2008年11月28日
前回のブログに書いたように今日、木曜日も出場停止者リストのチェックをしていたのですが、こちらではあまりに見慣れた光景なので当然と思っていたこと、しかし日本の方にとっては違和感がある事柄に気づいたので今回はその事について。
出場停止者は選手だけではなく、監督やチームスタッフにも及びます。
アルファベット順に対象チームが羅列されたリストを上から下に目を通すと、対象者の身分の欄に選手だけではなく監督やチーム世話役の肩書きがよくあります。
これはもちろん試合中の発言が審判への暴言と判断されたケースがその殆ど。
現在、私のチームの指導を手伝ってもらっている日本人男性(スペイン在住1年)は日本で審判の資格を持っている方ですが、日本と比較してスペインの現状を最初に見た時に面食らったようです。彼は審判の心証を悪くして良いことなんてない、と考えていたのですが、スペインでは観客席やコーチ陣から審判に向けられる批判があまりに多いからです。
確かに日本の基準から見ると審判への批判は良くないですし、観客席からの暴言にはひどいものがあります。
ただ、スペインの基準で言うと、監督が審判にクレームをつける事は日常茶飯事でもあります。
スペインでは審判の経験不足による判断ミスはもとより、オフサイドの判定でその瞬間を見ていなかったのに平然と笛を吹いたりするようなことが多々あります。
私は元々、選手への指示も含めて口数は少ない方だったのですが、スペインでは監督が試合中に選手に絶え間なく指示をするのが習慣としてあり選手もそれに慣れています。また、(あまり良い事ではないのですが)、程度を調整しながら審判のジャッジを批判することも多々あります。
それはなによりも、選手の側に立って試合中に激を飛ばすことがチームの結束力を高めるために必須であり、また監督が先頭に立ってチームの気持ちを代弁することが、選手が溜め込む不満のガス抜きにもなるからです。監督が批判しない場合、選手が我慢し切れずに審判に食って掛かってレッドカードを受けるケースも実際に多いのです。
そういった現状を考慮して、本来、サッカーは黙って観戦したい人間である私も、やむを得ず監督をしている間は「監督」を演じています。
スペイン監督日記 2008/11/28
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2008年11月21日
バルセロナでユース世代の監督をしていると毎週木曜日の習慣があります。
それはサッカー協会から発表される出場停止者リストのチェックです。
カタルーニャ・サッカー協会では、協会管轄で行われた大人から子供までの全ての試合の警告・退場事項をまとめて週の半ばにインターネットで公開します。
州内で毎週行われているサッカーの公式戦は膨大な数ですが、各試合、審判が警告や退場の理由、その他のアクシデントを協会に連絡します。
協会はそれを集計してリストにし木曜日の午後にアップする。
なぜ監督の私がこのリストをチェックするかというと、自分のチームの選手の状況を確認する以上に、次節の相手チームの出場停止者をチェックしなければいけないから。
例えばカデテという14-15才のチームのカテゴリーは4つのリーグに分かれていて、各クラブが抱える2-3チームはそのどこかに所属しています。※スペインのユース世代のリーグ戦を参照
しかし試合前に審判が選手の登録証をチェックする作業で確認するのは
・選手の本人確認
・必要書類の有無
・カテゴリーの間違いはないか?
の3点だけ。
・出場停止者が出場していないか?
という点は審判がチェックしないので各チームが相手チームのリストに目を光らせなくてはなりません。というのも、罰則がなければ違反をする、ことが日常茶飯事のスペインではそういう違反が多く、実際に毎週の出場停止者リストの発表時には、「審査を申し立てられた試合」も同時に発表され、翌週に規律委員会の判断が発表されます。違反が発覚した場合は該当チームは0-3での負けとなるので、お互いにチェックを行います。
試合前の相手チームの選手リストのチェック時にする事がもう一つあります。これも審判はチェックしてくれないのですが、協会の規定で「同クラブの同じカテゴリーのチーム間(例えばAチームとBチーム)で選手の入れ替えをできるのは3選手+1ゴールキーパーまで」と定められています。
その結果、相手チームの召集メンバーのチェックに必要な項目は以下となります。
相手チームが例えばカデテのバルセロナBの場合、
(1)AとCチームからの招集者は3選手+1GKを超えていないか?
(2)出場停止者の登録はないか?
