2011年08月05日
8月4日に松田直樹選手(松本山雅)が亡くなりましたが、頻発するサッカー選手の突然死を残念に思います。
スペインではプエルタ(セビージャ)が2007年に、ハルケ(エスパニョール)が2009年に同じような形で亡くなっています。
プエルタのケースでは彼がユース時代から定期的に意識を失う疾患を抱えていたことが明らかになっています。プエルタはヘタフェとの試合中に意識を失い一度は意識を取り戻しましたが再び容態が悪化し収容先の病院で数日後に亡くなっています。一方のハルケはプレシーズンの合宿中に宿泊先のホテルで倒れ搬送先の病院で亡くなっています。また両選手共に待望の第1子が生まれる数ヶ月前に死去するという家族にとってはこれ以上ない苦しみとなりました。
リーガを管轄するLFPはプエルタの死後、1部と2部の試合が開催される競技場にAED(自動体外式除細動器)の設置を義務付け2010年10月には試合中に倒れたミゲル・アンヘル・ガルシア(サラマンカ/2部)の命を救っています。
私の身近では2009年の1月にオスピタレットのジュニアユースの選手が亡くなっています。その日はクリスマス休暇後の最初の練習で冷え込みが激しい日でした。私がサブコートでジュニアユースBの練習を終えメインコートを横切ると、ピッチの中央で直前に倒れたCチームの選手(15才)が心臓マッサージを受けていました。オスピタレットは真横に中央病院があるためすぐに救急隊員が駆けつけましたが症状が回復することはなく翌朝に搬送先の病院で亡くなっています。
その後、この選手の両親がAEDを普及させる運動を行いバルセロナ市内でも徐々にAEDが普及しつつありますが、オスピタレットにAEDが設置されたのは1年半後の2010年秋。
選手が心筋梗塞で亡くなる原因はケース毎に異なりますが、最低限、暑さや寒さが身体に大きな負荷をかける日や体が出来上がっていないプレシーズンのトレーニングでは休息や水分補給に今まで以上に気を配る必要があります。
改めて松田直樹選手のご冥福をお祈りします。
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2011年07月18日
日本の女子代表がワールドカップで初優勝を果たしましたが、その快挙はスペインでも大きく報じられています。
決勝当日の新聞では、アメリカとの対戦成績で日本が未勝であるため苦戦を予想。
試合はその予想通りアメリカのワンサイドゲームとなりましたが、スピードと体格で圧倒されながらも日本が勝利。最後まで守備の規律を維持したチームは素晴らしかったです。翌日の新聞では日本の優勝に1ページが割かれています。
これで日本女子代表のユニフォームには星が一つ付くのでしょうか。
素晴らしいですね。
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2011年01月26日
スペインでは衛星チャンネル・ユーロスポーツが放送した日本対韓国のアジアカップ準決勝ですが、スペインの実況者からは特に前半の日本のパスワークとスペースの使い方が絶賛され、
「まるでグアルディオラ監督のバルサのようだ」
と賛辞を送られています。注目されていたのは香川、本田、長友で特に長友の無尽蔵なスタミナと戦術面で優れたプレーは高く評価されていました。
「ユベントスが彼の動向を追っているという報道がありますが、確かに優れた選手ですね」と長友を高く評価しています。
後半の日本はスタミナが落ちプレースタイルが変化したので賛辞は前半に集中していましたが「元から日本はパス回しが上手いチームでしたが選手個々のレベルアップが組織プレーの質を引き上げているのでしょう」と評されていました。
一方で彼らの注意を引いたのは守備ラインのロングボールへの対応で、何度か韓国のロングボールが容易にエリア内のセンターフォワードに送られた点に関しては 「ハイレベルなパスワークに比べ、ロングボールへの対応には問題があるようです」とコメントされています。
最後に、両チームの選手共に審判への抗議を欧州の選手ほど激しく行わない点には驚きを見せていました。良い悪いは別として、確かに欧州の方が選手の抗議が激しいですね。
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2010年09月09日
日本代表監督に就任したアルベルト・ザッケローニ監督の通訳がまだ決まっていないという報道について。
確かにこれは難しい問題で、監督の手腕の一つが 「選手との対話」であると考えるなら外国人監督を採用する場合は監督と選手間にある「言葉の壁」をいかに取り払うかが大きな課題となります。
自分が操れない言語を話す人を見ると「わあ、すごいなぁ」と多くの人が思うと思います。私もそうです。ただ、日常生活で支障がない会話を成立させるのとプロのレベルで「通訳」をするのでは根本的に必要とされる言語レベルと傾向が変わってきます。
実際に私は過去にイタリアに住んでいて今はスペインで生活をしているのでイタリア語もスペイン語も使えますが、「外国語を使える」ということにはいくつもの段階と種類があります。一般に「~語を話せる人」と一括りにされがちですが、その中には
「言葉を間違いながらも何とか会話ができる人」
から
「母国語と同じレベルで話せる人」
