2006年08月19日
2006年08月17日、海外メディアでも著名な“ロイター”による日本サッカー協会会長川淵三郎氏へのインタビュー記事(原文はこちら)を目にした。
ググってみた感じでは、和訳されているのはインタビュー全体の半分くらいまでなのかな?
有り難いことに、このインタビュー記事の全和訳を『Football! Football!! Football!!!』のくまおさんがブログとして公開していらっしゃるので、そちらも是非ご覧くださいませ。
さて、前置きはこれくらいにして…。
ホントに遅まきながら…なのだけれど…。
昨夜、日本サッカー界を背負ってきた“ヒデ”こと中田英寿選手の現役引退に際して、オイラなりの視点で健闘を称え、感謝の気持ちを書き綴ってみた。
これまでに何度も何度も読み返したヒデからのメッセージ…。
それを改めて読んでみて、また悔し涙が止まらなくなった。
昨夜のブログを書き終えてみて、川淵三郎会長のインタビュー記事が脳裏に蘇る。
───── ひょっとしたら、ヒデはもっと良い形で現役生活を終えられたんじゃない?
正直、そう思わざるを得ませんでした。
そもそも、ワールドカップにおける日本代表の総括問題を曖昧にしたまま、ジーコ監督の後任の話題に問題をすり替え、オシム監督による新体制がスタートしたかと思ったら、今度はジーコやファン、サポーターへの批判ですか?
それも公の場でやらずに、1社独占のインタビューで言うことなのかな?
おまけに、世界中の子供から大人までが、この一連のバカげたやりとりを活字として読むことが出来るインターネット全盛時代ってことが解ってるのかな?
子供じゃないんだから、もうちょっと自分の立場を弁えた物言いってものがあっても良いんじゃないかと思うけれど…。
オイラは、日本にプロサッカーリーグが影も形もない時代にサッカーをやってきた世代だから、先頭に立ってJリーグを立ち上げて、軌道に乗せた川淵三郎会長に対しては、サッカーを愛する者の一人として、感謝の気持ちと一定の評価を持ち続けてきた。
だから、今回のワールドカップにおける日本代表のグループリーグ敗退を反省を踏まえて、公の場で総括を行い、釈明する部分は釈明しさえすれば、引責辞任までは問わなくても良いだろうと思っていた。
けれど、ワールドカップ以降の一連のドタバタ劇を見ていると、非常に残念で仕方がない。
「何故、ジーコを解任しなかったのか?」とか「ジーコを解任していればグループリーグを突破できたかも知れない」とか…いう議論は今さらしても意味がないと思うし、あまりにも建設的じゃないから敢えて書こうとは思わないけれど…ひとつだけ、どうしても書いておかなきゃ…と思うことがある。
日本代表がワールドカップに出場すること…は、大いに意義のあることだけれど、もはやそれは目標ではなくて、オイラを含め、ファンやサポーターが求めているのは、決勝トーナメントを勝ち上がる姿でしょ?
勿論、理想はジュール・リメ杯を両手で掲げてウイニングランをする日本代表を見たいのだけれど…。
それには、決勝トーナメントを勝ち上がるために必要な体制や環境の整備に直ぐにでも着手して欲しいと思う。
今回のワールドカップにおける日本代表のような過ちをもう二度と繰り返さないように…。
posted by ひろゆきちゃま |19:06 |
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2006年08月19日
今にして思えば、日本サッカー界の大黒柱“ヒデ”こと中田英寿選手の現役引退は、以前、ヒデのオフィシャルホームページ“nakata.net”でメッセージを目にしてから、そう遠くない時期に訪れるだろうと予感していた。
潔いヒデのことだから「もしかしたらこのワールドカップ/ドイツ大会を最後に現役を引退するかも知れない」という漠然としたものだったけれど…。
オイラは、ヒデのワールドカップ/ドイツ大会に賭ける並々ならぬ強い思いを感じつつも、日本代表の戦績を3戦全敗と予測していた。
勿論、それを裏切って欲しい気持ちでいっぱいだったのだけれど…。
グループリーグの突破が如何に困難なハードルであるかは、アジア地区の最終予選、大会前の親善試合の内容を見ていれば、お世辞にも勝てる要素あるとは思えなかったし、むしろ日本代表のグループリーグ敗退は組み合わせ抽選会で組み合わせが発表された時から、ある程度確信に近い感覚を持っていた。
個々として見た場合のオフェンス力は世界標準に達しているかも知れないけれど、組織として見た場合のオフェンス力は低いと言わざるをえないし、前線とデフェンスラインの間が間延びするという致命的ともいえる悪癖を最後まで修正できなかったこと…が、オイラなりの根拠なのだけれど…。
あっちこっちのメディアで、声高に2勝1敗の星取り表を掲げ、さもグループリーグ突破を手中に収めたかの如き発言が相次いでたっけ。
オイラは「何を根拠に勝てる要素を見出したのか?」と問いたい。
「個人の資質や能力を思いっきりアテにしたサッカーで勝てる程、世界は甘くない!」って、どうして声高に警笛を鳴らせないんだろう?