特にこちらの手元に残る試合記録からは(1)の確認が出来ないので試合前に審判に預けられている相手チームのリストに目をやらなければいけません。
また(2)に関してはAとCチームの前節までの出場停止者もチェックしなくてはいけないので注意が必要になります。特に2試合以上の出場停止者は発表週にしか協会のリストにないので、私は次節以降に備えるために同じリーグの全チームの状況を毎週確認して把握しています。
※Aチームの試合で出場停止になった選手がBチームの試合に来るケース、4-5試合の出場停止を受けた選手が制裁が解ける前に出場するケースがある)
試合の前後で上記の作業をするのが既に習慣となっています。
スペイン監督日記 2008/11/21
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2008年11月15日
今日は日本の天皇杯で大分と千葉が主力を温存し日本サッカー協会から処分を受けるかもしれなかった問題について。
主催者の日本サッカー協会からすると、「2軍で戦われたら注目度が落ち大会の士気、興行成績が落ちるではないか!」という気持ちがあると思います。今回の件では一時は該当クラブの大会への出場件剥奪も検討されたようです。
出場権剥奪というのはあまりにも厳しすぎますが、主催者の心情は理解できます。
しかし現実的に考えると過密日程の現状で、協会がクラブへの処分を見送ったのも妥当です。
カップ戦への重要度、伝統が生きているイングランドでFAカップとカーリングカップという2つのトーナメント戦がリーグ戦と共存しているのは世界的に見ても例外であり、リーグ戦とクラブの国際試合(欧州のCL、UEFAカップ、アジアのACL)の試合数が増えるほど日程面で選手への負担が増え、カップ戦(トーナメント戦)の重要度が落ちるのは当然です。カップ戦で負けても何も失いませんが、リーグ戦で低迷すると降格問題に発展するからです。
欧州の多くのチームはカップ戦を「控え選手の奮起」の場として利用しています。
主要チームは1.5軍から2軍でスタメンを組み、日程的に余裕がある中堅、下位チームはリーグ戦と同じ顔ぶれ。
これはイタリアでもスペインでも共通する現状です。
特に私が間近で見ていたユベントスとバルセロナは、当時の第2GK、キメンティとジョルケラをカップ戦での第1GKに固定しリーグ戦で出番がない彼らをケアしていました。スペインのカタルーニャ地方のチームだけが参加するカタルーニャ杯では先日、バルセロナが監督以下、完全なBチームで臨んでいます。
日本では興行面でのカップ戦は今後も厳しい状況に立たされるでしょう。
客観的に見て、
・リーグ戦
・クラブの国際試合
・フル代表、アンダーの代表の試合
・もう一つのカップ戦(ナビスコカップ)
がある時点で、クラブ側の負担はかなり高い状態です。
本来であればリーグ戦と対を成すカップ戦は日程面を考慮しても「1つ」であるべきで、天皇杯とナビスコカップを統合するのが理想ですが、ナビスコカップがスポンサーを前面に押し出す名称だからこそ日本サッカー協会に支払われるスポンサー料が高いわけで、「天皇杯のメインスポンサー」という「格下げ」はスポンサーが望むものではないはずです。
日本では代表チームへの召集に関してリーグ戦やカップ戦の日程を調整する必要がまだまだある現状なので、日本サッカー協会がJのクラブに天皇杯での主力選手の起用を強要するのは理不尽なようにも見えます。
イタリアではイタリア杯(コッパ・イタリア)の優勝チームにはUEFAカップへの出場権が与えられますが、ビッククラブが主力を出さない現状で、一時はより価値と経済効果がある「チャンピオンズリーグへの出場権」を与える事も検討されました。
しかしリーグ戦で上位に進出しチャンピオンズリーグへの出場権を獲得できる方が、一発勝負のカップ戦を勝ち抜くより選手層に恵まれたビッククラブにとっては都合が良いため、サッカー協会に影響力を持つこれらのクラブがこの案に反対し実現はしませんでした。
日本は天皇杯の優勝チームをアジア・チャンピオンズリーグに送っているので上記の案と同じ形ですが、その現状でも主力選手の出場問題が解決されないという事は、やはり日程面に無理があるという事ではないでしょうか?