まで、まさに玉石混交です。
しかし通訳をするためにその外国語を母国語と遜色ない頂点のレベルまで必ず必要とされるかというとそうではありません。もちろん母国語と同じレベルで話せるに越した事はありませんが、一定のレベルに達しているのであれば優先されるのはむしろ「専門知識」と 訳す相手側の言語(この場合は日本語)の能力ではないでしょうか。
私はイタリア語とスペイン語で日常会話とサッカーの話は出来ますが、仮に電子機器やファッションの分野の通訳をやれと言われたら 出来ません。一方でサッカーを知らないスペイン人の友人は指導現場で話されている専門用語を全て理解することは出来ません。
「専門知識」
スポーツにしろ産業にしろその分野の専門用語や特有の言い回しはその言語を母国語にしている人でも門外漢であれば分からないものです。
「相手側の言語能力」
言葉を聞いて意味を理解する能力と、それを訳して伝える能力は別のものです。
イタリア語で聞いた事を完璧に理解しそれを日本人に完璧に伝える能力があるからといって、同じ通訳が逆の行程(日本語をイタリア語に訳してイタリア人に伝える)を全く同じレベルで出来ることは皆無ではないでしょうか(もちろんこの一方が劣り過ぎるのも問題です)。出来る人がいるとすれば一つの言語はネイティブ、もう一つもほぼネイティブ、そして両国でサッカーの指導現場に携わり2ヶ国語のやり取りの経験が豊富な人物でしょうか。
そう考えると今回の日本代表のケースでは通訳のレベルが一定以上あった上で、
イタリア語を日本語に上手く訳せる人材
が適任なのではと思います。
もちろん選手の言葉を日本語からイタリア語に訳し監督に伝える能力を軽視している訳ではありませんが、この2つのどちらがより重要かと考えるとイタリア語から日本語への通訳力だと私は考えます。
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2008年11月15日
今日は日本の天皇杯で大分と千葉が主力を温存し日本サッカー協会から処分を受けるかもしれなかった問題について。
主催者の日本サッカー協会からすると、「2軍で戦われたら注目度が落ち大会の士気、興行成績が落ちるではないか!」という気持ちがあると思います。今回の件では一時は該当クラブの大会への出場件剥奪も検討されたようです。
出場権剥奪というのはあまりにも厳しすぎますが、主催者の心情は理解できます。
しかし現実的に考えると過密日程の現状で、協会がクラブへの処分を見送ったのも妥当です。
カップ戦への重要度、伝統が生きているイングランドでFAカップとカーリングカップという2つのトーナメント戦がリーグ戦と共存しているのは世界的に見ても例外であり、リーグ戦とクラブの国際試合(欧州のCL、UEFAカップ、アジアのACL)の試合数が増えるほど日程面で選手への負担が増え、カップ戦(トーナメント戦)の重要度が落ちるのは当然です。カップ戦で負けても何も失いませんが、リーグ戦で低迷すると降格問題に発展するからです。
欧州の多くのチームはカップ戦を「控え選手の奮起」の場として利用しています。
主要チームは1.5軍から2軍でスタメンを組み、日程的に余裕がある中堅、下位チームはリーグ戦と同じ顔ぶれ。
これはイタリアでもスペインでも共通する現状です。
特に私が間近で見ていたユベントスとバルセロナは、当時の第2GK、キメンティとジョルケラをカップ戦での第1GKに固定しリーグ戦で出番がない彼らをケアしていました。スペインのカタルーニャ地方のチームだけが参加するカタルーニャ杯では先日、バルセロナが監督以下、完全なBチームで臨んでいます。
日本では興行面でのカップ戦は今後も厳しい状況に立たされるでしょう。
客観的に見て、
・リーグ戦
・クラブの国際試合
・フル代表、アンダーの代表の試合
・もう一つのカップ戦(ナビスコカップ)
がある時点で、クラブ側の負担はかなり高い状態です。
本来であればリーグ戦と対を成すカップ戦は日程面を考慮しても「1つ」であるべきで、天皇杯とナビスコカップを統合するのが理想ですが、ナビスコカップがスポンサーを前面に押し出す名称だからこそ日本サッカー協会に支払われるスポンサー料が高いわけで、「天皇杯のメインスポンサー」という「格下げ」はスポンサーが望むものではないはずです。
日本では代表チームへの召集に関してリーグ戦やカップ戦の日程を調整する必要がまだまだある現状なので、日本サッカー協会がJのクラブに天皇杯での主力選手の起用を強要するのは理不尽なようにも見えます。
イタリアではイタリア杯(コッパ・イタリア)の優勝チームにはUEFAカップへの出場権が与えられますが、ビッククラブが主力を出さない現状で、一時はより価値と経済効果がある「チャンピオンズリーグへの出場権」を与える事も検討されました。
しかしリーグ戦で上位に進出しチャンピオンズリーグへの出場権を獲得できる方が、一発勝負のカップ戦を勝ち抜くより選手層に恵まれたビッククラブにとっては都合が良いため、サッカー協会に影響力を持つこれらのクラブがこの案に反対し実現はしませんでした。
日本は天皇杯の優勝チームをアジア・チャンピオンズリーグに送っているので上記の案と同じ形ですが、その現状でも主力選手の出場問題が解決されないという事は、やはり日程面に無理があるという事ではないでしょうか?
