2008年05月16日

中日ファンがおびえる例の呪い

彼はいちどは葬られた墓場から不死鳥のようによみがえった。
あと5勝
その復活を祝福すると同時に、彼の再臨に
心あるドラゴンズファンは不安を隠しきれない。

その祟りの恐ろしさに口をつぐむ中日ファンにかわって
ここでわたしがあえてその因果の深さを語ろうと思う。

彼はいまや日本三大「山本昌」のひとりである。
彼がサッカー五輪代表監督などと肩を並べて称される
セレブ仲間入りの契機を得たのは、異邦の地に流浪した若き日、
黒い姿の怪しい雰囲気の男との出会いからであった。

男は不気味な笑みを浮かべながら、こう言った。
「お前を最多勝投手にならせてやろう。
しかも1回じゃない、3回もだ。
さらに望むなら200勝もさせてやろう。そのかわり…」

帰国した彼はその男の授けた球種を武器に
契約通り3回最多勝に輝いた。
そして謎の男はそのたびに約束通りの生贄を受け取った。

彼がはじめての最多勝のとき、ヤクルトとの優勝争いのかかった9月に
骨折リタイアしながら、消化試合に復活登板し、今中と並んで最多勝を得た。
彼の奇跡の快復のかわりにチームが失ったものは4番打者落合以下の主力の骨折離脱であった。そして当然のように中日は1位ヤクルトに勝ち越しながら、優勝を逃した。

彼が2度目の最多勝のとき、あの有名な10・8の悲劇が中日を襲った。
ホームのナゴヤ球場で血祭りにあげられたのはエース今中だった。

そして彼が3度目の最多勝のとき、
それはナゴヤドーム開場の記念すべき年だった。
そのときも男は容赦なく、彼の個人的栄光と交換すべき犠牲者を求めた。
そして、祝賀すべき新球場初年度にAクラス常連だったチームが
こともあろうに最下位に沈んだ。

『マサの呪い』
日本シリーズで彼が登板してから、なぜかチームが勝てなくなってしまうことに気づいた中日ファンはそのジンクスについてそう呼び始めた。
近いところでは、初戦を川上で圧倒しながら、彼が登板してからなだれをうったように4タテされた2006年。先に王手をかけ、あと1勝としながら彼が投げてから流れが変わって日本一を逃した2004年。
そして、その呪いに気づいた落合監督が、彼を登板させなかった昨年の日本シリーズ
ついに中日はその呪縛から逃れることができた。

しかし、呪いはとけたわけではない。それはあくまで、登板させないことで回避しただけにすぎない。

最後の呪い。200勝がまだ控えている。これからいったい何が起きるのだろう。
生贄は森野だけで済むのだろうか?

私は怖い。山本昌200勝前後にふりかかるる中日の災厄が。
私は知っている。心あるドラゴンズファンが、その呪いがシーズン2位で終わってCSで3位チームに連敗するぐらいの悲劇で終わって欲しいと、願っていることを。
なぜなら、だれもそれは聞きたくないからだ。ドアラが派手なバック転したときにドームに響き渡る悲鳴の声を…

posted by heta |11:54 | 不都合な真実 | コメント(1) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

この記事に対するコメント一覧
中日ファンがおびえる例の呪い

山本昌の再起と引き換えのように
調子を落としている中日投手陣

ついに守護神・岩瀬が呪いの餌食に

7-5の9回に登場して5失点の逆転をくらう。

posted by 5月17日 | 2008-05-18 02:24

コメントする


(表示は許可制となっています)