結果として1分け2敗のグループリーグ敗退。
負けた2試合は、ともに先制点を取っておきながらの逆転負け。
最後の最後まで諦めずにボールを追いかけ、味方を鼓舞するヒデの姿が痛かった。
ヒデが現役引退を発表した時に、日本中のメディアが挙って騒ぐほどの衝撃はなかったのだけれど、少なくともヴィオラ(ヒデの所有権を持つイタリアのフィオレンティーナの愛称)との契約期間は全うするような気がしていたから、それをせずに引退するのは些か意外だったかな。
ヒデとの出会いは…とはいっても、勿論、本人と面識がある訳ではないのだけれど、ヒデが中学3年か高校1年の頃に、ジュニアユース日本代表(16歳以下の日本代表)に選出された時の合宿の模様をサッカー雑誌で読んだのがキッカケだったと思う。
その後、ユース日本代表(19歳以下の日本代表)、オリンピック日本代表(23歳以下の日本代表)、そして、現在の日本代表…と、世代毎の日本サッカー界の大黒柱として、常に世界とのギャップに抗い続けた。
ご存知の方も大勢いると思うけれど、そんなヒデが、1年ほど日本代表から離れていた時期がある。
当時はコンディション不良、怪我、所属クラブとの軋轢など、いろいろな噂が飛び交っていたけれど、奢りでも、慢心でもなく…自身が日本代表の大黒柱であることを自覚していればこそ、それまで自分に依存していた日本代表が『闘う集団』へと変貌して行く軌跡を、第三者的な立場で確かめたかったんじゃないかなぁ…なんて思うのは邪推だろうか…。
思い返してみて欲しい。
今から8年前、結果は散々だったけれど、日本史上初めてワールドカップ/ドイツ大会という大会に出場する機会を得た。
オイラも含めてサッカーをやってきた者やサポーター、サッカーフリーク…の誰もが待ち望んだ瞬間だったのだけれど、あっちこっちのメディアが挙って連日連夜囃し立て、選手も監督もタレントの如き扱いを受けていた。
初戦のアルゼンチン戦、2戦目のクロアチア戦と連敗して決勝トーナメントへの道が断たれても敗因を追求せず、3戦目のジャマイカ戦には勝てると踏んで「1勝」や「勝ち点3」の文字があっちこっちで躍っていたけれど、結局は三戦全敗で初めてのワールドカップを締めくくった。
そして、その時に誰もが「また4年後…」と口にしていたけれど、正直「それでお終いかい?」と思わざるを得なかった。
日本のスポーツは全般的に「一生懸命頑張る」ことが重要で、結果はおざなりだから「初めて臨んだワールドカップにしてはまずまず頑張った方じゃないか?」という風に反省らしい反省もしないまま締めくくってしまう。
南米では、無様なプレーをして負けようものなら命の危険に晒されることすらあるというのに…。
4年前の日韓共催のワールドカップでは、どうにか決勝トーナメントへ名乗りを上げ、開催国としての最低限の使命は果たした訳だけれど、成果という意味では自国開催のワールドカップではあまり参考にならないし、参考にしてはならないと思う。
だからこそ、今回のワールドカップ/ドイツ大会はヒデのサッカー人生の集大成として、8年間の成果を具体的な結果を以て、示したかったのではなかろうか?
王者ブラジルと相対して完敗を喫したピッチの上で、まるでこれまでのサッカー人生と惜別するかのように流したヒデの涙の意味を、今一度、考えてみて欲しい。
ヒデのオフィシャルホームページ“nakata.net”では、ヒデからの最後のメッセージが寄せられており、自身のこれまでの苦悩やファンへの感謝が綴られている。
最後に、オイラは…日本にまだサッカーのプロリーグが影も形もない時代にサッカーと出会い、夢中になってボールを追いかけていた。
当時、日本のサッカーがワールドカップという世界の檜舞台に立つなんてことはホントに夢のまた夢で、その瞬間をずっと待ち侘びていた訳だけれど、その瞬間に立ち会うことができたのはヒデの存在を抜きにしては語れない。
ドイツでのワールドカップで日本代表が残した2敗1分けという結果を、今更、どうこういうつもりはないけれど、あのピッチの上で最後の最後まで諦めずに戦い抜いた闘将を称えたい。
ありがとう、そして、お疲れ様でした。
ヒデの今後の活躍に期待してます。
posted by ひろゆきちゃま |04:51 |
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2006年08月18日
JFA(日本サッカー協会)の公式発表によれば、昨夜の『AFCアジアカップ2007』の予選で日本が放ったシュート数は前後半併せて30本あったらしい。
今思えば、フィニッシュの精度については、随分以前から課題として出ていたように思う。
それこそ『ドーハの悲劇』として語り継がれている悲運の時代よりも、もっと以前から…。
確かにフィニッシュの精度が良いに超したことはないのだけれど、試合中に“どフリー”で楽な体勢でシュートを打てる場面なんてプレースキックの時くらいなもんで、大抵はプレスを受けながら…とか、体を寄せられながら…とかが殆どだと思うんだよね?