ナビスコカップのスポンサー収入は確かに重要ですが、日程が限界に来ている今、主催者側は収入減を受け入れた上で2つのカップ戦(ナビスコカップと天皇杯)を統合するか、もしくは現状を維持し収入を確保する代わりに、クラブ側の方針には干渉しないというのが妥当な「落としどころ」のように思えます。
スペイン監督日記 2008/11/15
posted by hospi |14:12 |
日本のサッカー |
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2008年11月13日
私が海外で生活を始める前、今から10年前に日本にいた時に
「最近の幼稚園、小学校では徒競走で順位をつけないために最後はみんなでゴールをする」
と聞いて、当時はそれが冗談だと思っていました。
しかしこの10年でそういう話を聞く機会が増え、「いや、実際にそうしているところが増えている」と聞きます。
国全体が「皆、中流階級」という建前を前面に出している日本では、そこから上に頭が抜けている事や平均よりも下に位置していることを明確にすることがタブーになっているように思えます。
皆、才能の存在は頭の片隅で認めている一方で、それを明確にすることを恐れている。
言い換えれば
「努力すれば、練習すれば目標は達成できる」
という日本国内で理想とされるモットーに「でも限度もあるよ」と付け加える事は、周囲からの批判の対象となってしまうのでしょう。
ただ、私はここでハッキリ言っちゃいます。
「才能は歴然と存在し、ある者とない者の間には境界線が存在する」
言っちゃいました。
もちろん普通の能力の人が、ある分野の技能を修得するために練習に励み努力をした結果、一定のレベルに到達することはできます。しかしそのレベルと、才能ある者が鍛錬の結果到達できる領域が違うのも確かなのです。
これは私が言うまでもなく周知の事のはずですが、どうも日本では「それは確かにそうだけども、他の大多数の人の夢を奪うのは良くないから、そういうことをハッキリ言うのは好ましくない」という空気があるように感じます。
結果、競技で下位になる人に対する過剰なケアが起こり上記の徒競走のような事態が起きます。
しかし私はサッカーの指導者という視点から別の問題に注目します。
それは指導者側が、教える対象別に指導法の使い分けができているかどうか?という点。
指導者が「才能」の存在を頭だけで理解し実践でその境界線が分からない時にどういう事が起こるか?
サッカーであればプレーを構成する要素が技術、戦術、体力、精神面、etcといくつもありますが、普通のレベルの選手を指導する際に、才能がある選手と同じレベルまで「ある要素」を引き上げようとしてしまうと、多くの時間を要するだけでなく目標値まで達しない事も多々起こります。そしてその事だけに時間を投入した分、他の要素の練習量が不足してしまう自体を招きます。
私自身、その過ちを犯しかけました。
サッカーの指導に携わる中で、大多数の指導者の例に漏れず私もスペインでレベルが高くないチームの子供達の指導から始めました。レベルが高いチームを指導するには結果を出すか人脈が必要ですから。
毎週リーグ戦を戦う環境で指導者には結果(勝利)を出すことも求められますが、そこで
「基本技術や身体能力(特にスピード)の不足をどのように克服するか?」
という問題に直面します。
ここで指導者にとって必要なのは、目の前の選手達の可能性はもとより、限界も理解しそのレベルに合った指導をするということ。
しかしリーグ戦での結果が求められている状況で、これを実践するのは難しい。
技術が不足しているケースではその部分の補填に時間を掛けすぎて最終的にチーム戦術の指導がなおざりにされる可能性があり、逆にチーム戦術の練習に片寄り過ぎると技術の不足を招きます。
要するに指導者が着目する点(技術、体力、1対1の強さ、シュートの精度など)に偏向的に指導が行われ、サッカーのゲームをするために必要な各要素を均等的に指導する事が出来ていない状況が生まれます。
それを避けるためには、その状況毎の指導バランスの「落としどころ」を定める事が必須ですが、その時に指導者は
「どこまでは練習でカバーできて、どこから上は限度があるか?」
を知るべきで、また
「この選手達のレベルであればどのくらいの時間を要するか?」
ということも知っていなくてはいけません。
スペイン監督日記 2008/11/13
posted by hospi |18:10 |
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2008年11月12日
一人の監督がサッカーのチームを率いる上で、戦術や練習管理のノウハウに長けている事は必要な事ですが、20人近い選手の集団を束ねる上で、一人間としての統率力が大きく問われます。