ナビスコカップのスポンサー収入は確かに重要ですが、日程が限界に来ている今、主催者側は収入減を受け入れた上で2つのカップ戦(ナビスコカップと天皇杯)を統合するか、もしくは現状を維持し収入を確保する代わりに、クラブ側の方針には干渉しないというのが妥当な「落としどころ」のように思えます。
スペイン監督日記 2008/11/15
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2008年10月27日
スペイン人が見た日本のサッカー (9)<素材は持っているのに> のつづき
「技術がある日本人が戦術をうまく実践できないのはおかしい。そういう練習をしていないのが原因ではないか?」
というのが前回までの内容。
その証拠に日本人の技術は個人技では平均して高いですが、試合の状況でのコンビネーションプレー、すなわち壁パスやダイレクトパスではそれを十分にこなせる割合が激減するように思えます。
それは日常からそういう状況で実践していないからです。元の技術力はあるのですから、普段から戦術の中で必要なプレーの反復練習をしていれば日本人に出来ないはずはないのです。
ただ、ここで必要となるのは監督がちゃんとチームの攻撃の道筋を示し、実戦に応用できる練習を難易度を変えながらチームに施すこと。
しかし監督がその手腕を身につけるには、監督自身も練習と実戦が常にある状況の中で経験を積むことが必要です。これは、もう鶏が先か?卵が先か?ということになります。
リーグ戦を戦う機会が少ない事で戦術の錬度を上げられないのは止む終えないことですが、それ以前に戦術のベースを各年代で指導しないのは指導者側に責任があると私は考えます。
将棋を指すためには各駒の動きといくつかの攻略パターンを知らなければいけないのと同じで、スペインでは10才から徐々に戦術を教えています。
戦術とは各選手の動きを制限するものではなく、「チームとして試合に勝つため」に各ポジションの選手がどのような役割を担っているかという事を選手に教えて鍛えることです。
「戦術=個の否定」ではありません。
実戦が不足している中でこの問題を解決するのは簡単ではないですが、ユース世代の指導に関わる監督は「攻撃戦術の練習」を欠かしてはいけないと私は考えます。
なぜなら 「サッカーは11対11人のスポーツだから」。
年齢別に指導方法が変わるのは当然ですが、そこで「チームプレー」という大前提が忘れられてはならないのです。
「チームプレー」
とは
「プレーの共通認識をもつこと」
であり、それは
「戦術」
といえます。
チームの攻撃に戦術が浸透した時、各プレー毎に状況判断が加わり、攻撃の中に「静」と「動」が共存するバランスが生まれます。
それが今回のテーマを通して取り上げている
「プレーの緩急」
なのです。
<おわり>
スペイン人が見た日本のサッカー (1)<はじめに>
スペイン人が見た日本のサッカー (2)<プレーの緩急 その1>
スペイン人が見た日本のサッカー (3)<プレーの緩急 その2>
スペイン人が見た日本のサッカー (4)<接触プレー>
スペイン人が見た日本のサッカー (5)<早すぎる日本のスピード>
スペイン人が見た日本のサッカー (6)<土台の再確認を>
スペイン人が見た日本のサッカー (7)<育成の要>
スペイン人が見た日本のサッカー (8)<日々、実証>
スペイン人が見た日本のサッカー (9)<素材は持っているのに>
スペイン人が見た日本のサッカー (10)<練習してこそ戦術は使える>
スペイン監督日記 2008/10/27
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2008年10月26日
スペイン人が見た日本のサッカー (8)<日々、実証> のつづき
サッカーのグラウンドが不足していたり指導環境や大会運営の整備が間に合わないのはしょうがないことですが、今回、数回にわたって触れている
「プレーの緩急が不足している」
という問題の原因は「選手の実戦不足」よりも、実際には指導者側のアプローチの方法に問題があるのではないか?と思うのです。
本来であれば毎週リーグ戦を戦う中でチーム毎の目標を順次消化して行くところですが、実戦が少ない環境の中で次のような状況が起きている可能性があります。
・指導方針の設定ミス
・指導項目の優先順位付けの混乱
・各目的に使う時間配分ミス
・理論を反映させ易い守備戦術への偏向
上記のようなことが起きていないのであれば、日本の多くのチームに見られる「技術と守備戦術はレベルが高いのに攻撃は数段レベルが落ちる」という状況を説明するのが難しくなります。
その国の選手のプレースタイルには確かに国民性が反映されるのでこれをもって「日本人はシュートが下手だ、決断力が欠ける」という意見もありますが、一方で技術がしっかりしていればサッカーにおける攻撃の可能性が大きく広がるのも事実です。そして、日本の選手の技術は世界的に見ても高い。