それこそオフサイドトラップをかい潜ったり、プレッシャーによってパスミスを誘発させてこぼれを拾ったり…と、キーパーと1対1でシュートを打つ場面もあるとは思うけれど、そうそうあることじゃない。
だからといって、フカしたり、バーやポストに嫌われたりしても良いのか?
当然、みんながみんな「良い訳ないだろーっ!」って、口を揃えるだろうし、それで「じゃあどうしよう?」となるハズだよね?
オイラが思うに、歴代の名だたる外国人監督に出せなかった「じゃあどうしよう?」の答えを、オシム監督の目指すサッカーは出してくれるんじゃないかな…と、純粋に期待している。
多分、時間にしてコンマ何秒の世界の話だと思うんだけれど、ホントに一瞬でもマーカーが外れたり、プレスを受けるタイミングがズレたりすれば、少しは楽な体勢でシュートを打てるんじゃないかな?
これは昨日も書いた『パスの出し手が瞬時に受け手を選択できるくらいの連動性のある動き』があって初めて実現し得ることなんだけれど、一瞬の“間”を作り出すのはシュートを打つ本人じゃなくて、結果として無駄走りを演じた何人かと、パスの出し手。
つまり、出し手が受け手を選べるということは、ディフェンスする側からすれば「誰に付くべきか?」を判断する際に一瞬戸惑うことになる訳で、その戸惑った分だけ“間”が稼げる訳だ。
フィニッシュの精度云々について論じたい気持ちは凄く良く解るし、オイラ自身も文句を言いたいのは山々だけれど、まだ始まったばかりだし、選手達がオシム監督のサッカーを体現できるようになるまで、黙って見守ってあげるべきなんじゃないのかな…と。
皆様のご意見はいかがですか?
posted by ひろゆきちゃま |00:44 |
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2006年08月17日
新潟のビッグスワンで行われた『AFCアジアカップ2007』の予選、日本×イエメン戦を自宅にて観戦した。
イエメンが引いてくるのは初めから解り切っていただけに、もう少しリスキーなチャレンジがあっても良さそうなもんだと思いながら観戦していたけれど、序盤から動き出しが遅く、出し手が受け手を探す場面がとにかく目に付いた。
「ボールポゼッションを確保しながらスペースを消し合ってる」って、自分で自分の首を絞めてるようなもんで、ひとたびパスカットされようもんなら、カウンター狙いのイエメンの思う壺。
つまり、ボールポゼッションを確保しているように見えて、実は見事に相手の術中に填っている格好。
カウンターを恐れてっつう訳じゃないだろうけど、プレッシャーを受ければ横に繋ぐか、一旦、下げるしかなく…っていう展開に終始した感じかな。
ちょっと待て、何か違うぞ?
オシム監督の掲げるサッカーって、第2、第3の連動した動きを強調してなかったっけ?
そんなシーンは何回あったかな?
後半に羽生が投入されて漸くスペースを作る動きが生まれ、その作り出されたスペースを使おうという意識が行動を伴って、日本にもリズムが生まれ始めたように思う。
しかしながら、何度もサイドに開いてフリーになった羽生にパスが出されたのは何度あっただろう?
逆に、左サイドでボールを動かしている間、右サイドの加地は殆どフリーだったし、前半で言えば、駒野が左サイドを駆け上がって、何度使われただろう?
アーリークロスを放り込むのも結構だけど、加地も駒野もリスクを冒して駆け上がって来てる訳だから、もっと使って欲しいもんだ。
ピッチって意外と広いんだからさ?
もっと大きくサイドチェンジをしても良いんじゃない?
ロングパスは確かにリスキーな面があるし、精度が求められるのは勿論だけれど、単調に縦パスやアーリークロスを放り込むより、相手の目先を変えることができるのと同時に、誘き出したり、それによって消耗させることだってできるはず。
サイドチェンジって、とってもシンプルだけど、使いようによっては凄く効果があると思うんだけれど、この試合でちゃんとしたサイドチェンジと呼べるサイドチェンジは後半の終盤に闘莉王から加地に通した1本だけだったんじゃないかな?
ミドルシュートやロングシュートももっと打っても良かったんじゃないかな?
勿論、枠内に飛ぶシュートを打たないと相手にも警戒されないけれど…。
ジーコ監督時代の黄金の4人と呼ばれた選手達は、確かに1本のパスで局面を打開できる能力を持っていたと思うし、そういうシーンも現実にあったと思うけど、オシム監督の目指すサッカーは、それとはある意味で対極に位置していて、パスの出し手が瞬時に受け手を選択できるくらいの連動性のある動きが求められている。
この試合に限って言えば、そういう動きは殆ど見られなかったように思う。
一応、勝つには勝ったけれど、この後、2006年9月3日のサウジアラビア、2006年9月6日のイエメン…と、アウェーが続く訳だけれど、どう闘って行くのか不安で仕方がない。
posted by ひろゆきちゃま |01:52 |
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