スペインのユース世代を率いる場合でもそれは同じで、生意気盛りの選手達を上手く統率できずにチームが崩壊していく事も珍しくありません。
学校の先生が監督を務めることが多い日本ではサッカーの練習にも「授業」の空気がありますし、日本の場合は幼少の頃から集団行動を叩きこまれているので監督、コーチ、先生が話をする時に聞く側が無駄話をすることは殆どありません。
頭の中でちゃんと集中しているかどうかはさておき、日本人のそういう面での「規律」というのは世界的に見て「標準」ではありません。
スペインではどんなレベルの選手でも、監督側が統率力に欠ける場合、集団のモラルは一気に低下します。
集団を統率する事は監督を務める上で「当然のこと」であると同時に、一瞬の気の緩みでいつでも集団を崩壊させる要因にもなる重要な要素です。
そこで現場ではこう言います。
「監督が選手を食うか、選手が監督を食うか」
スペインの例を上げているだけだと、まるで日本では選手が皆、行儀良くしているように思えますが、私達が良く耳にするJリーグや代表レベルでの選手の反発&反乱も私から見ると
「監督が選手を統率しきれているかどうか?」
というテーマの中に入ることになります。
実際に集団を統率するというのは簡単ではありません。
戦術、練習方法、チーム管理法で選手を取り込む必要があり、また人間性の面から選手を啓蒙、威圧する事も必要になります。
スペインでは
「監督は良い人間であってはならない」
といいます。
まず第一にチームの方針を設定しそれをチーム内に徹底させることが最優先の仕事になります。
周囲に配慮し可能な限り全員の利益を保障できることが理想ですが、それはチーム方針の範囲内ですることであり、そうするとケアが行き届かない部分が必ず出てきます。
人としてそういう部分をケアしないことには人情の面で誰しも抵抗を感じケアする方向に動いてしまいがちです。
しかし限られた時間、労力の中で人情に流されるとチーム管理が破綻をきたします。
そこでスペインでは
「監督は良い人間であってはならない」
というのです。
スペインで指導し始めの頃、クラブ関係者から「お前は人が良い」と良く言われました。
最近はとんとそういう風には言われなくなりました。
さて、それは喜んで良い事なのかどうなのか。
とにかく監督という仕事は常に批判を浴び、皆から支持されるという事がない職業です。
であるなら、自分が後悔しないように、
「自分が決めた方針には妥協しない」
それが大事なことです。
もちろんその方針がちゃんとしたものである必要がある事は言うまでもありませんが。
スペイン監督日記 2008/11/12
posted by hospi |14:46 |
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2008年11月05日
スペインのサッカーチームの練習では、ここ10年でフィジカルコーチの関与が大きくなっています。
フィジカルコーチが選手のフィジカル・コンディションを整えるのは世界中で以前から採用されていた方法ですが、これまでは陸上などの出身者が務めており、サッカーのプレーの中で実際に使う動きとは切り離して「体の強化」が進められてきました。
私が2002年からの2年間、トリノでユベントスを追っていた時もリッピ監督(当時)とコンビを組んでいたフィジカルコーチは陸上の出身で実際に行われていたのもサッカーの練習とは切り離したフィジカルトレーニングでした。
しかしここ最近のスペインではサッカー出身者、もしくはサッカーを学んだフィジカルコーチの台頭が著しく、フィジカルトレーニングとサッカーの練習の融合が進んでいる。
チームの財政力にもよりますが、フィジカルコーチを雇えるチームでは1週間、1ヶ月、数ヶ月のスパンで練習メニューや負荷がプログラムされ、各練習では、有酸素運動、無酸素運動、柔軟、瞬発力、最大筋力などの項目が考慮された練習が組まれる。
この練習は可能な限り「サッカーの練習」をしながら行えるようにプラグラムされている。
特にここで注目されるのが「選手が状況毎に自分で判断を下す」要素を盛り込む事が積極的に行われている点。
状況を変化させて判断の難易度をあげるのはもちろん、身体的に疲弊している状態、すなわち試合中の疲弊している状態でも正しい状況判断を下せるように練習の中で同じような状況を作り出してトレーニングを行っている。
フィジカルコーチが組み立てる練習がここまでサッカーの核心に食い込んできているため、彼らがチーム練習の前半部分を全て受け持つことも普通になってきている。
もちろん私のチーム(U-15)はフィジカルコーチなどいないので、上記のような要素を私が練習に組み込んでいます。(泣
スペイン監督日記 2008/11/5
posted by hospi |08:53 |
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