅広・甲高の典型的日本人足の僕におススメのモデルがあれば、是非教えてくださいませ。
posted by Lee |18:04 |
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2007年08月07日
前回の続き。
そのときは究極に仕事が忙しくてボロボロな時期だったんです。もう思い出すのも嫌なぐらい。で、そいつのトドメに来たのが「イギリスに行って現地の会社と交渉して来い」という、うんざりするような指令が。
今度ばかりはと断固拒否の姿勢を貫きました。
ろくに1年間も休みも取らせず、挙句海外に行ってガイジンと交渉してこいとはいったいどういうことですか。そもそもヨメの相手もろくにしておらず別れの危機なんだから少しは考慮してくれませんかね?大体帰国の日はチャンピオンズリーグの決勝の日じゃないですか。現地の喧騒を横目に離陸して飛行機降りたらニッカンの表紙で結果も分かっちまうんですよ?そんなつらい出張は嫌です。今回ばかりは勘弁してください。
「困ったなあ・・・他に人が居ないんだよね・・・君しか出来ないと思ってるんだけど。あ、じゃあさ、現地に手配してそのチャンピオンズリーグとかいうの見に行かせてあげるからさ。それならいいでしょ?」
えっ・・・(て、適当に言ってみただけなのに、ラッキ~!!)
ということで、02-03シーズンのCL決勝、ユーべVSミランを見に行くことと成ったのです。場所はもちろん「あの」オールドトラフォード!!いや~、しかしウチの会社がどうやって券を手に入れたのか、それは未だに謎のままです。裏のスジから買ったとするとトンでもない額だったと思うんですが・・・。
「シアター・オブ・ドリームス」。もちろんこのオールド・トラフォードのことです。数々の名勝負が繰り広げられた夢の劇場。僕みたいな「おのぼりさん」からすると、既にスタジアムの周りからして「シアター・オブ・ドリームス」でした。
なにせ、スタジアムの前にある「フィッシュ&チップス屋」にはトレブルを記念してか、ファーガソンのどでかい似顔絵を中心に、当時のメンバーの似顔絵が描かれています。店構えの半分がその看板なんですよ!
その店で購入した超脂っこいフィッシュ&チップスを食っているとふと目の前の通りの名前を示す看板が目に入ります。
「Sir Matt Busby Way」
目の前の道の名前がコレです。ちょっと感動しましたね。あだ名じゃないですよ。正式名称。コレが文化ってやつだな~。と感動していると、正門のバスビー卿の銅像の目の前へ。
ここはスタジアム全景をカメラに収めねばなるまい、ということで、ファインダーをのぞきながら徐々に後ろに下がっていくと、しきりに肩を叩くやつが。
誰だ・・・?と振り返ると、全身刺青の入った2m近い大男が・・・
そう、僕は気がつかないままユーヴェのウルトラのど真ん中に入り込んでいたのです。全員上半身裸だし!!しかも持ち物とか引っ張ってくるし。こえええええええええ!!!
ということはおくびにも出さずに、陽気でバカな日本人を装っていました。ニコニコしながら「グランデ!ユーヴェ!」とか、膝の震えを隠しながら言ったりして。
そのうちリーダー格の奴が「まあまあ、相手はガキだしいいじゃねえか」というような雰囲気で仲間を止めてくれ、最後はそいつと写真を撮って別れました・・・。ホッとしましたよ・・・。
そんなわけで、はっきり言って試合は凡戦でしたが、フットボールネーションの文化というやつに肌で触れた貴重な体験を、このオールドトラフォードだったのでした。
ところで、ホテルのベルボーイと仲良くなりこんな会話を交わしたんです。
「帰るのか?マンチェスターにまた来てくれよ!」
「ありがとう、ところで、あのソファに居る太ったオッサン誰?UEFAの人?」
「あ、あれ?ノーマン・ホワイトサイドだよ。もう見る影も無い腹だけどな!ガハハ!」
「ホントかよ、信じられん・・・」
(※W杯最年少出場記録保持者です)
「そうそう、そういえば結構ガタイのいい日本人も来てたぞ。たしかそいつはマンチェスターUでプレーしてたとか言ってたな。名前は・・・なんだっけな?」
「えっ???そんなやついたっけ???」
さて、この人は誰だったでしょう?