戦術の根幹を成すのは、ボールを持っていない時の動きと、そして一番重要なのは「ボールを狙った場所に運ぶ」技術です。
「技術」がある日本人選手が「戦術」を使いこなせないという事は、選手の質に問題があるのではなくて「戦術を使いこなす練習が施されていないから」と言えるのではないでしょうか?
スペイン人が見た日本のサッカー (10)<練習してこそ戦術は使える> につづく
スペイン人が見た日本のサッカー (1)<はじめに>
スペイン人が見た日本のサッカー (2)<プレーの緩急 その1>
スペイン人が見た日本のサッカー (3)<プレーの緩急 その2>
スペイン人が見た日本のサッカー (4)<接触プレー>
スペイン人が見た日本のサッカー (5)<早すぎる日本のスピード>
スペイン人が見た日本のサッカー (6)<土台の再確認を>
スペイン人が見た日本のサッカー (7)<育成の要>
スペイン人が見た日本のサッカー (8)<日々、実証>
スペイン人が見た日本のサッカー (9)<素材は持っているのに>
スペイン人が見た日本のサッカー (10)<練習してこそ戦術は使える>
スペイン監督日記 2008/10/26
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2008年10月25日
スペイン人が見た日本のサッカー (7)<育成の要> の続き
リーグ戦を開催する事の最終目的が「選手のレベル向上」である事は間違いありませんが、リーグ戦を通して鍛えられるのは選手だけではありません。彼らを率いる「監督」も実戦を通して成長します。
20-30人の選手の指導を行う「監督」のクオリティが選手達に与える影響が大きいのは言うまでもありませんが、彼らの指導方針が、経験した実戦の数によって大きく異なる点はあまり言及されません。
監督をする人間は日々、チーム戦術、練習方法、選手の管理に考えを巡らせています。
しかし実際にチームに採用している戦術や指導方針が正しいかどうかは、レベル別に分けられた厳しいリーグ戦で1シーズンを戦い抜かないと修正点が浮かびづらく、また指導手腕も洗練されません。
最新の指導理論や細部の技術指導を行うことも大事ですが、
「1年を通して各レベル毎に厳しい実戦を多く経験すること」
が強化において最も重要であることは疑いの余地がありません。
それは選手にとってはもちろん、指導者にとってもです。
監督の指導方針はチームの要です。
しかしもし監督が、「シーズンを通したレベル分けされたリーグ戦」で実証できていない誤った方針や方法をチームに施したらどうでしょうか?
選手達は課題を消化不良のまま1シーズンを終えることになり育成年代での貴重な時間を失ってしまいます。
スペイン人が見た日本のサッカー (9)<素材は持っているのに> に続く
スペイン人が見た日本のサッカー (1)<はじめに>
スペイン人が見た日本のサッカー (2)<プレーの緩急 その1>
スペイン人が見た日本のサッカー (3)<プレーの緩急 その2>
スペイン人が見た日本のサッカー (4)<接触プレー>
スペイン人が見た日本のサッカー (5)<早すぎる日本のスピード>
スペイン人が見た日本のサッカー (6)<土台の再確認を>
スペイン人が見た日本のサッカー (7)<育成の要>
スペイン人が見た日本のサッカー (8)<日々、実証>
スペイン人が見た日本のサッカー (9)<素材は持っているのに>
スペイン人が見た日本のサッカー (10)<練習してこそ戦術は使える>
スペイン監督日記 2008/10/25
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2008年10月24日
スペイン人が見た日本のサッカー (6)<土台の再確認を> の続き
日本でもサッカーのレベルを上げるために定期的なリーグ戦の開催が提唱され続けています。
その結果、1年を通して1つのチームが戦う試合数は以前よりも確実に増えており、トップレベルのチームはプリンスリーグのようなリーグ戦を戦えるまでになりました。
しかし底辺の部分ではまだまだリーグ戦が定着しないのが現状です。
それは以前にも触れた通り学校体育中心の体制や試合を行うグラウンドの確保が難しいという状況に起因しています。
そういった体制や整備の面の問題は短期間では解決しません。しょうがないことです。
実際、スペインで1シーズンを通して8~18才までの選手が毎週リーグ戦を戦えるのは、80~100年前からグラウンドが街中に作られ、加えてサッカーが元から学校体育ではなくクラブスポーツだったからです。そういう「箱」が以前からある国とない国では強化の方法論が根底から変わるのは当然です。
しかし「リーグ戦を開催する」というテーマについて議論する時に、その焦点は主に「選手達の強化」にのみ向けられていないでしょうか?
