2008年04月13日
野村克也・福本豊 論理と感覚 ~積才作古~
まずNPB史上本塁打記録は以下のようになっています ■通算本塁打ランキング 王貞治 868本 野村克也 657本 門田博光 567本 山本浩二 536本 ※清原和博 525本 落合博満 510本 張本勲 504本 衣笠祥雄 504本 大杉勝男 486本 田淵幸一 474本 (2007年度終了時のデータ) 次にNPB史上四球記録は以下のようになっています ■通算四球ランキング 王貞治 2390 落合博満 1475 ※清原和博 1343 張本勲 1274 門田博光 1273 野村克也 1252 福本豊 1234 山本浩二 1168 衣笠祥雄 1092 ※金本知憲 1091 (2007年度終了時のデータ) ・本塁打では1位の王貞治が2位の野村克也に対して211本差をつけています 868/657=1.32ですから、2位と1位の間には約1.3倍の差があります ・四球では1位の王貞治が2位の落合博満に対して915個差をつけて独走しています 2390/1475=1.62ですから、2位と1位の間には約1.6倍の差があります 王貞治 野村克也 落合博満 福本豊 イチロー 上記コラム等を参考にしました ■通算成績 王貞治 試合数 2831 打率.301 HR 868 盗塁 84 四球 2390 死球114 野村克也 試合数 3017 打率.277 HR 657 盗塁117 四球 1252 死球122 落合博満 試合数 2236 打率.311 HR 510 盗塁 65 四球 1475 死球63 福本豊 試合数 2401 打率.291 HR 208 盗塁 1065 四球 1234 死球43 イチロー 試合数 2069 打率.342 HR 185 盗塁 471 四球 713 死球94 (イチローのみ日米通算成績及び2007年終了時のデータ) どの選手も素晴らしい成績ですね、昨年は四球のデータに着目して王監督の事を、死球のデータに着目して落合監督の事をブログに書かせて頂きました 今回は死球と盗塁に着目してみたいと思います。 まずは死球から ■1試合あたりに受けた死球数 王貞治 試合数 2831 死球 114 1試合あたりの死球 0.0403 野村克也 試合数 3017 死球 122 1試合あたりの死球 0.0404 落合博満 試合数 2236 死球 63 1試合あたりの死球 0.0282 福本豊 試合数 2401 死球 43 1試合あたりの死球 0.0179 イチロー 試合数 2069 死球 94 1試合あたりの死球 0.0454 昨年のブログで落合監督の1試合あたりの死球が HRを量産した打者の中では群を抜いて少ない事を紹介しましたが 福本豊さんの1試合あたりの死球は、落合監督よりも更に少ないことが解ります 落合監督と福本豊さんでは打者としてのタイプが 1番バッターと4番バッターということで このデータを単純に比較することはそれほど的確ではないでしょう しかし打者のタイプの差を考えてもこの差は大きいと思います 次に同じ1番バッターである福本豊さんとイチロー選手を比較してみると 1試合あたりの死球が福本豊さんはイチロー選手に比べて1/2以下でありどちらかといえば1/3に近い事が解ります よく野球中継を見ていると 解説の福本豊さんが手からベースに帰塁したランナーに対して 『怪我をする可能性が高いから足から帰りなさい』 と苦言をはかれます、最近では元阪神の浜中選手などが手からの帰塁の際に肩を痛めたりしていますね そして福本豊さんは 『盗塁のコツは?』 という質問にこう答えています 『そんなん打ったらええねん』 もう一つ、ご自身が二塁への盗塁に比べて三塁への盗塁が少ないことについてこういっておられます 『三盗をやるのは簡単だが ヒットが出れば自分なら楽に本塁へかえって来られるので、する必要がない』 打つ → 塁に出る → 盗塁 そしてその絶対的な前提になるのが怪我をしないこと 極めて論理的な才能を持った方だと思います その才能がこの1試合あたりの死球数 0.0179 という数字に表れているのではないでしょうか 次にNPB史上盗塁記録は次のようになっています ■通算盗塁数ランキング 福本豊 1065 広瀬叔功 596 柴田勲 579 木塚忠助 479 高橋慶彦 477 金山次郎 456 大石大二郎 415 飯田徳治 390 呉昌征 381 古川清蔵 370 1位の福本豊さんが2位の広瀬叔功さんに対して 1065/596=1.7869なので約1.8倍の差をつけて独走していますね 3位の柴田勲さんはセリーグですが1944年生まれであり、1947年生まれの福本豊さんの同世代の選手だといえると思います そこでこの二人の成績を比較しながら、そろそろ野村監督にもご登場願いたいと思います ■盗塁数 柴田勲さん 福本豊さん 野村監督 1969年 35 4 1 1970年 22 75 10 ↑ 1971年 35 67 12 ↑ ===================== 1972年 45 106 4 1973年 24 95 3 1974年 13 94 2 1975年 24 63 3 1976年 20 62 2 1977年 34 61 0 35歳を超えた野村監督が1970年から急に盗塁に開眼されたように見えますね サスペンスドラマの主人公なら、佳境に差し掛かり、人差し指で眉間を差しながらこう言うところでしょうか 『えー・・・ 古畑任三朗です』 そしてフーリエ変換等を地面等に書きなぐって原因をつきつめていったら、実に面白いですね
posted by HK |22:31 |
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