正解者には・・・特に何もありませんが・・・。
こういうエサにつられて、絶対やめてやると思っていた会社にもまだ居るわけです。いや、ただより高いものは無いとはまさにこのこと・・・。
あれ?なんのエントリーだったけ、コレ。
まあいいや、とりあえずオールドトラフォード最高!ということで。
※ホントは写真つけたかったんですが、見当たらず。見つかったらまたUPしなおしますね。
posted by Lee |21:37 |
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2007年08月06日
U-22の大会はチェックしてましたが、流し見程度でしたんで論評なしです。しかし、この大会に参加する意味ってなんなんですかね?こんな大会で切られるというウワサのカレンも増田もかわいそうです。
さて。今回のエントリーは「思い出サッカーシリーズ」。これはもう30前後のオッサン向けのエントリーですね。誰も読みたくないかもしれませんが(笑)、なんとなく、こういう回顧をしたくなるときはあるもんです。
で、思い出サッカーシリーズ。今回はマンチェスター・ユナイテッドを取り上げます。
マンチェスターユナイテッドと言ったら誰をイメージしますかね?ベッカムでしょうか?最近のファンだとC・ロナウドですかね?あるいはギグスとかスコールズとかネビル兄弟とかの「ファギーベイブス(フレッジリングスでしたっけ?)」とかを思い浮かべるかもしれません。ファーガソンそのものをイメージする人も多いかも。
だけど、僕なんかからすると
マンチェスター・ユナイテッド=カントナ
なんですよ、やっぱり。
このブログでも何度か登場する「ダイナミックサッカー」は、当時の各リーグのトップチームの試合を中心に放送を行っていました。(バイエルンの試合が多かったですが。)
で、イングランドの場合は大体マンチェスターUだったんですね。その頃はカントナがリーズから移籍してきたばっかりの頃。ちょうどこの年にマンUは20数年ぶりぐらいにリーグ優勝を果たしています。(ちなみに、その前の年はリーズが優勝してる気がします。)
キラ星のようにスターが輝く現在のプレミアリーグのファンの方々からは想像もつかないかもしれませんが、当時のプレミアって、結構地味だったんですよ。セリエAがやっぱりトップリーグとして君臨していて、ついでリーガ(というか、ドリームチームのバルサですね)が目立っていたぐらいで、いわゆる外国籍選手ってあまりおらず、結構ドメスティックなイメージだったんです。
試合を見ていても、なんか緩急が無いというか・・・。さすがにマンUぐらいになるとキック&ラッシュとまでは行かないですが、攻守の切り替えが異常に早く、ボールが落ち着かない。疲れて間延びしてくるまでは縦に早いサッカーが展開されて、スピーディではあるんですが、なんか緩急が無く、一本調子なサッカーばかり展開されていた。そういう印象だったんです。
そこを変えてしまう力を持っていたのが、カントナでした。
見た目はゴッツイ大男ですが、タッチが繊細。ボールが入ってからのアイディアとか、タメ。そういう部分で、カントナは「超異質」な存在だったんです。マンUの試合を見ていても、カントナが出ている試合とそうでない試合ではまるで展開が違う。
カントナにボールが入ると、周囲の動きも変わってきます。「コイツからならパスが出てくるだろ」みたいな感じですかね。マーク・ヒューズが、カンチェルスキスが、あるいは出始めのライアン・ギグスがこれに絡んで来た時の攻撃は本当に破壊力がありました。
また、カントナはあのような性格ですから、とにかく出場停止が多い。なので、出ていない試合と出ている試合の両方をこの番組でよく比べることが出来たんですね。
「注目のカントナは残念ながら出場停止で・・・」
という久保田アナの言葉に何度泣かされてきたか。
その後、例のカンフーキック事件を経てカントナは引退。その後マンUは第2の黄金期を向かえ、数々のスター選手が加入しました。ただ、このカントナの存在感だけはどうしても忘れることが出来ないです。なので、僕にとっては
マンU=カントナ
なんですよね、今でも。
ところで、マンUといえばもう一つ。「オールド・トラッフォード」です。
このスタジアムのピッチの近さを見たときには衝撃でした。なんか目線の高さにピッチがあったりするし。実は卒業旅行で訪れようかという計画もあったのですが、まあその当時付き合っていた彼女と色々ありましてご破算に・・・。そして社会人になってしまってからはクソ忙しくて早々海外にいける機会も無く、あきらめていたのですが・・・。
ひょんなことから、オールドトラフォードを訪れる機会が出来たのです。
続く。
posted by Lee |19:16 |
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