選手が育つことと同じくらいリーグ戦を戦う中で強化される重要な点があります。
それは、、、
「実戦の中で監督も鍛えられるということ」
スペイン人が見た日本のサッカー (8)<日々、実証>
につづく
スペイン人が見た日本のサッカー (1)<はじめに>
スペイン人が見た日本のサッカー (2)<プレーの緩急 その1>
スペイン人が見た日本のサッカー (3)<プレーの緩急 その2>
スペイン人が見た日本のサッカー (4)<接触プレー>
スペイン人が見た日本のサッカー (5)<早すぎる日本のスピード>
スペイン人が見た日本のサッカー (6)<土台の再確認を>
スペイン人が見た日本のサッカー (7)<育成の要>
スペイン人が見た日本のサッカー (8)<日々、実証>
スペイン人が見た日本のサッカー (9)<素材は持っているのに>
スペイン人が見た日本のサッカー (10)<練習してこそ戦術は使える>
スペイン監督日記 2008/10/24
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2008年10月23日
スペイン人が見た日本のサッカー (5)<早すぎる日本のスピード> の続き
もし日本が今のままの道を進むので良しとするならそれも一つの選択ですが、「中盤での組織プレー」を前面に押し出したサッカーを追求するのであればこの「プレーの緩急」の習得は不可欠となります。
日本の高校やユースチームを欧州遠征中に指導したり実際に試合を見た経験があるスペイン人、イタリア人コーチの感想はその多くが以下の点で共通しています。
「日本のチームはテクニックがあり、守備も良く組織されている。しかし攻撃では戦術に欠けボールを失うリスクが高い。安定している守備に比べて、ボールを持っている時(攻撃時)の方がチームにとって危険な状態というのは問題だ。本来はボールを持っている時こそが安全な時間帯なのだから」
ここでいう「戦術」とは、チームが共有する攻撃のプロセスはもちろん、各状況でどういう優先順位でプレーをするか?という項目まで含みます。例えば主導権を握れない試合では、どういう形で攻守をおこなうか?といった点。
プレースタイルが違うといわれるスペインとイタリア。しかしこの両国のコーチが日本のサッカーを見た時に感じる問題点が共通しているということは、それは日本サッカーの問題がプレースタイル以前の段階、すなわち土台の部分で数箇所、改善すべき点があるという事を示唆しているのではないか?
このテーマの最初に触れた点に戻りますが、選手個々の技術レベル、運動能力が高い日本の場合、今のスタイルのままでも強豪相手に勝利したり善戦する事は十分に可能です。それはこれまでの国際大会での成績が証明しています。
ここで言及しているのはあくまでも「長期展望で見た際の日本がとるべき方向性」についてであり、それは例えば
「ワールドカップで決勝トーナメント進出後にさらに勝てるチームを作る」
というレベルでの話しです。
続く
スペイン人が見た日本のサッカー (1)<はじめに>
スペイン人が見た日本のサッカー (2)<プレーの緩急 その1>
スペイン人が見た日本のサッカー (3)<プレーの緩急 その2>
スペイン人が見た日本のサッカー (4)<接触プレー>
スペイン人が見た日本のサッカー (5)<早すぎる日本のスピード>
スペイン人が見た日本のサッカー (6)<土台の再確認を>
スペイン人が見た日本のサッカー (7)<育成の要>
スペイン人が見た日本のサッカー (8)<日々、実証>
スペイン人が見た日本のサッカー (9)<素材は持っているのに>
スペイン人が見た日本のサッカー (10)<練習してこそ戦術は使える>
スペイン監督日記 2008/10/23
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